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27 : 見上げるは、星の川


「――魔法道具が故障しているんだったな。話を聞こう。もしそれを私が解決出来たら、もう二度と、領主の悪口は言うてくれるなよ」


 魔法道具を抱えた男に向け、ノイは両手を突き出した。男達は呆気にとられた後、はははと笑う。


「お嬢ちゃん。これはな、高価な道具なんだ。村の共有財産、って言ってもわかんねえか。とにかくな。お嬢ちゃんが遊ぶようなもんじゃ――」

「いいから、渡すんだ」


 ノイは静かに告げた。空気がぴりりと張り詰める。

 ノイから発される気迫にたじろいだのか、村人達は一様に顔を見合わせた。

 その中で一番気の弱そうな村人が、ノイに魔法道具を渡す。


「おい! 何してんだ」

「だってよう」


 ノイはしっかりと両手で受け取ると、木箱を地面に置いた。


雪積宿(ツララノヤド)か)


 内に入れた物を瞬時に凍結し、鮮度を保つための魔法道具だ。

 干し物と違い、味わいと栄養を長期間楽しむことが可能で、便利だが高価な魔法道具である。

 さすが魔法伯爵のお膝元といった具合だろう。共有財産、という言葉からして、いつもは村で管理している氷室にでも置いているのかもしれない。


 ノイは雪積宿(ツララノヤド)の蓋を開けた。蓋を開けた瞬間に冷気が漂ってくるはずなのだが、中の温度は全く変わっていない。

 雪積宿(ツララノヤド)を両手で持ち、逆さまにした。そして、下底を外す。

「こ、こら! 何やってるんだ!」

「うるさいな。開かないと中の魔法陣が見れないだろ」

 底は二重底になっていた。ノイはほっとする。随分と後継機種のようだったが、自分が開発した要の部分は変わっていない。


 ノイが国一番の魔法使いと呼ばれるは、膨大な魔力の他に、多くの魔法道具を生み出したからである。現在、広くエスリア王国に普及する魔法道具の基礎を作り上げた魔法使いとも言える。

 彼女は山奥に引きこもる前、数多くの魔法道具を開発し、特許を申請し、その金であまりある財力を手にしていた。

 死後百年も経過していれば残念ながら、当時所持していた権利は消失しているだろうが、多数の魔法道具を作り上げたノイの知識は失われていない。


 底板に描かれている魔法陣を、胡座をかいたノイがしげしげと見つめる。

「……なるほど。凍らせる時に、風の魔法も折り込んだのか。陣は複雑になるが、熱を奪うには理に適ってる。面白い。勢いを生み出すのは二連編みを繰り返すことで……ん? ここに入れてる土の魔法は何だ……? 裏目にしてる。温度を保持する役割か?」

「おい、何じっくり見てるんだよ!」

 村人に怒鳴られ、ノイはハッとした。魔法を見ると、つい没頭してしまうのは悪い癖だ。それはそれとして、今度是非落ち着いてこの魔法陣を読み解きたいものである。


「魔法陣、って言うんだろそれ。ほつれ一つない。綺麗なもんじゃないか。それのどこが壊れてるんだ」

「なんだ。結局直せないのか?」

 結論を急ぎたがる村人達を背に、ノイは魔法陣の描かれている底板をぶんぶんと扇のように振った。


「お、おい!!」

「何してんだ!」

 慌てる村人に、「やはりな」とノイが頷く。


「魔力切れだ」


 魔法陣に魔力が残っていれば、外的な刺激があれば魔法陣を維持しようと動き始めるはずである。だが、魔法陣はぴくりとも動かなかった。


「魔力? 毎度、使う時に注いでいる!」

「発動のための魔力ではない。魔法陣を、魔法陣たらしめるために必要な魔力だ」

 ノイは晴れやかな笑顔で振り返った。

「魔力切れを起こしてるだけだから、魔法陣を維持するだけの魔力を、魔法陣に沿って忠実に送ってやればいい」


「何言ってんだ、そんなこと出来るわけないだろ!」


 ノイは驚いた。これで万事解決だと思っていたからだ。


 くどいようだが、ノイは魔法使いの名家で生まれた。周りには人よりも魔法使いの方が多い環境で生まれ育った彼女は、知らなかったのだ。


「魔法使いがこんな村にいると思うか?」


 知恵を求める魔法使いが、知識を取り込めない田舎に住み着くわけがないという事実を。


「夢見をするって嘯いてるやつもいるが……次に生まれる仔牛は五頭だの、明日は雨が降るだの、小さな事ばかり。誰にでも言えるようなことばかり。魔法使いとはほど遠い」

「それに……執事のゲーコさんには、これは十年は余裕で使えるって言われて預けられてんだ。それをたったの三年で……なんて、言えるわけねえだろ!」

「魔力が切れたって言われるような、おかしな使い方はしてねえよ!」


 村人達が旅の魔法使いを頼りたかった理由がわかった。

 領主邸に持っていけば、自分達の過失を責められるからだ。その点、この村に居住を置かないカルディアであれば、最悪金で解決出来る。

 その辺りの村人達の事情は置いておくとして――ノイはすっと外を見た。


「虫」

「虫?」

「最近、虫が来ないか?」


 ノイに釣られて外を見た村人の一人が「あっ」と声をあげる。

「うちは、そういえば来ていた」

 一人に共鳴し、他の村人も頷く。

「うちにも!」

「そう、虫! 家の周りにもうじゃうじゃと!」

「夏だし気にしていなかったが……思えば見たことのない虫だった」

「……そういえば、その虫、この魔法道具に集ってたな」

 ぽつりと呟いた一人の村人の言葉に、他の七人が驚く。


晶火虫(フォスフォラ)だ」


 ノイは立ち上がると、店の入り口に行く。入り口には、何故か数人の村人が集まっていた。ノイは彼らの視線をものともせず両手を伸ばし、パシンッっと胸の前で叩く。


 ぎょっとする村人と店主に、ノイは手の中の虫を見せた。


「魔力を食べる魔法生物だ。さっき、飛んでいるのを見た」


 魔力を探してふらふらと飛び回っていたのかもしれない。手の中の虫はハエほどの大きさで、ワラジムシのような見た目だ。


「この虫が、魔法陣の中の魔力を吸い取ったんだろう。この虫は雨から生まれる。ここは昔、雨がよく降っていたと言っていただろう?」

「でも俺は、ここに長年住んでるが、初めて見る虫だ!」

「じゃあ、土地の記憶が戻って来ているのかもしれないな。晶火虫(フォスフォラ)の通り道に選ばれたみたいだ」


 土地には記憶が宿る。何かの兆候でなければいいが、と手の中の虫を見るノイに、村人は絶望した声を出す。


「そんな。どうしろって言うんだ……」

「虫なんて、全部追い払えるわけない」


 晶火虫(フォスフォラ)がいる限り、魔法道具を村に置くことは出来ないと考えたのか、村人達に悲壮感が漂い始める。


「通してやればいい」

「通す?」

「通過させるんだ、晶火虫(フォスフォラ)を。次の狩り場へ」

「どうやって!」


 その答えを、ノイは知っている。

 しかしノイは、ぎゅっと小さな拳を握りしめた。


(……けど、今の私じゃ)

 ノイに、その方法を試すことは出来なかった。


 ノイは今、魔力ナシの人間だからだ。


 試しに魔力を撚ろうとしてみても、うんともすんとも反応しない。

 悔しさに、唇を噛む。

 もう二度と魔法を使えないということがどういうことなのか、わかったからだ。

 これまで使えていたものを使えない惨めさ、悔しさ、歯がゆさ。

 その全てを、この小さな体の中に閉じ込める。


「なんだ、結局出来ねえのか!」

「偉そうに講釈垂れてくれやがって」

「あんた達なあ。こんな子どもに――」

 俯くノイに、村人達が呆れた声をあげる。そんな村人を諫めよとした店主は、何かに気付いたように言葉を止める。


「ありがとう」


 ふわりとノイの体が浮いた。


「よく頑張ってくれたね」


 その瞬間、心までふわりと浮いたようだった。





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イメージイラストはくろこだわに様に描いて頂きました。
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