25 : 見上げるは、星の川
「今日は花嫁さんと一緒だから」
と言うカルディアに、女性陣がぴたりと固まる。
「可愛いだろう? ちょっと前に知り合ったんだけど、ゾッコンでね。口説き落として花嫁になってもらったんだ」
カルディアがノイの方に首を傾げる。
見合い爺以外にも仮初めの婚約者役が必要だったのだろうかとノイは目を丸くしながらも、勢いよく挙手をした。
「どうも、花嫁さんだ! 以後、よろしく頼む!」
若干棒読みになってしまったが、きっと誰も気にしないはずだ。ノイはハキハキと答える。
カルディアを取り囲んでいた女性らは顔を見合わせると、僅かに顔を引きつらせる。
「――ご、ご婚約なされてたとは、知りませんでした」
「随分とお若いようですが……お嬢さん、おいくつ?」
女性らは誰もが成人していた。若さでノイが、カルディアの花嫁の座を射止めたと思ったのだろう。その視線は悔しげだ。
「私は――」
ノイが答えようとすると、まるで遮るかのように、カルディアが口を開いた。
「今年十二になるんだっけ?」
カルディアの答えにノイが驚く。
さすがに、そこまで幼くないはずである。鏡で見た自分の姿は十五くらいの娘だった。
だが、十二と紹介されてしまえば、十二歳に見える――かもしれない。少なくとも、周りにいる女性陣らは、カルディアの言葉を信じてしまったのだろう。
「え、いや――?!」
慌てて反論しようとしても、ノイ自身、自分の年齢を断言出来ない立場である。そう。ノイは今、記憶喪失という設定なのだから。
「な、なんとも、まあ……」
「随分と……若い子が……お好みで……」
周囲の温度が下がっていく。
十二歳は明らかに、女性の結婚適齢期ではない。
嫉妬に駆られていた女性らの目からは熱が失せ、顔は青ざめていた。完全に、引いている。
中にはノイの年齢ほどの妹や娘を持つ女性もいたのかもしれない。どの女性も、旅の色男を見る目から、節操なく子どもにも手を出す危険な男を見る目になっている。
「ち、違――違うんだ!」
「――あっ! 私、家の用事の最中だったので……」
「そ、そうそう! 私も!」
「では、ディアス様、また――」
「あっ、わっ、あああ……!!」
ノイの否定も空しく、皆愛想笑いを浮かべて、口々に別れの挨拶を告げる。
中には、カルディアに抱えられているノイに、厳しい顔で「何かあったら、うちにいらっしゃい」と言った女性までいた。色男は、羨望の対象から、不審者へと印象を変えやすいのだろう。その瞬間を目の当たりにしたノイは、散り散りに去って行く女性らの後ろ姿を、ぽけーと口を開いて見送った。
「あぁ! 十五歳だった! オルニスにそう教えてもらったんだったな」
今思い出したよ! とカルディアが清々しい笑顔で言う。
カルディア自身も勘違いをしていたのかと、ノイはほっと息を吐く。彼がノイを十二歳だと思っていたのなら、それはそれで問題になる言動が多々あったからだ。
「よ、よかったのか?」
あり得ない誤解をされてしまった。女性らが去って行った方向を、ノイが指さす。
「ん? 何が?」
にこにこ、とカルディアはご機嫌だ。自分が村の女性達に十二歳の娘を嫁にする変態だと誤解されたことも、興味を無くされたことも、評判を落としたことも、全然堪えていないようだ。
(フェンガローなんかは、女性が集まると露骨に嬉しそうにして、私に自慢していたがなあ……)
男とはそういう生き物なのだと思っていたが、違うのかもしれない。釣書の山から逃げ出すぐらいだ。きっと何かあるのだろう。
カルディアの笑顔が本当に嬉しそうなため、これ以上ノイも何も言わなかった。
湖から歩いてすぐの場所に広場があった。広場には石と土で造られた、何軒かの商店が建っている。
店の前でぼんやりと店番をする店主や、小麦を買っていく主婦。その中を、収穫したばかりの泥のついた野菜を背負った子どもや、重い荷物を載せたロバが歩いている。
そんな広場の真ん中に、一体の肖像があった。
(珍しいな)
大都市ならともかく、こんな田舎町にわざわざ銅像を建てていることに驚いた。
先に領主邸に赴き、準備をしておくらしよう言いつけられたオルニスとは別行動を取っている。カルディアと二人で行動していたノイは、じっと銅像を見つめる。
ノイの視線に気付いたカルディアが「ああ」という風に頷くと、銅像に向けて足を進めた。
銅像に近付いて見ると、女性の像のようだった。女神か、聖女か。誰だろうとノイは文字が書かれている場所を覗いた。
「この銅像は、今から丁度五十年前。時の王フェンガローが平和祈願のために国中に配ったんだ」
「フェンガロー!」
カルディアの説明の中に知っている名前が出て来て、ノイは大きく驚いた。
「知ってるの?」
隣で大きな声を出されたカルディアはうるさかったはずなのに、全然気にも留めずにノイに尋ねた。
「い、いや、知らない。名前が格好いいなと思ったんだ」
「そうかな」
慌てて考えた言い訳に、カルディアは心底嫌そうに顔を顰めた。こんなに嫌そうなカルディアは、百年後に来て初めて見る。
(……そうか。フェンガローは、カルディアに……)
ノイにとってのフェンガローは、きっとあの先何があっても完全に縁を切ることは出来ない――そういう部類の人間だった。幼馴染みで、兄弟子で、親友。何をしても腹の底から互いに嫌いになることはない。家族のような存在だ。
けれど、カルディアにとってはそうではない。
彼にとってフェンガローは、自身を縛り、日常を奪い、家畜のように扱った相手だ。憎んでいて当然である。
しゅんとするノイとは対照的に、カルディアはもうフェンガローのことなどどうでもいいという風に、嫌な顔を吹き飛ばしてにこやかに笑う。
「フェンガロー王は優柔不断で凡庸な君主だったけど、この像は彼の遺した最高の功績だね。彼女は平和を願うに、世界で一番相応しい人だ」
優柔不断で凡庸。
想像が出来てしまって乾いた笑みを浮かべていたノイだったが、カルディアの口ぶりから、なんだか嫌な予感がしてきた。
「これからどんな窮地に立たされようとも、彼女の尊き魂が遍く国を見守り続けてくれるよう、願いを込めて建てられた。――花嫁さん。おそらく君の名前の由来となった人、初ノ陽の魔法使いノイ・ガレネーだよ」
(やあ~~~っぱりなあ~~~!!)
ノイは床に突っ伏したい気分だった。大体なんだその、ご大層な二つ名は。顔から全ての表情が抜け落ち、魂が成仏していったような気さえする。
「花嫁さん?」
「うん……うん……」
あまりのことに、返事すら上手く出来ない。
とりあえず、フェンガローの墓参りに行きたかった。二・三発殴らなければ気が済まない。
(あの馬鹿は、何をしてくれてるんだ……っ!)
妹弟子馬鹿にもほどがある。どこの世界に、自分の妹弟子の銅像を国中に造る王がいる。
(カルディアに凡庸と言ってもらえて良かったな! お前なんか愚王だ! 愚王!)
銅像は実物よりも随分と美化されている。目は大きく、鼻筋も通っていて、ウエストも二割ほど細く造ってくれたようだ。そのままのノイでは駄目だったと言っているようで、腹が立ちもする。
「本当は浮島にも一つ欲しかったんだけど、地上の人間の希望を奪うわけにもいかないからね……あのクソ爺、一つぐらい多めに造っておけばいいものを」
カルディアがぶちぶちと何か言っているのが、ノイは聞いていないふりをした。