19 : 夜のとばりの間で
「こんなもの、食わせられるか!」
台所で、オルニスの怒号が響く。
釜炉の前にいたノイは目をまん丸にして、オルニスを見た。
「な、なんだと? もう一度言ってくれ」
「こんなもの、食わせ、られるか! と、言ったんだ!」
一語一句間違い無く、オルニスが繰り返す。
オルニスが持っているのは、真っ黒焦げの芋の串焼きだった。ノイの得意料理である。
「僕は今、当たり前のことしか言ってないだろ!? あんたは何を驚いてるんだ!!」
オルニスの一言一言に、ガーンッとショックを受けるノイに、彼の方がショックを受けているようだった。
下っ端らしい振る舞い――それは勿論、雑用であった。
魔法使いは縦社会。弟子の中にも、勿論序列はある。ノイが祖父に師事していた頃にも、兄弟子は沢山いた。一番下っ端の時は、同時期に入ったフェンガローと共に、西へ東へと走ったものだ。
その時に、少しでも楽をするために生み出した物が、ノイが特許を持つ魔法道具の数々である。
話は逸れたが、つまるところ――ノイはこの扱いに文句は無かった。魔法使いの元に住むのだから、それが子どもであれ、たとえ魔力ナシであれ、雑用を引き受けるのは当然である。
――が、しかし。
己の料理に何の疑問も持ったことがなかったノイは、オルニスの率直な言葉に唖然としていた。
「だ、だが、芋は皮を剥いて食べるだろう? それも、皮を剥くんだぞ?」
これまでノイは、一度も、誰からも、料理が下手だと言われたことがなかった。
祖父の家で下っ端稼業をしていた頃、壊滅的なノイの大胆な料理の腕を知ったフェンガローが、必ずフォローをしていたのだ。更に、ノイの祖父は高名な魔法使いだったために弟子入りが多く、ノイが一番下っ端だった時期は数ヶ月にも満たなかった。
またノイは、無自覚だが大食いな上に悪食で、食べ物は何でも美味しく食べられた。
毎日自分が作っていた物がまずいと思うはずもなく――弟子として迎え入れたカルディアにも、ノイは普通に手作り料理を食べさせていたのだ。
「皮が残ってるのを前提に話すの止めてくれる? これは皮でもなんでもない。炭だ!」
「す、炭……だと……?」
あまりな言い草だった。昨日からオルニスに浴びせられた暴言の中で、一番心にグサッときた。
足がヨロリとよろめいたノイを、後ろから抱き留める者がいた。
ノイを軽々と受け止めたのは、カルディアだった。昼時になったため、帰ってきていたのだろう。台所で騒いでいたノイは全く気付いていなかった。
カルディアは腕の中のノイと、オルニスの持つ芋を交互に見た。
「それを作ったのは?」
オルニスは、無言でノイを指さした。ノイはしょんぼりと、下を向く。
(……追い出される)
せっかく、カルディアの傍にいようと決意を新たにしたのに。大事な芋を炭にしてしまったばかりに、ノイはこの瞬間、ここから追い出されてしまうのだ。
眉を下げてぷるぷると震えるノイから手を離し、カルディアは一歩引いた。
そしてそのまま、ずるずると床にしゃがみ込む。
「なっ」
「へ?」
「っ……くっ!」
驚くオルニスとノイの目の前で、カルディアは腹を抱えていた。次第に、我慢が利かなくなってきたのか、笑い声が口から漏れ始める。
「あはっ……あはは……!!」
そしてついに、我慢を止めたように笑い出してしまった。
「せ、先生……?」
オルニスは目をまん丸にしながら、カルディアの名前を呼んだ。気でも触れたんじゃないかと心配していそうな程に、慎重な声の出し方だった。
「こっ、こまで、――似なくてもっ……!」
「煮たんじゃない。焼いたんだ」
「ひっ、ひぃっ……!」
カルディアは悲鳴のような声を上げた。これ以上ノイに話してほしくないようだ。ノイは安堵と悔しさが同時にきて、ぽすっと拳でカルディアを殴る。
オルニスが目を剥くが、カルディアは気にした様子もなく、更に笑っている。またノイが殴ろうとした手を、カルディアは掴んだ。そして大きな両手でノイの小さな拳を包み込むと、まるで「しまっておきなさい」とでも言う風に、ぽんぽんと叩いた。
「久しぶりに嗅いだな、この匂い。ありがとう。頂くよ」
「た、食べるんですか、これを!?」
オルニスが驚愕する。カルディアは笑って頷いた。
「花嫁さんが俺のために頑張ってくれたんだ。それに多分、中の方は無事なはずだから」
「こんな炭、無事なわけないじゃないですか!」
「ほんとだって。見てみなよ――」
カルディアはノイを置いて、オルニスの方へ向かった。オルニスとカルディアがテーブルの方で何か話している。
だがノイは、二人の会話を聞いていなかった。先ほどまでカルディアに包まれていた、自分の拳をじっと見る。
(……大きかった)
小さなカルディアはもういない。それは流石に、わかっていた。
そうではなくて――
(……あれ? ――男、って。もしかして、大きい……?)
ノイはじっと拳を見た。
ただただ、びっくりしていた。