【連載版スタートしました!】没落した元名門貴族の令嬢は、馬鹿にしてきた人たちを見返すため王子の騎士を目指します!
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人生、何が起こるかわからない。
貴族の家系に生まれたら、初めから順風満帆な人生が送れるのだろうか?
そうとは限らない。
人生は平坦ではないから、山があり谷もある。
私は、十歳の若さでそれを経験してしまった。
「お父様……お母様……」
大きなお屋敷で、私は独りぼっちだ。
両親も、使用人たちもいない。
まるで世界にたった一人だけ取り残されたような孤独感に苛まれる。
どうしてこんなことになったのだろう。
私は何か、悪いことをしてしまったのだろうか?
わからない。
ただ、寂しくて、辛くて……。
◆◆◆
子供には少し長い木剣を手に、力いっぱい振り回す。
「えい! やー!」
「そうだ! いいぞ、ミスティア」
「はい! お父様!」
およそ剣術と呼ぶには拙い動きだけど、お父様は嬉しそうに微笑んでくれた。
私はそれが嬉しくて、夢中になって剣を振るった。
「おっと、そろそろ護衛任務の時間だ。私は行かなくては」
「えー! もう行っちゃうんですか?」
「すまないな。お仕事なんだ」
「……」
ガッカリする私の頭を、お父様は優しく撫でてくれた。
私が生まれたブレイブ公爵家は、代々優秀な騎士を輩出している歴史ある家系だ。
過去には王族の専属騎士を務めていた実績もある。
お父様も現役で王国の騎士団に参加していて、今日もこれからお仕事があるらしい。
出発前に稽古をつけてもらっていたけど、あっという間に時間がきてしまった。
「いつ帰ってくるんですか?」
「そうだな。少し遠い街まで行くから、二週間から二十日間くらいはかかると思う」
「そんなに……」
「ミスティア、そんな顔をしないでくれ。私は王国の民を守る騎士なんだ。その役目を果たさなくてはいけないんだよ」
「……わかっています」
私は幼いながらも、お父様が背負う家名の重さと、騎士としての責任をおぼろげに理解していた。
お父様は難しい表情で呟く。
「私は成果を上げて、必ず王族の専属騎士になってみせる。ブレイブ家の当主としての誇りを、皆に示すために」
「お父様……」
王族の専属騎士の任は、代々ブレイブ家の騎士が務めてきた。
しかしお父様の代ではその任につくことができなかった。
お父様は責任を感じている。
周りの騎士や貴族からも、心ない声を浴びていることは知っていた。
普段は優しく、私の稽古もつけてくれているお父様が、一人で激しい特訓をしていることも……。
「お父様! 私も大きくなったらお父様みたいな立派な騎士になりたいです!」
「ミスティア……」
周りがどう思おうと関係ない。
私にとってお父様は尊敬すべき偉大な騎士だった。
だからいつだって、私の目標はお父様のような立派な騎士になること。
何より、お父様との稽古は楽しかった。
剣術は決して楽しいだけのものじゃないことを知っている。
人を傷つけることができる武器だ。
それでも、お父様の剣は優しくて、温かくて……好きだった。
心ない人は、お父様は未熟で剣士としての才能がないなんて言うけれど、私はそんなこと思わない。
仮にそうだとしても、毎日欠かさず稽古を積み、汗を流して立派な騎士であり続けようと努力しているお父様を見ている。
その後ろ姿は、いつだって格好よかった。
私は、落ち込んでいるように見えたお父様にそれを伝えたくて、必死に剣を握りしめた。
すると、お父様は気を緩めて笑う。
「そうか。うん、ミスティアならなれるさ」
「本当に?」
「ああ、私よりも立派で、強い騎士になれるはずだよ。ミスティアは私に似て、とても努力家だからね」
「――はい! いっぱい訓練します! お父様がお仕事に行っている間も!」
「頑張ってくれ。帰ってきたら、また稽古をしよう」
「はい!」
私の言葉で元気になってくれたお父様を見て、私も元気をもらった。
お父様が帰ってきたとき、ビックリするくらい強くなっていよう。
せっかく稽古をつけてもらえるんだ。
偶にはお父様から一本くらいとってみたい。
子供だからなんて言い訳はしたくなかったから。
一先ず私の目標は、お父様に自分の剣を届かせることだった。
次こそは達成しよう。
私は気合を入れて、お仕事に出発するお父様を見送った。
けれど、この約束が叶うことは……なかった。
◆◆◆
お父様が護衛任務に出発して一か月が経過した。
「お父様……遅いなぁ」
二十日間くらいで戻ってくると言っていたのに、未だ戻ってこない。
護衛任務はよくあることだ。
いつも怪我一つせず、無事に帰還する。
だからあまり心配はしていなかった。
遅くなることだってよくあることだ。
護衛中に天候が悪くなって、予定より移動に時間がかかっているだけかもしれない。
そう思って、私は今日も一人で稽古をするため木剣を握って廊下を歩く。
「――」
「今の声……」
どこからか、お母様が叫んだような声が聞こえた。
私はすぐに走り出す。
聞こえた方角にあるのは、屋敷の玄関だった。
私は驚愕する。
お母様は膝をついて涙を流していたのだ。
「ぅ、う……」
「お母様!」
私は焦って駆け寄った。
お母様の前には、お父様の同僚の騎士が立っている。
「どうしたんですか? お母様?」
「ミスティア……」
「……」
酷く混乱している様子だった。
私は目の前に立っている騎士が何か言ったのだと思い、彼を睨んだ。
けれど、彼も辛そうな顔をしていた。
嫌な予感が脳裏に過る。
戻らない父と、泣き崩れる母。
辛そうな表情を見せる同僚の騎士……。
まさか……。
「落ち着いて聞いてください。ロイドさんが……戦死されました」
「……え?」
耳を疑った。
発せられた短い言葉を、私の脳は理解できずに固まる。
意味がわからなかった。
否、わかりたくなかった。
けれど……。
「うぅ……ミスティア、ごめんね?」
「お母様……」
いつも優しく笑顔を絶やさなかったお母様が、初めて見せる号泣。
現実は突き刺さる。
「お父様が……死んだ?」
「……はい」
「なん……で……?」
「護衛任務中、対象が野盗の襲撃を受けました」
彼はゆっくりと、何が起こったのかを教えてくれた。
お父様が受けていた護衛任務は、王都の貴族を隣町まで護衛することだった。
その貴族は王国でも有数の名家で、王族に次ぐ権力を有している。
故に、多くの者たちに命を狙われていた。
護衛についたのはお父様も含めた騎士十五名。
たった一人の護衛につける人数ではない。
目の前の彼も、その任務に同行していたらしい。
襲撃を受けたのは夜中だった。
野宿していた彼らを、野盗が一斉に襲い掛かってきた。
野盗の襲撃自体は想定済みだった。
お父様や仲間の騎士たちは応戦した。
しかし、圧倒的な人数差があった。
騎士十五人に対して、野盗は五十人を超えていたらしい。
圧倒的不利な状況で、護衛対象の貴族を逃がすため、彼らは自らが囮になる作戦をとった。
部隊を半分に分け、片方が野盗を食い止め、もう半分の騎士で護衛対象を逃がす。
野盗を食い止める方に残ったのが……。
「ロイドさんだった。彼が指揮を執って野盗と戦った。なんとか食い止め、護衛対象は離脱できた。けれど、我々は野盗相手に苦戦を強いられた。野党の中に手練れがいたんだ。相手ができたのは、ロイドさんだけだった」
お父様はベテランの騎士だった。
長年の経験や鍛錬のおかげで、騎士団の中でも高い実力を持っている。
それでも上に上がいて、未だに鍛錬を欠かさない。
騎士としての誇りを守るために。
お父様は戦い、仲間たちを逃がすために決断した。
お前たちは先に撤退しろ!
ここは私が引き受ける。
大丈夫だ。
時間を稼いだら私もすぐに離脱する。
後で合流しよう。
そう言い、他の騎士たちを逃がして野盗と一人で戦った。
無事に護衛対象を送り届けた後、すぐに現場へと戻った彼らが見たのは……。
大量の死体と一緒に横たわるお父様の姿だったという。
すでに冷たくなり、この世から命は消えてしまっていた。
騎士は悔しそうに涙を流す。
「すまない……私たちがもっと強ければ、一緒に戦うことができれば……こんなことにはならなかったかもしれないのに……」
本気で悔しかったのだろう。
彼がお父様のことを心から慕ってくれていることが伝わった。
普段なら嬉しく思う。
今は……。
「お父様……」
死んでしまった。
人は死んだら、もう二度と会うことはできない。
顔を見ることも、言葉を交わすことすらできなくなってしまう。
当たり前のことだ。
そんな当たり前のことを痛感する。
お父様はもういない。
いつまで待っても、お父様がこの屋敷に戻ることはない。
お父様は……。
「死ん……」
認めたくない現実が、一気に押し寄せてきた。
まるで心臓をナイフで突き刺されたような痛みが走る。
痛くて、苦しくて、辛い。
「う、うぅ……うあああああああああああああああああああああ!」
私は泣いた。
滝のように涙を流した。
お母様はそんな私を抱きしめながら、同じくらい涙を流していた。
報告にきてくれた騎士も、溢れる涙を何度も拭っていた。
皆が流した涙で、床に水たまりができそうだ。
◆◆◆
お父様がなくなって、一週間が経過した。
葬式が執り行われ、遺体は火葬された。
酷い状態だったから、子供には見せられないと言われ、お母様だけがお父様の遺体を確認した。
お母様は初めて見せるほど青ざめていた。
当然だろう。
大切な人の悲惨な姿を見て、平静でいられるはずもない。
お母様は何度も謝りながら、私のことを抱きしめた。
お父様がなくなったことで、ブレイブ家の当主はお母様が引き継いだ。
当然ながら、今まで通りではいられない。
ブレイブ家は騎士の家系だ。
お父様の存在が、ブレイブ家を支えていた。
今のブレイブ家は、大きな柱を失い、不安定な状態にある。
騎士の家系に騎士がいない。
それはそのまま、ブレイブ家の存在意義を失うことを意味する。
放置すればいずれ、貴族としての地位も失われ、ブレイブ家の名は消えるだろう。
「大丈夫よ。私に任せて」
「お母様……」
「ミスティアは何も心配しなくていいわ」
お母様は一人、ブレイブ家を存続させるために奮闘した。
懇意にしてくれている貴族に支援を相談したり、新たな騎士を外から迎え入れられないかも検討した。
しかし、当主を失ったブレイブ家に対する周囲の評価は冷ややかだった。
「当主を失ったんだ。ブレイブ家も終わりだろう」
「可哀想になぁ。確か子供がまだ十歳くらいじゃなかったか? その子が騎士になるのを待てばあるいは……」
「無理だろう。息子ならともかく、生まれたのは娘だ。女性の騎士は大成できない。そう甘い世界ではないよ」
「うむ。名門の一つがなくなるのか」
元々、ブレイブ家の評判は落ちていた。
理由は明らかだ。
代々請け負ってきた王族専属騎士から外されてしまったことが大きい。
お父様はブレイブ家の威厳を回復させるために、騎士として功績を積み、再び専属騎士の座に返り咲こうと奮闘していた。
道半ばで命を落とし、残されたのは母と幼い私の二人だけ。
周囲が終わりだと噂するのも当然だろう。
それでもお母様は諦めていなかった。
なんとかブレイブ家を建て直そうと必死に足掻いていた。
私もお母様を支えたくて、何かできることはないかと考えたけど……。
「お母様! 私もお手伝いします! 何でも言ってください!」
「ありがとう。ミスティア。大丈夫、私に任せて」
「でも……」
私は知っている。
お母様は最近……お父様がなくなってからほとんど毎日寝ていない。
寝ている時もうなされている。
何度も、何度もお父様の名前を口にして、涙でベッドを濡らしていることに……。
辛そうなお母様を見て、私も何かしたいと思う。
ただ、お母様の力になるには、私はあまりにも幼く、弱かった。
今の私にできることがあるとすれば、お父様の教えを忘れず、剣術の稽古に励むことくらいだ。
「頑張らなきゃ」
一人で剣を振るう。
「一、二、三――」
お父様に教わった剣の振り方を、何度も反芻する。
始めた頃よりも、確実に上達はしているだろう。
実感はある。
けど、誰も褒めてはくれない。
褒めてくれていた人は、もうこの世にはいない。
訓練を終えて……。
「終わりました! お父さ……」
よくやったと、言ってくれる優しい笑顔はどこにもなかった。
なんて虚しいのだろう。
涙が出そうになる。
私はぐっとこらえた。
辛いのはお母様も同じだ。
泣いている私を見れば、きっとお母様はもっと無理をする。
私がもっとしっかりすれば、お母様も頼ってくれるはずだ。
早く大人になりたいと、心から思う。
時間は残酷なほどに平等で、どれだけ願っても、一秒は縮まらない。
そして……。
「お母様!」
「……大丈夫……よ……」
「だ、誰か! お母様が!」
お母様は過労により倒れてしまった。
度重なる疲労、睡眠不足とストレスが原因だった。
一人で家を支えるため、お母様は頑張りすぎてしまったのだ。
私はベッドで横になるお母様の手を握る。
「お母様……」
「大丈夫よ。すぐに元気になるから」
「……はい」
私が力いっぱい手を握ると、お母様も握り返してくれた。
離したくなかった。
お父様のように、どこかへいなくなってしまう気がして。
ただの疲労だった。
休めば回復すると、お医者様もおっしゃっていた。
けれど、不運は続く。
歴史的にみる大寒波の影響で、外は雪が積もるほどの寒さに見舞われた。
質の悪い流行病が流行し、使用人の一人が外から病を持ってきてしまったのだ。
それが屋敷内でも蔓延し、お母様も病に倒れた。
元々身体は強いほうではない。
疲労で弱っている身体に、流行病は効果的に働いてしまった。
お母様の容体は悪化の一途をたどり、あっという間に帰らぬ人となってしまった。
「ミスティアお嬢様、奥様は……」
「お母様! お母様! 返事をしてください! お母様ぁ!」
何度呼びかけても、お母様は眠ったまま目覚めなかった。
お父様がなくなって僅か半年のことだ。
まるで後を追いかけるように、お母様もこの世を去った。
◆◆◆
ブレイブ家は、私一人になってしまった。
親戚もおらず、結果的に私は十歳の若さでブレイブ家の当主となる。
無論、幼い私が貴族の当主としてやっていけるはずもなく……。
「ブレイブ家は本格的に終わりだな」
「十歳か……どうしようもないだろう。今度は関わり方を考えた方がいいか」
「陛下はどうお考えなのか? このまま放置されるのであれば、ブレイブ家は没落するしかない」
「そうなるだろうな。もはや……」
交流のあった貴族たちは、一人、また一人と離れていってしまった。
私にはどうすることもできなかった。
どうすればいいのかすら、わからなかった。
いなくなったのは、貴族たちだけではない。
「申し訳ありません。我々も自身の生活があります。家族を養うためにも、新しい主人に仕えることにしました」
「……」
使用人たちも、次々と屋敷を去って行った。
私は何も言えなかった。
だって、みんな申し訳なさそうな顔をするのだから。
彼らだって好きで離れていくわけじゃない。
柱を失った家は、必ず崩壊する。
崩れるとわかっている場所に、いつまでも居座ることはできないだろう。
たとえ、幼い子供一人を残すことになったとしても……。
彼らは騎士ではないのだから。
「今まで、ありがとうございました」
私にできたのは、これまでの感謝を伝えることだけだった。
一人、また一人……。
私の周りから人がいなくなってしまう。
どうすることもできない自分が情けない。
何とかしなくちゃ!
私が今は当主なのだから!
「お父様とお母様……私が代わりに……」
頑張らなくてはならない。
この屋敷を、ブレイブ家を守るために。
正直、貴族としての地位とか名前に執着はなかったけれど……。
この居場所こそ、私がお父様とお母様と過ごした思い出であり、大切なつながりだから。
失うわけにはいかなかった。
私は自分にできることを探した。
近々、貴族たちが王城で招かれてパーティーが開かれるらしい。
お母様が参加する予定だった招待状があった。
これに参加しよう。
ブレイブ家を守るために、手伝ってくれる大人の人を見つけるんだ。
子供一人ではどうしたって限界がある。
一人くらい、いてくれるはずだ。
私の声に、耳を傾けてくれる人が……。
◇◇◇
考えが甘かった。
パーティーに参加した私は、それを痛感する。
「皆さん! 私の話を聞いてくださいませんか?」
「君はブレイブ家の……一人で参加しているのかな?」
「はい。今は私が当主です」
「……すまないが、私も他の方と話があってね。時間が惜しいんだ」
「少しでいいのです! 話を聞くだけでも」
「無理だよ。何を聞いても……力にはなれないからね……」
話しかけた優しそうな男性は、申し訳なさを感じさせる横顔で去って行く。
まだマシなほうだ。
最初から無視してくる人も多い中、反応してくれた。
予想以上に、周囲の視線は冷ややかだ。
「あれがブレイブ家の……不憫ね」
「むしろよくここに参加できたな。子供ながら、その度胸だけは認めてあげよう。ただ……」
「そうね。私たちも関わる気はないわ。今のブレイブ家に未来はないもの」
「……」
多くの貴族たちが、私のことを避けている。
理由は考えるまでもない。
そんなことわかった上で、ここにきている。
頑張って声をかけた。
誰も聞いてすらくれなくて、疲れた私は会場の外にある庭にやってきた。
まだパーティーは続いているけど、少し休みたかった。
「はぁ……」
ため息がこぼれる。
そんな私に、同年代くらいの男の子たちが近づいてきた。
「おい見ろよ! 落ちこぼれのブレイブ家の奴だぜ」
「お前の父親って無能だったんだろ? 聞いたぜー、一人だけ任務で死んじまったって」
「……何ですって?」
聞き捨てならなかった。
お父様のことを侮辱されて、私は怒りで頭に血が昇る。
「お父様のことを馬鹿にしないで!」
「何怒ってんだよ? 落ちこぼれが俺たち貴族に逆らうのか?」
「生意気だな。どうせお前も、大したことないんだろ? 父親とおんなじでさ」
「っ――!」
「ぐっ!」
私は怒りに任せて、煽ってきた男の子に殴り掛かった。
手を出すとは思わなかったのだろう。
殴られた男の子は、驚いて私を見上げる。
「お、お前……殴りやがったな!」
「お父様を馬鹿にしたからだよ! 許さない……お父様は立派な騎士だった!」
「ふざけんなこいつ!」
「女のくせに生意気なんだよ!」
三対一。
しかも相手は私よりも体格のいい男の子たち。
最初こそ一発お見舞いできたけど、その後は散々だった。
「うっ……」
「やっぱ大したことねーな」
涙が止まらない。
痛みよりも、お父様を馬鹿にされたのに、それを否定できな自分の不甲斐なさに。
「ほら、土下座して謝れよ。そしたら許してやる」
「……」
「私が父親と同じ無能ですってなぁ!」
「……絶対に、嫌!」
そこだけは譲れない。
今の私がどれだけ弱くて情けなくても、お父様は違う!
お父様は立派な騎士だった。
任務だって、お父様が命をかけたからみんな生き残ったんだ。
何も知らない癖に……好き勝手言わせない!
私がボロボロになりながらも立ち上がる。
「私のお父様は……無能なんかじゃない!」
「ちっ、じゃあ認めるまで殴ってやるよ!」
「っ――」
「そいつが無能なら、お前たちはただの卑怯者だな」
殴り掛かった男の子の手が止まる。
一人の少年が庭の木にもたれかかり、呆れた表情でため息をこぼす。
暗くて顔はよく見えない。
声で男の子だとはわかる。
「なんだてめぇ? 卑怯者だと?」
「違うのか? 無能と罵っている相手に対して三人がかりだ。これを卑怯者と呼ばずになんと呼ぶか、俺は知らないんだが」
「てめぇふざけ――!」
襲い掛かろうとした男の子たちは、彼の前に制止する。
何があったのだろうか。
酷く怯えているように見えた。
「あ、あなたは……」
「去れ。今なら忘れてやる」
「……!」
男の子たちは慌てて去って行く。
何が起こったのか私にはわからなかった。
混乱しているし、顔を殴られ目元が腫れていたから、視界もぼやけている。
同い年くらいだろうか?
身長はわかるし、貴族らしい服装も何となく見えるけど、顔は見えなかった。
「やれやれ」
「あの!」
立ち去ろうとする彼を引き留める。
「なんだ?」
「助けてくれて、ありがとうございました」
「ふんっ、助けたつもりはない。ただ、あいつらがムカついただけだ。あれで貴族の息子とはな……笑わせる」
彼は不機嫌そうだった。
続けて彼は私に言う。
「お前もだ。勝ち目もないのに無茶をする」
「……それは……お父様を馬鹿にされたことが許せなくて……」
「……お前は父を尊敬しているのだな」
「もちろん! お父様は一番尊敬できる騎士だった。お父様みたいになりたくて……私も……」
身体のダメージが蓄積され、心にも影響が出る。
私は涙を流した。
「どうして……誰も聞いてくれないのかな……」
気づけば、弱音を吐いていた。
誰かもわからない少年に向かって、情けなく涙を流して。
止められなかった。
声が、心が漏れ出す。
「私は……お父様とお母様の代わりに頑張らなきゃ……でも、誰も聞いてくれない。どうすればいいのかな?」
「簡単だ。強くなればいい」
「え?」
少年はあっさりと、まるで初めから答えを知っているかのように口にする。
私は顔を見上げた。
まだ、顔はハッキリと見えないけど……。
「お前は弱い。弱い奴の意見なんて誰も聞いてはくれない。当然のことだ」
「弱いから……」
「そうだ。なら、誰よりも強くなって証明しろ。自分の価値を、ここに自分がいるのだと。それができれば、自然と道は開ける」
「本当に……?」
「さぁな。俺は知らん」
「知らんって……」
少年は背を向ける。
「だが、俺が認める人間ならば、居場所くらい作ってやれるさ」
「……あなたは……」
「じゃあな。機会があったらまた会おう」
少年は手を振り、名乗ることもなく去って行く。
私はその後ろ姿を見つめながら思う。
「強く……」
そうか。
彼の言う通りだ。
私が弱いから、誰も見向きもしてくれない。
だったら強くなるしかない。
周囲から認めてもらえるように、一人でも生きていけるように!
「っ、うん!」
私は立ち上がる。
一人で。
まっすぐ前を見据えながら。
◇◇◇
強くなる決心をした私は、すぐに行動を開始した。
向かったのは騎士団だった。
「お願いします! 私に剣の稽古をつけてください!」
稽古していた騎士の方々に向かって、私は頭を下げた。
強くなりたい。
でも、一人では限界がある。
剣術を磨き、実戦経験を積むためにも、指導してくれる相手が必要だと思った。
王国騎士団には、国中から剣士が集まる。
当然、騎士たちは困惑していた。
十歳の子供が一人、稽古をつけてほしいなんて頭を下げてきたら困るだろう。
「いや、そういうのは困るんだ」
「お願いします! 私はどうしても強くなりたいんです!」
「……」
「わかった。俺たちでよければ」
「――! 本当ですか!」
頭を上げて気づいた。
声をかけてくれたのは、あの日お父様の訃報を知らせてくれた人だった。
他にも数名、協力してくれると名乗りを上げた。
「俺たちはロイドさんに救われた。恩返しをさせてくれ」
「ありがとうございます」
ありがとう、お父様。
亡くなった今でも、私のことを支えてくれている。
感謝を胸に、私は空いている時間に、騎士の方々に指導をしてもらうことになった。
剣術の稽古と並行して、魔法についても勉強する。
人間には魔力が流れていて、剣士のほとんどは魔力で肉体を強化している。
強い剣士を目指すなら、魔力の扱いも卓越していなくてはならない。
無論、それだけじゃ足りない。
騎士として、当主として立派になるためには、剣術だけ学べばいいわけじゃなかった。
私は屋敷にあった書斎で本を読み漁った。
必要な知識は全て網羅する。
訓練以外の空いている時間は、勉学に勤しむことにした。
他にも、街に出てお仕事も探した。
ブレイブ家には資産があるし、それを使えば数年は食べていける。
ただ、それじゃダメだと思った。
お父様とお母様が必死に残してくれた財産だ。
ブレイブ家が貴族であり続けるために、最低限の資産は必要になる。
お金もなくなったら、いよいよ貴族を名乗る資格はない。
自分一人が暮らすお金くらい、自分で働いて稼ごう。
社会勉強にもなるし、体力づくりもできる。
十歳の私を雇ってくれるところなんてほとんどなかったけど、どこは頑張ってお願いして、力仕事でも雑用でも、やれることはなんでもやった。
ただひたすらに、強くなることを目指して。
そして――
◇◇◇
七年後。
私は、十七歳になっていた。
「三百二、三百三」
日課の素振りも欠かさず、毎朝やっている。
かなり様になってきただろう。
魔力操作も毎日繰り返し練習することで、格段に向上していた。
「そろそろ時間だ」
私は剣を腰にさげ、騎士団へ向かった。
あの頃から、指導は継続している。
「おはようございます!」
「ああ、おはよう。ミスティアちゃん」
「今日もお願いします! ラントさん!」
父の元同僚で部下でもあったラントさんは、今は部隊長になっている。
私のことも贔屓にしてくれて、特別に騎士見習いとして働かせてもらっていた。
正式に入団できるのは十八歳からだ。
そのためには試験を受けなくてはならず、その試験は三か月後にある。
「もうすぐ試験なので、もっと訓練の時間を増やしたいと思います」
「頑張りすぎないように。君はもう十分に強いよ」
「そんなことありません! 私はまだまだ未熟です。騎士になるならもっと強くならないと」
「本当に努力家だ。ロイドさんにそっくりだよ」
父に似ている。
そう言って貰えることが嬉しくて、誇らしかった。
「そんな君に、一つ朗報がある」
「はい?」
ラントさんは一枚の紙を私にくれた。
記されていたのは、第一王子ラインハルト殿下の専属騎士の選抜試験について。
「選抜試験……開催されるんですか?」
「うん。急だけど、二週間後に行われる。受けてみないか?」
「いいんですか? これってラントさん宛の参加資格なんじゃ……」
「そうだけど、俺には騎士団の仕事があるし、こっちを投げ出すわけにはいかない。それに君には必要なチャンスだろう?」
「ラントさん……」
「これも恩返しだ」
私は応募用紙を抱きしめる。
「ありがとうございます!」
巡ってきた大きなチャンス。
ラントさんの厚意と、お父様とお母様の意思を引き続くためにも、私は受けることにした。
かつてブレイブ家が担った専属騎士の役割。
私の代で、返り咲いてみせる!
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最後まで読んで頂きありがとうございます!
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