2年の冬
「立花くん」
「佐倉」
「今日は結構混んでるね」
「見かけない制服が多いな」
「そういえば、県立ホールで何かのコンクールがあるんじゃなかったかな?」
「第九とか?」
「うーん、荷物が少ないから確かに合唱っぽいけど、高校生だし、違うんじゃない?でも第九か・・・もう今年も終わるね」
「佐倉と会うの、今年は今日が最後かな?」
「そうかもね。今年も色々ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。来年もよろしく」
「こちらこそ、よろしくおねがいします。いつまで部活?」
「大晦日。元日は休養日で、二日が部活はじめ」
「クリスマスもなんだね?」
「もちろん。佐倉はまた親戚と宴会旅行?」
「うん」
「まあ、気をつけて。あれ?」
「停まったね。故障?」
「なんだろう?お、放送だ」
「うーん、前に列車が閊えてるなんて、初めて聞いた」
「事故も振替輸送も急病人も、実際に聞くとは思わなかったな」
「東京では結構あるんじゃない?」
「どうだろう?」
「東京出身でしょ?」
「小学生の頃だって。小学生で電車に乗ってるのなんて、良いとこの学校に通う子か、鉄道オタクだけだ」
「遊びに行くときは?クルマ?」
「歩き。自転車も使うは使うけど、坂が大変だったから。バスにもたまに乗ったな」
「おお、2階建てとかだよね?」
「あれは観光向けじゃないか?乗ったことないし」
「そうなの?あ、動き始めたね?」
「そうだけど、ちょっと、あのホーム!」
「え?ホームから人が溢れてる?」
「あれだけ全部、乗ってくるのか?」
「いやいや、それこそ溢れるでしょ?」
「佐倉、こっち、開かない方のドア側に立て」
「うん」
「荷物貸せ。網棚に乗せる」
「お願い。これ、降りる人大丈夫かな?」
「人の心配、してる場合じゃないぞ」
「そうだね・・・こうやって見ると、立花くん、背が伸びたね?」
「何をのんきな」
「私より小さかったのに」
「それは中学のときだろう?」
「そうだっけ?制服、小さいよね?」
「まあ、高校で伸びた証拠だ」
「買い替えるって言ってたっけ?」
「まだ、破けてないからな」
「ああ、そうか・・・破けるの?」
「いや、どこがどう破けるんだか、全然想像ができない」
「でも、肩とか閊えてそうだよ」
「そうか?」
「窮屈じゃ、あ、ドアが開いた」
「うっ、うぅーん、うっ、がっ!」
「大丈夫?」
「ダイジョブ。何かが刺さっただけ」
「刺さったらダメじゃない?!」
「佐倉は大丈夫か?」
「全然大丈夫だよ。立花くん、幅広いし」
「そこは頼もしいとか、たくましいとかでお願い」
「頼もしいし。もう少し、力抜いても大丈夫だよ?」
「力抜くと自分を支えられない」
「こっちに寄りかかってもいいよ?」
「いや、それは」
「私って寄りかかったら壊れそう?儚い感じ?」
「・・・お、やっとドアが閉まったか。早く発車してくれ」
「動いたけど、ゆっくりだね」
「あ」
「どうしたの?」
「・・・隣のドアの所に三高のカップルがいる」
「あー、たまに見かける人たちかな?」
「おい、振り向くなよ」
「大丈夫よ。気付かないわよ。二人の世界に入っているみたいだし」
「あんなにくっついて、よく暑くないよな」
「薄着なんじゃない?」
「え?いや、それはそれで」
「なに慌ててるのよ。汗、すごいわよ」
「汗はただ汗かきだから」
「顔もずいぶん赤いけど」
「顔はただ暑がりだから」
「ずっと体に力を入れているもの、暑いよね」
「あ、停まった」
「停まったね。本当に、寄りかかってもいいわよ?」
「いや、その、どちらかというと、離れたいんだが」
「どうやって?なんで?」
「顔や首だけじゃなく、実は胸も腋も汗がすごいんだ」
「拭く?バッグ取ってくれればタオルあるよ?」
「タオルは俺もあるから大丈夫だけど、こんだけ近いと汗臭いだろう?」
「全然、いい匂いだよ?」
「良いわけ無いだろう、変態か?」
「ちがうよ、ボディソープ?いつもの匂いがするだけだよ」
「いつもって、こんなに近づいたの初めてなのに、いつもそんなに臭ってるのか?」
「朝、電車で会うときは、いつもこの匂いだよね?夜からだとこんなに匂いが保たないか。柔軟剤か何かの匂いかな?」
「朝も風呂入る」
「朝晩?2回も?部活から帰って夜も入るんだよね?」
「寝汗が凄いし、夏とか休みなら4回入る日もある」
「そんなに?2回とかでも冬は肌とかカサカサにならない?」
「なる。親父も祖父さんも俺と同じなんだけど、二人は冬は血だらけだ」
「痒くて掻いちゃって?だめじゃない。でも遺伝なのかな?」
「生活習慣かもしれないけど。あ、駅に着くな」
「少しでも人が減ると良いけど」
「また放送だ。この電車でも急病人か」
「これだけ混んでいれば、具合も悪くなるよね」
「降りて、何本か見送るか?」
「うーん、降りられる?」
「降りるなら早く、がっ!」
「大丈夫?」
「ああ、佐倉こそ大丈夫か?」
「うん、これくらい平気だよ。痛くないよ」
「ぐっ!まだ乗ってくるのか?」
「うーん、凄いね」
「ごめん、汗で暑いだろう?」
「平気平気、気にしなくていいよ」
「ぐーっ!」
「これって、壁ドン?」
「ぐっ!こんなときに、笑わすなよ!こんなに密着した壁ドンあるか!」
「密着!」
「あ、いや」
「ねえ、三高のカップル、どうなってる?」
「自分の腕が邪魔で見えない」
「腕、折れたりしない?」
「鍛えてるから大丈夫」
「頼もしい」
「ありがとう」
「でも立花くんが守ってくれててもこんなに押されるなんて、具合が悪くなる人、もっと出るんじゃない?」
「佐倉は大丈夫か?」
「うん、全然。立花くんと、頑丈に生んでくれたお母さんに感謝だね」
「頑丈?頑丈にってなんだよ?丈夫にじゃないのか?」
「つい。立花くんのこと、頑丈だなって思ってた所だったから。でも学校に着くころには疲れ切って、今日は勉強にならないんじゃない?」
「俺、東京の大学、やめようかな」
「確かに、もしこんなに混む電車で通学だったら、考え直すべきかも」
「・・・出願前に、平日に様子見に行くかな」
「この電車に乗ってる学生は、みんなそう考えてるかもね」
「東京の大学の受験生が、この沿線だけ減ってたら笑える」
「ふふ、確かに」
立花の制服は破れなかったので、電車の窓も割れるといわれた本場東京の混雑に較べたら大したことはない