第39話
フェーデ達が馬を北に走らせ続けてから暫く、太陽は地平線の彼方に消え始めていた。
周囲は手入れが行き届いた林、下草がほとんどなく、木の葉が地面を覆いつくしていた。
「追いついたぞ! 奴等だ!」
前方に見えてきた兵士達を見てベニートが叫ぶ。
兵士達の先頭に立つのは赤い外套を風になびかせ、フェーデ達を真っすぐに見据えている男。
マヌエルだ。
「横一列……逃げられんと判断して死地を定めたか」
前方に待ち構えているティント騎士団は横一列に並びこちらに槍を向けて待っている。
だがその中にサロモンの姿はない。
「フェーデ様、ここはお任せください! 貴方はサロモンを……あの暴君を討ってください!」
先に逃げたであろうサロモンを討つためベニートはフェーデを先に送り出すことを決めた。
長剣を抜き放ち、他の仲間たちと共に矢尻型に陣形をとりながら突撃を敢行する。
「頼む!」
陣形を抜けたフェーデ達、彼らはティント騎士団の脇を単騎で抜け走り抜ける。
そうして少しの間馬を走らせていると後ろから戦の喧騒が聞こえてきた。
「ベニートさんは、大丈夫なのでしょうか?」
フェーデの前に乗るイサベルが心配そうにそう言った。
「奴もセルバ騎士団の一員だ。そう簡単にはやられんさ」
徐々に木々が増えていく林の奥地、足跡などの痕跡はそこに向かっている。
林の奥へと向かっていくフェーデとイサベル、馬の背に乗りながらイサベルはきょろきょろと視線を動かす。
サロモンの姿はいずこなりや、と。
「サロモンはどこに……」
なかなか見つからないサロモンにいら立ちを募らせるイサベル。
そんな彼女に、フェーデはあることを伝え始めた。
「もう少し進むと開けた場所に出る。そこに二つの木が交わった連理の木があるはずだ」
「連理……フレデリーコ様はこの先に何があるのか知っているのですか?」
イサベルの問いに、フェーデはどこか懐かしむような、寂しそうな、複雑な感情が入り混じった表情を見せる。
「……まだサロモンが幼いころ、私と共に鍛錬をした場所だ。それがこの先にある」
「え?」
もうフェーデは足跡など見てはいなかった。
ただ先程口にした場所へと、馬を走らせていた。
木々の間から橙色の光が入ってくる。
そしてその光が一際明るく差し込む場所、フェーデが言った開けた場所に、彼はいた。
「待ったぞ。フェーデ」
光に照らされながら満足そうな声でそう言うのはサロモン。
彼は2つの木が交わる連理の木、その前に堂々と立っている。
「セルバ騎士団団長、フレデリーコ」
「トレアの主サロモンが相手になろう。」
馬から降り、名乗りを上げながら剣を抜く。
サロモンとの決着をつけるために。
──矢で負傷しているという話だったが……
フェーデが見るに、サロモンは腕や足などに負傷の痕は無いように思える。
おそらくは背中や脇腹に傷を受けたのだろうが傷の程度は分からない。
少なくともサロモンは痛みで動きが鈍るような生半可な鍛え方はしていない。
「さぁ来い。その頭を垂れ、恐れ、敬い、そして死ぬがいい」
互いに己の持つ剣を向けながら、徐々に近づいていく2人。
一歩、また一歩と歩みを進め、新貝の剣が当たる距離まで来た。
そしてイサベルが見守る中、始まった。
「死ねィッ!!」
先に仕掛けたのはサロモンだ。
満身の力を込め、フェーデの頭蓋を叩き割るために手にした長剣を振り下ろす。
──やはり力ではサロモンに分があるか……
サロモンは今までフェーデが相手してきたどんな相手よりも強い。
力、気合、どれも恐らくフェーデよりも勝る。
だがフェーデにもこれまでの経験がある。
技、これにおいてはフェーデに分があるだろう。
二度、三度とサロモンの振るう長剣を避け、あるいは躱し、反撃の糸口を見つけようと目を凝らす。
つけ入る隙はいずこや?
打ち込む場所はいずこや?
何十と振るわれる剣を躱しながら、フェーデはようやくつけ入る隙を見つけ出した。
サロモンの振るった剣を受け流しながらフェーデは右側面に入り込んだのだ。
こうすれば側面はがら空きだ。
──獲った!
フェーデはそのままサロモンの首を斬ろうと迫る。
だがサロモンもやられっぱなしではなかった。
「フェーデよ。老いには勝てんぞ」
サロモンは突然姿勢を低くしたかと思うとフェーデの剣を弾きながら懐に飛び込んできたのだ。
力任せではあったものの、体重も力もフェーデより上な分威力も大きかった。
フェーデはたまらず後ろに倒れ込む。
「いい加減若い者に席を譲れ」
覆いかぶさるようになりながら間髪入れずに突きこまれた長剣。
フェーデはそれを手甲で弾いて躱しながら腹に蹴りを叩き込む。
だが肩に当たってしまった。
「おお、やるな」
そう言いながら後ろによろけ、後ろに数歩歩いて距離をとるサロモン。
その姿を見てフェーデは眉根を寄せる。
──なんだ?さっきよりも力が弱くなっている。
よく目を凝らしてみると、サロモンの足元に血が流れてきている。
──ああそうか。出血で力が出んのか。
サロモンは気合でごまかしているようだが、それだけではどうにもならないのだろう。
「……時間がないみたいだからな。全力で行かせてもらう」
「来いサロモン」
長剣を手に大きく後ろに振りかぶったサロモン、全身全霊をかけてフェーデへと突進していく。
そして……
「私の勝ちだサロモン」
左腕にサロモンの剣を受けながら、フェーデは長剣をサロモンの首に突き刺した。
勢いよく地面へと滴り落ちる2人の鮮血。
時間にしてみればかなり短い、これにて戦いは決着した。
「……次は地獄で一騎打ちといこう。『先生』」
「ああ、待っていてくれ。出来の悪い『弟子』よ」
力なく仰向けに倒れたサロモン。
彼のもとへと大鎌を投げ捨てたイサベルが近づいていく。
「……そう言えば娘。お前の名前を聞いていなかった」
口角を動かして無理やり笑うサロモン。
既にサロモンは霧の中にいるような視界だったが、陰でイサベルのことが分かった。
「イサベルです」
「そうか……」
それだけ言うとサロモンは瞳を閉じる。
憎まれ口をたたくわけでもなく、遺言を残すわけでもなく。
彼は連理の木の前で息絶えた。




