第38話
フェーデがダニエルの存在に気が付いたのは、ダニエルの叫び声を聞いた瞬間だった。
「貴様が臆病者でないというならばこちらに来て戦うがいい! それとも貴様は騎士でありながら背を向け逃げるか!?」
なんともみっともないダニエルの叫び。
フェーデからしてみればサロモンも追わねばならないがこちらも重要だ。
なにせダニエルはイサベルの父の仇。
是が非でもフェーデ自身の手で始末したい1人なのだ。
「受けて立とうダニエル。遺言も言い訳も聞かん。ただ死んでいけ」
「ほざけ!」
周囲に出来た人垣を抜け、フェーデはダニエルの前に立つ。
惨めなものだ、金色の髪は汗で張り付き、剣には血糊、荒い息を吐いていた。
満身創痍と言うほかない。
「他の者は手を出すな。私が……おいやめろ!!」
いよいよダニエルに斬りかかろうとした時だ、フェーデは焦った声をあげた。
ダニエルの背後から、見慣れた影が人垣を押しのけ突進してきたのである。
緑柱石のような瞳に殺気を滾らせ大鎌を振りかぶるのは、イサベルだ。
「あああああああああああッ!!」
猛獣のような叫び声と共に振るわれた大鎌がダニエルの背中に突き刺さる。
フェーデに集中していたダニエルは碌な回避も出来ず、振るわれた刃をもろに受けた。
「が、は、はぁッ! ま、待て! やめ──」
イサベルの振るった大鎌は鎧を貫通し深々とダニエルの背中に刺さっていた。
肋骨をすり抜け、刃は心臓へと達している。
サロモンに教えてもらったとはいえ所詮イサベルは素人、こうして致命的な傷をダニエルに与えられたのはもはや奇跡に等しい。
「父さんの仇! 村のみんなの仇!」
怒りに我を忘れたイサベルは大鎌を力ずくで引き抜くと倒れ込んでほぼ無抵抗に近いダニエルに何度も何度も大鎌の先を突き刺す。
仰向けになりながら自分を守ろうと前に出した手も、鎧に守られた腹部も、忌々しいその顔も、滅多刺しにする。
そうすることが死んでいった父親や村人に対する鎮魂になると信じて。
「やめろ! もう死んでいる! 離れるんだ!」
フェーデが止めに入った時、ダニエルは既にこと切れた後だった。
「イサベル……」
後ろから抱きしめる形で止めたフェーデ。
「仇は……うちました」
涙声になりながらそう告げるイサベル。
先ほどまでの獣じみた殺意は消え、代わりに震えだした。
「なんで……さっきまで平気だったのに……」
「それが人を殺すという事なんだ。人を殺せば、殺した相手を背負うことになる」
「背負う……?」
フェーデはイサベルを向き直らせ語る。
「いつまでもいつまでも、殺した相手の事が脳裏にちらつく。思い出していつまでも責め続ける」
「……」
「こんな男の事を背負わせることはない。だから私はそうならないように君を戦いから遠ざけたかった」
フェーデの言葉に項垂れるイサベル。
いつの間にか震えも止まった。
「私は行く。サロモンを倒さないと」
「私もついていきます。この戦いの最後を見届けます」
「分かった。付いてきてくれ」
反乱軍はこのすぐ後、トレア城の完全制圧に成功。
フェーデはセルバ騎士団と反乱軍の一部を、ベルトランはエステバンと共にイェルモ騎士団と反乱軍を使ってトレア城の守りを担当した。
そしてフェーデは仲間を引き連れてサロモンの追撃を開始。
草や地面に付着した血を辿り、足跡を見ながらフェーデ達はサロモンが逃げた北へと向かっていく。
だが1つ、フェーデには引っかかるものがあった。
──この先には確か……
サロモンが逃げたと思われる先に視線を向けながら、フェーデはイサベルを乗せ馬を走らせた。
きっとこれが最後となるだろう。




