第31話
メリョス村の村人の中に、イサベルが居たのは幸運だった。
争わず、時間をかけずに安全に合流することができたのだから。
「まさか君が村の人を連れて逃げていたとは。いい決断だったよ」
「私も驚きました。ダメもとでこっちに逃げてきていたんですが……まさかフレデリーコ様と合流できるとは思ってもいませんでしたから」
休息をとる反乱軍に混じって、焚火を囲んで食事しながら談笑するフェーデとイサベル。
陶器の中に入った粥をかきこみながら横目に見るイサベルはどうやら逞しくなったようにも見える。
フェーデが知る人間はもともと芯は強い女性であったが……
「ところで君に聞いておきたいことがあるんだが。トレア城の事について」
「これから攻め入るのに必要ですからね。分かりました。なんでもお答えします」
食事しながら、イサベルは話し始めた。
貴族たちの動き、サロモンの動き、兵力、装備、その他詳細な地形など。
だが聞いていてフェーデは違和感を覚える。
なんでこれほど情報を持っているのかと。
「イサベル……話を遮ってすまないんだが……なんで君はそれほど詳細な情報を持っているんだ?」
「サロモンに捕まってましたから」
「は?」
間抜けな声がフェーデから漏れるのも構わずイサベルは話しを続けていく。
「鉄が出せないなら村から娘を差し出せと言われて、私が代わりに行ってきたんです。うまくいけばサロモンを殺せると思って、この短剣を持って」
そう言ってイサベルは琥珀が埋め込まれた短剣を取り出す。
穏やかな表情でそれを撫でるイサベルに、フェーデは厳しい視線を向けた。
「イサベル。ちょっとこっちに来てくれるかな」
「はい……ええと何か?」
「説教の時間だ」
反乱軍が休息をとっている場所から離れ、フェーデとイサベルは月が見える草原に出た。
周囲にはまばらに木が生えているのみで、人影は見えない。
説教するのにここならば気にしなくていいだろう。
「座って話そう」
「は、はい」
困惑しながら、イサベルとフェーデは近くにあった岩に腰掛ける。
なぜ呼び出されたのか理解できないイサベルは困惑するばかりで、フェーデが口を開くのを待っていた。
「君は自分から進んでサロモンのもとへと向かったのか?」
「ええ、そうです」
「その行為で、君のお父上の犠牲が無駄になるかもとは考えなかったのかい?」
諭すような口調でフェーデは語り、イサベルは項垂れる。
「君のお父上は君を命をかけて助けた。そのことの意味を分からない君じゃないだろう? もっと自分の事を考えて動いてほしい。君が死ねばお父上の犠牲が無駄になる。それに……」
「それに?」
「君は人を殺すという事がどういうことか分かっていない。我々のような人間がなぜ存在するのかも」
「人を殺す覚悟なら私にだってあります。怨敵を討つことに躊躇いはありません」
強い決意を秘めた眼差しを向けてくるイサベルに、フェーデは目を細めた。
「覚悟? いいやそんな問題じゃない。いいかい? 人を殺すというのはね……とても怖いんだ」
「怖い?」
「そうだ。死んだ人間がいつまでたっても消えてくれないんだ。脳裏にへばりついてどこまでもついて来る」
伏目がちに語るフェーデをイサベルは情けない者を見るような目。
理解が全くできない。
死んだ人間がついて来るとはなんだ?
そんなことがイサベルの頭の中をめぐるが、反論が出来るような状態ではない。
「君から情報をもらっておいて随分ないい口なのは承知のうえで言わせてもらった。どうしても言っておかねばならなかったから」
「はい……」
「先に戻っていてほしい。私は後から行く」
一礼し去って行くイサベルを見送った後、フェーデは近くの木に歩いていく。
「もうそろそろいいだろう? 出てこい」
「いやはや、バレてましたか」
「彼女は騙せても私は騙せん」
木の後ろ、フェーデ達から見えない角度に隠れていたのはベニート。
彼は眩しいほどの笑顔を浮かべている。
「どこから聞いていた?」
「『座って話そう』の所からですな」
つまり最初からである。
「てっきり情事にでも及ぶのかと思って勇み足でついてきたのですが、あてが外れました」
「ベニート、お前は少しは慎みと礼節を知れ」
呆れながら、反乱軍の休息している場所へと戻る。
そしてその道中で、フェーデはベニートに聞いてみた。
「ベニート。お前は最初に人を殺したときの事、覚えているか?」
その言葉に足が止まるベニート。
「……さぁ、どうだったでしょう。思い出せませんな」
含みのある言い方でそう残すと、ベニートは早足で去っていった。
「……誰しも忘れることは出来ないものだな」
フェーデが空を見上げると、先程まで出ていた三日月は雲に飲まれ、輝きを失っていた。




