第23話
太陽が沈む時間帯。
サロモンがイサベルを捕まえておよそ2週間が経とうとしていた。
ダニエル達が見守る中、イサベルはトレア城の庭でサロモンを相手に来る日も来る日も食事、訓練、食事、訓練の繰り返し。
訓練の間大鎌をずっと振り続け、手の豆も潰れて痛い。
サロモンは相変わらず何の理由でイサベルを生かし、挙げ句武器の訓練までさせているのか告げぬまま今もこうしてイサベルに教え続けていた。
「間合いの取り方が甘い、相手との距離を常に意識しろ。それともその目は飾りか? 確かに飾るにはちょうど良さそうな瞳の色だがな」
イサベルが刃のついた大鎌を使うのに対しサロモンが手にしているのは木剣ですらなく、割ったあとの薪だった。
「ごっほごっほ……なんとでも……いえばいいわ……」
激しい訓練の後でむせ返りながら、イサベルはサロモンをその緑柱石のような瞳で睨み付ける。
イサベルが着ているのはいつぞや着ていた赤のドレスではない、恐らくはイサベルの為に作らせた革鎧だ。
採寸もしていないのにぴったりだったことには気持ち悪さを覚えていたが。
「さて、飯にしよう。おいダニエル。今日の献立はなんだ?」
「鹿肉とパン。それと柘榴です」
「よし。行くぞ女」
そう言って薪を適当に投げ捨てると城の中へと歩みを進めるサロモン。
そしてその後姿を見てイサベルは考えた。
今なら取れると。
ダニエル達の視線がイサベルから外れ、サロモンも無警戒。
がら空きのその背中に、大鎌を叩き込む。
そう考えたイサベルは出来る限りゆっくり、大鎌が届く場所まで歩みを進め……
──今!
サロモンの背後で全力を込めて鎌を振るう。
狙うは心臓、気が付いたダニエル達が焦った声を上げるが気にすることは無い。
「サロモン様! 避けてください!」
ダニエルの必死の叫びにサロモンが振り向く。
さぞや慌てていよう。
だがそう考えたイサベルの方が驚いた。
振り返ったサロモンの表情……それは今まで見たことがないほどに笑顔だったからだ。
「良いぞ」
振るわれた大鎌はサロモンの心臓を抉ることなく素手で止められた。
切っ先を握りしめた手から鮮血が流れ落ちる中、怒り狂ったダニエル達がイサベルを取り押さえにかかる。
2人がかりでイサベルを羽交い締めにしながらダニエルは腰の剣を抜き放ちこう言った。
「殺します! いいですね!?」
ダニエルも我慢の限界だった。
いつまでも小娘の見張りを続けるなど屈辱の極みだ。
だがそんなダニエルの気持ちなどサロモンが組んでくれるはずもない。
「駄目だ。許さん」
にべもなく言い放つとサロモンはイサベルを解放させた。
「油断していたとはいえ俺に一太刀入れるとはな。明日からはこの剣を抜いてもよさそうだ」
そう言いながら腰の剣をぽんぽんと叩くサロモン、その表情は傷つけられたとは思えない程実に嬉しそうだった。
「まぁ今日は疲れただろう。飯を食べて寝ると良い」
「……必ず殺すわ」
屈辱に顔が歪むダニエル達を睨みつけながらイサベルはサロモンと共に城の中へと入って行った。
サロモンの手当てが終わった後、松明がかかった部屋でいつものように夕食を摂り始めた。
献立は鹿肉を香草と一緒に焼いたものに白いパン、柘榴、そして松の実、飲み物に葡萄酒。
だが食べ始めて暫く経った後、見張りをしていたダニエルのもとへと知らせが入った。
「サロモン様、どうやらお客様のようです」
「ああ、貴族連中か。構わん、ここに通せ」
食べながら待つこと暫く、ダニエルの案内で次々と部屋の中に入ってくる4名の丸々と太った男達。
赤に黄、宝石をあしらった色とりどりの豪華な服に身を包んだその男達こそトレア王国の貴族たち。
もっと他にもいるが、最初に来たのは彼等だった。
そしてそのうちの1人が恭しく頭を垂れながら挨拶をする。
「お久しぶりにございます。サロモン様」
「よく来たな。おいダニエル。適当に葡萄酒でも持ってこい。まずは駆けつけ一杯と行こうじゃないか」
ダニエルは黙って頷くとその場を後にした。
残ったのは貴族達とサロモン、そしてイサベルだが……ここで貴族達はイサベルを見て眉をひそめた。
「はて……こんな美しいご令嬢は見たことがない。一体どちらからいらしたのですか?」
貴族達は見慣れないイサベルの存在に困惑していた。
誰もイサベルのことを知らなかったからだが、サロモンの返答で疑問は次の瞬間に驚愕へと変わる。
「ああ、この女は俺を殺しに来た……いわば暗殺者だな」
「なんですと!?」
「馬鹿な!」
「なぜ生かして……いや食事を共に……ああもう何から喋ればよいのだ!?」
集まった貴族達は全員イサベルから距離をとる。
先程まで下卑た眼差しを向けていた者も今では汚物を見るような目に変わっている。
「まぁそんな些末なことはどうでもいい。それはそうと……お前達随分と肥えたな」
困惑する貴族達をよそに、サロモンは楽しそうに酒を呷った。




