第16話
フェーデ達が各地に散らばった日の晩、イサベルの家にて……
イサベルは畑仕事の合間に影で作っているものがあった。
包帯を作り、他には傷に効く薬草を採集して保管していく。
またセルバの騎士達やフェーデが怪我をして戻って来たときに使うため。
だがそんなことをしているイサベルに村の女は悲しげな声で話しかけた。
「イサベル……もうやめたほうがいいんじゃないか? あの騎士様以外、まともに動こうって奴は居ないだろうし……」
炉の光だけがある薄暗い家の中。
栗色の髪を僅かに揺らしながら、黙々と手だけを動かすイサベルは村の女の問いに答えない。
諦めの入った人間に何を言っても無駄と考えて。
「イサベル、サロモンにアンタのことがバレたらきっと殺されるよ。やめよう。私たちには過ぎた夢だったんだよ」
「簡単に諦められない。私の父の仇だもの。たとえ相手が誰であってもこれだけは貫き通すわ。いざとなればこれを使ってでも」
そう言いながらイサベルは鞘に収まったままの短剣を鳴らす。
フェーデから借り受けた柄頭に琥珀が埋め込まれた短剣、これの存在がイサベルに力を与えてくれる。
「そうかい……なら好きにしな」
ふらふらとでていく女の姿はまるで年老いた老婆のようだだった。
「諦めてなるものですか……」
誰も居なくなった家の中、再びイサベルは手を動かすことに専念しだした。
そして暫くの静寂の後、なにやら村全体が騒がしくなってきた。
馬蹄の音と、聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。
──ダニエル!!
イサベルは手元の物を放り出し、急ぎ外へと出ていった。
村の中央に馬に乗った一団と村人達がいた。
ダニエルは松明を持った取り巻きを数名連れ、自慢げに一枚の羊皮紙を掲げ何か叫んでいる。
村の人間が既に大勢集まり輪を作る中、イサベルもその輪に加わった。
「何があったの?」
イサベルは近くにいた村の男衆の1人に聞いてみた。
聞かれた男も渋い顔をしているからきっとろくでもないことなのは間違いないだろう。
「村から鉄を差し出せと言ってきてる。うちの村にある鉄といえば農具くらい。ダニエルは農具まで取り上げるつもりだ」
「そんな……」
ひそひそと会話をしながら、ダニエルの顔を見る。
にやにやと、イサベルの父親を殺したときと変わらない嫌な笑みを浮かべている。
イサベルにとってダニエルの笑顔は不快の極みだが更に不快さが増す言葉を吐いた。
「差し出すものがないなら、代わりに若い娘を出してもらおう。だがこれは王の寵愛を受けられるのだからむしろ褒美かな?」
ダニエルはイサベルの方を見ながらそう言った。
冗談を言っているようにしか聞こえないがダニエルは本気だ、言う通りにしなければまた村の人間の首でも飛ばすつもりだろう。
「明日の朝までに城へ納めに来い。ではな」
ダニエルはそう言い残し、取り巻き達と共に馬を走らせ去っていく。
あとに残ったのは途方にくれる農民達だけ。
「……どうするよ?」
暗い雰囲気の中、村の男衆が口々に喋り出す。
「飯は少ない、食い物はほとんど税で持ってかれる。挙句の果てには農具まで……俺たちはどうやって畑を耕せばいいんだ」
「サロモンの言う通りになんかしたくねぇ。それにこのままじゃ冬は越せん。だったらいっそ……」
「やめとけよ。勝てるわけねぇだろ?」
男衆は言葉の節々に怒気を含ませていた。
不満は溜まり、反乱を起こすことさえ考える。
だが同時に自分達の力がサロモンに通用しないことも理解している。
八方塞がりだ。
そんな中、イサベルの口から出た言葉に、その場にいた全員が振り返った。
「私が行くわ」
「は?」
「私がサロモンの所に行くと言ってるの。うまくいったら寝首をかける。ダニエルだって殺せるかもしれない」
イサベルは短剣を握りしめながらそう言った。
「いや待てよ。イサベルが行くことないだろ。大人しく物を差し出した方がいい」
「あいつに何されるか分からないんだぞ。やめてくれイサベル」
皆口々にイサベルの意見に反対した。
他にやりようがあるはずだとそう言いながら。
だがそんなもの、あるわけもない。
一通り村の住民の意見を聞き終わった後で、イサベルが出した結論はこうだ。
「さよなら皆」
「おい待てって!」
イサベルはトレア城に向かって走った。
勇気を下さい。
そうフェーデの短剣に祈りながら。




