第12話
暗い夜の闇、メリョス村にほど近い森の中では恐怖に震える村人たちが身を寄せ合っていた。
そんな中イサベルは栗色の髪を夜風になびかせながらトレア城の方向を真剣な眼差しで見守っている。
柄に琥珀の埋め込まれた短剣を握りしめ、そこで戦っているであろうフェーデの勝利を信じて。
「イサベル、見つかったら大変だ。ちゃんと隠れないと」
「必要ないわ。あの人たちは野盗なんかじゃないもの」
村の女が見かねて呼びに来た。
「イサベルはあいつらの正体を知ってるのかい?」
「あれはフェーデ様達。私達を助けるためにサロモンを倒しに向かったの」
「はいッ!? 騎士が王様に反逆したのかい!? そんな馬鹿な」
驚いた女は素っ頓狂な声を上げながらイサベルを見る。
「そう、だから安心していいわ。あの方なら必ず勝って帰って来る」
「ははっ……そりゃいいねぇ」
イサベルと村の女は森の外へと歩いていく。
落ち葉と地面に露出した木の根をブーツで踏みながら歩く。
そしてやっと森の外に出た2人はトレア城の方角に目をやると、驚いた。
「なにあれ……赤い」
「火事だ」
トレア城の方角が赤々と輝いていた。
今は太陽が出る時間でもない、つまるところあれは火事、それも大規模なものだ。
「あっ! 誰かこっちに来る!」
現れたのは馬に乗った騎士が一騎。
イサベルはその姿を見て心が躍った。
フェーデだ、フェーデが勝利して戻ってきた……と。
だが現実はそんなことは無かった。
「え?」
馬に乗っていた騎士の身体が急激に傾く。
そしてそのまま力なく地面に崩れ落ちてしまった。
「怪我をしてる! 大丈夫ですか!?」
「あっ、ちょっと待ちなイサベル! サロモンの側かも……ああもう!」
急ぎ駆け寄るイサベル、彼女が見たのは夥しい血を地面に流し続ける真新しい騎士の遺体だ。
「し、死んでる……」
血に濡れた首筋に触れその場にへたり込むイサベル。
先ほどまで生きていたであろうその騎士はまだ若い男だった。
「イサベル! どうしたんだい?」
「この人死んでる……」
呆然とするイサベルが遺体から目をそらし、トレア城の方を見る。
「ああそんな神様……」
トレア城の方角から次々と現れる人影の群れ。
抜き放った剣を引きずり馬から降りて歩く者、折れた槍を腹や肩に受けたままの者、腹の亀裂から細長い肉の紐をぶら下げている者と、その姿は様々でとても痛々しい。
騎士というよりは墓場からよみがえった亡霊、あるいは幽鬼のようだった。
「貴方方は……一体」
近づいて来る顔から血の気が失せた騎士に恐る恐る話しかけてみた。
もしかしたらフェーデの仲間ではないかもしれないと淡い期待を寄せながら。
「俺たちは……セルバの騎士……フェーデ様の騎士だ」
「そんな……」
騎士も、そしてイサベルも絶望の表情を浮べた。
「ッ! フレデリーコ様は? あの方は何処に!?」
「分からない……途中ではぐれちま……た」
その騎士はそれだけ伝えると目を開けたまま落馬した。
「あの騎士様が……負けたってのかい?」
「行かないと……」
「イサベル!? ちょっと待ちな! 行っちゃだめだって!」
単身走り出したイサベル。
向かうのはトレア城だ。
「ああ……痛いな……」
散り散りになったセルバ騎士団は東西南北様々な方向へと馬を走らせた。
多くはセルバの森、あるいはメリョス村方面へと逃れたものの、それが叶わなかった者も居る。
そしてフェーデもその1人だ。
「皆無事に逃げられたか……?」
フェーデが逃れたのは東、まばらに木が生えた草原だ。
幸いにも追手は居ないが仲間も居ない。
ベニートとも途中ではぐれ、馬もどこかに消えてしまった。
「私の指揮が無謀だったのか? いやセシリオが裏切らなければ……ああクソッ、頭が回らん」
傷口からの出血は収まりつつある、だが出血に加えて疲労も思考を鈍らせる要因となっていた。
「なんとか仲間に合流しないと……」
トレア城の前まで来たイサベルは絶望の眼差しでそれを見ていた。
夜空へと高く立ち上る煙、赤く煌めき大地を燃やす炎、セルバの残党を殺し身に付けている鎧や高価な武具を剥ぎ取るサロモン側の騎士達の姿がそこにはあった。
「そんな……」
気付けばイサベルは涙を流しながらその場に座り込みうつむいた。
もう自分達の為に立ち上がってくれる騎士はいない、救ってくれた人はもういない。
イサベルの唯一の希望が絶たれた瞬間だった。
「はっは! セルバの騎士は女まで戦場に連れてきていたか。よし、今日の宴は貴様の花を散らして余興としよう」
「…………」
いつの間にかイサベルの周りにはサロモン側の騎士達が舌なめずりしながら近寄ってきていた。
フェーデとは違う、清廉さも高潔さも一切感じられない下卑た男。
きっと酷い扱いを受けるだろうが、今のイサベルにはどうでもいい。
もう、楽になりたかった。
「さぁこっちにこい。貴様の態度によっては俺の奴隷にしてやってもいいぞ」
騎士が嬉しそうにイサベルの腕を掴んだ、その瞬間だった。
「ん? なん──ぎゃああっ!?」
突然騎士が悲鳴を上げてイサベルから離れる。
聞こえてくるのは馬蹄の音。
「え?」
すっとんきょうな声をあげながら顔を上げると、そこに居たのは一頭の馬。
どこか見覚えのある馬だ。
そしてその馬はまるでイサベルに乗れと言わんばかりに身体を傾けてきた。
「貴方は一体……」
困惑しながらもイサベルはその馬の背に跨がった。
「逃がすな!」
そう叫ぶ騎士を尻目に、馬は追撃を振り切り東に向かって全力で走り出した。




