リオ独白
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
両親を早くに亡くし、俺と妹のノアは村長(むらおさ)に育てられた。
若い頃剣術道場を開いていた村長は遊びの延長として剣技を教えてくれた。それはどの遊びよりも楽しくて、日に日に上手くなるのが嬉しい。ノアともよく稽古した。
そんなある日。
『なんだこれ……?』
生まれた時からある手の甲の痣が急激に広がり、紋章が現れていた。
村長はそれを見て驚愕したと同時にどこか哀しそうに俺に言った。
『いいかリオ、お前には魔王を封印する使命が与えられた。旅に出て仲間を集め、使命を果たすのだ』
『それって……どういうことだ?』
『勇者に選ばれたんだよ』
訳を理解できないまま、王都シュタインメッツの国王に謁見し、歴代の勇者が使ってきた宝剣、エリシオンを渡される。
王族に伝わる歴史には鑑定スキルを付与する為に妖精を仲間にするよう書いてあるらしく、その足で妖精の森にひとりで向かった。
『お待ちしておりました勇者様。お役に立てるスキル持ちを集めますので暫くお待ちください』
『……森を見て回ってもいいかな』
『どうぞごゆるりと』
妖精の森に人間が出入りすることは稀らしい。ひそひそと噂をする妖精の声がどこに行ってもする。
人間の住むところよりもマナが多く空気が澄んでいて綺麗な場所ではあるけど、居心地はあまり良くない。
声のしないところに出たと思えば、そこは泉だった。もしかしたら動物も多く来るから妖精は近付かないのかもしれない。
座ろうと地面を見れば、小岩の上で寝ている妖精がいた。
(……ここで寝てたら危険じゃないのかな)
何も身体に掛けていなかったからハンカチをふわりと掛け、隣に座って泉を眺めた。
(これからどうしたらいいんだろう……)
『んん……?』
目を開けた妖精はゆっくりとした動作で上体を起こし、影を作ってた俺に気付いて見上げた。
『にににに人間なのよ⁉』
勢いよく目の高さまで飛び上がったけど掛けてあげたハンカチはちゃんと持っている。
『起こしちゃったかな』
『あなた……噂の勇者なのよ? なんでこんなところに……あ、これ……、どうもありがとうなのよ』
ハンカチを受け取って畳み、ポケットに戻した。
『妖精王が仲間になってくれる妖精を見繕ってくれるんだって。俺はちょっと……観光、かな。君はなんでこんなところで昼寝を?』
『噂がうるさいから離れたのよ。どうせ私が選ばれることはないし』
俺と一緒の意見を持ってて少し親近感が湧いた。
『俺はリオ・フィールダー。君は?』
『フィエスタなのよ』
『フィエスタは選ばれたいと思ってないんだな?』
『思っても仕方ないことなのよ。そりゃ、勇者と契約すればこのつまらない森からも出られるし憧れはなくはないけど……大したスキルは持ってないのよ』
俺ならこの子の願いを叶えてやれる。
けど、知り合いになったってだけで魔王と戦う為の仲間にしてもいいのか。この森にいたほうが安全なのは確実だ。
『……俺も、剣技くらいしかできないよ。役に立つスキルよりも、気安く話せる仲間が欲しいな』
『そんなんじゃ魔王を斃せないのよ?』
『はは……、その通りだ』
『あなた、今までの勇者と全然違うのよ。なんていうか……応援したくなる。頑張れなのよ、リオ』
『……ありがとうフィエスタ』
俺は妖精王に進言した。フィエスタが承諾するなら、彼女を仲間にしたいと。
それからいろんな街をふたりで周り、仲間を集めた。
国王のお触れで俺の見た目とか仲間を探してることとかが広まっていて、どこに行っても「勇者様」とか「リオ様」とか持て囃される。つい最近まで小さな村の、ただ剣技が好きなだけだった俺に、どうして期待なんてするのか分からなかった。
魔王を封印するのは俺にしかできない。そう聞かされた。だからみんなが期待する。頭では理解できる。
でもなんでそれが、俺だったんだ。
村長に教わった剣技はレベルが高かったらしく、ほとんどの魔物は相手にならなかった。フィエスタの意見を取り入れたパーティー編成のお陰か、仲間の支援があればそう手古摺ることもない。みんなは魔族も魔王も斃せると自信を付けていたようだった。
(魔王を封印すれば戦いは終わる……勇者も、いらなくなる)
ノアは、村長は元気だろうか。随分旅が長くなってずっと逢えていない。
(早く帰りたいな……)
ある街に着くと、魔物の被害に遭った場所の情報が貼り出されていた。その情報を元にどこに出没しやすいか、次に狙われるのはどこか当たりを付ける為にいつも確認している。
×を付けられたひとつは、俺の故郷アーデンだった。
被害に遭ったのは場所の情報だけで、犠牲者までは書かれていない。きっと、村長の剣技があれば大丈夫だ。今は早くこの旅を終わらせることだけを考えよう。大丈夫。大丈夫だ。
『どうしたのよリオ?』
『いや……ううん、なんでもないよ』
いつの間にか愛想笑いは得意になっていた。
それから、自分でも呆れるくらい無茶な戦い方をするようになった。仲間には一切傷を負わせない。俺が前に出れば、盾になれば守れる。
仲間たちは俺を頼りにし、好きなようにさせてくれた。
(魔王なら、俺を終わらせてくれるかな……)
俺が死んだら、人間は魔物に襲われ続けやがて滅びるだろう。
それは、ダメだ。
沢山の人たちが期待してくれてる。ひとりひとりに大事な人たちがいる。守らないと。
俺がどうなろうと。
魔族との戦いは、魔物とは比較にならないくらい苦戦を強いられた。魔王はこれ以上に強いはずだ。けど、斃すことが目的じゃない、封印できればいい。隙を付ければきっと成し遂げられる。
それで、勇者をやめるんだ。
『リオ……俺のものになれ』
魔王にそう言われて、本当に意味が分からなかった。
勇者なのに? 魔王のものに? なったらどうなるんだ?
魔王は、ゼストは勇者としてじゃなく、ただひとりの俺を見てくれたと気付いて、もっと混乱した。
覚醒してからずっと勇者としてしか見られてこなかった。
なんで、魔王のお前がそれをするんだ。
俺が求めていたことを。
ゼストのものになったら、俺は勇者をやめられるのか?
いや、魔王がいる限り、俺の願いは叶わない。
だから戦った。
いつものように俺が前に出て、仲間の盾になって。
ゼストの攻撃を受けた時、ノアと村長の顔が浮かんだ。
ふたりがまだ生きていたら、申し訳ないけど、これで、逢いに行けたらいいな。
そんなことを思っていた。
不老不死になったと知って、これは罰なんだと思った。
勇者という役割を放棄して死んだ俺への罰。
ゼストもフィエスタも、俺を俺として見てくれたこと、嬉しかった。
そんなふたりが望んでくれるなら、生き続けてみてもいい。もう誰も俺を勇者として見る人のいないこの世界でならと、希望を持てた。
けど俺がゼストの気持ちに応えられない所為で、魔物が人間を襲いだした。
また誰かが傷付く。
人も、ゼストも、俺の所為で。
なんで。
なんで俺だったんだ。
俺を好きになってくれたゼストを封印できるのが、なんで俺だけなんだ。
一度死んでも俺はまだ勇者で、役割が終わることはなくて、俺に自由なんてない。
永遠に。
勇者になんて、選ばれたくなかった。