#78 訪れたその時
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
「ふぇ……。わ……私、ですか? アルカナさんではなく?」
「……はい」
めっちゃアプローチしようとしとるぅうう!! 熟女好きなの⁉ 歳の差はえっと……23歳だぞ⁉
確かにシエラは童顔だから歳の割りに若いまま不老不死になったけど。
でも好きな人いるし女性しか対象じゃないし、早々に事情を話して諦めてもらったほうがフリードの為だ。
「えとえと……とりあえずお茶にしますか?」
立ち話しもなんだし、お茶飲んで一旦落ち着こうか。
シエラは厨房に着くとまっすぐ行けば食堂だから待っているように伝えた。
私は厨房に入った。
「あれはどう見ても狙ってるのよ……早くお断りしたほうがいいのよ」
「フィ、フィエスタさん⁉ 聞いていたんですか⁉」
「シエラって男性に言い寄られた経験はあるのよ?」
「まさか! ありません! 私のどこに惹かれる要素があるんですか……ましてひと目でだなんて。獣人が珍しいだけですよきっと」
ああ、そうか、この子自分に自信がないんだ。そう考えてみると思い当たる節がある。
普段から明るい人って、本心が分かりにくい。
「じゃあ私も獣人として同席するのよ」
「では紅茶もご用意しますね」
「一応、アメイズって呼んで」
“妖精王に啖呵切って勇者と連続で契約したフィエスタ”は名前が売れ過ぎてる。スピアーノにも知られてるはずだ。
食堂に着くとフリードは入口に近い席に座っていた。
私たちはふたつほど距離を空けて席に着く。
「魔族のアメイズなのよ」
「……あ、絵本の作者の⁉ 獣人だったとは、知りませんでした。……美味しい」
「ありがとうございます」
「これはシエラさんが?」
「え? はい……」
「俺もコーヒーよく飲みますけど手軽なインスタントばかりで……やっぱり違いますね」
私の存在一気に忘れたなこいつ。獣人どうのの線は消えた。
シエラ、ほら断って!
「分かります! でも私もまだまだなのです」
いや盛り上がってどうするの!
「十分美味しいですよ。でも向上心があるっていいですね」
「……あ、りがとう、ございます……」
あからさまなアピールに流石に自覚できたか。
でも、なんで言わないの? やっぱり初対面の人にカミングアウトするのは勇気がいるから?
ここはお節介な友達として私から引導を……。
「お前が今度の勇者だな?」
アルカナ⁉ 最終決戦の間で待ってる予定じゃなかったっけ⁉
「……この黒いオーラは、……魔王⁉」
「アっ、アルカナさん⁉ えとえと、勇者のフリード・エクストレイルさんなのです」
「そうか……。封印するならしろ。そうすれば魔族もみな眠りに就く。お前の役割だろう?」
どうしたのこの魔王然とした態度は。クロスの時とは大違いだ。
もしかして……嫉妬?
だとしたら魔物が暴れる可能性がある。私に何かできることってあるの?
「魔族も……?」
フリードが真意を確かめるようにシエラに視線を送る。それに気付いただろうに、シエラは目線を合わせなかった。
「どうした勇者。何か気掛かりでもあるのか?」
「……俺は、シエラさんのことをもっと知りたい。だから眠られちゃ困る。封印はまだしない」
「……私からシエラを奪う気か」
「……!」
空気がピリ付く。これは、まずい。
「アルカナさん……私はどこにも行きません」
シエラがアルカナに近付き、そのまま抱き締めた。
少しだけ空気が和らぐのを感じた。
「不謹慎ですけど、私今ちょっと嬉しいんです。アルカナさんに必要とされてると、自惚れてもいいですか……?」
「……シエラ?」
私たちに見えるように、アルカナと唇を重ねた。
や、やるじゃない……ちょっと見直したわ。
「えとえと……アルカナさんとはこういう関係でして、私のことを知りたいというお気持ちは嬉しいのですが、私にはアルカナさんしか見えていないのです」
「……でも、女性同士じゃ……」
「はい。私はレズですから」
「そ……ですか……」
見事なまでの当て馬っぷりだったわ。お疲れ勇者。
「で、でも男が苦手とかじゃないですよね? もしかしたらそう思い込んでるだけかもしれませんよ!」
引き下がらないだと? メンタル強いな。ナンパ慣れでもしてるの?
「確かに、男性に惹かれたことがないという経験則で判断しています。男性も好きになれるのかもしれない……けれど、そんな僅かな希望を追うよりも、今好きな人を好きでいたいのです」
この60年はちゃんと意味のあるものだったんだ。
好きになっちゃいけない人を好きになったと泣いていたシエラが、こんなふうに言い切れるようになるなんて思ってなかった。
「……分かりました。済みません、ズケズケと」
「い、いえいえ! でもお気持ちは嬉しかったのです。私は不老不死ですし、フリードさんはともに歳を取れる方と一緒になってください」
「……ありがとうございます」
フリードはへらっと笑ってみせた。
この短い時間じゃ人となりなんて分からないけど、ちゃんと良い人だったな。
私はこういう距離の詰め方してくる人苦手だけど。
お茶を飲み終わり食器を片付けてから、私たちは封印された。
それから約100年後、勇者の誕生によって封印が解ける。
立ったまま寝ていたような感覚だ。身体的には契約時の状態に戻ってるから特に違和感はない。
「暗いのよ……」
動くと人感魔石が反応して明るくなる。
時計を見ると短針は4を指していた。
朝の4時? 夜明け前に生まれたのか。
「封印というのは暇だな」
「そういえば絵本によると魔王さんには封印中の意識があるんでしたね」
「お前たちはないのか」
「ありませんでした。夢も見ずに熟睡していた感覚です」
「ちょっとなんなのだわ⁉ こんな夜中に強制的に起こされたんだわ⁉」
アトラージュは事情を理解できてないな? 妖精の姿のまま飛び起きたみたいだ。
簡単に説明したけど、寝て起きた感覚だから100年後なんて実感はない。
明るくなったら何年何月なのか調べに行かないと。完全に浦島太郎状態だ。
「折角ですからアルカナさんも魔物さんの身体をお借りして外に出てみませんか?」
「うむ……。興味はある」
100年経って積もり積もった掃除は狼たちに任せて、私たちは外を見て回ることにした。
支度をすると、馬車でひと先ずシェアハウスの様子を見に行く。
無人で貸し出してたけど、魔術で支払わないと出られず延滞料金が発生し続けるようになっている。支払い方法は魔石同士を翳すまさにタッチ決済。
売り上げを回収するとカヴァーリへと向かう。いろいろ買い出しだ。
街では、ついに魔石で動く車が発明されていた。
そのうち馬車は行き交わなくなるんだろうな……免許とかあるの? 私たちに取れるの?
「100年でこんなに変わるものなんですね……」
「最初にリオが死んでからの300年も凄い変わり様だったのよ」
それから15年前後で約100年間封印されるのを繰り返した。妖精の時間感覚も要因かもしれないけど、年月がどんどん経つ割りに活動できる時間が少なくて、あんまり長生きしてる感じがしない。
そして、何千年か経ってその時は訪れた。
最終決戦の間から、勇者ソアラ・アコードが食堂に転移させられて戻ってきた。私たちが封印されていないのに、だ。
「……済みません。すぐに封印するか、ちょっと考えてみます」
「そ……そうなのよ? 客室に案内するのよ。夕食はここで食べるのよ?」
「……あ、ありがとうございます……」
「腹ぺこなんだぜ! 良かったんだぜソアラ!」
「うん……そうだねステルヴィオ」
案内はするけど、何があったのか気になり過ぎる。
エントランスに転移して来た勇者には毎回、勇者と魔王の歴史について確認は取ってる。何千年と経っても絵本はちゃんと受け継がれているようだ。
フリードの言葉を受けて3代目魔王の存在も広めたほうがいいと思い、私は絵本の2巻も出版……というか王都に寄贈した。リーフの頑張りを後世に残す為と獣人の地位向上の目的もあったけど……今それはいいわ。
確認の時は、“封印の為に来たしじゃあ魔王に会います”、的な感じだったのに。
「アルカナと何か話したのよ?」
「え、は、はい……。俺ちょっとびっくりしちゃって。……その、なんていうか……」
「言い寄られたんだぜ」
言い淀んだソアラに代わって、ステルヴィオが言葉を繋いだ。
アルカナってレズじゃなかったの⁉
言われてみれば可愛い人に反応してた気がする。リオもアリストも触れる前に制止させられたりで、見たことがないだけだったんだ。
男性の勇者が続いてたからまだ当分代替わりの話しは出ないなと思ってたのに。
ソアラは前髪で両目を隠している。顔の良し悪しでひと目惚れなんてことにはならなそうだ。
最終決戦の間で他に話ししたのかな。
「……アルカナのこと考えようとしてくれてありがとうなのよ」
マイナスの感情を持つと魔物が暴れるという魔王の性質上、答えに詰まってくれたんだったら優しい子だ。
「勇者だからとか魔王だからとか、役割のことは抜きにして、ソアラの気持ちで答えを出して」
「……いいんですか?」
「義務感で付き合ったりしたらそれこそアルカナをモヤモヤさせるのよ。恋愛においてマイナスの感情をずっと持たないなんて難しいのは分かってるのよ」
「それは……そうですね」
経験者かな? 話しが早い。
「ちなみに今好きな子はいるのよ?」
「……いえ」
「あ、ここなのよ。夕食になったら呼びに来るのよ」
「……ありがとうございます」
リオみたいに脈ありで保留にしてるのかなんとも言えない。
周りの初恋成就率は高いけど一般的には叶わないことが多いし、アルカナが失恋したらいっぱい話し聞いてあげよう。
その前に、シエラだな……。
もう何百年……世間的には何千年だけど、私たちの前だといつも通り過ぎてどうなってるのか分からない。もし上手く行ってなかったらと思うと訊くのもなぁ……。
私が食堂に戻るとシエラの声が聞こえてきた。
「運命のお相手が現れたんですね⁉ 応援しますっ!」
「心が浮き足立つようだ……これが恋か」
めっちゃ恋バナしてるじゃん……。
リオに片想いしてた初代と似てる。なんだか懐かしい。
けど、シエラの言葉は本心なんだろうか……。
「シエラもこういう気持ちを私に向けていたのか?」
「……はい、きっと。でもでも、私はアルカナさんが幸せになってくれたらそれでいいんです! 夕食はもう準備してしまったのですが……明日の朝は頑張ってお料理しますねっ!」
「あまり朝は入らんぞ。だが、気持ちに感謝する」
「では夕食を運んできますねっ!」
厨房に向かうシエラに、手伝うという名目でついていった。
「シエラ、……その、大丈夫なのよ……?」
「ふぇ?」
「アルカナが勇者を好きになったこと……」
全然上手い切り出し方じゃない……。こういうのどうすればいいか分かんないわ。
「大丈夫ですよ。もしリーフさんの時くらい短期間で運命の勇者さんが現れていたら心の整理が付かなかったかもしれません……。ですが、十分長くアルカナさんと一緒にいられて、恋が愛に変わったと言いますか……アルカナさんを応援したい気持ちに嘘はありません」
もう人の一生分以上は長く一緒にいた。苛烈なものから穏やかな感情へと変化するというのはよくある。
哀しくなってないのならいい。
「シエラはあんまり本心を言わないタイプだって分かってるのよ。話しくらい聞くから、抱え込んじゃダメなのよ⁉」
「大丈夫だって言ってますっ! フィエスタさんは心配性なところがありますっ!」
明るく言い返せるくらいなら杞憂かな。
「……ありがとうございます。魔族になることを反対しないでくださって……。私、後悔していませんよ」
その微笑みは言葉に説得力を持たせるものだった。
「よかったのよ……」
ほぼ全キャラ出揃ったので残りの登場人物、名前の意味一覧。ついでに誕生日。
クロス・オーリス(三菱・トヨタ)
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イース・アリオン(ダイハツ・トヨタ)
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セルシオ・パノス(トヨタ・)
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ヴァーソ・アバルト(トヨタ・)
多才、多様・人名
フリード・エクストレイル(ホンダ・日産)
自由・Xスポーツ、荒れた道
スピアーノ(マツダ)
広々とした場所
ソアラ・アコード(トヨタ・ホンダ)
最上級滑空機・調和
7月11日(蟹)
ステルヴィオ(アルファロメオ)
イタリアにある峠
ここまで来ると最早意味を調べてから名付けてます。
最上級滑空機ってなんだよって思ったけど。
響き可愛いから。
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