#77 こじれた60年
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
「あの……少し、相談みたいなものをしたいのですが……」
みたいなもの?
表面的には明るいけど、シエラは気持ちを溜め込むような性質がある。
これは聞くしかない。
「アルカナとのこと? 私も恋愛経験豊富ってわけじゃないから大したこと言えないかもだけど」
「確かに妖精さんの感覚とは違うのかもしれないですね……」
「アトラージュと一緒に聞くのよ。“3人寄れば”って言うのよ」
アトラージュの部屋に行くと、その場で相談みたいなものが始まった。
「私……リオさんたちに逢うまで、誰にもカミングアウトしたことがなかったんです。だから勿論、相思相愛なんて経験がなくて……アルカナさんに求められて嬉しいのに、戸惑いもあって……そもそもアルカナさんは私をそういう意味で好きで触れてるのか……ただ私が許すからなんじゃないかって……」
流石にアルカナの気持ちまでは分からない。
ただ、受け止めるだけで返してくれないシエラにもやもやしてたのは確かだ。
「好きでもない人にも性欲って湧くんだわ? 人間って大変なんだわ」
「年中発情期なのは人間くらいなのよ。歴代魔王は……アリストは知らないけど、性欲が強い傾向にはあると思うのよ。回数重ねないと代替わりできないからそういう遺伝子的な何かがあるのかも。でもアルカナが欲の発散の為だけにシエラを利用してるとは思えないのよ……。行為中何か言葉とか言われてないのよ?」
「言葉……ですか?」
「自分か、シエラに対してどうしてほしいとか……」
「うぬぅ……気持ちいいかの確認くらいでしょうか……」
言葉責めじゃなくて気遣いのほうかな。
シエラの気持ちをアルカナは知ろうとしてるのかもしれない。
「……もしかしてシエラってマグ……えっと、自分から何かしたりはしないのよ?」
「えとえと、その……いつもいっぱいいっぱいでして……!」
60年前から続いてる関係じゃないの⁉
「よく分かんないけど、そういうのって慣れるものじゃないんだわ?」
「恐らく普通ならそうなんですけど、誰かが亡くなった後というのが多かったので、忘れた頃にという感じで……」
「じゃあ数十年ごと? あたしたちにとってはあっという間なんだわ」
魔族なりたてで人間の時間感覚のままなのは仕方ないか。
シエラはずっと暦を追っている。だから私もリオが死んで何年経ったか把握できてる。
「性行為ってコミュニケーション……だと思うのよ。抱き締められたら抱き締め返して、手を握られたら握り返して……そういうのがないと多分、アルカナだって満たされることはないと思うのよ……?」
妖精として経験があったらおかしいから、経験談で話せないのって難しいな。
「……た、確かに恥ずかしいことに耐えるのに必死で、何か反応を示したりはできていなかったと思います……」
「そういうことも言えばいいんだわ? 行動できないなら言葉から始めるんだわ!」
「な、なるほどです……」
「あたしもクロスの気持ちをずっと知らなかったんだわ。訊いてみたらちゃんと答えてくれて、言葉自体もだけど、気持ちを知れたことが嬉しかったんだわ」
アトラージュ良いこと言う。一緒に話し聞いてもらってよかった。
「自分の気持ちくらい言っていいのよ。それでアルカナにどう思うか訊いてみるのよ。気持ちを知るのは怖いかもしれないけど……お互いもやもやしたままズルズルするのはどうかと思うのよ」
「……アルカナさんがもやもやしてるんですか?」
「……シエラはアルカナのこと見てるようで見てないのよ?」
「え……?」
「分かったんだわ! あなた頭の中だけで考え過ぎなんだわ。自分も相手も頭の中で動かして想像と違うことが起きるとまた考え直して、それで今自己完結できずにいるから相談してるんだわ。相談というかあたしたちの言葉から新しい考えを見つけようとしてるんだわ。想像と違うなんて当たり前のことなんだわ。他人の心なんて大半理解できないんだから! なんだかバカバカしくなってきたんだわ! 考えてばっかりいないでさっさとアルカナと話してくるんだわ!」
ひと言多いよアトラージュ。でも言ってくれてありがとう。
「アルカナの気持ちが分からないからもやもやしてるんでしょ? 自分が求めてる答えでもそうじゃなくても、聞かなきゃ前に進めないのよ。シエラが何を望んでたとしても、アルカナの気持ちを優先させるって約束したのよ? 優先させるその気持ちを知らないでどうするのよ」
「……その通りなのです。私、訊いてみます。気になること全部」
元々行動力はある子だから決めたらやり遂げるだろう。
恋愛というのは本当に、人を変えてしまうものだ……。
その日の夜、アルカナから私の部屋に行っていいか念話があり、了承すると転移してきた。
ささっと描いてた絵を抽斗に仕舞い、アルカナにはベッドに座るようすすめた。
「……答えは纏まったのよ?」
「シエラが私に自分の気持ちを話してくれた。会話をすることが大事だと始めのうちに教わったはずだが、私はそれを随分怠っていたらしい……私からも訊かなかったし、言葉を尽くそうとしていなかったことに気付いた」
アルカナはアリストに似て喋るほうじゃないんだよね。特に自分のことは。
それを言うと私も人のこと言えないんだけど。
「シエラのことは好き?」
「……それは間違いなく肯定できる。だが、この感情が祖父君(おじぎみ)とリオ、父君とリーフとの間にあったものと同じなのかは分からん……。シエラは常に傍にいて、私を受け入れてくれる。それに甘えているだけではないのか……シエラの推測通りかもしれないと、思った」
初代もアリストもビビビ婚だったからな……。
生まれた時から近くにいたひとりだったシエラと、先に身体の関係を持ってしまったことで感情が追い付いていないのかもしれない。
同じ“好き”なのか、私にも判断できない。
「その話しをシエラともしたんでしょ? なんて言われたのよ?」
「……傷付いたような顔を、一瞬見せた。すぐにいつもの明るさで、」
『自分の気持ちが分からないのはよくあることです! アルカナさんに好きになってもらえるように、頑張りますっ!』
あの子はまた自分の気持ちを隠したんだ。
アルカナにマイナスの感情を抱かせない為にはきっと最善なんだろうけど……正解だとは思えない。
「愛の形……っていうのは随分前に話したと思うけど、人それぞれなのよ。リオたちとまったく同じなわけがないし、同じじゃなきゃいけないわけじゃない。甘えることだってひとつの愛情表現なのよ。私が見てきた初代はリオに甘えてたし、リオは受け入れて甘やかしてたのよ。関係性は似てると思うんだけど?」
「うむ……確かにな」
「先にシエラから告白されちゃったから、きっと自分の中で熱量が上がりきってないままなのよ。それは性行為では得られないことだと思うのよ。相手に何かしてあげたい、一緒にいたいって刹那的じゃない想いも大事なのよ。普段からそういう想いが湧いてこないなら、シエラの為にも身体の関係は終わらせて」
「……今まで湧いたことがないんだが、それが答えということか?」
「……どんな答えを出すのかはアルカナの自由なのよ。これは私なりのひとつの意見。参考程度にして。結局迷わせたままだと思うけど、アルカナ自身がどうしたいかで決めるのよ。……あなたは、魔王なんだから」
とても卑怯な纏め方をした。
「……そうだ、お前はズルイやつだったな……。私に対して優しくしようとしない……だが、忌憚のない意見に感謝する。もう少し、向き合って考えてみよう」
私に解決してあげることはできない。だから自分とも相手とも向き合って、頑張って。
数か月後、クロスが死んで1年くらい経った頃、勇者が生まれた気配をアルカナが察知した。
本来封印後100年前後は勇者は生まれないけど、生きてるうちに紋章が消えたり封印せずに寿命を迎えたりで間隔がバラバラだ。
流石に今回は封印されるかな。
また15年前後だと思ったら、20年経ってようやく「勇者が謁見しに来た」とシュタインメッツ側から報告が入ってきた。
「随分遅いのよ」
「単に覚醒が遅かったのか、勇者が謁見を面倒臭がったか」
「そんなことあるんですか⁉」
「シュタインメッツに出向く必要があるからな。勇者クロスとてストーラから直接ここへ来たほうが早かっただろう」
「言われてみればそうなんだわ!」
勇者に謁見を強制させているのは、王都近くにある妖精の森へ寄らせて、妖精と契約させる為だろう。勇者が訪ねてこなくなれば妖精たちが暴動を起こしかねない。外に出られる希望が断ち切られることになってしまうからだ。
妖精にとって勇者の来訪は一大イベントになっている。
「それに魔王を封印せずとも長らく魔物は暴れていないからな。周囲に持ち上げられ期待されることがなくなった勇者は、ただの面倒な役割だと思っても不思議ではない」
私たちとしては、来ても来なくてもどっちでもいいんだけど。
でもまぁ、魔族となった今となっても一大イベントだ。初代が戦闘で生き生きしてたのはリオが相手だったからだけじゃなかったのかも。
また妖精が来るから私とアトラージュは姿を見せないほうがいいだろう。まさかまた知り合いじゃないとは思うけど。
それからまた随分のんびりと、3か月経ってようやく勇者は現れた。
出迎えはシエラだ。獣人に差別意識があるか確かめる為なのか、耳と尻尾を出している。
私は好奇心に勝てずこっそり様子を窺う。
エントランスに転移された勇者は成人男性だ。勇者と言うより傭兵感あるバンダナ男子。
「獣人だっ。初めて見た……」
「初めまして、魔族のシエラと申します。勇者さんで間違いないですか?」
「……あ! えっと、フリード・エクストレイルって言います。こっちは妖精のスピアーノ」
ぺこりと頭を下げた妖精も男性だ。顔は知らないけど“誰も声を聞いたことがない”と有名で名前だけは知ってる。
フリードは手袋で隠していた勇者の紋章を見せた。
「絵本や学校の授業で習われたのは、恐らく2代目のアリストさんまでですよね? 魔王さんは今3代目でして、アルカナ・ヴェラールさんというお名前です」
「確か演説をした勇者リーフが3代目を生むって宣言したって……それ以降何も伝わってないですけど、実現してたんですね」
「すぐに封印しますか? 私たちはいつでも構いませんので、タイミングはフリードさんにお任せいたします」
「え? そんな感じなんですか?」
「公表はされてないのでご存じないかと思いますが、リーフさんとフリードさんの間にもうひとり勇者がいらっしゃったのです。その方はアルカナさんを封印しない道を選びました。それでも魔物の被害はなかったはずです。なのでフリードさんのタイミングで大丈夫ですよ」
「……」
シエラは予め決めていた通りをフリードに伝えている。これは総意だ。
今回の勇者はどうするだろうか。
「……もうちょっと、教えてもらえませんか……、シエラさんのこと」
シエラのことなの⁉
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