#72 母親
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
「海なのよー!」
パノスはほとんど海に囲まれた細長い街だ。北側は崖になってるけど南側は砂浜がある。東側は港だ。領主の屋敷は北側にある。
「海は初めてっすか? アリストもでしょ? 晴れててよかったっすね」
「ここで生まれ育ったのだな……良い景色だ」
「あんまり良い思い出はないっすけど……景色は良いっすね」
「……」
暫くすると街に入り、露店を流し見しつつ徒歩で屋敷へ向かう。ここから私は人間サイズだ。
めっちゃ視線を感じる……。
繁華街を抜け、分かれ道を北側に進むと領主の屋敷が見えてきた。流石に立派な建物だ。
表ではなく裏門に回り、壁に埋め込まれた魔石にリーフの魔石を翳す。
ガチャンと鍵が開いた。スマートキーかよ。
「僕の部屋まだあるかな……、とりあえず母さんを探しますか」
「リーフは私服のままでいいの?」
「執事長・メイド長には裏門から誰が入ってきたか伝わってるんすよ。まぁ大丈夫じゃないっすかね?」
「じゃあリーフのお母さんにも連絡が行くのかしら?」
「この魔石、通信は制限されてるんすよ。お喋りでサボるやつとかいるんで」
人を多く雇うといろんな問題が起こるからなぁ……。魔石が便利過ぎて規制も大変だ。
リーフは仕事をしていそうな場所を探すも、執事やメイドの姿はあれど母親は見つからない。
って、メイド服が王道のフレアロングスカートで可愛い。リーフもこれ着てたんだよな……嫌そうな顔が目に浮かぶ。
廊下を歩いていると、背後から声が掛かった。
「リーフ……!!」
振り返ったリーフは一瞬声を詰まらせた。
「……ただいま、母さん」
リーフと同じ垂れた犬耳。面影のある泣き顔だ。
リーフの母親は駆け寄って抱き締めた。
「あなたって子は、本当にもう……もう、逢えないのかと……、お帰りなさい……っ」
「……ごめん」
母親の名前はイース・アリオン。領主と結ばれることはなく、今はメイド長として働いているらしい。
ってことはリーフが帰ってきたと魔石で知ったはずだ。お互い探してて擦れ違ったのかな。
自己紹介やらをしつつ場所を移し、客間のような部屋に案内された。
「領主様はお仕事で外出されてるから今はいらっしゃらないの。明日にはお帰りになるはずよ。今日は泊まっていくんでしょう?」
「そのつもりだよ。僕の部屋ってまだあるの?」
リーフのタメ語が新鮮だ……。
それとイースさんの喋り方がのんびりしてて癒される……。
「当たり前でしょう。勇者が使ってたんだから」
正しくは覚醒前の勇者、だけど。覚醒したらすぐ王都に行かないといけない。
「それにお友達も泊まるんでしょう? 領主様にくらい連絡してよ」
「その発想はなかった……友達家に呼ぶとかしたことないから」
「そう……、そうよね……。ノアさん、フィエスタさん、リーフとお友達になってくれて、ありがとうね」
凄くリーフへの愛を感じる。リーフがこの人に何か返したかったのが分かる。この慈愛に見合うものとなるとかなり無理をしないとと思っちゃったんだろう。
無償の愛を返す必要はなくて、受け止めるだけでこの人は嬉しいはずだ。
「それで……さっきから鞄の中に隠れているのは……もしかして魔王?」
流石に獣人だから気配に気付いてるよね。あまりに普通の対応でのんびりしてる人だし、もしかして気付いてないのかな? とか思ってた。
「あ、うん……いや、もう魔王じゃないんだけど」
鞄を開けて差し出した掌に乗るアリスト。
「まぁ可愛い!」
「歴代魔王は城から出られないからリスの魔物を操ってるんだ」
【……2代目のアリスト・ヴェラールだ。リーフの母上……逢えて嬉しい】
「喋るリスだわ~っ! とても素敵な声ね。優しそうだわ……。リーフをこれからもよろしくお願いしますね」
【無論だ】
「もう魔王じゃないっていうことは、3代目が産まれたの? 孫が魔王だなんて、なんだか凄いわねっ」
イースさん可愛過ぎんだろ……。
「秘密にしといてよ。新しい勇者のことも公にされてないんでしょ?」
「じゃあもうリーフは勇者じゃないのね……! 私、勇者だと聞かされた時、こんなに早くリーフと離れる日が来るなんて思ってなかったから、凄く複雑な気持ちだったの……。旅立ってから全然音沙汰ないし、心配していたら王都で演説なんかしちゃうしびっくりしたわ。でもその後からぱったり魔物の被害が出なくなって、みんなリーフのこと見直してたのよ。私の子どもは凄いのよって誇らしかったわ」
みんながみんなじゃないだろうけど、公表は間違ってなかったんだって思える言葉だ。
獣人の地位はきっとまだ低いけど、小さな1歩だ。
「頑張ったわね……。ずっと褒めてあげたかったの。でももう私の言葉は要らないかな。素敵な人がいるもんね」
「そんなこと……ないよ」
リーフは耐え切れず涙を拭う。
「母さんには感謝してるんだ……だから何かしたくて、でも返せるものなんてなくて……」
「何言ってるの……。こうして帰ってくるだけで十分だったのよ?」
「ごめん……っ」
「……全然泣かない子だと思ってたけど、ずっと気を張っていただけだったのかな……ごめんね」
「違うよ……母さんが悪かったことなんて一度もない、謝らないで。僕を産んで育ててくれて、助けてくれて……いっぱい愛をくれて、ありがとう……」
「もう……涙腺が緩くなっちゃって……いやね歳を取るのって」
イースさんはリーフに胸を貸し、リーフは抱き締め返した。
どれほどの獣人差別を受けてきたのかは想像もできない。ルーミーのように奴隷でなくてもきっとつらいことばかりの人生だったのだろう。それでも、お互い想い合って生きてきたんだ。
「……さ、さーせん、なんか恥ずかしいところをお見せして……」
リーフが唐突に我に返った。砕けた丁寧語が戻ってきたな。
【ここに帰ってきた理由なのだろう? もういいのか】
「……いいんすよ。言いたかったことは言えたし」
「それを言う為だけに帰ってきたの? もっと甘えてもいいのよ?」
「いやだからもういいって、子ども扱いはやめてよ。もういくつだと思ってるの」
ハグ待ちするイースさん可愛いかよ。
多分今まで甘えられてこなかったからさっきのリーフをもっと堪能したいんだろうな……。甘え下手なところあるよね。
「いくつになっても私の子どもに変わりないでしょう? じゃあリーフを甘やかすのはあなたの旦那様に譲るわ」
「ちょ……」
【承ろう】
「承らないで⁉」
「ふふ、話しの分かる方ね。夕飯までゆっくりしていって。私は仕事に戻るから」
リーフの部屋はひとり用で狭いので、4人部屋を用意してもらった。とりあえず荷物を下ろし、リーフに客人用のお手洗いだとか、簡単に屋敷を案内される。
客人と言っても元従業員ということもあり、夕食は部屋でとった。メイドさんたちに見られながらとかじゃないほうがゆっくりできていい。私は耳を隠す帽子を取れるのも有難かった。
料理は領主に出すような見た目にも趣向を凝らしたものではなく、賄いみたいなものだった。メイドさんたちと同じものかな。
お風呂場はあるものの従業員は使えない。ただお湯は借りられたのでタライに溜めて身体を洗えた。
「イースさん、とても素敵な人だったわね……」
「ま、まぁ……僕も思います」
「知ってると思うけど私、母親の記憶がなくて……あんなふうに子どもに対して愛に溢れてるものなのね。ちょっと、いいなって思ったわ」
「……人によりますよ。子どもを愛せない親もいます……愛情の掛け方とかも、人によって違いますし……それが子どもにとって良いことなのかはまた別っす……」
この言葉は前世の話しだろうか。一般論を話してるとは思えない実感が籠もっている。
前世では親との関係は良くなかったのか……。だから余計イースさんの愛に応えたかったんだ。
「私、この歳まで独り身じゃない? 結局母親ってどういうものか分からなかったのよね」
「……僕と逢った頃は言い寄られたこともないって言ってましたけど、流石に今までずっとってことはないっすよね? 好きになった人とかもいなかったんすか?」
「それ……私も考えていたの」
ノアは一旦言葉を区切って語り始めた。
リーフの前世についてはep.45「リーフ独白」をお読みくださいませ。
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