#70 さいごのわがまま
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
リオは初代の寝台で過ごすことが多くなった。というのも、段々と寝ている時間が増えてきたからだ。少しの起きてる時間にご飯を食べさせる。
ある時、リオは覇気のない声で言った。
「ノアを……よんでくれないか」
ああ、もう、死期が近いんだと私たちは察した。
ノアはここ最近、家に帰らずギルドのクエストを受けているようだ。仕事をしていたほうが気が紛れるからだろう。
初代が魔石で連絡を取ると、翌日の夜には城にやってきた。少し息を切らして。
「……お兄ちゃんは、寝てるの?」
「ああ……」
シーツの中からリオの手を出させ、温かさを確認するように握った。
「痩せたわね……」
「最近はもう、あまり食事をとらない……」
「そう……」
「……の、あ?」
「……ええ、ただいま、お兄ちゃん」
「おかえり……。すまない、きゅうに」
「いいのよ。……話しが、あったんでしょ? 水飲む?」
「ううん……。ノア……、おれに逢うためにまぞくになってくれて、ありがとう……。お礼、言ってなかったなって……」
「……何、言ってるのよ。私が勝手にしたことよ……」
ノアの声が震え、繋いだリオの手に額を近付けた。
「ノアにまた逢えて、おれはすくわれたんだ……。生きててくれて、ありがとう……」
ノアはリオの微笑みを見ることはできなかった。
リオの視線が移り自身に向けられると、言いたいことが分かったかのように、初代は反対側に回ってベッドに腰掛けた。
「ゼスト、めんどうをかけて、すまなかった」
「面倒だと思ったことなどない」
「さいごにわがまま言っても、いいかな……」
「……ああ」
リオは力の入らない腕を懸命に初代へと伸ばした。
それに応えた初代の手が触れた瞬間だった。
「おれを……ゼストの手で、終わらせてくれないか」
「リオっ、そんなのって……!」
「妖精、いい……」
「フィエスタ……また君にしかられるようなせんたくをして、すまない……。さいごまでおれの仲間でいてくれて、ありがとう……」
嗚咽を抑えるのに精一杯で、私は何も声を掛けられなかった。
妖精の姿に戻ってリオの傍に、初代の肩に掴まる。
「こっちのほうが、フィエスタってかんじするな」
「……リオ、お前の最期の望み、叶えよう」
「ゼスト……本気なの……?」
初代はリオを抱き起こし座らせた。
慈しむようなキスを贈る。
「愛している……リオ」
「おれも……あいしてるよ、ゼスト……。こんな、ひどいおれを……すきになってくれて、ありがとう……。ゼストといられて、幸せだった……。ゼストに逢うためにゆうしゃにえらばれたんだって、今なら思えるよ……」
「……リオ」
「……泣かせてしまって、すまない……。そのなみだをぬぐうことさえ、もうできない……」
初代はリオを抱き締めた。
「もし……生まれ変わりがあるのだとしたら、きっとまた俺たちは出逢える。何千、何万年と掛かろうとも、俺はまたお前に恋をして、愛するだろう」
「ふふ……じゃあ、また、だな」
「ああ……」
初代はゆっくりリオを放し、心臓の位置に手を当てた。
「また逢おう……愛しいリオ」
「うん……またな。だいすきだよ、ゼスト」
ふたりは最期に唇を交わし、魔法が心臓の鼓動を止めた。
「……」
「フィエスタ……行きましょう」
ノアに言われるまで私は動けなかった。飛ぼうとしたけど上手くいかなくて、ノアが掌に乗せてくれた。
初代はリオを抱き締め続けている。冷めていく体温にきっとまた涙するのだろう。
「……みんなに、なんて話そうかしら……言わないほうがいいのかしら……」
「わかんない……のよ……」
2度目だからって、リオが死んだことを哀しまないなんて、できるわけがなかった。
翌朝、棺に入れられたリオと最期のお別れをして、火葬した。
リオが褒めた青い炎を、初代が放って。
覚悟をしていたみんなは涙を見せない。アルカナも、ただ静かに燃える棺を眺めている。
哀しめないというのは、どれほどつらいことだろう。
町の警戒はギルドや騎士団に任せてみんな城に集まったけど、私たちはリオの最期の我儘のことは言わなかった。
火が消えるまで見送って、その場を後にする。
食堂に転移すると、既に作り終わっている朝食を食卓に準備した。
「俺は自室でとる」
「……はいっ、分かりました。今準備します!」
シエラが初代の分だけトレンチに乗せる。
ちゃんと食べるんだろうか。
家に帰るみんなも心配そうに見つめたけど、唯一声を掛けたのは意外にもキザシだった。
「随分髪伸びたな。切ってやろうか?」
「……いい。ありがとう」
「……」
トレンチを受け取った初代は転移で行ってしまった。
「……あいつ多分、リオが止めたから自死はしねぇんだろうな……。栄養のあるもの食わせろよ」
「食べてもらえるように頑張りますっ!」
「リヴィナはよかったのか。何も言わねぇで」
「わたくしには、掛ける言葉などありませんわ……」
「腫れ物扱うみたいにすんじゃねぇよ。あいつだけが哀しいわけじゃねぇだろ。ここに来られるうちに話しておけよ」
「……そうですわね。哀しみの大きさなんて測るものじゃありませんものね。近いうち、ゼスト様の御髪(おぐし)を結いに参りますわ」
キザシはやっぱり凄いな……。
やっと分かった。キザシの考え方、人への思い遣り方は、私の理想なんだ。
こんなふうになりたかった。
「……僕、1回パノスに帰ってもいっすかね?」
「……いいが、どうした急に。帰りたくない理由があるのかと思っていた」
「あの人たちに何も言えてなかったなって思って……。両親ともいい歳だし、生きてるうちに、逢いに行かないと……後悔しそうだ」
「行ってこい。ここで待っている」
「アリストは大丈夫なんすか……?」
「……心に隙間ができた気分だ。お前のように次を見据える気力は、まだない。お前を失う時はこれ以上なんだろうな……」
「……すぐ行くわけじゃないっすよ。僕までいなくなると寂しいでしょ?」
「……ああ」
次……。私もまだ考えられない。
契約をいつ破棄してもいいって言ったけど、この寂しさから逃れる為にアルカナに手を汚させちゃダメだ。それだけはしちゃいけない。
「フィエスタ、ひとりでいても塞ぐだけなんだわ。クロスの服に着替えて。一緒にお店に来るんだわ!」
半ば強引に、食べ終わったら着替えて開店準備に向かう。掃除や品出しを手伝うと、私は妖精の姿に戻った。
クロスとアトラージュが働くとこを描こうと思ってたけど全然ペンが進まなくて、結局リオばかり描いていた。
初代との最期のキス……尊かったな……。
ああ、もう、また泣いちゃう……。
「わっ動いた⁉ えっ、本物の妖精⁉」
あんまり動かないから置き物だと思われてたのかな。
喋るのが面倒で、お辞儀だけするとアトラージュの肩に避難した。
「フィエスタ、ちょっとは接客するんだわ」
「Fiestaって……ここの前のお店の……」
「そうなんだわ。マスターが死んじゃって気落ちしてるんだわ」
「あ……だからお店閉めちゃったんですね……。ご冥福をお祈りいたします」
カフェを知ってる人がちらほらいて、漏れ聞こえたその会話を聞いていたお客さんたちがしんみりとした空気を作り出す。黙祷を捧げている人もいた。
「……お心遣い、痛み入るのよ……」
「……もしかして、ノアさんともお知り合いですか……?」
「……そうなのよ」
私が訝しるからハッとして、自己紹介をした。
「私、エッセ・ヴィオスと申します。ブリストルの傭兵ギルドで受付をしています。ノアさんの明るさにいつも元気をもらっていて……ギルドとしても大変助かっています!」
そういえばリーフとギルドに行った時見た顔だ。少し老けたけど。
「最近、ノアさんの様子がおかしい気がしていたんです……お兄さんの容態が思わしくなかったんですね……」
ノアは今2階にいる。
あの直後は私よりしっかりしてたけど、今は大丈夫だろうか。ノアのメンタルは強くない。アトラージュが言ったようにひとりになるのは、よくない。
「エッセ、ノアを遊びに連れ出してほしいのよ。多分今もひとりで泣いてるのよ……私は、まだ、励ましてあげられないから……」
「か、かしこまりました! ノアさんの為とあらば!」
エッセを2階に案内すると、共有スペースにスターレット夫妻とルーミーがいた。
「あらフィエスタ、そちらの方は?」
「ノアが所属してるギルドの受付さんなのよ。たまたまお店に来ていたからノアを遊びに誘ってほしいって頼んだのよ」
「ノアのことはわたくしたちも話していましたの……あの子の心は人より強くありませんもの……」
「全員で行ってこいよ。暇だろお前ら」
「キザシは行かない、です?」
「めんどくせぇからパス。フィエスタはどうすんだ?」
そんなこと言ってクロスの手伝いで仕事するんでしょ。
「……アルカナを置いて私だけ楽しむなんて、できないのよ」
「お前……案外真面目だな。誰よりも人間を守ろうとしてんじゃねぇか。シエラに任せとけよ。お前の役割はもう終わっただろ」
私の役割は、最初で最後の仲間として、リオを見届けること……。
でも、私はアルカナの傍に……いなくても、いいのか。今はシエラだけじゃなくアトラージュもレヴァンテもいる。
だからって、私の我儘で魔族にしてもらったのにまた我儘で死を選ぶなんて……できない。
私は、アルカナにとって最初の魔族だから。
「ありがとうなのよ……。でも、役割とかじゃなくて、アルカナを裏切りたくないのよ。私、話してくるのよ」
「……まぁ、あんまり気張り過ぎんなよ」
キザシはそう言い残して自室へと戻る。
エッセのきょとんとした顔を横目に、魔王城へ帰った。
エントランスに転移するととりあえず食堂に向かう。その途中にある厨房でシエラがお昼を作っていた。
傍にはリオが作ったレシピ本。パンケーキのページだ。
「シエラ、アルカナの様子はどうなのよ……?」
「フィエスタさん! お帰りなさい。……表面上ではいつも通りですよ。アヴァンシアさんを亡くした時と似ています。哀しくないわけがありません……別のことを考えようとしてるのかもしれませんね。朝食後からずっと弓を引いています」
「……ありがとうなのよ。様子見てくるのよ」
弓道場に向かうと弓を射る音が聞こえてくる。ただ、的に当たった音はしていない。
一射放ったあと、深呼吸をしていた。
「……アルカナ」
「フィエスタ、仕事はどうした?」
私は人間サイズになって近くに行った。
この弓道場にロリータファッションって場違いだな……。
アルカナは確かに表面上、いつもと変わらない。
私は今から、人間に被害を及ぼすかもしれない発言をする。
それが、正しいことだと思うから。
「アルカナには、話しておくべきだと思ったのよ……リオの最期のこと」
アルカナは一瞬感情を揺らせて見せたけど、切り替えて弓を引いた。
「……聞くべきことなのか? できれば、……思い出させないでほしい」
放った矢はまた的を外れた。
「人間たちのことを私も考えてきたけど……だって、アルカナだけ哀しめないなんて、あんまりなのよ。リオのこと、忘れようとしないでほしいのよ。だから、聞いて。覚えてて。リオは――」
「やめろ!」
初めて聞く大声だった。
「それ以上言うならお前との契約を今ここで破棄する」
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