#06 見てる時、見てない時
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
まず買ったのは馬車だ。大量の食材を持っての移動にはなくてはならない。荷台は中古でも十分だったけど馬は高かった。
御者はリオとキザシの交代制ということになり、リオが運転の仕方を教えた。
「筋が良いな。乗馬も教えておこうか?」
「マジか。乗ってみてぇ」
とても楽しそうで微笑ましいわ……。けど、魔王とふたりきりにしないで……。どうしたらいいの? 何か話すべき?
ってかあのふたり距離近くない? そりゃ教えるのに相乗りする必要があるのは分かるけど。
「ちょっと魔王、嫉妬なんてしないでなのよ」
【嫉妬……? 何故だ】
「んー……、あのふたりを見ててなんとも思わないんだったらいいのよ」
【ああ、そうだな……羨ましくは、あるな。だがリオが楽しそうなのを見てるのも悪くない】
見てるだけで幸せになれるタイプなのね。私と一緒だわ。だから分かる。
これ進展しないやつ。
旅は続けたいけどこの両片想いな関係性って歯痒いのよね……。
リオだけが馬から降りキザシひとりでやらせると流石器用に乗りこなしている。
早駆けまで習得したら戻ってきた。
「お帰りなのよ」
「ただいま。覚えが早いからあんまり教えることなかったな」
馬から降りたキザシは荷台と繋ぎ、馬の首を叩いて褒めていた。
「すげー楽しかった」
「気持ちいいよな」
仲良くなって嬉しいわ……。リオたんの笑顔は私の癒し。
「この先にあるノーブルの森までリオは料理に専念するのよ。昼前に売り始められるようにしましょう!」
町の中で商売をするには手続きが手間なので、近くの森で作業している人たちをターゲットに販売するつもりだ。
「売れるかなぁ……」
「まぁ食べてみてもらわないことには売れないのよ。試食も用意するのよ」
「なるほど……。分かったよ」
森への出入りの邪魔にならないところに馬車を止め、1本足のテーブルを2つほど置く。
魔王には遠くまで離れてもらって、あとはひたすら呼び込みと試食を勧める。摘まんでくれる人はそれなりにいたけどなかなか売れない。帰り際のほうがお腹が空いてるかもしれないと希望を託すことにした。
暇なのでその場でお昼を取っていると、弓使いの女の子がひもじそうにこっちを見ていた。リオたちと同年代くらいだろうか。全然近付いてこないから私が試食を持っていく。
「ご試食どうぞなのよ」
「ぅえ⁉ よっ妖精さんです⁉ ってゆーか、え⁉ いいんですか⁉」
「どうぞ。気に入ったら買ってくれると嬉しいのよ」
「し、試食だけなら……っ」
買う気がないにしては随分お腹が空いていそうだ。お弁当持ってくるのとお金も忘れたのだろうか。
ひと口大になったベーコンサンドを頬張るなり、彼女は目を見開いて「ん~んん!」と“美味しい”のアクセントで叫んだ。
なんて良いリアクションなの。キザシとは大違い。
けどこれは、使える。
「よかったらこっちも試食してなのよ!」
「え~でもそんな……悪いですっ」
目きらきらさせて、なんて分かりやすい子。
どれもこれも良いリアクションをしてくれたお陰で周りも味が気になり始めた空気を感じる。ひとり、またひとりと試食もなしに次々と売れ出した。
利用してしまったお詫びにと彼女にお茶も出してあげた。
「なんか済みません~。美味しいもの沢山いただいてしまって……っ」
幸せそうな顔で言ってくれるとこっちまで釣られてしまうわ。
「いいのよ。あなたのお陰で売れ始めたんだから」
「ふぇ?」
「おいクソ妖精ちょっとは手伝いやがれ!」
あんまり口が悪いとお客さんが離れちゃうでしょうが!
「利用してごめんなのよ。ゆっくりしていって」
「は、はい……?」
リオとキザシを手伝うとあっという間に時間は過ぎ、勢いが衰えることなく完売した。
「つ、疲れた……」
「お疲れ様なのよ……」
「お茶淹れようか」
「サンキュー……。伊達に勇者じゃねぇな。体力バケモンかよ……」
リオは私たちにお茶を配ってから彼女に話し掛けに行った。
「君もありがとう。美味しそうに食べてくれたから完売できたよ」
「えとえと、この料理を作った人、ですか?」
「うん、そうだよ」
「でっ」
「……で?」
「弟子入りさせてください!!」
「……えっ?」
リオたんめちゃくちゃ困惑してる。魔王に言い寄られた時くらい動揺してるわ。
「えっと……弟子は取ってないんだ」
「そこをなんとか!」
「俺のは独学だし、ちゃんとした人に教わったほうがいいよ」
「美味しければいいんです!」
「……か、簡単なことくらいなら……」
早々に折れたわ。案外推しに弱いのよね。
「ありがとうございますっ!」
「おーい、教えてやるのはいいけど明日からにしろよ。そんで売るのも手伝ってもらえ」
「それがいいのよ。口コミが広がって今日より忙しくなるかもしれないのよ」
「マジか……」
夕飯を教えてしまうと魔王が帰ってこられない。いい大人なんだしそんなすぐに寂しがったりしないだろうけど、好きな人と離れていられる時間は個人差が大きいし読めないわ。
「私、シエラ・ストラーダと申しますっ」
「俺はリオ・フィールダーだ。よろしくな」
「リオ……? 伝説の勇者さんと同じお名前……?」
ぼそっと隣で「あいつ隠す気まったくねぇな……」とぼやくキザシの声を聞きつつ、慌てるリオたん可愛い、と観察する。
「あ……っと、その、親が、あやかって付けたみたいで……」
「そうですよね! 素敵なお名前ですっ」
表情豊かで素直な子だわ……。リオの苦し紛れの嘘まで信じるなんて。逆に大丈夫かしら。
「リオさんたちはいつまでこちらにいられるのですか?」
「特に決めてないな……、フィエスタどうする?」
「そうなのよ……2週間くらい? メニュー数も多くないしそれくらいがちょうどいいかもなのよ」
「分かりました! その間に上達できるよう頑張ります!」
お腹が膨れたからかシエラは賑やかに森の中へ戻っていった。
「おいリオ、自分が有名人だって自覚しろよ。せめてファーストネームだけで止めておけ」
「そうだよな……フルネームで名乗られたからつい」
「まぁ300年前の勇者が生きてるなんざ誰も思わねぇとは思うけどな……見た目の特徴も結構まんまだぞお前」
「やっぱり髪型変えるべきかな?」
「リオはそのままでいいのよッ!!」
「……っせーな。急にデカイ声出すんじゃねぇよ」
しまった。あまりの展開に強く出過ぎてしまった。推しの髪型をそう易々と変えられちゃ困るのよ! 普段結んでるからこそ下ろした時とのギャップがいいんじゃない! 伸ばすならまだしも髪を切るなんて断固反対!
「一時的なら構わねぇだろ? リオちょっと来い」
「なんだ?」
荷台に上がってきたリオを座らせると、キザシは自分の手を水で濡らしてリオの髪をセットし始めた。
「水じゃ大したことできねぇけどな」
確かにオールバックにするだけでも大分雰囲気が変えられる。
「やん素敵……。馬子にも衣裳的な可愛さなのよ」
「……それは褒められてるのか?」
「勿論なのよ」
「ワックスねぇと纏まんねぇ髪だな……。まぁ一応飲食業だしこのほうがいんじゃね?」
すっきりとした印象になって調理師っぽいわ。
「この器用さはやっぱり才能だよ。その三つ編みも凝ってるなって思ってた」
「編み込みっていうのよ、リオ。私も思ってたのよ」
キザシの前髪は半分下りて顔を隠しているけれど半分は編み込みしておでこも耳も出している。邪魔臭いと思ってるのかそうじゃないのかよく分からない髪型だ。隠してるほうに傷でもあるんだろうか。
「俺の髪質だと結んでもすぐ解けちまうから編み込みに落ち着いた。慣れればどうってことねぇよ」
「俺三つ編みもできる気しないなぁ……」
その髪型のまま撤収作業をして、森からある程度離れたところで魔王と合流した。
【……】
「うん? 俺の顔に何か付いてるか?」
リオ、テンプレはいいのよ。
デートの待ち合わせで先に待ってたのに「今来たとこだよ」って素で言いそうだわ。そんな期待から逸脱しないリオたんがすき……。
【……どうした、その髪】
「髪……? あっ!! 忘れてた。変かな? キザシがやってくれたんだ」
やっぱり水だけじゃ持続力がなくいくつか束が額に落ちている。これはこれで良きよ。
【いや、見慣れないだけだ……そうか、あのガキが……】
「ゼストも髪型変えてたよな。自分でやってるのか?」
【俺は自分の見た目に興味がなくてな。リヴィナの好きなようにさせている……】
「リヴィナ……あの陰陽術師の魔族か」
なんとはなしにふたりの会話を聞いていたけれど、なんか雰囲気おかしくない? 察しの神もお察しよ。
「そんなつもりはまったくなかったんだが、ヤバイかこれ……? 魔王からプレッシャーを感じる……」
「うーん……今朝乗馬で楽しそうにしてたのは大丈夫だったみたいなんだけど、見てないところでリオに変化があるのは引っ掛かるのよ……?」
「あーやっぱめんどくせぇ……。けどリオも反応がいつもと違ぇな。お前はちょっと黙って見てろよ。――名前の感じからして女の魔族なのか?」
「あ、ああ。顔は面で隠してたけど凛としてて綺麗な声の人だったよ」
「魔王と魔族ってのはどういう関係なんだ? 今の話しじゃそのリヴィナってやつは魔王に好意を持ってるように聞こえるぞ」
「好意……」
基本的に魔族たちは畏怖はあれども魔王大好きって感じだったから好意はそりゃあるだろう。でも今の話ししか聞いてないキザシにとっては男女の好意としか捉えられない。リオもそれには気付いたはず。
どう思う? 魔王の近くに恋愛としての好意を向ける人がいる可能性があることを。
【魔族は、俺の家族だ】
……ん? んん? 魔王の家族だから魔族? 安直過ぎん?
たったひと言でフラグへし折ってくれたわ。
「家族……?」
【魔族と名付けたのはリヴィナだったな……。俺に向ける好意は、そういうものだろう】
「じゃあ……俺はまだ魔族じゃないのか?」
【……そうなるな。それにリオはあいつらとは違う……傍にいるだけでは足りないのにどこか満たされる。俺のいないところで誰かがお前に触れたと知れば、俺にはそれが叶わないことに焦りと苛立ちが湧いた】
「ゼスト……」
ふたりが良い雰囲気になり始めるとキザシが耐え切れずに小声で漏らす。
「おいおいおい待て待て待て」
「大丈夫、通常運転なのよ」
「これが⁉ 口説きまくってんじゃねぇか!」
「ふたりの間じゃ口説きのうちに入ってないのよ」
「てめぇは小せぇから空気になれても俺はなれねぇんだよ! 明らか俺邪魔だろ⁉」
「まぁまぁ、魔王が想いを吐露してくれたらリオが絶妙な返しをするはずなのよ」
「っんだそれ」
【リオ……悪い。お前がどういう人間か分かっているのに、求めてやまない……】
「俺も、済まない……」
リオは狼の前足に触れた。
「寂しくさせないって言ったのにな……その方法を分かってなかった。ゼストがそれで安心するなら、俺に触ってもいいよ」
ちょ⁉ へ⁉ 誤解を招く言い方⁉
耳をぴっと動かした狼はのそりと立ち上がり、控えめにリオに頬擦りをした。
【俺の手で触れたい……】
「分かってるよ……すぐには無理だけど、魔王城に行くから、それまで待っててくれ」
【ああ……】
話しが付いたようだけどキザシは最早地面を見て頭を抱えていた。
「俺らは何を見せられてんだ……」
「いちゃ付きでしょ?」
「ふざけろ、マジで、さっさと一発ヤっちまえ……」
「ちょっと言い方」
「お前が言ってたリオが受け入れるかもって話しは有り得そうだな。勇者としての義務感か知らねぇが、このままじゃ魔王が虚しさを感じることしか想像できねぇ。またどこかの誰かが魔物に襲われちまう……」
「期限付きになっちゃったけど、どうにかしないとなのよ」
「どうにかっつってもな……」