#55 世界を牛耳る才
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
アバルト領の森を進み、魔王城のエントランスに飛ぶとそのまま厩舎に向かう。馬を繋げると荷物はそのままでお風呂場へ案内した。
旅の間まともに身体を洗えないから私たちもお風呂に入る。リーフに先を譲ったので私とノアは後。リーフはなかなかに烏の行水だからそれほど待たない。
綺麗になったところで、とりあえず食堂だ。リオのご飯が食べたい。
途中で厨房を通るとリオが調理中だった。
「ただいまお兄ちゃん! ちょっと話しがあるんだけどご飯すぐできるかしら?」
「お帰り、ノア。もう少しだから持っていくの手伝ってくれるか?」
「分かったわ。フィエスタたちは先に行ってて」
食堂には既に全員集合していてリオのご飯を待っている。
みんな注目するのは、髭面の知らないおじさんよね……。誰から触れるのか探ってる空気を感じる。
「……ゼ、ゼスト髪切ったのか⁉ あんなに綺麗な長髪だったのに!!」
この人興奮すると周り見えなくなるタイプね……リオもそういうとこあるけど。
「お前は誰だ……? 俺に逢ったことがあるような口振りだが」
「あ……そうだよな。でも、待ってくれ、まだ誰にも試したことはないけど一応魔法は開発できたんだ」
初代にまっすぐ歩み寄り、額に向けて掌を翳そうとする。それと同時に怪訝な顔をしながら初代もモーションに入る。
ふたりの魔法が発動する前に、駆け付けたリオがふたりの手首を取った。
「何しようとしてるんだ……?」
リオはふたりに怒ってるようだ。初代は悪くないのよ?
「リ、リオ……!」
「こいつが俺に魔法を掛けようとしたから止めようとしただけだ。危害を加えるつもりはない」
「大きくなって……っ!」
ノアの時と同じようにギアが抱き付きそうになる。初代はリオに取られた腕を引っ張って引き寄せ、抱き留める形で防いだ。
バックハグじゃん……! ありがとうございます!!
会話だとすぐいちゃ付くのに、なんだかんだ触れ合いはあんまり見せてくれないのよね……!
リオがあんまり背伸びなかったから縮まってない身長差が可愛い……!!
「リオに気安く触れようとするな」
「……ぞっこんじゃないか……」
「……君は誰だ? もう魔王じゃないにしてもゼストを怖がらないなんて……」
リオたん、その状態で普通に話し進めるの?
「私は……かつてゼストの友人だった、……ギア・フィールダーだよ」
「フィールダー……?」
「友人……?」
「私に関するゼストの記憶を消してしまったんだ……それを、取り戻す魔法を掛けたい」
「完成してたんすね!」
「大丈夫なのよ? さっき試したことないって……初代の記憶全部消えちゃったりしないのよ?」
「多分、大丈夫だよ。もしそうなったらゼストが自分で食い止めるさ」
本当に大丈夫なの⁉
「フィエスタ……この人、信じられるのか?」
「……悪い人では、ないのよ。信じてあげて」
「……、ゼストが決めていいよ」
「そうだな……何をされるか分かれば、危うくなっても食い止めることは可能だろう。思惑と違う魔法だった場合その限りではないが」
「そうか。じゃあ……そろそろ、放してくれないか?」
「む……」
リオが解放されてから、再びギアは初代の額に手を翳す。
身体エネルギーが魔素の初代と違って、元魔族でもほぼ20年間魔素の供給を断っていれば詠唱が必要になってくる。
「失われし我が記憶よ、マナの導きによりて想起せよ、<リコレクション>」
記憶という繊細なものを扱うからか、初代もギアも目を閉じている。
初代の眉間に皺が寄ってるけど頭が痛かったりするんだろうか。
やがて終わったのかギアの翳していた手が下ろされる。
「ゼスト……私が分かるか?」
「……誰だ」
失敗……⁉
ギアが大きく肩を落とした。
「そんな……」
「記憶と違い過ぎる……本当にギアなのか?」
「……な、なんだよびっくりさせるなよ……!」
成功したの? 初代も人が悪いわ……。まぁ冗談じゃなく記憶と見た目が全然違うんだろうな……。20年近く年取ってるし身形がちょっとアレだし。
「身形は食事の後にでもやれ。リオの料理が冷める」
「お前、リオのこと大好きなんだな……」
「そういうお前はリオのなんなんだ」
なんか初代のリアクション薄いなぁ……。感動とかないの? 何百年振りとかでしょ?
「一応……リオとノアの……父親、だよ」
「……え?」
リオは驚いた顔のままノアのほうを見た。
「ご飯食べながら聞きましょう。お腹空いちゃったわ」
みんな席に着いて食事が始まる。リオのお手製から揚げが山盛りある。人間サイズで食べなきゃ損だわ!
ギアと私たちは3度目になるけど、過去語りをみんなに聞かせた。
「そうか……。村長(むらおさ)は両親とも亡くなったって言ってたけど、俺たちに気を遣ってそう言ったんだな……」
捨てられたなんて言えないものね。
「済まなかった……。今更父親を気取るつもりはない。顔も見たくないと言うならここにももう来ない。お前たちが立派に成長した姿を見たかっただけなんだ……」
「うーん……親としては見れないけど、ゼストの友人としてここに来る分には構わないよ」
「……ありがとう……」
寛大なリオたん。神か。
「リオとノアが俺たちに恐怖しない理由が分かった。セリカがアリストに恐怖しないのはリヴィナが元魔族だったからということか」
「たとえばだけどさ……」
急にキザシが発言してみんなの視線を集める。
「街ごと仮契約しちまって知らねぇ間に代替わりするか、もしくは人間の何人かと契約してそいつらが外で子どもを作りゃ、魔王に恐怖しない人間を増やせるんじゃねぇか? 血が薄くなって効果がなくなるなら意味はねぇけど」
なんか凄い大規模なこと言ってる……。絵本を広めるのだってそうだけど、発想がワールドワイド過ぎるでしょ。世界牛耳れるんじゃないの。
「あたし、そとで子どもつくればいい?」
「アヴァンシアにはまだ早い……」
「……どちらもできないことはないな。試しに3代目を生む直前にやってみる価値はあると思うが」
「世界中の人たちも勇者も魔王のこと怖がらなくなるんだ!」
「上手く行けばな」
「因みにルーミー、今リーフのお腹に気配はあるのかな?」
「みゃ、全然ないです」
全然ないって言い方よ。
「あ、別に孫を急かしてるとかじゃないからな!」
「孫……」
リーフが微妙な心持ちがありそうに呟く。
そういえばリオはリーフにとって義父ってことになるのか。「お義父さん」じゃん……童顔過ぎて呼べない。
「代替わりがいつ頃になるのか……やっぱりエリシオンにはいてもらったほうがいいのかな?」
シュタインメッツ王との会談でエリシオンを折る許可を貰ったものの、まだ実施はしていない。公表した後どうなるのか見たいというエリシオンの希望だ。
マナ残量測定装置としてなら使い道はあるんだけど、それも嫌そうだったしな。
「リオの時とは状況が違う。残量の測定は必要ない」
「え? そうなのか?」
「アリストを取り出すのが早過ぎたからああいう手段を取らざるを得なかったが、もう代替わりの条件は把握できている。勇者の紋章が消えればそれが合図になると推測できる」
「そうなんだ。じゃあリーフのお腹は普通に大きくなるかもしれないんだ」
「そうなんすか……?」
「魔素も溜まると重いのかな?」
「俺たちの体重はそれほど重くないと思うが……」
リオが喋ると場が和むわ……。
「俺たちはエリシオンのタイミングでいいと思ってるよ。いつでも折ってやるからな!」
【なんやねんその物騒な物言いは。まぁ、そのうち言うわ。それか勇者はんが勇者でなくなった後、うちがボロなって喋られへんようになったら折ってくれてかまへんよ】
「分かった。まだもう少し先だな。魔族を増やす計画はリーフのお腹に魔素が溜まってからでもいいし、ゆっくり考えていこうか」
食事を終えると、ギアの身形を整える為にキザシがハサミと剃刀を持つ。
「なんで散髪担当にさせられてんだ俺は……」
「ゼストの髪も上手かったじゃないか」
「リオが褒めるから上出来なのだろう」
「長いのも似合ってたけど短いのも似合うよな」
「首が涼しくなった」
唐突にいちゃ付き始めるのやめてよありがとうございます。
さっきバックハグしてくっ付いたからいつもより気が緩んでるのかな?
みんなそれぞれ自室に戻ったりしたけど私はちゃんとギアの顔が見たくて食堂に残った。初代とフィールダー兄妹は勿論、魔王とリーフもだ。
まずは髭を丁寧に剃り、後ろ髪から切っていく。20年伸ばしっぱなしだと傷みも凄そうだ。
「傷んでねぇところまで切ると大分短くなるけどいいか?」
「ああ、構わないよ。ありがとう」
髪を切る音と落ちる音だけが響く。
前は自分の髪で見えなかったから、キザシが髪切ってるの初めて見るな……どこのイケメン美容師だよ。
前髪を切る間はギアは目を閉じている。キザシは全体を整えながら前に立ったりぐるりとギアの周りを周ったりしつつ微調整を重ねる。
「こんなもんか……誰か鏡持ってねぇ?」
ギア本人に仕上がりを確認してもらう為の鏡かな。初代が懐から出した。
っていうか、思った以上に若い……!! まぁリオが童顔だからそれほど老けてないだろうなとは思ってたけど! 本当に兄弟レベルなんだけど⁉
「髪型は違うが、確かにギアだな。前よりも大分老けたが」
「お前は若返ってるよな? 髪切ったからかな? 年老いた年月は同じはずなのに……――って、わっ⁉ 短いな! でも凄くさっぱりしたよありがとう! えっと……」
「リオの友達のキザシ・スターレットだ。呼び捨てでいいぜ」
「ありがとうキザシ!」
「こうして見るとリオに似てんな……。食生活の所為か肌年齢はアレだけど」
リオがツルツル過ぎるのよ。シワっぽいシワがほとんどないし。
「お兄ちゃんは顔憶えてるの?」
「んー、朧気だな……憶えてるのは空気感とかかな」
「……お母さんも?」
「うん、今のノアに似てた気がするよ」
「……そう」
少し嬉しそうにノアが微笑んだ。
「私、ずっと本当の両親のこと訊きたかったのよね……。お兄ちゃんがずっとイグニスさんのこと「村長」って呼ぶから、お父さんじゃないんだろうなって思ってたけど……。だったら本当の両親は? って……」
「……済まない、俺も訊かれないからあえて言わなかった……。多分魔物の襲撃に遭って亡くなったんだろうなって思ってたけど、村長の顔が、踏み込んで訊いてほしくないように見えて……本当のところはずっと分からなかった」
ふたりして真実を知ろうとはしなかったんだ。知るのが怖かったのかもしれない。当時まだ10歳にもなっていないんだから、受け止めるには難しい真実だ。
そんなもやもやをずっと抱えながら、ふたりは育ってきたんだ。
「300年以上経って今更って感じだけど、ちょっとすっきりしたわ」
「うん……。ゼストにも友人がいたんだなって、俺はそっちのほうが嬉しいかな」
「もう、お兄ちゃんはゼストのことしか頭にないんだから」
「そんなことないぞ……?」
超SS。ゼスト様の散髪。
「不老不死でなくなったらやりたいことがあったんだが……」
「うん? なんだ?」
「髪を切りたい」
「……ッ⁉ そ、そんな、ゼスト様……⁉」
「お前の楽しみを奪って悪いが、俺にとってこの長い髪は煩わしくて仕方なかった。切ってくれないか」
「わ、わたくしには、ゼスト様の御髪(おぐし)にハサミを入れるなどできませんわ……!」
「む……ではリオ」
「俺? やったことないしやめたほうがいいぞ。手先とか器用じゃないし……あ、キザシのほうが上手いよ。フィエスタの髪も切ってたし」
「む……」
「はぁ? 何勝手に引き合いに出してんだ」
「下手でもいい。俺はリオに切ってもらいたい」
「えぇ? どうせなら格好良いゼストが見たいよ」
「……仕方ない、切らせてやろう、ガキ」
「なんで上からなんだよテメェ……出来に文句言うんじゃねぇぞ」
「リオが出来に満足すればそれでいい」
「キザシ、期待してるよ!」
「……はぁ、めんどくせぇ……」
キザシはこの日からみんなの散髪担当になった。
長髪ゼストは小説トップと#1に挿絵ありますのでよければそちらもどうぞ。
次が、第二部最終話ですっ!
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