#54 時代を超えて
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
「リオ・フィールダーは……、生きているのか?」
そう思う人が出てくるとは思ってたけど、態々訊きに来るってどんだけ知りたいの。英雄リオの大ファンとか?
「……死んでるっすよ。初代魔王も、もういません。あの絵本を描いたのは最近っすけど、起きた出来事はもう昔っす」
「……そうか……」
「おじさんは先代勇者の追っかけかなんかっすか?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……。済まない、訊きたかったのはそれだけだ。絵本、とても面白かったよ」
何かとても訳アリな雰囲気を感じる。
私は、この人を引き留めなきゃいけない気がした。
「待つのよ。……生きてるって知ったら、あなたはどうするつもりだったのよ?」
「……どうも、しないよ。ただ知りたかっただけだ」
「なんの為に……?」
「……あれ、君、妖精か? そうだよな、人間の大きさになっていても不思議じゃないか」
自分の邪魔な前髪を退けて私の眼の色を見た。妖精はみんな銀色の眼をしている。知る人ぞ知る情報なんだけど。
同時に私もその人の眼が見えた。
くすんでるけど、翠眼に、赤い髪……。
「リオの……父親、だったりする……のよ?」
「えっ?」
「……父親と名乗れるほど、私は何もしてあげられなかったよ……」
やっぱり……。でも、どういうこと? なんで今の時代に生きてるの?
「詳しく聞かせてくれるのよ? あなたを信用できたら、リオに逢わせてあげるのよ」
「生きて……るのか? ゼストも?」
「あなたっ、初代の名前を呼べるのよ?」
「初代? ああ、君は魔王の名前を呼べないのか。……私は、ゼストと血の契約を結んでいたから……」
私たちは場所を変えて、城に停めていた馬車の中で話しを聞いた。
彼の名はギア・フィールダー。
職業は魔法研究者で、特に永続魔法についての研究をしていた。好奇心の強い彼は魔王城のあるアバルト領へ足を踏み入れ、城へ転移するところまで深く入り込んだ。
エントランスに飛んだ彼は初代と出逢う。彼は当然恐怖したけれど、それよりも転移魔法についての知的好奇心が抑えられなかった。初代を質問攻めにし、魔法への知識の深さに感銘を受ける。
彼が魔王城に入り浸るようになって数年経ち、魔物の狼たちを魔族にした。一緒になって魔物を操る魔法を開発し、初代は外を見て周れるようになる。
「ちょっと待って、絵本を作る時いろいろ話しを聞いたけど、初代はあなたのことはひと言も言ってなかったのよ」
「それは私が研究していた魔法と関係しているんだ……」
魔王の不老不死のスキルは永続魔法の究極系だ。彼はそのスキルを持つ為に初代と契約をした。
1日でリセットを繰り返すのに記憶は引き継がれている。その矛盾を研究していくうちに、記憶を消せる魔法を開発した。
この魔法を使えば初代がマイナスの感情に支配されてもその記憶だけを消してしまえば人間に被害は出なくなる。
けれどそう上手くは行かなかった。思い通りの部分だけを消すことはできず、魔法を発動させた本人、つまり彼の記憶だけが初代から消えてしまった。
『お前は……誰だ? 何故この城にいる?』
『……何を、言ってるんだ? ギア・フィールダーだよ、お前の友人の!』
『俺に友人などいない。誤って入ってきたのならさっさと出ていくといい』
初代の記憶は彼の分だけ1日リセットされるようになっていた。つまり思い出を作り直しても初代が彼を友人だと認識することはもうない。1日経てば、彼を忘れてしまう。
初代の他人を見るような目に彼は耐え切れなかった。記憶を戻す魔法か、永続魔法をなくす方法のどちらかを探しに行くことにした。ケイたち魔族のみんなの記憶も消し、彼は逃げるように城を出る。
初代の魔法技術は高かったけれど広い世界で刺激を受けることも必要だと思った。そんなの言い訳だと思う気持ちに気付かない振りをして。
各地を転々と旅をしていた時、カローラ・ビュート、リオの母親に出逢った。
「私は不老不死者だったし、カローラとの間に子どもができるとは思っていなかった……嬉しかったよ」
『あれ、リオ手どうしたんだ? 怪我したのか?』
『やだ、生まれた時からあるじゃない、その痣』
それは成長とともに少しずつ広がっている気がする。嫌な予感がしつつも彼らは第二子、ノアを授かった。今は幸せを噛み締めようと見て見ぬ振りを続ける。
数年が立ち、たまたま町に来た傭兵たちの剣に、リオは強く興味を示した。
ここで彼は確信した。リオは勇者になると。
このままだと初代と戦うことになってしまう。けれどそれはどうあっても避けられないだろう。
これは罰なのだと思った。魔法を探すことをやめ、自分だけ幸せになろうとした彼への。
ひとりで思い悩んでいる時、町が魔物の襲撃に遭った。彼は死なないけれどリオたちはそうではない。ひとりの身体で3人を守ることはできなかった。
『カローラ!!』
『子どもたちを連れて……早くここから離れて』
『だが……君は⁉』
『お願い……ギア……子どもたちを、守って』
彼はリオとノアを連れて別の町、アーデンに避難した。ふたりを村長(むらおさ)のところに預けて。
「私がカローラの元に戻ると、既に遅かった……。私が代わりになっていれば、私なら死ななかったのに……。私はリオとノアのところに戻ろうとした。カローラの遺言通り、ふたりを守る為に。けれど、勇者になるリオを、私は守ってあげられない……。いずれ覚醒し旅立ち、ゼストと戦う……そんな未来を見るのが怖くて、私は戻れなかった……」
自分の心の弱さを憎み続けて、噂でリオが死んだことを知る。
「今まで誰ひとりとして勇者を手に掛けなかったゼストが、なんでよりによって私の息子を……リオを殺してしまうんだ……哀しくて、気が狂いそうだった……。そんな状態でも私は、死にたくても死ねない……」
それから300年以上の時が経ち、身体が痩せていったことに気付き初代との契約が切れたことを知る。それでも何もする気は起きず、ただ腹が減ったら食べるというだけの生活をしていた。
「私に死ぬ勇気はなかったらしい……生きる意味も見いだせないのに、生にしがみ付くようだ……浅ましい人間だよ」
今日の演説をたまたま見掛けて、絵本を手に取ってくれたらしい。
「まさかリオとゼストが恋仲になってるなんて想像もしてなかったよ……今ふたりは、幸せなんだな?」
「ラブラブなのよ……。分かった、リオと初代に逢わせてあげるのよ」
「逢わなくて、いいんだ……。リオにも逢わせる顔がないし……」
「メンタル弱! リオさんたちのメンタルの弱さはおじさん譲りっすね。あ、記憶に関する魔法はどうなったんすか?」
「ちょっと待ってリーフ、結構長話しになっちゃったからそろそろ――」
「お疲れさま、フィエスタ、リーフ! なかなかじょうで……き」
演説中警備に駆り出されてたノアが帰ってきちゃった……!
荷台の天幕から顔を覗かせて、知らないおじさんがいるんだからそりゃ驚くよね……。
私が事情を説明しようとする前に、ギアは感動のあまりノアに抱き付こうとした。のを、簡単にさせるノアじゃない。ギアの腕を取って彼の勢いを利用して馬車から引きずり落とす。まるで一本背負いのように華麗に……。
「ちょっとやだ! 変な人を馬車に乗せないでよ⁉」
「大丈夫っすか……今のはおじさんが悪いっすよ」
「何? 知り合いなの?」
「さっき知り合ったんすけど……」
「ノア、とりあえず落ち着いて話しを聞くのよ」
ひと通り話し終えて、ギアは「済まなかった」と土下座の勢いで頭を下げた。
「私はまだ小さかったから親の顔なんて覚えてないもの。今更父親なんて言われても親子にはなれないわ」
流石ズバッと言うノア……。
「ああ、カローラに似てるよそういうところ……」
「でも話しは信じるわ。ゼストの名前も呼べているし。お兄ちゃんとゼストに逢いに行くの?」
「いや、……ふたりとも私のことは憶えていないだろう。ノアに逢えただけで十分だよ」
「私も憶えてないのは同じじゃない! あなたが逢いたくないっていうならそうすればいいわ。でもそうじゃないなら、尻込みする必要がどこにあるの? もう寿命があるんでしょう? 死んじゃう前にしたいことは全部するべきだわ」
「……そうだな……ノアの言うとおりだよ」
「……あなた、昔のお兄ちゃんに似ているわ。本当に父親なのね……」
シュタインメッツ王に挨拶をした後、私たちは魔王城へ向けて出立した。
絵本販売はせずに最短距離で向かう。勿論ギアのことはリオたちに伏せたままだ。
「不老不死だった期間を引いたら、あなたは今何歳なの?」
「うん? 大分永く生きたから正確には憶えてないな……。ゼストに初めて逢ったのは二十歳だったよ。それから契約したのは1年後くらいだったかな……」
「ゼストとの契約が切れたのは大体19年前よ。っていうことは……、40歳⁉ 私とひと回りも離れていないじゃない⁉」
今リオは34、ノアは32だ。兄弟レベルの歳の差……。
「そうなのか? ノアは若く見えるな」
「その身形だと大分老けて見えるわ……。整えるのは城に着いてからにしましょう」
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