#52 呪いなら仕方ない
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
「さて……。この絵本の内容を公表したいとのことだったか」
「そうです。けれどその前に絵本自体を広めるべきだと考えております。たとえ作り話しだと思われても、内容を知っている状態とまったく予備知識のない状態で公表したのとでは混乱の度合いが変わってくると思うのです」
「ふむ。確かにな……」
ノアは学校の教材にすることを確約させ、更に次の話しに持っていく。
「もうひとつ、公表したいことがございます」
「もうひとつ? 絵本と関連のあることなのか?」
「今回の勇者、獣人についてなのでまったく関連がないというわけではありません。……陛下も、奴隷の歴史がある獣人の差別はご存知かと思います。リーフは勇者になっても国民に受け入れられていません。その差別を根本からなくすことは難しいと思います……ですが、獣人にとって住みやすくある為に、その特徴を消す手段を広めたいのです」
「……というと?」
「こちらのルーミー・ベルタは人間と血の契約を結んでおります。主側である人間が従者側の獣人のマナを開放すれば、完全な人間の姿を取れるようになるのです」
ルーミーはノアの言葉と同時に耳と尻尾を消してみせた。
「ふむ……。それを公表したとして、悪意のある人間と契約してしまった場合どうなる」
「契約は同意の元でないと自然失効します。……これは法律上難しいかもしれませんが契約の上書きも可能です」
「うむ。よく理解しているようだ。……その件については代々シュタインメッツ王に語り継がれてきたので知っている」
「……知りながら公表に至っていないのは何故か、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
王と前王は一度アイコンタクトを交わし、前王が発言した。
「……上書き禁止の法を作るよう言ってきたのは、妖精王じゃ。わしら代々のシュタインメッツ王は妖精王と血の契約を結んでいる」
ノアとルーミーは逢ったことないしピンと来なかったみたいだけど、私たちは違った。
妖精王は唯一人間サイズの妖精だ。それは生まれた時からなどではなく、代々のシュタインメッツ王と血の契約を交わしているからだったのか……。契約は勿論妖精間でも結べる。もし上書きしてしまえば人間サイズではいられなくなる。それを知られるのを回避する為?
「法を作る交換条件で、我ら人間は勇者と妖精で契約を結ぶことができ、鑑定のスキルを得られるようになったわけじゃ。これを広めないことも条件のひとつになっておる」
獣人解放は難しいってこと……? 他に方法はないんだろうか。
まぁ私個人としては、あんなクソジジイ失脚してしまえばいいとは思うけど、王がいなくなるってことは、国民にとっての指針がなくなるってことだ。そう簡単な話しじゃない。
「よって血の契約についての公表は容認できぬ。もし勝手をするようであれば厳罰に処されると思え」
「……お言葉を返すようですが、今後鑑定のスキルは必要なくなります。それでもやはり妖精王との良好な関係の為に公表はできないと仰るのですか」
流石ノアさま王に意見した……!!
前王は立派な髭を撫でながら考える素振りを見せる。
「……獣人の差別に関してはわしらも心を痛めておる。だが、真実を公表し民の考えに任せる絵本の件とは訳が違う。わしらだけの話しではなくなるのじゃ……妖精王とも話し合う必要がある」
「……そうですね。出過ぎた発言を謝罪いたします。……妖精王とは会談を設けてくださるのでしょうか」
「お主らも民のひとりだ。耳を傾けるのも王たる務め」
前王は現王にアイコンタクトして話しを引き継いだ。
「妖精王と会談することは約束しよう。だが結果がどうなるかは分からぬ」
「それでも、わたくしどもには大きな一歩です。陛下並びに前王には深く感謝申し上げます」
ノアに倣って私たちも頭を下げる。
あのクソジジイのことだから保身の為に了承しなさそうだけど……。私たちは結果を待つことしかできない。
「絵本の件については公表を認める。どれほどの民が信じるかは分からぬがな」
「公表の場では勇者であるリーフが立つべきだと考えております」
「……未だに緊張しているようだが務まるのか?」
「それは特訓させますので! 獣人であるリーフの功績としたいのです。中には差別的発言をする者もいるでしょう……。りーフはそれも覚悟ができております」
「リオ・フィールダーのほうが適任であると思うが?」
「兄は……勇者でいることが本当につらかったのです……そんな兄に、また大役を押し付けることは……どうかご容赦ください」
「ノア……」
「うむ……。そなたも英雄リオの妹と知られたくないようだったな」
「勿論、王陛下のお言葉も賜われれば大変心強いです」
「よかろう。公表はいつ行うつもりでおるのだ?」
「絵本が十分に認知されてから……数十年以上は先になるかと思いますので日程等はまだ決めずともよいかと。ただ陛下並びに王族の方々には先に知らせておくべきだと思い参上したのです」
「随分先のことを見据えているのだな……」
「次代の勇者以降も、魔王と戦ってほしくないのです……」
話しが途切れたのを見計らってリオが次の話しに移った。
「王様、宝剣のことで話しておきたいことがあるんだ」
「行方知れずとなっている宝剣エリシオンか? そうか……墓標となっていたあれを持ち去ったのはお主か」
「うん。今は魔王城にあるんだけど、エリシオンに魂が宿ってるみたいで、話しができたんだ」
「剣が……言葉を?」
「エリシオンも永い役割から解放されたいって言ってるんだ。剣として使い物にならなくなれば魂が離れるんじゃないかなって思うんだけど、折ってもいいかな? 勇者が魔王と戦う必要はなくなるんだし」
「宝剣を折る……だと?」
「一応国の物だし確認しないとって思って」
「……勇者リーフにも授けられぬまま送り出してしまったわけではあるが……父上、どう思いますか」
「そう、じゃな……使う者がおらぬようになるなら……だがな……」
国の宝だもんね……。気軽にいいよとは言えないわな。
「エリシオンも代替わりみたいなものができればいいんだけど……でも誰も剣に乗り移ったりしたくないよな。なんだか呪いの剣みたいだし、処分はゼストがしてくれるよ」
不意を突かれた王妃が不自然に咳き込んだ。
「呪い……ならば仕方ない。そのようなものを城に置いておくわけにもいかんじゃろ」
良い言い訳が見つかったって感じだわ。態とらしい。
でもまぁ、これでミッションコンプリートね。
「ありがとう!」
「……その代わりと言ってはなんだが、騎士団のみなに稽古を付けてはくれぬか? 英雄と手合わせしたい者も多かろう」
軽く安請け合いしそうだったリオをノアが止めるべく先んじて発言した。
「恐れながら兄は店の経営がございます。あまり長く店を閉めていると立ち行かなくなります。わたくしでしたらギルドへの正式な依頼としてお受けできますがいかがでしょう?」
わお、お金取る気だ。
確かにエリシオンを折っていい代わりなんて、交換条件になってない。
「分かった、騎士団底上げの為だ。依頼させてもらおう」
「誠心誠意務めさせていただきます」
会談はお開きとなり、馬車に乗せた大量の絵本と一緒に、ノアは城に残った。
私は何もしてないけど、疲れた……。ノアは休まなくて大丈夫かな。剣振ってるほうが気晴らしになるのかな?
後は地道に絵本の布教活動か……。妖精にとってはあっという間かもしれないけど……。
「ちょっと……妖精の森に寄ってほしいのよ」
「里帰りか?」
「友人がいるのよ。長いこと帰ってこれないから、ひと言言っておこうかなって」
「分かった。俺たちは森の入り口で待ってるよ」
森の入り口に妖精が来ることはほぼない。そこにいれば噂にもならないはずだ。
森を暫く進むとどんどんマナが濃くなっていき、マナを纏った勇者以外の人間は、幻覚を見せられ正気を保っていられなくなる。反対に魔王城周辺は魔素が濃いけどあれも同じ作用がある。マナも魔素も多量に吸い込むと毒になるのは同じだ。
誰にも見つからないようにこっそり友人の家を訪ねると、外出中のようだった。
いつもポケットに入れてる紙を取り出し、友人の似顔絵を添えて置き手紙を残す。
「ひと言くらい挨拶したかったけど……しょうがないのよ」
その場を後にしようとしたら、声を掛けられた。
「フィエスタ……?」
「……っアトラージュ!」
この家の住人、私の友人だった。
「あんたなんでここに……聞いたわ噂⁉ 妖精王に啖呵切ったって⁉」
「啖呵切った覚えはないんだけど……?」
「でもなんでここにいるんだわ? 勇者は?」
「森の外で待ってるのよ。暫くここには戻れそうにないからアトラージュに逢いに来たのよ」
「新しい勇者はそんなに頼りないんだわ?」
「ん、んー、頼りないっちゃ頼りないけどいい子なのよ? 魔王も……きっと、リーフなら大丈夫なのよ」
「そ。まぁ元気そうで安心したわ。ここでフィエスタの帰りを待っといてあげるんだわ。行ってらっしゃい!」
「行ってくるのよ!」
まだ本当のことを話せなくて少し後ろめたさはあるけど、アトラージュと話せてよかった。
リオたちと合流すると、また移動販売をしながら魔王城への帰途に着いた。
絵本は一部でBLや禁断の恋が人気となり、新たな扉を開いた腐女子たちの力を借りて布教され、どんどん広まっていった。
元々手始めとして子持ちの母親をターゲットにしていたとはいえ、男性に広まってるのかなこれ? ノアがギルドでも広めてくれたから傭兵の男性は目を通したはず。
「女性人気が凄いわね。男性の反応はいまいちってところかしら?」
「物語よりも絵や色の綺麗さを褒めてる人が多い印象だな。あと、紙に興味持ってる人もいたな」
「思ったより広まりは早いが、随分偏っているようだ……。だがこの流行を使わん手はないだろう」
「どうやって使うんだ?」
「完全に落ち着いてしまう前に公表したほうがいいと思う」
店の定休日に行われた会議でそんな話しになった。
絵本を売り始めて1年ちょっと。公表はまだまだ先だと思ってたけど……。
「時期尚早ではありませんの? セリカだってまだ子どもですのよ……」
「一部では絵本の制作者は妖精だと顔バレしている。すべて妖精の仕業として押し付けることができる。魔族ということにして、知らなかったと通せばいい。演技は必要になるがな」
ちょちょい、私が悪者かい。まぁいいけど……。人間サイズで顔バレしてようが妖精サイズだったら顔なんて分からないものね。
「私は構わないのよ。でもそれで本当にリオたちは安全なのよ? もしリオ・フィールダーってバレたら……」
「リオが口を滑らさなければ大丈夫だろう。絵本にはいつの出来事かまでは記されていない。リオが今何歳なのか推測は不可能だ」
「もう死んでるってことにもできるんだ……元々1回死んでるしそういうことにしたほうが説明が簡単かな」
因みにお店ではリオは「マスター」と呼ばれている。
リオが公表しない、もう先代勇者は死んでいる、更に魔族の私が利用してたって言えば、お店のみんなが魔王に加担しているとは思われないはずだ。
「日程についてはシュタインメッツ王と話し合う必要があるが……遅くとも流行が収束して半年以内にするのが効果的だろう。勇者が覚醒してから旅をする期間はまちまちだが平均で3年程だ。勇者が表舞台に立っても良い頃合だと思う」
「え? 俺2年も経ってなかったよな?」
「リオは覚醒もここに来るのも例になく早かった。勇者の覚醒平均年齢は15前後といったところだ」
リオは12歳で旅に出て14歳で最終決戦を迎えていた。平均よりも若くしてラスボスまで来ちゃってたのか……。
私はリオ以前の勇者のことはよく知らなかったから考えてなかったけど、リオって何かと規格外なのね。
「……僕、大丈夫っすかね? やれますかね?」
「今からそんな状態でどうするのよ! 野次飛ばされて怯んじゃダメなんだからね!」
「う、うっす……」
シュタインメッツ王との会談を取り付けるとノアによる特訓が始まった。
まずは内容と段取りを決めて、人前での演説の練習、野次への対処。いろいろ決めて何度も反復練習あるのみ。流石にこれを毎日続けてたら当日頭真っ白になるなんてことはないでしょう。
公表の場では私が魔族として人間サイズで出ることにもなった。お店を守る為だもんね……私だって頑張るんだから! リーフと一緒に特訓だ。
再びシュタインメッツ城に赴くと日程は1年後に確定する。
絵本の布教は続けつつ、私たちはXデーに備えた。
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