#05 胃袋で落とす
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
「おま……マジで言ってんのか?」
【なんだ?】
リオを、人を食うつもりはないという魔王の童貞発言に私はだんまりを決め込む。空気になることに徹した私にキザシの視線が突き刺さった。私がこの状況を唯一理解してると気付いてる……。
でも私はもう空気だから。喋らないから。
「……そういうことか。まぁプラトニックでもいいんじゃねぇの。そいつが返事をするのに時間が掛かりそうだけどな」
「……キザシ、もしかして答えの出し方を知ってるのか?」
うん? あれ、これヤバくない?
リオが答えを出しちゃったら、この旅は終わるんじゃない?
それは、まだ先延ばしにしたい……!
「……知ってるっちゃ知ってるが、どっちにしろお前らの反応が鈍い気がするから言わねぇ」
セーフ!
「なんだそれは……」
「クソめんどくせぇんだよ。大体俺に相談しようとするな。その妖精にでもしてろ」
「フィエスタは肝心なことは教えてくれないんだ……俺よりいろいろ知ってるはずなのに」
「黙秘するのよ」
「役に立たねぇやつだな」
自覚してるっての! でも推しとの旅を早々に終わらせたくはないのよ!
「話しは終わりだな? 俺は部屋に戻る」
簡易結界を解いたキザシは式たちを使ってドアを元の位置に戻させた。何これ便利。
「俺たちの始末はいいのか?」
「生憎封印術は使えねぇんだ。勇者と魔王が仲良くやってんなら被害は出ないらしいし、戦わねぇほうが得策だ」
ドアを戻すなりさっさと出ていくので私はキザシの後を追った。
「ちょっと待つのよ!」
「あ? まだなんか用か役立たず妖精」
「口が悪いのはどうにかならないのよ……。それより、さっきの答えの出し方っていうのは……」
「どうせ分かってんだろ? 荒療治かもしれねぇし勇者が魔王を拒絶したら人間が犠牲になる。ただの惚れた腫れたの話しが、まったく厄介なことになってんな……」
触れたいと言った魔王からリオは一度逃げている。それは恐怖とかじゃないし警戒とも違うと思う。実際本契約の時にゼロ距離になってる。そこまで荒療治とは思えないのだけど、問題はリオが、恋愛感情とは別に利他主義なこと。
「脈がねぇならってさっき言ったが、魔王に対して微塵も恐怖心を抱かず答えを保留にしてる時点で脈はあるだろ。一応パーティー組んでるてめぇでも、魔王に恐怖心がないわけじゃねぇだろ?」
私は頷いた。
狼の見た目がいくら可愛かろうと魔王の気配は強く、目はまともに見れないしリオのように呼び捨てで名前を呼ぶことなんてできそうにない。
なんでリオが平気なのか分からないくらいだ。
「リオは生きる意味を他人に見出すところがあるのよ……。例えば魔王が身体を求めたとして、恋愛とは違うところで受け入れてしまうかもしれない……」
「そこまでの自己犠牲野郎なのか? 理解できねぇな」
「そんなの魔王も望んでないだろうし、そういう機微を多分リオは分からないのよ。だからお願いなのだけど、あの恋愛初心者どもにご教示願いたいのよ」
「はぁ? お前までめんどくせぇこと言い出してんじゃねぇよ」
「その察しの良さと顔があるなら恋愛経験豊富なのよ? そこを見込んでどうか……!」
「……顔で判断してんじゃねぇよ」
ピリっとした空気に怒気を含んだ声。
もしかして地雷だった……?
「……ご、ごめんなのよ。でもリオたちに比べたら経験はあるのよ……?」
「……嫌になるほどな……」
吐き捨てるように呟かれた言葉に察しのプロは察した。
リオと同年代くらい、14そこらで嫌になるほど経験したのはきっと恋愛絡みだけじゃない。こんな綺麗な顔の子どもがソロで旅をするのは、きっと大人から逃げる為に故郷を捨てたからだ。そこは余程の地獄だったのだろう。
「やっぱり、魔王とパーティーは組みたくないのよ……?」
「……人間と組むよりはマシかもな。だが俺にメリットがなさ過ぎる。協力する気にはならねぇな」
ぐぬ。確かにこれじゃ交渉にならない。
お金で動きそうではあるけどすぐに用意できるわけでもないし……。
「明日の朝、一緒に朝食はどうなのよ⁉」
「なんだ急に」
「リオのご飯は美味しいのよ! きっと気に入るのよ!」
「……それがメリットとか言わねぇよな?」
胃袋で落とす作戦しか咄嗟には思い付かないのよ!
翌朝チェックアウトを済ませると、エントランスでキザシが待っていた。部屋番号も聞いてなかったしあのまま逢えない可能性も考えたけど、まさか待ってくれていたとは思わなかった。
「タダ飯食らいに待ってたぜ」
「……ありがとうなのよ」
なんてお礼の言いにくい第一声なの。
どんな理由であれまた話せる機会ができたのは良いことだ。口の悪さには慣れるしかない。
「おはようキザシ。フィエスタから昨夜聞いたけど、そんなに期待しないでくれよ」
「してねぇから安心しろ」
旅支度としての食料も買い込み、リオは道を外れて林の中に入っていく。
「流石にこの辺はあんまり変わってないかな。少し行ったところにちょうどよく開けた場所があるんだ」
焚火の跡を囲むように丸太の腰掛けが並べられている。薬草採りの休憩所みたいなところだろうか。リオが最短距離で突っ切っただけで、ちゃんと人の道になってるところもあった。
手早く火を熾し慣れた手付きで調理を始めると、キザシが茂みの先を見据えて式を構えた。
「ゼストじゃないかな? 場所は言っておいたから。キザシは得意な技とかあるのか? 攻守に加えて索敵もできるなんて凄いな」
「ソロでやってくには必要だっただけだ。ついでに治癒も多少できる。けど得意だと言えるものはねぇな」
え、チート過ぎない? 実はチートスキル持ちの転生者だったりするの? 主人公なの?
「俺は剣技くらいしか取り柄がないんだ。オールラウンダーのキザシが仲間になってくれたら百人力だな」
「……俺みたいのは器用貧乏っつーんだよ」
ガサリと葉を揺らして現れた魔王にリオが朝の挨拶をする。返事をしつつすたすたとリオの傍に座った魔王は調理を見守り始めた。
「性格的に向き不向きもあるし、極めたいと思うものに出逢えてないだけじゃないかな。なんでもできるってことは選択肢が人より多いってことだから、迷って当たり前だ。それに器用さも立派な才能だよ」
【……なんの話しだ?】
「うん? キザシはいろいろできて凄いなって話し」
【お前は他人の長所を見つけると褒めずにはいられないのか】
「え? そんなことないと思うけど」
言われてみれば私含めて以前の仲間は勿論、魔族たちまで戦闘中に褒めていたわ。あのイケおじの人狼だけは逆上していたけれど、他の魔族はリオに絆されていたように見えた。
「なるほどな……。魔王が惚れた理由が分かった」
ふたりには聞こえない程度の声量だったけど、近くにいた私はしっかり耳にした。
「ただのショタコンってわけじゃなかったんだな」
そんなこと思ってたの。確かに歳の差はヤバいけど。
キザシもリオたんの人たらしっぷりに絆されたみたいで口元がにやけそうだわ。絶対口汚くツッコまれるからしっかり引き締めないと。
「こっちはフィエスタの分、俺たちはこっちのごろごろスープだ。パニーニもあるぞ」
器が行き渡るとリオは削り角を自分と魔王のスープへ入れた。
「それはなんなんだ?」
「あぁ、魔物の角だよ」
「は……?」
「魔素の凝縮されたこの角を入れないと俺たちは美味しく感じないんだ」
「なんで価値もねぇ角を欲しがるのかと思えば……食う為かよ」
「食感はよくないからやっぱり粉にしないとなぁ」
そんな雑談が終わり、全員それぞれ好きな料理を食した。
「……んっま」
「そうでしょうそうでしょう⁉」
「なんでお前が嬉しそうなんだ。味音痴になってもよく作れるな」
「味音痴……そういえばそうなるのか」
「リオの料理を移動販売で売ろうと思ってるのよ」
「あー、まぁ売れるんじゃねぇの」
「ほらリオ! 自信持ちなさいなのよ!」
「はは、ありがとう。キザシは旅の目的みたいなものはあるのか?」
「今はねぇな。昨日果たしたところだ」
「観光が目的……じゃないよな?」
「んなわけあるか。……これを買い戻しに来た」
袂から取り出されたのは小刀だ。鞘だけでも気品を感じるけど、その黒と艶は納められた刀身の美しさを際立たせている。
「綺麗だな……ナイフ? 剣?」
「リオ、これは刀。護身用なんかで持つ懐刀なのよ」
「お前詳しいな」
「そうでもないのよ。買い戻すって、質にでも出したのよ?」
世界が平和になってから刀は本来の用途で使われることはほぼなく、骨董品扱いになっている。コレクターも多くさぞ高く売れただろうし買い戻すのもかなりの額だっただろう。
「勝手に売られたんだよクソ野郎にな……」
「だからドラゴン討伐の報酬を急かしていたんだな。他の買い手がすぐに付きそうなくらい綺麗な刀だ」
「まぁな……。高過ぎたお陰ですぐには売れなかったのかもな」
刀身を鞘に納めるキザシはそれが大切なものだと傍から見て分かるくらい優しい目付きになっていた。
親の形見とかだろうか。深くは聞くまい。
「俺たちもただ生きていく為に旅をするから目的なんてないんだけど、キザシさえよければ移動販売を手伝ってくれないかな?」
ナイスなのよリオ!
「はぁ……、そこの妖精の思惑通りになるのは癪だけどな」
ってことは⁉
「フィエスタの?」
私が先に誘っていたことを知らないリオのきょとんとした顔に、キザシは1テンポ遅れて破顔した。
「言っとけよお前……っ!」
元々前髪で隠れた顔を更に隠すように口元を抑えるキザシが、ようやく年相応に見えた。笑ったらまだ幼さの残る美少年だ。
「え? なんで笑うんだ?」
「リオなら絶対誘うと思ったのよ」
「もしかして昨夜キザシを追い掛けた時もう誘ってたのか⁉」
「きっとあのまま別れてたらそれきりだったのよ。キザシのことずっと気に掛けていたでしょう?」
【おい、ずっととはいつからの話しだ? この町に入る前のようだが?】
「ぶふっ、せめて魔王には言っとけよ誤解されるじゃねぇか……っ」
「笑いながら言わないでなのよ!」
魔王の誤解を解きつつ、キザシとの密約は伏せて話した。
魔王に恋敵認定されるとまずいけど、リオに友人ができるのはとても嬉しいことだ。多くの人と繋がりができればそれがリオの生きる意味になる。
「俺が言えた義理じゃねぇが、お前は言葉が足らな過ぎる。特に鈍いこいつらには何も伝わらねぇぞ、フィエスタ」
初めて名前を呼ばれてちょっと心が浮足立ったけど、でも、
「私に教示してくれとは頼んでないのよ!」
何はともあれ、察しの神ことオールラウンダーのキザシがパーティーに加わった。
「これ買い戻したから俺ほとんど金持ってねぇぞ」
「ちょっと待って、食い扶持が増えただけなのよ……」
移動販売の為の物資は、すべて私が投資することになったのだった。