リーフ独白
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
僕の前世は普通のDKだった。ちょっとだけ剣道に才能があった、それ以外はなんの取り柄もない普通の男。
剣道は幼稚園の時から習っていて、勉強もせずにもうそればっかり。僕の父親は好きなことならやらせるべきだって言ってくれて、でも母親は勉強しろってうるさかった。よくいう教育ママってやつで、良い学校に入って安定した職に就いてほしかったらしい。
教育方針の違うふたりが衝突するのは当然で、気付いた時には修復不可能なくらい家庭は壊れていた。
僕には弟がいた。弟は母親の言うことをちゃんと聞いて勉強を頑張っていたけど、無理してるのは見てて分かる。いくら頑張っていても成績が思うように上がらず、よく母親に怒られていた。
だから息抜きにと思ってこっそり一緒に剣道場に連れて行ったりしていた。
それがある日バレてしまって、母親は僕を叩き罵った。
『どれだけ私の邪魔をしたら気が済むの⁉』
『か、母さん兄ちゃんは悪くないよ! 僕が行きたいって言ったから連れてってくれたんだ!』
『あなたが行きたがるわけないじゃない⁉ あなたには大事な勉強があるんだから! どうせこの子が唆したんでしょ⁉ お前の所為でこの子の人生が台無しになったらどうしてくれるのよ⁉ 責任取れるの⁉』
母親はそれから一切僕と弟を逢わせないようにした。
父親は何度も母親と揉めて、暫くして離婚が成立したらしい。
『今日からここにふたりで住むんだ』
『え……ふたり⁉』
『ああ……それが、離婚の条件だったから……。お前は思いっきり剣道に打ち込んでいいからな』
父親は離婚の前に弟に確認したらしい。
『大丈夫か……?』
『大丈夫だよ。兄ちゃんに僕のことは気にしないでって伝えて』
『月に1回お前と逢っていいことになってるから……また今度だ。内緒で兄ちゃんと逢わせてやるからな』
『うん! 楽しみにしてるよ!』
それから約束が果たされることはなく、1か月もしないうちに、弟は自ら命を絶った。
最後に逢ったのはもう何年も前で、ようやく再会できたのに弟は何も喋らなくて。どんなふうに笑っていたかも思い出せない。
大分昔に撮った遺影の写真はとても幼かった。
『お前の所為だ!! お前の所為であの子は……ッ!! お前が死ねばよかったのよ!! 返してよ、私の子どもを返して……!!』
そんなヒステリックな叫びを聞きながら僕は後悔した。
僕が母親の言うとおりにしていれば弟は追い詰められることはなかった。
僕は弟にずっと守られていたんだ。
自分が頑張って矛先が向かないように。ずっと自分だけ我慢して。
僕なんかの為に。
葬式が終わって学校に行っても、勉強を頑張ろうなんて思えなくて、ただ無心に竹刀を振った。振って、振って、振って、僕はいつの間にかいくつもの大会で優勝するまで強くなっていた。
『兄ちゃんなら日本一強くなれるよ!』
(ああ、なれたよ……お前のお陰だ)
僕がどうやって死んだかは、あまり思い出せない。
僕は気付くとこのファンタジー世界に生まれ変わっていた。物心が付いた頃には、あれは前世の記憶だと整理が付いていた。
頭には折れた耳が、尻にはふさっとした尻尾が生えていて、獣人なんだと理解できた。
アニメやマンガは家では見れなかったけど、友達が見せてくれたりゲームをやらせてくれたりでそれなりに知識はある。獣人というと萌えの象徴みたいなイメージだったけど、どうやらこの世界のヒエラルキーでは底辺の存在らしい。
海に近い街で僕と同じ耳と尻尾を持つ母とふたり、質素な生活をしていた。ただ歩いているだけで街の人たちに睨まれ、舌打ちをされるのは日常茶飯事。僕は気付けたけどたまに足を引っ掛けられて母は転び、周りは怒声を浴びせたり笑ったりした。
ただ獣の耳と尻尾が付いてるだけで、なんでこんな扱いを受けなきゃいけないのか理解できなかった。
街の子どもたちに石を投げられたこともある。僕が怪我をするといつも母は僕に謝った。悪いのは石を投げたほうなのに。なんでこの人はつらそうな顔で謝るんだろう。
そんな生活は唐突に終わり、母と僕は領主に雇われて大きな屋敷で働くことになった。
(なんで領主が獣人なんて……奴隷にする気か?)
身なりを整えた母は身内目線でも美人で、母狙いなんだろうなと警戒していた。そんな僕に母はこっそりと教えてくれる。
『領主さまはリーフのお父さんなのよ。これは誰にも秘密ね? リーフが仕事できるくらい育つのを待って私たちを雇ってくださったのよ』
のほほんとした母だから騙されてるんじゃないのか疑ったりしたけど、領主がメイドのひとりとして母と接するとすぐに分かった。獣人だからと差別していない。それどころかちゃんと愛情がある。
僕はふたりの間で愛し合って生まれたみたいだった。
屋敷の中で獣人は僕たちだけで、他のメイドたちはみんな人間だ。奴隷でもない獣人が同じ地位にいるのが気に食わないのか、いろいろと雑用を押し付けられ、獣人を下に見た発言もよく聞いた。それだけなら前の生活と変わらない。
段々とエスカレートしていくまでは。
領主一家にバレないように母の私物をボロボロにされたり、隠されたり、最初は学校のイジメみたいなものだった。耳や尻尾を乱暴に掴まれたり、水を頭から掛けられたり、食事に虫や汚物を混ぜられたり、このまま生活していくのも難しいくらい酷くなっていく。
女性の間だけで広まっていたそれは、そのうち男性にまで広がった。
僕は今は女だ。いくら筋トレをしていたって大人の男に力で敵うはずもない。
『痛っ……何する気っすか⁉』
『分からんくらい子どもなのか? エロい身体してるくせに、ギャップがあってそれも悪くないな?』
『待ってください子どもには手を出さないで……! 私が……私が代わりになりますから!』
『流石獣人だな? どうすればいいかよく分かってる。お前に免じてこいつには手を出さないでやる』
『ありがとう、ございます……』
『待ってよ母さん⁉ なんで……⁉』
『リーフ……あなたは仕事に戻りなさい』
『母さ……』
『分かってると思うけど領主さまにチクったりしたら……お前も母親もどうなるか分かってるよな?』
僕は、怖かった。
自分が女であることで男たちに良いように使われてしまうことが。それがどれほど屈辱的か分かるから、母が僕を庇ってくれたことに安堵してしまった自分自身が。
僕には助けられない。そうやって諦めて、全部押し付けて、自分だけ危険な場所から離される。
僕はまた、何もできずにただ生かされる。
こんな……なんの価値もない僕を。
何か僕にできることはないのか……どうすれば、守ってくれた人に報いることができる。
『お前が死ねばよかったのよ!!』
違う……僕が死んだって、何も変わらない。
今すべきことはそんなことじゃない。
僕以外に、母の味方になってくれてこの状況をなんとかしてくれる人……。
(領主……さま)
母を本当に愛しているなら助けてくれるはずだ。男たちをクビにもできる。
僕は領主の部屋にノックもなしに入り、姿を見つけると詰め寄る。
デスクに勢いよく手を付き直談判だ。
『領主さまお話しいいっすか⁉』
『お前……リーフ、その手……!』
『手? いやそんなことより!』
『そんなことではない! お前……勇者に選ばれているぞ⁉』
『いいから! 母さんを助けてください!!』
この時の僕は“勇者”なんて単語耳に入っていなかった。
母に危険が迫ってると把握した領主はすぐに母の元に駆け付けてくれて、なんとか間に合った。そして男たちはクビにさせられた。
『リーフ……ごめんね、怖い思いさせて……。ありがとう……』
僕に何も言う資格はない。母を助けたのは領主で、僕は何もできなかった。
あの安堵した罪悪感が消えない。僕は最低な人間だ……。
“勇者”なんて……なれない。僕から最も遠い存在だ。
でも、領主が僕を認知してくれたから、母のことは今まで以上に守ってくれるはずだ。
これが僕が唯一できた、親孝行だ。
今まで僕に優しくしてくれてありがとう。
僕は多分、ここには帰ってこない。
そんな気がする。
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