#44 もうひとつの方法
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
今更だけど魔王をひとりにして大丈夫だろうか。ネガティブな思考になってなきゃいいんだけど……。
「魔王もそろそろ頭冷えたでしょう。ひと目惚れについて訊いてくるっす」
「えっ? でも魔王がどこ行ったか分かるのよ?」
「そう遠くないでしょ。テンパり過ぎて転移で行かなかったし。気配もなんとなく……こっちかな。においがするっす」
「流石獣人なのよ……」
辺りをきょろきょろしながら歩くリーフに付いていく。
数分くらいで足を止めたのは何もない廊下だった。ここで転移しちゃったとか? そんなことを考えていると、リーフは窓の外を覗いた。
「あ、いた。外だったんか」
なんか、魔王城に来た日にも見たな、こんな景色……。魔王の後頭部が見える。もう髪は解いていつものスタイルに戻っている。
リーフの声に振り返ると、流石に涙目ではなかった。すぐにそっぽを向いてまた後頭部しか見えなくなった。
「なんの用だ……もう少しひとりにさせてくれ」
傍らに狼が寝ていてゆっくりと背を撫でている。ああしてると落ち着くのかな。
「魔王は僕にひと目惚れしたってフィエスタさんが言ってるんすけど、本当っすか?」
いやだからこの子……。いちいち私が言ってたって告げ口しないでよ。
魔王は狼を撫でる手を止め、考えながら喋った。
「ひと目……そう、なのか? お前が泣いていたから、それを止めたいと思った。そんな顔をさせたくないと……そうか、やはりあの時感じたのは……」
ゆっくりと立ち上がった魔王にリーフは窓越しにも関わらず一歩後ずさった。
逃げる準備かな。
魔王がいる中庭の陽の光は眩しいくらいで、漆黒の髪が映えて見える。窓枠に切り取られたそれは絵画みたいに綺麗だ。
まるでリーフに触れたいと伝えるかのように窓に手を添え、眼で語る。
「お前が俺を追い駆けてくれて、嬉しい……」
ここで風を吹かせ髪を靡かせるイケメンマジック……反則だわ。
リーフはそのマジックに見事に掛かっていた。
「……いや、イケメン過ぎでしょ……可愛いかどっちかにして……」
これはツッコミなのかな? 心の声? 駄々洩れてるよ?
「……顔がよく見えない。そっちに行っていいか」
「いや、いい! 来なくていい!」
嵌め殺しの所為で外の光はそれほど入ってこないしリーフが後ずさったしで、光溢れる外にいる魔王からはほとんど見えないだろうな。
リーフとしてはよかったのかもだけど。そんな強く拒否しないでよ。魔王がしょぼんとしちゃうでしょ。
「……分かった」
「あ……ま、待って……ごめん、どんな顔していいのか分かんなくて……そうだ! 僕の為に公表に反対してたって、本当っすか?」
「……獣人の歴史は本で読んだ。現代でも差別されていると。ルーミーの話しも聞いた……たとえ勇者になってもお前への風当りは強いままだろう。矢面に立つべきではない」
「……じゃあ、僕が獣人じゃなくなれば……」
リーフ……?
決意したように窓に近付く。目は合わせられないみたいだけど、視線を下げたまま魔王の前に立った。
「魔王と契約したら、人間の姿になれるんすよね? そしたら、僕が獣人として非難はされないでしょ? リオさんたちが危険になることもない……なら、僕と契約してください」
え……待って、なんでそうなるの⁉
「……リオたちの為に?」
「それもありますけど、僕はもう誰かに守ってもらいたくない。そんな価値のある人間じゃ、ないから」
「……俺にとってお前は、かけがえのない存在だ……価値はある」
「なら、いっすよね。ずっと傍にいます。何度でも封印してあげます。勇者と魔王が戦わないで済む方法は、もうひとつあったんすよ」
そんな方法、誰も望んでない……!
「……お前の言葉は嬉しいものだが、……価値がないと思ったままでいてほしくない」
「……契約はしてくれないってことっすか」
「そんな理由なら、したくない……」
「それでもいいっすよ……。僕が公表の役目を負う、誰になんて言われても」
「……っう」
魔王は小さく呻いて窓の下に蹲った。廊下からはよく見えないけど、横たわっているみたいだ。
これってもしかして、魔素の供給……⁉
「リーフ! 今すぐ取り消して!」
「な、なんすか……」
「リーフの言葉で魔王の感情がネガティブになってる……どこかで人間が襲われてるのよ!」
「そん……な、こと……僕の所為……?」
「これはリーフにしかできないのよ……お願いだから、哀しませるようなこと言わないで……」
「フィエスタさん……」
私も哀しんでしまったこと、伝わったかもしれない。
リーフが耳と尻尾をなくしたがってるのは知ってた。永遠と引き換えにすることと迷うくらい。でも、封印し続ける永遠なんて選んでほしくない。代替わりが目的じゃないなら契約してほしくない。
そんなの、全部私のエゴだって分かってるけど。
「魔王……聞こえてるっすか? ……脅しみたいに言って、さーせんした。告白、嬉しかったっすよ……魔王とずっといるのも悪くないかなって思ったくらいっす……。僕の所為で哀しませて、済みませんでした……」
聞こえてるかな……熱い息遣いしか聞こえない。
「アリスト、大丈夫か……」
「初代⁉ ここにリーフがいるのよ! そっちに転移させて!」
「妖精? また窓を挟んで……何をやっている」
呆れたように言いながらもリーフも私も中庭に転移させてくれた。
魔王は胎児のように丸まって熱に耐えている。
リーフは魔王に近付きながら結んでいた髪を解く。何をするのかと思えば、魔王の髪を襟足で結んであげた。
リーフの指が首に当たって色っぽい声が出た。薄っすら目を開けた魔王が掠れた声で名前を呼ぶ。
「リーフ、アリオン……」
「……呼び捨てでいいっすよ。なんでずっとフルネームなんすか……」
「……あまり、見ないでほしい……」
身体の下になった手で顔を隠す。
リーフはその仕草にたまらなくなったらしい。隠す手を取って外させた。自然と魔王を上から覗き込む形になる。
「……リーフ」
「魔王のこと、まだよく知らないけど……可愛い人だなって、思ってるよ」
「やめろ……顔から火が出そうだ……」
顔が見えないようにギリギリまで地面を向こうとしてる。なんだこの人可愛いな。
薄々思ってたけど、これアリリフじゃなくてリフアリだな……? 身体的にはどうしたってアリリフなんだけど……って野暮なこと考えてる場合じゃない。
「アリストはもう大丈夫そうだな……」
「そうだ、被害はどうなってるのよ⁉」
「それほど大事にはなっていないだろう。カヴァーリで市が開かれていてそこを襲撃されたらしいが、ちょうどリヴィナとガキが買い出しに出ていたようだ。魔石で報告があった」
「よ、よかったのよ……」
「手を……放せ」
「……嫌だ」
「……ちょっとリーフ、あんまりいじめるのは良くないのよ。魔王の感情を悪戯に揺るがさないで」
「……分かったっすよ」
上体を上げれば髪でよく見えなかったリーフの顔が陽の光に照らされる。
雄の顔になっとる……!! 見た目は女性だけども!
「勇者、何があったか話してもらうぞ」
「分かってます……」
「アリスト、落ち着いたら服を着替えて食堂に来い」
「……分かった」
声ちっさ!
転移でその場から消える寸前まで魔王を観察していると、リーフに繋がれていた手を眺めてから、それを大事そうに握り締めた。
いや乙女かぁああぁあ!! クソ可愛いじゃああぁん!!
私が心臓の動悸を治めている間に、リーフはリオと初代に事情を話した。
「永遠に封印を繰り返す……この方法におふたりは気付いていたんすよね?」
「うん……。リーフの見た目が獣人じゃなくなれば公表だって俺がやる必要はない。獣人にとっては人間と契約すれば耳と尻尾をなくせることも周知させられる。でも……できれば、選んでほしくない道だ。……一度選ぼうとした俺が言えたことじゃないけど」
「たとえ契約してお前が人間の姿を取れるようになっても、封印し続けるならばお前自身にあまりメリットはないはずだ」
もしリーフが契約した状態で魔王を封印すればふたりと、アヴァンシアも封印される。
通常勇者が魔王の封印に成功すればシュタインメッツ王に報告し、人間側の勝利宣言が行われる。そうして国民は安心して生活できるんだ。
けど今回はリーフに仲間は私しかいない。勇者が封印されたら多分契約解除と同じ状態になって私は妖精の森に帰らないといけなくなる。とてもシュタインメッツ王に報告する余裕はない。
ずっと宣言が行われずに、人間たちは不思議に思いながらも何事もなかったかのように過ごす。リーフの犠牲なんて知らずに。
「そこまでしてリーフが犠牲になることないのよ……。なんで……ひとりで背負おうとするのよ……リオだって、頼ってって言ったのよ」
「さっき言ったでしょ、自分の為なんす。リオさんたちの迷惑になりたくないし、このまま生きるより楽だと思ったんすよ」
私はリーフにだけ聞こえる小声で問うた。
「……その頑なさは、リーフになる前にも何かあったからなのよ?」
「まぁ……そうっすね」
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