#40 居場所
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
いよいよ魔王の番だ。
リーフの差し出された手に魔王がそっと触れる前に、
「痛……ッ!」
「……ッ」
静電気でも走ったのかふたりの手はすぐに離れた。身体ごと跳ねたリーフにびっくりしてアヴァンシアの目隠ししていた手が外れる。
「ふたりとも⁉ 大丈夫か⁉」
リオが駆け寄ってリーフの手を見るけど、何が原因なのか小さく震えているだけで怪我はない。この震えは魔王を見るに恐怖ではないみたいだ。
「……恐らくだが、勇者の拒絶の心に反応して纏っているマナが近付くものを排除しようとしたのだろう」
「……拒絶」
もうちょっと言葉選んで初代⁉ そんな言い方したら魔物が暴れ出す……!
魔王が動揺してるのが分かる。
どうしようなんとかしないと。でもどうやって⁉ 私が何を言ったって響くわけない!
「……っ魔王は、何も悪くないっす!」
魔王の目は見れないようだけど、リーフは俯きながら言葉を発した。
「僕が……ビビりな所為っす。魔王はみんなから愛されてて、僕だけがそうできないことで、傷付いてほしくない……。初代はなりたくてなったわけじゃないんだって、聞いてます……僕もそうっす。勇者に選ばれなければ魔王に逢うこともなかった、怖い思いをせずに済んだ……。でも魔王って言っても感情があって、僕と同じように緊張したりするんだって知った……怖がられて、嬉しいと思う人なんていない……それは分かるけど、自分じゃどうしようもできなくて……」
リーフがこんなに喋ったことあったかな。
人類の心配より、目の前の魔王を傷付けないようにしてる。でもこれは勇者の責務だとか、そんなんじゃない気がする。
ただ、優しい子なんだ。
魔王はリーフを静かに見つめていて、もう動揺は見られない。
リーフの前で膝を付く。
「今……お前から恐怖心は感じない。昨日は窓越しだった。今は、この距離でも大丈夫なんだな?」
「……はいっす」
「それだけで……十分だ」
魔王が微笑ん……だ。初代と表情筋の動かなさはいい勝負だったのに、こんな、花が綻ぶような……めっちゃ嬉しそうなんだが。
もう完全に恋する顔じゃん!
魔王がこんなに早く勇者に恋するなんて……失恋エンドしか見えん。
フる=封印ってことになるなこれは……。今回の勇者はそれでもいいけど、次に封印が解けた時、魔王が初っ端からネガるのは火を見るより明らか。暗黒時代の始まりだ。
なんとか穏便にフってくれないかな……。
「……。リーフ、大丈夫だ、アリストは分かってくれてるよ」
「……さーせん、まだ、顔は見れない……」
「別に見る必要はない。……父上、弓に付き合ってくれ」
「……、分かった」
初代と魔王は転移で行ってしまった。
立ち位置的に、リオは魔王の表情を見たはずだ。気持ちに気付いただろうか。
「……コーヒー淹れてこようか。紅茶のほうがいいかな?」
「えっと……カフェラテとかできます?」
「できるよ! 一応カフェのマスターだから!」
獣人はカフェラテ好きなのかな。
そんなことよりマスターという響きが気に入っていそうなリオたんが心底可愛い。
またこういう話し合いはあるだろうけど、私個人として何かしてあげられることってないのかな。
そういえばリーフはまだ魔王の顔ちゃんと見れてないってことよね? 絵でも渡す? 私が描きたいだけなんだけど。でも妖精サイズの紙に描いたって虫眼鏡使わないと見れないわ。大き過ぎる紙に描いたってバランス取れる気がしないし。
ああ、無力。
「よかったら今日お店見ていく? 昨日来たの閉店後だったからな」
「あ、行きたいっす。なんだったら皿洗いとかしますし」
「ありがとう助かるよ!」
開店の11時までに仕込みをすると言うので私たちは見学で一緒に厨房に行った。
お金関連はキザシが管理していて、ランチ・ティータイム営業だけでは赤字になると言われたらしい。なのでカヴァーリ内のお店で商品の一部を委託販売している。
厨房から甘い香りがする……。
中を覗くとルーミーがケーキを作っていた。
「ルーミー、ケーキ作れるのよ⁉」
「みっ。リオほど凄く美味しいわけじゃない、けど……」
「凄く美味しいよ? お客さんにも評判じゃないか」
「み……」
イケメンになっても照れる姿は可愛い……。
委託販売はリオの軽食とルーミーのケーキで、街への納品はキザシがやってる。その時に前日の売り上げを回収し、もし売れ残っていれば店舗で割り引いて販売される。廃棄はほぼないそうだ。作ってるのふたりだけだし、量をそんなに作れないのかな。
納品分を作り終えプラスチックのような透明な箱に詰めていく。これは初代が作った魔法具で冷蔵機能が付いてる優れものだという。
「持ち運べる冷蔵庫じゃないっすか……!」
「れいぞうこ……?」
「ちょっとリーフ」
「最先端っすね。初代やべー」
「さいせんたん……?」
「時代の先を行ってるってことっすよ」
「リーフはいろんな言葉を知ってるんだな。凄くゼストを褒めてるんだなっていうのは分かったよ」
それ全然分かってないってことだな?
この魔法具は納品後に回収し、委託店の冷蔵ケースに移しての販売になる。
因みに一般的な冷蔵ケースは氷魔法で作りだした氷の冷気で冷やしている。魔法よりも効果が長時間持続する魔術による初代特製魔法具は革命が起こせるくらい凄いものだ。このアイデアを売ったらまた凄い額の収入になりそうだわ……。
準備が終わり、すべて馬車に乗せるとみんなでお店に向かう。商品を乗せた馬車の御者はキザシだ。みんなと店まで行くとそのままカヴァーリへ納品に行く。
商品を乗せない馬車は私たちが乗っていく。御者はリオ。
お店の裏手に小さな厩舎があり、そこの掃除はリオに任せて私たちは搬入だ。店の前に泊めたキザシの馬車から商品を運び出し陳列していく。
そうこうしていたらあと30分くらいで開店時間だ。キザシと別れた後、店内掃除を手分けしてやる。
「これが僕の人生初バイトっすね……こんなバタバタなんだ」
「リーフ、前世の単語使い過ぎなのよ。そりゃ変な目で見られるってもんなのよ」
「え? そんな使ってます?」
コソコソと話しているとシエラが声を掛けてきた。
「そろそろ制服に着替えるのですが、リーフさんはどうしますか?」
「逆に獣人が給仕して大丈夫なお店っすか? ルーミーさんも隠してるんすよね?」
「ルーミーはここから結構近い町で奴隷として働かされていたから、念の為にと思って隠したんだよ。でもまぁ……差別する人がいるかもしれないし、接客することないよ」
「そうっすね。奥に引っ込んでますよ。リオさんたちもお客さんも不快にさせたくないし」
飲み物を作るのはオープンキッチンだけど、パンケーキとかフライパンを使う軽食は奥の厨房で行う。ここにいればお客さんから姿は見えないはずだ。
「気を遣わせちゃって済まない。賄い作るからお昼楽しみにしててくれ」
「それは楽しみっすね!」
お店の2階は居住スペースになっていて、シエラ、ルーミー、スターレット一家がシェアハウスしているらしい。ご飯とお風呂は魔王城に行くみたいだけど。セカンドハウス的な? なんか凄い暮らししてるな。出資はすべて初代だし家賃免除、3食お風呂付きってどこの貴族だよ。
お店の仕事は勿論給料が支払われている。短時間だし年収は低そうだけど家賃負担ないだけ全然暮らしていけるな。
制服姿で1階に下りてきたリオたち。
昨日はいろいろ衝撃的で制服の感想を忘れてたわ。パンツスタイルで男女による差異はなく、首元がそれぞれ違うデザインになっている。リオはコックタイ、シエラはラバリエール、ルーミーはループタイ。デザインはリヴィナらしい。ファッションでも良い仕事するわ……。
開店すると私とリーフは厨房に引っ込んで、すぐに賑やかになるホールの声を聞いていた。
皿洗いをしたりリオの手際を見学したりしてお昼を少し過ぎ、1回目のピークが終わる。その隙にリオが賄いを作ってくれた。ホットドッグとカフェラテのセット、デザートのティラミス付き。普通にお店のメニューじゃん!
「どれもうま……タダで食べていいんすかこれ」
「ちゃんと皿洗いしてるのよ」
「フィエスタさんはガチでタダ食いっすよね」
「手伝えることが少ないからしょうがないのよ!」
私だって洗剤の継ぎ足しくらいは手伝ったんだから!
リーフにひと口ずつ貰って、私も大満足のお昼だった。
みんなは携帯食で簡単に済ませ、2回目のピーク。ティータイムには軽食よりもケーキが出て、リオはドリンクをひたすら作り厨房に来る頻度が減る。
あっという間に閉店時間となった。表の看板はラストオーダーの時点で“Closed”に引っ繰り返していて、最後のお客さんの会計を済ませると、次は片付けだ。
「皿洗いしてもらったお陰で片付けが楽だなぁ。ありがとうリーフ」
「いやいや美味しいお昼いただけたんで働くのは当たり前っすよ」
実際皿洗いの量は半端なかった。多分洗う時間より提供を優先させてるから足らなくならないように元々の食器の数が多いんだ。
初代、食洗機開発してくれないかな……。
でもリーフの手際は凄くよかった。使用人をしていただけあって皿洗いは慣れたものらしい。
「先に馬車に行ってていいよ。お店閉めてすぐ行くから」
言われた通り馬車に向かうと、ルーミーが馬とコミュニケーションを取っているようだった。
「ルーミーさん! ケーキめっちゃ美味かったっす!」
「みっ、ありがとう、ですっ」
「……あの、初めて逢った時、……僕に何か感じたりしました?」
そういえばリオが来る前、不思議な雰囲気になってたな……。いろいろ衝撃的で……ってもういいか。
「……み。逢ったばかりの頃のリオに似てると思った、です。明るいけどその分だけ影がある感じ……。リーフは、生きることつらくないですか……?」
リーフは即答できず口を噤む。
「獣人の差別はどこに行ってもある、です。標的にされやすい。リーフも、沢山嫌なことがあったと思うです……でも、ここはそんなことないです。リオたちも魔王たちも、良い人たち。僕みたいに、きっと居場所を見つけられるです」
「……居場所」
この世界に転生してからずっと馴染めなかったと言っていた。多分“独り”を耐えてきたんだ。
普通のDKには酷な世界だったに違いない。
「ルーミーさんは奴隷だったって……相当な扱いを受けていたんじゃないんすか? それでも……今のルーミーさんのようになれたのは……」
「僕を受け入れてくれた人たちのお陰、です。自殺未遂も、性別が決められなかったのも、全部受け入れて見守ってくれた人たちがいたから、僕は今生きてる」
なんの影も見当たらない顔でルーミーは話した。一度は投げ出した自分自身を救ってくれたみんなに感謝してるのが伝わってくる。
ちゃんと前向きに生きられて、ルーミーの成長に泣きそうだわ……。
「……自分の居場所って、どうやって見つけるんすかね」
「気付いたら見つかってる、です。気付けるかどうかだと思うです」
「……気付く」
「リーフもここだと、嬉しいですっ」
なんだか、シエラの前向きさに似たのかもしれない。良い主従関係だな……。
「僕も……ここだといいな」
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