#37 「にげる」
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
城のあるアバルト領へ足を踏み入れる前からビビりまくるリーフは、尻尾を股に挟んで歩きにくそうにしている。
「え、え~……めっちゃ不気味な暗さなんすけど……怖」
「リーフって怖がりなの? 大丈夫よ、これはただの演出だから」
「いやいやそこかしこから魔物の気配してるんすけど……動物の魔物とは比べ物にならないっすよ……」
「流石に敏感ね。この道は魔物除けされてるからそうそう襲われたりしないわ」
先を歩くノアが転移陣を踏むと光り出し、全員城のエントランスまで一気に飛んだ。
「この時間だと図書室かしら? 行ってみましょう」
エントランスの右側は食堂、左側に行けば温室がある。中央には大きな階段があり2階は真ん中と左右で廊下が続いている。図書室があるのは2階だ。因みに最終決戦で勇者一行が来た時は所々道は閉ざされていて、行ける部屋にかなり制限があった。
階段を上がっている途中で、2階からこっちを覗いてる女の子を見つけた。
私を見て目をきらきらさせたかと思えば、廊下へと姿を消した。
「パパー! 妖精さんがいるわ!」
女の子が向かった先には金髪碧眼、タレ目の傍にホクロ。この面影は!
「キザ――えっパパ⁉」
「思ったより早い再会だったな」
「そんなことよりこの子は⁉」
「あ? セリカ、自己紹介してねぇのか?」
「まだだわ! セリカ・スターレットよ。犬耳のお姉ちゃんが勇者さま? よろしくね!」
「俺はキザシだ」
「よろしくっす、リーフ・アリオンっす」
リーフがセリカの相手をしている間に私はハッとした。
この口調ノアに似てない!?
「ま、まさかなのよ……⁉」
ノアに視線を向けると一瞬きょとんとした顔はすぐに焦りに変わった。
「やっやだ違うわよ⁉ リヴィナよ! キザシとリヴィナの子どもよ⁉」
「友達の妹に手出すわけねぇだろ」
「だって口調が似てるのよ!」
「ノアの喋り方のほうが可愛いんだと」
言われてみればセリカはリヴィナと同じ姫カットになってるわ……。金髪碧眼のキザシの遺伝部分しか目に入ってなかった。
私はキザシの傍まで飛んで行って耳打ちした。
「よかったのよ……克服できたのよ?」
「まぁ……かなり頑張ったけどな。リヴィナには俺の過去を全部話した……」
リヴィナ呼びになってるし。そりゃそうか。
「あいつが子ども欲しがってたみてぇだから……叶えてやりたかった」
イケメン……!!
元々優しい良い子だったけど、愛さえあればトラウマなんてってことね……!!
「克服できたってリオたちみてぇに毎晩ヤりてぇとは思わねぇけどな」
言い方。
ってか毎晩……なのね。不老不死じゃなくなって1日でリセットされることがないから流石に朝までじゃないよね……。ちゃんと寝なさいよ。
そんな私たちにてってっとセリカが近付いてきた。
「妖精さんのお名前は?」
「まだ名乗ってなかったのよ。フィエスタなのよ」
「リオのお店の名前だわ! 妖精さんのお名前だったのね⁉」
「セリカ、可愛いのよ……」
「だろ?」
キザシが親バカになってる。
「魔王なら今図書室にいるぜ」
「案内するわ!」
セリカはリーフの手を取って引っ張り始める。
リーフは下にきょうだいいるのかな。なんか慣れてる。
「セリカちゃんは魔王のこと怖くないんすか?」
「どうして? 静かで何考えてるか分かんないけど普通の人よ」
「……普通の」
「でも、イケメンよ!」
「そ、そっすか……」
そんな雑談をしていたら図書室に着いた。
「ママ! 犬の勇者さま来たよ!」
「案内ありがとうセリカ。フィエスタ、ご無沙汰でしたわね」
ちょっと待って面取ってるしリヴィナの素顔ってこんな可愛い系だったの⁉
リヴィナもタレ目だったのね……。
「面はもうやめたのよ?」
「付けてもキザシとセリカに引っ剥がされてしまうので諦めましたわ」
「隠す意味が分かんねぇよ。可愛い顔してんだから」
ちょっとキザシさん?
「も……もうっ、リオに似たのではなくて⁉ あなたそんなこと言う子じゃなかったですわよ!」
リヴィナめっちゃ顔赤くなるじゃん。隠したくなる気持ち分かるわ。
「ママは可愛いよ?」
「だよなぁ?」
「……ッ」
微笑ましい家族……。
いやいや、今回のメインはこれじゃないんだった。
魔王は部屋の隅でこの騒ぎにも気付かないほど集中して本を読んでいる。
横にいるリーフをちらっと窺うと、顔色が良くない。
「リーフ? 大丈夫なのよ?」
「僕、ちょ……」
言葉が切れたのは魔王がこちらを見たからだったようだ。
なんとか耐えていた身体は本能なのか脱兎の如くその場から走って行ってしまった。
「リーフ⁉」
初めて来た城のどこに行こうっていうの⁉
いつの間にか魔王が図書室の入口まで来ていて、走り去った方向を見た。
「……っ、今のが勇者だな……? 少し見えた。俺が追う……」
「で、でも魔王を怖がって逃げたのに逆効果なのよ……。それに、魔王もつらそうなのよ」
勇者の恐怖心に中てられて色気が増している。元がイケメンなだけあって目に毒だな……。
「はぁ……っ、居場所が分かるのは、俺だけだろう……」
「それはそうだけど……。リーフを見つけてどうする気なのよ?」
「……さぁな」
リーフのマナを辿って迷わず進む魔王に付いていく。
リーフは大丈夫だろうか。魔王がずっとつらそうなのはまだ怖がっているからだ。
こんなに怖がるなんて思わなかった。リオは例外だったけど仮にも勇者が敵前逃亡するなんてことあったんだろうか。
獣人の勇者、だからなのかな。
「リーフ・アリオンだな?」
魔王の視線の先には窓があり、外にリーフの後頭部と犬耳が見えた。びくっと揺れた頭が逃げるように動く。
「この窓は嵌め殺しだ。そっちには行けない」
確認するように恐る恐るリーフが振り返る。涙目になってる。
魔王だったら転移で行けるでしょうに。頭が働いてない様子のリーフはそこに留まった。
「……俺が怖いか」
リーフは魔王の目が見れないようで、ただ小さく頷いた。
魔王のこの表情は勇者の恐怖心によるものだけなのかな。この城にいるみんなは実物なら怖がったりしない。もしかしたら魔王は今、傷付いてるんじゃ……。だとしたら魔物が人間を襲ってしまう。
「……これが吊り橋効果というものか……?」
……ん? え、なんて?
それって恐怖によるドキドキを恋愛のそれと勘違いするってやつだよね? リーフが言うならまだしも……魔王のほうが? 魔素供給で胸って高鳴るもんなの?
「決め付けるのは早計か……。もう少し、検証……を」
「魔王⁉」
ズルズルと壁を伝って床に膝を付いた。
おかしなこと言い出したのは熱の所為かな? そうだよね?
「こんなところで何をしている?」
リーフがいる外で初代の声がする。
「アリストが後を追ったと聞いたが……」
「その声、初代……魔王? こっちのほうがマシっすね……」
「……アリストに恐怖したそうだな。歴代の勇者の中でもここまでのやつはいなかった。やはり獣人だからか……」
「父上」
魔王の声にリーフが過剰に身体をびく付かせる。それに呼応して魔王は熱い息を吐いた。
「少し、話したいことがある……」
「なんだ、そんなところにいたのか。……勇者は食堂で待っていろ」
リーフを転移で飛ばすと初代が魔王のところに転移してきた。
……って、
「かかか髪切っちゃったのよ⁉」
「む? 妖精もいたのか」
魔王の象徴のような黒髪ロングが……今は魔王じゃないにしても勿体なさ過ぎる……! 短くてもイケメンに変わりないけど!
なんかすっきりしたからか若くなった気がするわ。16年分歳取ったはずなのに……。
「スキルの所為で切っても1日で伸びてしまうから放っていたが、短いほうが涼しくていい」
……主に夜の話し?
「少しは落ち着いたか、アリスト。話しとはなんだ?」
「……リーフ・アリオンを泣かせてしまった。セリカがもっと幼い頃に泣いていたのとは違う。心臓の辺りが痛くて苦しい……。勇者の恐怖心を感じるとこうなるものなのか?」
ちょっと待ってよ……これ、恋に堕ちた発言にしか聞こえない……。
「俺への恐怖心で勇者に泣かれたことがないからな……。だがお前のその苦しみは“勇者”とは関係ないのではないか?」
「……どういうことだ?」
「お前は今誰かに恐怖されて哀しい、身体がつらいというマイナスの感情しかないのか?」
「……上手く言葉が見つからないが、俺が原因なのに俺がなんとかしたいと思っている……」
「そう思うのはリーフ・アリオンだからではないのか? ……妖精はどう思う」
えっ私に振るの⁉
「私は、魔王の人となりなんて知らないし、一概には言えないのよ。ただ……リーフと仲良くなりたいんだな、とは思ったのよ……」
我ながら核心を避けたふわっとした回答だわ。
なんとかしたいって想いは魔王が優しいだけなのかもしれないし、それは恋だと自覚させるのはリーフにとって避けたいことだろう。
短かったけど、一緒に旅をしたリーフの気持ちに私は寄り添ってあげたい。
「仲良く……か。仲の良さにもいろいろある。自分の心と向き合って考えろ。どういう答えを出すかはお前次第だ。だが勇者の気持ちを尊重することも忘れるな」
「……リーフ・アリオンと話したい」
「リオが夕飯の準備をしている。食堂へ行くぞ」
リーフを飛ばした食堂へ私たちも転移した。
もうみんな集まっていてスターレット一家が料理のサーブをしている。働いてきた人たちへの労いね。
リーフは当然魔王とは一番離れた席に座っている。私たちの転移に気付いて目を逸らした。
さっき魔王が言ったことはまだ伝えないほうがいいかな……。多分拒絶の言葉しか出てこない。魔王を傷付けたら人間に被害が出る。それは絶対に回避しなければ。
「じゃあいただこうか」
リオが手を合わせると何人かは真似する。それを合図に各々食事に手を付け始めた。
「リーフが来たからいろいろ作っちゃった。無理して全部食べなくてもいいからな」
「……うまっ!」
「口に合ってよかった」
「携帯食も美味かったけど温かい料理もやっぱ美味いっすね」
目の前の美味しい料理のお陰でリーフの緊張やら恐怖心やらどっか行ってるな。
「携帯食食べたのか? そういえばノアと来てたよな? いつ逢ってたんだ?」
「ブリストル近くの森では既に一緒だったのだろう。リオがノアへ伝えた翌日にアリストが恐怖心を感じ取っていた。症状からしてあれは勇者の恐怖心だ」
「じゃあ通信の時から一緒だったのか⁉ 言ってくれればよかったのに!」
「サプライズのほうが楽しいでしょ?」
「本当にびっくりしたんだからな?」
推しが可愛過ぎてなんも言えん。本当に31歳なの?
「ノアが怖い思いさせてしまったみたいで済まない」
「あ、いや……僕の経験不足っていうか……ノアさんは悪くないっすよ」
「今の時代、実戦の機会なんてそうないからな。仕方ないよ。怪我はしなかったか?」
「それは……大丈夫っす」
「よかった。アリストは大丈夫だったか? 勇者の恐怖心ってそんなにつらいのか?」
おっと……リオはずっと調理しててさっきまで何があったか知らないんだ。
この話し続けてて大丈夫なやつ?
「……そう、だな……。リオのマナを変換した時とは違って、波がある感覚だった。リズムが不規則で、耐えるのは難しい……」
「それは……なんとなく分かるな」
リオ、今食事中だよ? 何と比較してる?
「だから……あまり怖がらないでくれると有難い」
「……っ」
急に魔王に振られてリーフがぱっと目を逸らす。
これだけ見るとただ意識して目線逸らしちゃうように思えるんだけど、恐怖心からなんだよなぁ……。この態度で魔王がネガらなければい……いや、逸らされたからってめっちゃ見るじゃん。やめたげてよ。
「そっか、魔王って怖いものなんだ。もしかしてリーフのほうが普通の反応なのか?」
「お前たちは両極端だ」
「俺は魔王への恐怖心ってイメージから来るものだと思うんだ。アリストのことを知ればきっと恐怖心なんてなくなるよ」
「そういうもんすか……?」
「アリストはリーフに歩み寄りたいみたいだし、俺もふたりに仲良くなってもらいたいんだ。アリストのことを知ろうとしないまま逃げないでほしい……。封印するにしても、近付かないとできないしな」
かつてリオがそうだったように、同じ轍を踏んでほしくないんだろう。冗談めかして言ってたけど紛れもなくリオの本心だ。
「じゃあ明日、改めて見合いの席を設けようか」
短髪ゼストの挿絵はまたの機会に(´V` )。
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