#34 傭兵探し
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
「あー、手袋買ってよかったっす。今のやわやわな手じゃすぐ豆潰れて血だらけになるところでしたよ」
リオと同じように朝っぱらから素振りをしていたリーフは、自主練を終えた後にそんなことを言った。
経験があるのは前世だし剣士にとって手の感覚って大事なんだろうな。
「僕ブランクあるし、やっぱ仲間集めません?」
「確かに頼りないパーティーなのよ……」
早くリオに逢いたいのは山々だけど、魔王がいつネガるかも分からない。この旅の間に一度や二度魔物が暴れる可能性は大いにある。
「即戦力となると……傭兵ギルドに依頼するのが手っ取り早いと思うのよ……」
「なんか歯切れ悪いっすね。問題でもあるんすか?」
「ううん……血の気の多い人ばっかりなイメージで苦手なのよ。使命感持たれちゃってもこっちは魔王と戦う気ないのよ?」
私が傭兵ギルドに行ったのは300年前だから今はそこまでじゃないかもしれない。当時はあちこちに魔物の被害が出てて正義の為に戦う人が多かった。
「あー、僕ら一応勇者パーティーっすもんね」
「信頼できる人じゃないと事情も話せないのよ」
「強くて、魔王に執着してなくて、……柔軟な考えを持った人ってところっすかね。全部に当て嵌まる人見つかりますかね?」
「とりあえずギルドの受付の人に訊いて情報収集するのよ」
進路を少し逸れてそれなりに大きい街、ブリストルに向かった。
勇者の身分と顔は隠したまま傭兵ギルドを訪れると、依頼を受ける為に多くの傭兵が集まっていた。出払った後じゃ有望な人がいないかもしれない。混雑も構わずに受付に行く。
「おはようございます。本日はどういったご用件でしょうか?」
「えーっと依頼したいんすけど、腕があるのは勿論、ちょっと人格的に気の合う人を探してるんすよ……。お姉さんのオススメの人っていますか?」
「なるほど。具体的なご希望条件などございますか?」
リーフは先に話し合った人物像を伝え、獣人に偏見のない人、と付け加える。その他に受付さんに傭兵の職業希望や目的地なんかを質問された。
「数人候補はいますが、今クエストを受けていない人ですと……ノアさんですね」
え? いやまさかね。珍しい名前でもないし。
「結構気まぐれに依頼を受けている方なので承諾されるか分からないんですが、連絡してみましょうか?」
「……リーフ、ファミリーネーム訊いてみてなのよ」
「え? あの、その人のファミリーネームってなんすかね?」
「いえ、ギルド登録した時にお名前だけでしたので……申し訳ございません」
「あー、ならいいっす。連絡お願いします。あ、実際依頼するかはその人と相談って感じでもいいっすかね? 図々しいんすけど……」
「かしこまりました。それも伝えておきますね」
暫くして連絡が付いたらしく、ノアという人は待ち合わせ場所を指定してきた。
まぁ言わば面接をこんな騒がしいところでやるのもね。
約束の時間まで2時間ほどあったので、先にお昼を食べてのんびりした。
待ち合わせ場所は宿の一室で、結構ハイレベルの宿だ。
リーフがドアをノックする。
「あのー、ギルドの紹介で来たんすけど……」
「はーい!」
ノアという名の男性、という線もあったけど声は女性だ。
足音が近づいてきて、やがてドアが開く。
「……ごめんなさいね、こんなところに呼び出しちゃって。ちょうどブリストルに着いたところで……」
「ノ……ノアーーー!!」
「わっ⁉ えっやだフィエスタ⁉ 久し振り!!」
思わず顔目掛けて飛んでっちゃったから大分驚かせたみたい。ごめんなのよ。
大人の女性に成長したノアは髪がショートカットになっている。でも全然変わってない。明るくて笑顔が眩しい。
「じゃああなたが新しい勇者?」
「リーフ・アリオンっす」
「ノア・フィールダーよ。よろしく」
軽く握手を交わしてノアは部屋に招き入れてくれた。
今着いたばかりと言っていただけあって荷物を広げてもいない。
「おふたりは……お知り合いっすか?」
「ノアはリオの妹なのよ!」
「あ、それでファミリーネーム訊いたんすね」
「フィエスタたちなら仕事としてじゃなくて一緒に行くわ。城の前にカヴァーリかしら。ギルドには金銭的に条件が合わなかったとでも言っておいて。私これでもSSSランクだから高いのよ?」
「でもタダ働きになるのよ」
「やだ、城に帰るだけじゃない。お金なんていいわよ」
「ノアさん神っすか」
「勇者ってことは剣使えるんでしょ? お互い強さを把握しときたいし、手合わせしましょう!」
ノアって戦いたがりね。
一旦ノアとは別れて、ギルドに断りを入れた。ノアが金銭関係で折り合いを付けないなんて不自然かと思って、別のギルドにも行ってみると嘘を吐いた。ノア以上に条件の合う人なんているわけないけど。
街の外で再び待ち合わせをして、人気のないところで試合が始まった。
リーフの戦い方は初めて見る。ヒット&アウェイで常に間合いを取っている印象だ。リオのように真っ向から斬り合うよりも有効だろう。けれど様子見していたノアが攻撃に転ずると受け身ばかりになってきた。それでもなんとか受け切っている。
「目と、あと勘も良いわ。ただ……動きを読みやすいわね」
ノアは膝が付くほど姿勢を低くし、腹部を斬る動作で寸止めした。勝負ありだ。
「はぁ……っ、いや、ガチで強いっすね……」
「元勇者と鍛錬してるんだもの。お兄ちゃんは私より強いのよ? まだまだね、リーフ」
「こんなに集中した試合久し振りっす……楽しかったっす、あざす!」
「まぁ魔物相手なら問題ないんじゃないかしら?」
「魔物はおろか動物も殺したことないんで、自信はないっすね……」
「あっ、それで傭兵を探していたのね」
「ノアはなんで傭兵なんてしてるのよ?」
「うん……勇者のマナに当てられてからアリストの様子が気になってね……。自分の所為で誰かが傷付くなんて思いしてほしくないから、少しでも被害を抑える為よ。私たちそれぞれ別のギルドに所属してるの。お兄ちゃんはお店優先だけどね」
魔王の為にできることをやってるのか。
「そうだ聞いたのよお店の名前!」
「そうFiesta! いい名前よね! 有名店になってフィエスタに届けばいいなって付けたんですって」
推しが尊い……!!
「早く見てほしいわ素敵なのよ! でも魔物の噂があれば寄り道するわ。とりあえず出発しましょう。ふたりは徒歩? 私の馬に乗っていく?」
「僕、乗馬経験ないっすけど……」
「やだ、今の時代じゃ珍しいことじゃないわよ。私が支えるから大丈夫」
近くの木に括り付けていた手綱を取り、リーフに先に跨るよう促す。運動神経良いだけあって危なげなく騎乗した。ノアはリーフの後ろ側に跨る。
あーなんかめっちゃ格好いいな。ノアが騎士様に見えてきた。見た目だけは百合だわ。
更に魅力を増してるのにノアの左手の薬指には何も嵌っていない。子どもがいても不思議じゃない年齢のはずだ。邪魔だから外してるのかな。剣を振る時に気になっちゃうとかあるかもしれない。
いたら相手誰よって思うけど。
「うお……ハズイっすねこれ」
「そう?」
男になってるぞリーフ。
風で飛ばされないよう私が鞄の中に入るのを確認して、ノアは馬を歩かせた。
「えっやべっ揺れやべぇ!」
「あははっ走らせるともっと揺れるわよ。痛くて我慢できなくなったら言ってね。走らせられないけど横座りに切り替えましょう」
徐々にスピードを上げていくと、リーフは数分で音を上げた。蹲りつつ呟いたのを私はしっかり聞き取った。
「男じゃなくても痛いんすね……」
「下ネタは控えるのよ」
横座りになってからはのんびりと進む。
横向きも横向きでノアの腕に挟まれてる身動きの取れなさにかなりどぎまぎしている。
気を紛らわす為なのか、私が気になっていたことをズバリ訊いてくれた。
「あ、あれ、ノアさんって結婚してないんすね。外してるだけとか?」
「え? やだ、結婚どころか相手だっていないわよ」
「え⁉ モテそうなのに⁉」
「モテないわよ。誰からも言い寄られたことなんてないもの」
強くて可愛くてコミュ力高いノアがモテないわけないじゃん。これはギルド内で抜け駆け禁止みたいなものがありそうだ。謂わば高嶺の花。そんでそれにまったく気付いてないノアのスルースキルの高さによって、難攻不落と化してるんじゃないだろうか。元々鈍感だしこの子。
「意外っすね……ノアさんのほうからは行かないんすか?」
「んー、あんまり恋愛に興味ないのよね。身近な人が幸せなのを見てるだけで十分だわ」
「それも素敵っすね」
「……ありがとう。そんな反応されたの初めてよ。勿体ないとかそのうち焦りだすとか好き勝手言う人が多いの。私が満足してるんだから、それでいいじゃないって思うわ」
「多分そう言ってくる人は現状に満足できてないんすよ。ノアさんへのやっかみっす」
「ふふっ、リーフって面白いわね。早くアリストに逢って安心させてあげて」
「僕が魔王を……?」
「ああ、そうよね。あなたにとってもアリストがどんな人か分からなくて不安よね。強大な力を持っていたって心を持つ人間よ。肩書きだけで判断しないであげて」
「……魔王のこと、教えてもらってもいいすか?」
「もちろん!」
ノアは私も知らない魔王の性格を教えてくれた。
基本的に努力家で真面目。初代の魔法レッスンをこなし着実に腕を上げているらしい。感覚よりも論理的思考で魔法を習得し、初代曰く「発想力に乏しい」。普段は本を読むのが好きで魔法書だけじゃなく小説やエッセイなんでも読む。
ガチの文系じゃない。リーフと気合うかなこれ……。
「ゼストは剣はさっぱりだけど、アリストには少し教えたの。初心者だからか動きが読みにくいし、木剣でやってたとはいえ急所を狙う正確性があってちょっと危なかったわ」
ノアが言うのってよっぽどなんじゃ……。
「けど物理攻撃は嫌いだって言ってやめちゃった」
「ノアさんに怪我させるのが嫌だったんじゃないすか?」
「やだっ生意気! ナメられてたのかしら? でも、そういう人よ。掴みどころがないように見えるけど優しいの」
「割りと普通っすね。友達になれるかは微妙なとこっすけど」
「友達前提なの? アリストってイケメンなんだから!」
「あ、あー……僕、顔で選んだりしないんで……」
苦し紛れね。前世のことは置いておいても心の性別が違うことは言ってもいいんじゃないかな。
半分犬の獣人であるリーフにだけ聞こえるかな、と小声でそう助言してみた。
「……初対面でセンシティブなカミングアウトしますけど、……僕、中身は男なんすよ」
中身って言い方。
「やだっ、だから馬の相乗り恥ずかしがってたの? 言ってよ! 後ろに乗ったほうがいい?」
ノアは馬の歩みを止めさせた。
「そ、それはそれでどこ掴んだらいいか……」
「変に遠慮されるほうが居心地悪いわ。私を異性だと思わないで」
「え? どゆこと?」
「私はあなたが女性とか男性とかじゃなくリーフとして接しているのよ。私のことはそうね……魔王の叔母だと思って」
ノアのさばさばしてるとこ好きだなぁ……。物言いが清々しい。
リーフは思わず噴き出した。
「魔王の叔母! それどう接したらいいか逆に分かんないっすよ!」
「だったら自分で落としどころ考えてちょうだいよ。……もうっ、笑い過ぎよ!」
活動報告にSS置いてるのでよければそちらもどうぞ。
キザリヴィもメラノアも考えてはいるので、そのうちこぼれSS上げると思います……需要があるかは知らん(`V´⋆)。
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