#22 忘れられない日
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
食堂に着いて昨日と同じ席に座った時、魔王が転移してきた。
ハーフアップで簪挿してるー!! リヴィナの良い仕事っぷりに毎回感服するわ……!
「おはよう、ゼスト」
「……おはよう、リオ」
気だるい……!! 寝起きぼんやりのほうだったか色気がヤバイ……!!
魔物の姿でリオと挨拶交わしてるのは何度も見たけど、こんな無防備な感じなの⁉ 表情筋が柔らかくなってるんだけど⁉
「……眠そう、だな」
「朝はいつもこんな感じだ……」
「そうなのか。いつもと違って、可愛いな」
リオ以外の全員が固まった。
え、素でそういうこと言う? ルーミーでさえびっくりしてるんだけど。うさぎの時は分かるよ? でも今は大人の、それも色気駄々洩れの人に向かって言えるセリフじゃないって。
魔王がテーブルに肘突いて眉間辺り抑えてるのは耐えてるの? 愛しい気持ちを耐えてるの? 今までのリオの褒め殺しもこんな感じだったの?
「……お前と話してると時々心臓が止まりそうになる」
「えっ? 大丈夫か?」
ガチで心配するとこじゃないから。
「実際止まりはしない……寧ろ鼓動がうるさくなる。……暫くすれば、治まる」
そこへラニアが朝食を運んできてくれた。小麦の芳しさに固まった空気が解けるようだ。
転移で双子とノアも食堂に現れる。鍛錬後は義足の調整をして、魔法が使えないノアの為に一緒に転移するのが常らしい。
「あら? ゼストどうかしたの? 頭でも痛いの?」
心配して声を掛けるのはとても優しいしいい子なんだけど、今は触れないであげて……。
ノアがリオとキザシの間に座る。昨日私が座ってたところだ。
「お前の兄貴が魔王を口説いただけだ」
「やだっ! こんなみんなの前で⁉」
「えっ? 俺がいつ口説いたんだ⁉」
「あ~、分かったわ。またほいほいゼストを褒めたんでしょう。お兄ちゃんの悪い癖よそれ」
「褒めるのは悪いことなのか……?」
「時と相手によるのよ。アルメーラたちの封印が解けた後、『リオ・フィールダーってどんな人だった?』って訊いてみたら」
『面白いゆーしゃだったの』
『僕たちの魔法をすごくほめてくれたよ』
『悪い人ではないのですけど、ああもまっすぐに褒められると戦いにくくて仕方ありませんでしたわ』
『あのゆーしゃは心の声も同じだったの。思ったことをそのまましゃべってるだけなの』
「私それ聞いて笑っちゃったわ」
「あー、なんか想像できるわ。どぎまぎして術ミスる師匠とか」
「ちょっとキザシ⁉ どうしてわたくしの話しになりますの⁉」
「いたのか師匠」
「あなたとリヴィナは師弟関係なのね?」
「まぁな。キザシ・スターレット。リオの友達だ」
「よろしくね。ノア・フィールダーよ」
昨日はごたごたしてたから忘れてたけど自己紹介がまだだったわね。私とシエラ、ルーミーも名乗った。
「ルーミーは獣人なのね! 猫耳触ってもいいかしらっ?」
「み……大丈夫、です」
ノアはリオ以上にコミュ力高いわ。リオはどっちかっていうと受け身だけど、ノアは積極的に人と関わろうとしてる。
「みゃう……ノアお姉ちゃんは」
「やだー良い響き!」
「不老不死、つらい……です?」
ルーミーの言葉にノアは詰まり、猫耳を触るのをやめた。
「……今は大丈夫よ。でも、ただ生きるのはつらいわ。意味や目的がないと死んだようにしか生きられないもの。ルーミーは……生きてる今がつらいのかしら?」
「みゃう……なんで?」
「そんな顔をしてるわ。私もそうだったから、分かる」
ルーミーはぽろぽろと涙を流した。
「こんなに素敵な仲間が傍にいるのに一緒にいたいって思わない?」
「みゃう……僕、短かったけど、ここまでの旅が凄く好きだった……です。リオの料理をたくさんの人が喜んでる姿も、楽しそうに働いてるみんなを見るのも……、本当は、これがずっと続けばいいのにって……思う、です。でもそれは僕のわがまま……です。僕は、リオの邪魔、したくない……」
勇者をやめたいって気持ちは尊重したいけど、リオがいる移動販売を続けたいのは私も同じだ。でもずっと続けるには、リオが勇者でい続けなければならない。リオと私たちの願いを同時に叶えることはできない。
「ルーミーさんは昨日私に話してくれました」
え、待って、私が紙に滾りを吐き出してる間にそんな真面目な話しが?
「私たちがいるなら身体の成長も気にしないでいられるかもしれないって……。私もできればこの旅を続けたいです。リオさんと一緒に。……済みません、リオさんのお気持ちを知っているのに身勝手なことを言って……。でも、伝えておきたかったのです」
「シエラ……」
ルーミーは昨日よりもこうなったらいいなって未来を見られてる。それは良いことなんだけど。
私がこっそりキザシに視線を送ると向こうも気付いたけど、無言を貫いた。私とキザシまで同意してしまうとリオは絶対に自分を犠牲にする選択をする。そんなことをさせてまで叶えたいとは思わない。
「なんだかよく分からないけど……お兄ちゃんがみんなに愛されてるのは分かったわ。良い仲間ね」
「……仲間じゃなくて、友達だよ」
「……そう。ふたりには悪いけど私だってお兄ちゃんと一緒にいたいわ! もう、すぐ人をたらし込むんだから! 妹のことも大切にしなさいよねっ!」
なんだこの子堂々としたブラコンだな……。300年振りの再会だからなのか元々なのか。
「勿論大切だよ。……ノアにはまだ話してなかったけど、俺、勇者でいるのがつらくなっちゃったんだ……ゼストを封印しないと、俺の役割は終わらないから。みんなとの旅は……俺も、楽しかったよ」
リオは寂しそうに笑う。それはやんわりと、私たちに謝罪するような笑みだった。
封印の意志は固い、ってことかしら。
「そうなのね……それなら仕方ないわ。でもゼストへの答えをちゃんと出してからの話しでしょう?」
「うん。でも、方法はキザシに教えてもらってるんだ」
え、それって、荷台で押し倒された時の?
「だから……ルーミー、ゼストと契約するのか、今夜までに決めておいてくれ」
「……み」
耳がずっとへたってるままだけどルーミーは小さく頷いた。
「ご飯、食べようか」
パンとスープは少し冷めてしまったけど、リオの言葉で朝食が始まる。
リオは魔素粉(まそこ)を掛ける前の自分のパンを千切って、私にくれた。
パンは美味しいはずなんだけど、あんまり味を感じなかった。
「桜餡が入ってる……ねぇ、今は春なの?」
「そうだよ?」
「俺たち魔族は暦を気にしないからな……ラニアだけは季節を感じられるものを用意してくれている」
「そうなんだな。今日は3月……18日か?」
「やだ⁉ お兄ちゃんの誕生日じゃない⁉」
「早生まれかよ……1個上じゃねぇか」
推しの誕生日……だと⁉
今までそういう話題出なかったっていうか私も長寿の妖精になってから暦気にしてなかったー!!
迂闊……! リオの生誕祭をせずにいたなんて信じられないわオタク失格じゃない!!
でも人ん家で当日用意できるプレゼントなんてなくね⁉
「急に言われても何も用意できないじゃない!」
「え? いいよ。ノアに逢えただけで十分なプレゼントになってるから」
何そのイケメンな神対応……!!
「昔から物欲ないんだから……今日はお兄ちゃん何もしないで! 私たちがなんでもやるわ! あ、でもから揚げの仕込みはしといてよね⁉」
「えぇ? 別にしてほしいことなんてないよ……」
妹が押し強いからリオはこんな感じになったのかな。微笑ましい兄妹……。
「そういうことならリオ、俺も何かしら祝いたい」
「ゼストまで……その気持ちだけで十分だよ。ありがとう」
「俺はお前が生まれてきてくれて嬉しい。だから祝いたいんだ。今日を忘れられない誕生日にしてやろう」
クッソイケメン……。性的な意味にしか捉えられないのは私だけでしょうね……。こんなセリフ言っててもこの人童貞だからね? いや童貞をバカにしてるとかじゃないのよ、初めて同士なんてそれはそれで良きよ。性的なものじゃなかったらどんな思い出をあげようとしてるのか凄く気になるわ。
「ゼストに祝われるだけで、もう忘れられないと思うよ」
またリオはそういうこと言う……!! さっさと自覚しなさいよ!! キザシが教えたやついつやらせるのよ!? 見たいんですけど!!
「でも……そうだな、折角だからもうちょっと城を案内してほしいかな」
「いいだろう。森のほうへも出てみるか」
「わ、私たちも何か考えておきますっ!」
「本当に何もしないでいいからな? 気を遣わないでくれ」
「そういう訳にはいきませんっ! リオさんに感謝をお伝えしたいのです!」
「気を遣うとかじゃねぇって。俺たちが好きでやりてぇんだ。大人しく祝われとけ」
「……うん、ありがとう」
はにかむように笑うリオたん尊い。
リオは魔王に案内してもらうことになり、他のみんなは各々準備する為に動き始めた。
私? 私は勿論、リオと魔王の尾行よ。だってこれ、デートじゃん⁉ 敷地広過ぎだけどお家デートじゃん⁉ こんなん見逃せないでしょ!!
急に転移されても迷子になって困るからリオのフードの中に隠れた。
まぁ多分、魔王にはバレてると思うけど。
魔王がまず案内したのは城の外に広がる森だ。
裏手にはそれなりに広い畑がありケイの身内たちが仕事をしている。魔王が来ると手を止めてしまうので通り過ぎるだけに留め、森の中へ向かう。
「……普通の森、だな」
朝の木漏れ日は柔らかく、鳥の鳴き声と木々が風に揺れる音くらいしかない、静かな森だ。ここが魔王城のあるアバルト領内だとは思えないほどの穏やかさ。300年前も昨日も、いつも森は霧掛かって薄暗かったのに。
「お前たちが来る表側は幻覚を見せている。人間の住むところと一応地続きだからな……子どもらが入り込みにくいようにしてある。あちら側より大気中の魔素量も多いしな」
魔王の配慮やべー……。
陽の光の下にいることも相俟って、魔王のイケメン力高過ぎて眩しい。
「いつも薄暗かったら木々は育たないだろう」
「言われてみればそうだな」
まるで老夫婦みたいな穏やかな散歩。ちょっと獣道なのはアレだけど。体力お化けのふたりにはこの程度運動にもならない。
「あ、鶯がいるな」
ホーホケキョって珍しい鳴き方だから目立つのよね。
「春告鳥か。繁殖の時期だからな」
「俺この鳴き声好きなんだ。鳴き始めは下手なんだよな」
微笑ましい会話だけど私の腐った部分がむずむずしてくる。これ雌呼ぶ為にさえずってんだよな……。下手くそなさえずり可愛いよもう……。
動物だろうと繁殖の話しやめてほしい。
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