#20 300年前の出逢い
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
感情を削ぎ落したような表情の少女は、今まで話していた心が壊れた子でいいんだろうか。
「リオ……?」
魔王の疑問は名前を呼ぶだけで続かない。
混乱してるのは私もよ。リオが誰かに執着してるような行動を初めて見た。
ようやく発したリオの声は、涙で濡れていた。
「ノア……っ!!」
「お、に……っ、お兄ちゃん……っ!!」
ノアと呼ばれた少女は泣き崩れて、ふたりは抱き締め合いながらその場に座り込んだ。
リオの妹……? 妹がいたの?
「……兄妹、だったのか」
「ノアがしゃべったんだよ……」
魔王はまだ動揺しているようだけどとりあえず修羅場にはならなかったわ。
「見ろよ師匠、あれが感動の再会ってやつだ。俺たちの時との差に泣けてくるぜ」
「まったくあなたって人は……。茶々を入れるのはおよしなさい」
嗚咽はまだ収まらないけど少し落ち着いてきたノアを放し、リオは涙を拭ってあげる。
「なんでここに……でも、また逢えて、よかった……」
「……わたし、お兄ちゃんにあいたくて……なんで、なんで生きてるのよ……っ」
ちょっと支離滅裂で分からん。話しを聞けるのは少し後になりそうね。
「立てるか? ……っ足、どうしたんだ?」
よく見ると左足が義足になっている。球体関節人形を参考にしたような木製だ。魔王かアルメーラが開発したんだろうか。300年前、身体欠損はままあったけど、それを補う義手・義足はこの世界で見たことがない。
「首掴まってろ」
返事は聞かず、リオはノアをお姫様抱っこした。自分が座ってたとこに向かって歩いてきたので、隣に座ってた私が椅子を起こしてあげる。ついでに私の椅子を寄せてリオの為に空けた。
「ありがとうフィエスタ」
「リオのコーヒー飲んでもいいのよ。それとも私の紅茶にするのよ? まだ口付けてないから」
「……こうちゃ」
「どうぞなのよ」
近くで見るとくせっ毛な赤髪と翠眼、それと眉も似てる。男女の兄妹だと身体の線が変わってくるし、言われないと気付かないかもしれない。隣に並ぶとあぁ似てる、って思うけど。
紅茶を飲んだ後、ノアはリオにべったりになった。
「あれ……こんなに甘えてくるやつじゃなかったんだけどな……」
珍しい妹の甘えに困惑するお兄ちゃんリオ可愛い。
「さっき話していた封印してほしい者というのはこいつのことだ。俺が寝ていた300年の間にノアの心は壊れてしまっていた……。ノアとの出逢いから順を追って話そう」
300年前、リオが勇者として覚醒するよりも前に、魔王は魔物の姿でノアと逢ったようだ。城の修繕や雑事の息抜きに人間の町へ下りることはよくあるらしい。人間に見つからないよう気を付けてはいたけれど、ノアの持つマナが異様に薄く気配を察知するのは困難だったとのことだ。
「今思えば先に生まれたリオが母親のマナをほとんど吸収してしまっていたのだろう」
「ノアは気配を消すのが上手いなぁって思ってたけど、俺の所為だったのか……」
「お前というより勇者の紋章の所為だ」
ノアに見つかった魔王は魔物として威嚇をしてみるも、全く効果がない。その上ノアはそこらの犬猫と同じように接してきたという。操っているだけで不老不死ではない魔物は、何か食べなければ生きていけない。ノアが持ってくる食べ物を魔王は有難く食べた。ノアは懐いてくれたと思ったらしく撫でたり抱いたり喋り掛けたりしたそうだ。魔王はただの魔物として振る舞い、ひと言も喋らなかった。
魔王はそれから城とノアの元を何度も往復するようになる。
そんなある日、ノアは見るからに元気がなくなっていた。
「“兄が遠い所へ行った”と……俺はノアの兄は死んだのだと思った」
リオが旅に出たのだろう。
勇者のマナは産まれた瞬間は制御しきれていない為、封印を解いてしまうほどの力を放ってしまう。言葉を理解し始める頃には紋章による制御が働き人並み以下しかマナを操れないし、魔王も誰が勇者なのか感知できないようだ。紋章が完成したら勇者の意思に関係なく身体にマナを纏うようになり、姿を見れば勇者だと判別できるようになる。
リオと擦れ違いもしなかった魔王は勇者の妹と知らないままノアと交流を続け、往復の日々が1年近く続いた。
けれどそれは唐突に終わりを迎えた。ふたりの故郷、アーデンが魔物の被害に遭ったのだ。
「俺が用事で城へ戻ったタイミングだった……。ノアが日に日に塞いでいくのが気掛かりだった俺の心の揺らぎが招いたのかもしれん……」
「ゼスト……」
魔物が暴れる条件は魔王のマイナスの感情、それと町に人が集まる祭りや酒宴が行われる日。それが重なった時魔物は活発になり効率的に魔素を供給しようとする。
魔王は供給元の大体の方角と距離が分かる。ノアと逢っていた場所と近く、嫌な予感がして足の速い魔物を操りアーデンへ向かった。魔王が着いた時には既に村は壊滅状態だった。
「ノアはマナの薄さから魔物に襲われはしなかったようだ。だが倒壊した家屋の下敷きになっていて、左足は潰れていた……。辛うじて息があり、俺は生き永らえる気はあるかと問うた」
『あな、た……まおう、なんでしょ……? わたしを、つれていって……』
『……魔族になる気か』
『……なる。なるわ……だから……』
ノアはリオに逢う為に魔族になる道を選んだんだ。
城まで運んだ後、魔王は壊死した足をある程度治癒した。それでも完全に治すことは難しく、代わりの足を作ってから血の契約をしたそうだ。
魔王のスキルの不老不死は、契約した時点の身体状態に24時間で巻き戻ることで成り立っている。怪我をしてすぐその場で回復するわけでも、なくなった足が戻るわけでもない。
「ノアは塞ぐことはあったが、アルメーラたちとも打ち解けていたように見えた」
義足を作ったのは主にアルメーラで、調整の為によくノアと接していたようだ。マナがほとんどないノアに魔法で義足を着けるのはかなり困難を極め、魔力が逆流して眠ってしまう時間が多くあった。
「ノアが寝ている間にお前が来た……。俺が知っているのはここまでだ」
最終決戦でリオは死に、300年の眠りに就く。
リオに封印されたアルメーラたちは約100年後に魔法が自然消滅し活動を始めた。
「僕たちが封印されている間はラニアたちがノアのことみてくれてたみたいだよ」
「……私、もうお兄ちゃんは役目を終えたんだって思ったの……」
リオの腕に抱き付いて顔を埋(うず)めながらノアは喋った。
「私もアーデンに帰りたかった……でも、起きていられる時間が短くて、気付いたらアルメーラたちの封印は解かれていて、次の勇者に、代わっちゃったんだって思って……っ」
リオに逢う為に生き永らえたのに、擦れ違って死に分かれてしまったなんて心が壊れてしまうのも理解できる。生きる意味がなくなってしまったのに死ねないんだから。
「……俺も、ゼストと契約していたんだ。300年前は仮契約だったけど。あの時ゼストが生かしてくれたから俺たちは逢えたんだ……ありがとう、ゼスト」
「……礼を言われることはしていない。お前たち兄妹を永く苦しめているのは他ならぬ俺だ……」
「……何か勘違いしてるみたいだけど、選んだのは私自身よ。お兄ちゃんもそうだったんでしょう? ゼストを責めたことなんてないわ」
「ノアの言う通りだよ」
ってかノアも魔王のこと呼び捨てにしてるし……。
こう、何かとまっすぐなところが似てる兄妹ね。
「……俺に恐怖しないのはフィールダーの血か何かなのか?」
「そういえばノアはなんでここに来たんだ? 俺がいるって分かったのか?」
「部屋に運ばれてきたから……お兄ちゃんのから揚げ」
「お前の大好物だもんな」
「うん。もっと食べたいわ。1個じゃ全然足りない」
「じゃあもっと仕込んでおこうか」
フィールダー兄妹可愛過ぎなんだが? 微笑ましくて癒される。
「仲が良いんだな」
「そうかな? 剣技の鍛錬はよく一緒にやってたけど」
「私リハビリも兼ねてずっと鍛錬してたのよ。何100年とやってきたんだもの、今ならお兄ちゃんに勝てる気がするわ」
「お? じゃあ腹ごなしに勝負するか」
なんだこの流れ? 体育会系だな。
みんなでフィールダー兄妹の試合を見学することになり、魔王が全員を連れて鍛錬場に転移させた。新しい魔法の実験をしたりもするらしく、強固な防御結界が張られている。まぁ剣の試合でそこまで大変なことにはならないだろうけど。
観客席のようになった2階部分で私たちは見学する。
こっちが普段の髪型なのか、ノアはリボンで髪をツインテールに結んだ。超可愛い。完璧なツンデレ妹の完成じゃない。
リオとノアが木剣を構えると、場が緊張感に包まれた。手練れ同士の試合は先に動いたほうが負ける、なんてよくあるけど、それくらい空気がぴりっとしてる。
やがて動き出したのは、同時だった。間合いを詰めてくるとお互い読んでいた動きだ。同じ流派だからか戦い方が似ている。間合いを常に意識しつつ、防御よりも攻撃重視。お互いの手数が多い分見応えのある試合だ。
「ノア、すごく楽しそうだよ……」
魔王ほどじゃないけど表情の乏しいアルメーラが微笑みながら呟く。
「リオもなのよ……」
剣技でリオと渡り歩ける人は今までいなかった。
「本当に強くなったなノア!」
「ちゃんと本気でやってるんでしょうね⁉」
「本気だよ。あんまり余裕ない……! けど、まだ甘いな」
リオがノアの剣を下へいなすと素早く身体を回転させ、振り返り様ノアの項に剣を振り下ろす。
寸止めしたらしく、音もなく決着が着いた。
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