#19 笑ってるよ
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
アルメーラの鉛筆と消しゴム開発にアルティマは付いていき、リヴィナが城内の案内をしてくれることになった。最初に案内されたのは図書室だ。
壁に埋め込まれた本棚には、高い天井までぎっしり本が収まっている。その数にも驚くけど、読みたい本の検索も取り出しも魔法でできる便利さは最早ハイテク。このファンタジー世界に使うのもなんだけど近未来的だわ。
数100年振りに嗅ぐ紙のにおい……。学校の図書室とか本屋とか思い出すわ懐かしい……。
紙を知らない世代のキザシたちは初めて見る本に感心していた。この子たちにとっちゃ博物館級よ。リオも高級品の本を目にしたことはないだろうけど、一番本に興味を持ったのはキザシだった。
リヴィナがお薦めを選んであげている。ここは師弟水入らずってことで、私たちだけで城内を探索することにした。
「……ん? 弓の音がします」
「え?」
暫く耳を澄ませていると、確かに矢を放った音がした。
「反響してこんなに大きな音になってるんでしょうか」
狩猟用の弓では放つ時に獲物に気付かれては無意味だ。それほど音はしない。
音のするほうへ向かうと中庭のような場所があり、放つ音とともに矢が飛んでいくのが見えた。
引手は、魔王だ。
「す、凄い大きな弓です……!」
「む……?」
袴素敵……!! 襟足辺りで結んだシンプルな髪型も袴と合っているわ!
「魔王さんは弓もお得意なんですか⁉」
「長年やっていると上達もする……。小娘は弓使いだったな。引いてみるか?」
「い、いいんですか⁉」
所作はともかく簡単に姿勢を教えてる間、私たちは壁際で見学した。
魔王がリオ以外の人と普通に1対1で話してるとこ初めて見たな。
シエラが1射放つと的に当たらずもまっすぐ飛んだ。
「はう……難しいです」
「狩猟と違って的は動かないが、毎回同じように引かねば当て続けられない。精神を集中させる良い修行になる」
「なるほどです……こういう弓もあるのですね」
「リオもやってみるか?」
「えっ? いや俺は……邪魔しちゃ悪いし、その辺歩いてくるよ」
え、ちょっとリオ⁉
部屋から出ていってしまったリオを魔王が追った。私も様子を見に行く。人間サイズだと尾行って目立つわ。
「リオ」
魔王の呼び掛けにゆっくり歩みを止め、まるで表情を作る為のような間を置いて、リオは振り返った。
「何か用があったか?」
いや表情はいつも通りだけど、何その突き放すようなセリフ?
これってもしかして。
「用は……お前と話したい。念話ではなく、お前の顔を見て、目を合わせて話しがしたい」
相変わらず直球……クソ、私がときめくじゃない。
「お前とこうして話す時間が取れて、嬉しい……」
「……ゼスト。済まない、変な態度を取った……。シエラと話していただけなのになんか胸がもやもやして……」
やっぱり嫉妬じゃない……!!
「そうか……、そうか」
2回目の声音は柔らかさがあり、口元を押さえたのか少しくぐもって聞こえた。
「ゼスト……? 笑ってないか?」
あの魔王が笑ってるだと⁉ こっからじゃ背中しか見えん!!
「……笑っているか?」
手を退けてクリアになった声は柔らかいままだ。
リオは少し驚いた後、多分魔王と似たような微笑みを浮かべた。
「……笑ってるよ」
もぉおおだから目が「愛しい」って言ってるからぁああ!! 自覚してはよくっ付いてよぉおお!!
「俺も話したいのは同じだけど……話題がないな……」
「……」
無言の間が甘酸っぱいわぁああ!!
「……そういえばガキの姿が見えんな」
ここで嫌ってる人の名前出す⁉ 会話繋げたいのが見え見えで傍(はた)から見てるこっちのほうが恥ずかしいわ!
「キザシか? リヴィナと積もる話しもあるだろうし、本が沢山ある部屋に置いてきたんだ」
「図書室か……、積もる話し? あのふたりは知り合いだったのか?」
思いの外盛り上がってるし……。まぁ内容はどうでもいいのかも。キザシとリヴィナには悪いけど。
「俺が寝ている300年の間、あいつらにもいろいろあったのだな……。そういえばお前に――」
「魔王さん! 弓ありがとうございましたっ!」
いや邪魔すんなよシエラぁああ⁉ そんな弓楽しかったって満面の笑みで……空気読んで!
「む……。もう日暮れだな。リオ、今夜はお前の手料理が食べたい」
「うん、いいよ。味は知ってるのに実際に食べるのは初めてだな!」
リオの笑顔がいつも以上に眩しい……!! 秒で嫉妬心どっか行ってるわこれ!
「厨房までそれほど遠くない……歩いていくか」
「うん。行こう、みんな」
うん、まぁみんなで行くんだけども、ちょっと後ろで静かにしてるわ。
「ゼストは何か食べたいものあるか?」
「お前の作るものはなんでも美味いからな……」
夫婦の会話なの? 新婚なの?
「食材見て決めようか」
流石リオたん。残りものでちゃちゃっと作れちゃうデキる嫁。
そして話題がなくなると無言……。この間に夫婦間のそれじゃなく一緒に下校する友達以上恋人未満の学生に見えるのはなんなんだろう。微妙な距離の所為? でもお互いに意識してるのは伝わってくるんだよなぁああ。
そうこうしていたら厨房に着いた。
「ゼ、ゼスト様!」「魔王様⁉」
「いい、手を止めるな」
魔族たちと思われる人たちが既に夕飯の準備に取り掛かっている。魔王が来たから手際がぎこちなくなってるわ。
ひとり手を止めて傍まで来たのはケイ・ローグだ。
「何故このような場所に?」
と言いつつリオを睨むのやめてよ。
「鍋ひとつ分でいい。リオに料理させてやってほしいんだが」
「……仰せのままに」
「みんな緊張しちゃってるからゼストはここにいないほうがいいぞ」
呼び捨て……だと? という空気を感じる。
「やりにくいだろうが……楽しみにしている」
「ははっ、待っててくれ」
厨房に足を踏み入れたけど、積極的にリオと関わろうとする人はいない。ケイほど敵視してるわけじゃないものの、やっぱり勇者と魔族って関係は気にするなというほうが無理だろう。
でもコミュ力の高いリオはお構いなしだ。
「リオ・フィールダーだ。ちょっとだけ借りるよ。石窯がある! これ使ってもいいのかな? そういえば今日の献立はなんだ? みんなもゼストに料理食べてもらいたいだろうから、邪魔しないものにしたいな」
こうして瞬く間に人をたらし込むんだから……。場がほんわかしたわ。ケイだけ舌打ちしたけど。
私たちは客室まで転移させられ、夕飯ができるまで待機となった。
30分程経って戸を叩いたのはアルティマだ。
「夕ごはんなの」
私とシエラ、ルーミーはアルティマの転移にくっ付いて食堂へ移動した。そこには既にキザシとリヴィナが着席していて、本の内容で盛り上がっている。
「あんなに楽しそうなキザシさん初めて見ました」
「案外分かりやすいのよ」
「……え、えっ? もしかして、そういうことなんです……っ⁉」
「十中八九、なのよ」
「どどどどっちも片想いじゃないですかせつな過ぎません⁉」
一方通行にときめくのは分かるけど声量もっと抑えて!
そこへ魔王が現れて、魔族たちは一旦その場に起立し、リヴィナは一礼した。魔王が席に着くと改めて座り直す。
いつもやってることなのかな。学校の先生が来たのかと思ったわ。
魔王は堅苦しいのやめさせそうなものだけど、押し切られたりしたのかしら。
そう経たずして食前酒と未成年にはソフドリ、サラダがサーブされた。まさかのコース料理?
「今日の料理はすべて魔素粉(まそこ)は後掛けだ」
「これはこれで洒落ていますわね」
「好きなだけかけていいのっ?」
「たりょー摂取はちゅーどくになるよ」
マジかよ。魔素中毒って字面からヤバイわ。
次の料理を乗せたワゴンを押してやってきたのは、リオだった。
「お待たせ。みんな気を利かせて前菜の後を任せてくれたんだ」
すっかり魔族たちと仲良くなったってことね。流石リオ。
魔王の席から順番に自らサーブすると、1周して魔王に近い席に座った。
リオが作ったのは天ぷらとかき揚げのような揚げ物だ。
「いただきます」
リオを真似るように魔王も手を合わせた。
なんこれ尊み増す……。
リヴィナたちも魔王に倣う。
家長が先、というルールを無視してリオがサラダに手を付けようとしたら、魔王が魔素粉の入ったペッパーミルを近くに置いてあげた。
「リオ、まだ魔素粉が掛かってないぞ」
「あっこれなのか。ありがとうゼスト」
急に夫婦感出さないで……。
魔王はリオの料理が冷めるのが嫌なのか、天ぷらから手を付けた。天つゆも用意されてるけど魔素粉と塩を振って、ひと口。
「……美味い」
「よかった。旅の間は揚げ物ってなかなかできないからな。みんなも俺に合わせて外食しなかったし久し振りだよな」
「リオさんの料理以上に美味しいものを私は知りませんっ!」
「大袈裟だなぁ。揚げるのは任せて来ちゃったけどこの後から揚げもあるぞ」
リオの料理×揚げ物ってギルティ過ぎる……!!
ケイたち魔族の料理も手が込んでるし見栄えにも気を配ってて美味しかったけど、MVPはリオのから揚げでした……。から揚げだけでお腹いっぱいになりたいくらいだわ……。
デザートと一緒に食後の飲み物が用意されると、魔王がリオに話し掛けた。
食事中は喋るタイプじゃないのかリオの料理の感想以外はずっと無言だった。旅の間もそうだったけどみんなの会話は興味深そうに聞いている。存在感ある人が無言って結構威圧感あるのよね……態とじゃないのは分かるけど。
「お前に封印してもらいたい者がいる」
「え? ゼストを封印したら魔族はみんな封印されるんだろう?」
「そうなんだが……少しでも早いほうがいいと思ってな……。俺自身は獣人の決断にどれだけ時間を与えても構わん。だが、不老不死となって心が壊れた者を、先になんとかしてやりたい」
「心が……」
魔族となることを自ら望んでも、死ねないことに耐え切れない人はいるんだ。
「分かった。その人のところに連れて行ってくれ」
「……悪いな。お前の力を利用して」
「謝らないでくれ。……これがお互いの役割なんだ」
しんみりとした雰囲気で無言になると、扉の向こうから揉めてるような声が聞こえてきた。揉めてるというより、誰かを呼び止めてるような。
その声のするほうにみんな視線を投げるとやがて扉が開き、ひとりの少女が姿を現した。
知らない魔族だ。
「――……っ」
ガタンと大きな音を立てて倒れたのは今までリオが座っていた椅子だ。
そう思ったらリオはその少女に向かって走り出し、そのまま強く抱き締めた。
いつの間にか魔王も椅子から立ち上がってる。
何、修羅場? あの子、誰?
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