#15 魔王城へ
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
カヴァーリの町に着くと、宿は4人部屋ひとつにした。そのほうが安上がりってこともあるけど、何も起こりようのないパーティーだから全く問題がないという結論だ。
「なんか真面目な話ししてたな……こっちは魔王の所為で馬が言うこと聞かなくて運転に集中させてほしかったんだけど」
「はは……怯えちゃうよな。俺の時もそうだった」
馬を厩舎に繋ぎ、荷物を持ち出したら荷台に鍵を掛ける。更に用心としてキザシの式を貼った。
「そういやぁこの辺じゃねぇか? お前の墓があるの」
「そうだよ。今どこにあるのかは知らないけど」
棺は埋め直されたことは風の噂で聞いた。元々墓を立てていたあの景色を見られる場所はまだ立入禁止だろう。土砂の撤去は重機であっても魔法であっても大変な作業だ。
「墓参りしとくか」
「なんの為にだよ」
リオがツッコミ入れてる可愛い……。笑顔で凄くソフトなツッコミだけど。
部屋に着くとなんとなくでベッドの場所が決まった。よく鍋を囲んでる位置だわ。
それより、私はハンカチだけで布団になるけど、魔王はどこで寝るの。
ベッドの上に置いたリオの鞄の中から魔王が出てきて、ちょこんと大人しく座る。
「鞄の中は狭いだろうし、俺と一緒のベッドで寝る?」
ちょっと。
「おい……」
「リオさん……」
「え? 俺変なこと言ったかな?」
【俺は床でいい……】
「そんなこと知られたらケイに怒られそうだ」
【やつは過保護なんだ。気にするな】
「……分かった。寝にくかったらベッドに上がってきていいからな」
「リオさんは罪作りなお人です……」
「いい加減魔王に同情するわ」
「……み?」
夕食を摂ると入れ替わりでトイレに入り身体を拭き、それぞれのベッドに潜る。みんな久し振りだったからかすぐに部屋の中は静かになった。
明け方、私はリオの声で目が覚めた。
「おはよう……、俺の寝顔見てたのか?」
薄暗いし寝ぼけ眼だったけど、見回しても誰もベッドから出ていない。もしかしなくても相手は魔王だ。
【視線で起こしてしまったか】
「俺、元々眠りが浅いんだ」
リオは上体を起こして伸びをした。
「もうすぐだな……ゼストの城」
リオは本当に封印エンドを選ぶんだろうか。それとも……。
「鍛錬に行くけど、付いてくるか?」
【……ああ】
魔王が入った鞄と剣を持って、リオはそっと部屋を出た。
日課の鍛錬は今日で最後かもしれない。
私もこっそり後を尾けると、リオが向かったのは300年振りに私とリオが再会したあの湖だった。
手の甲の紋章が見えないように着けているフィンガーレス手袋を外し、水で顔を洗いタオルで拭く。再び手袋を嵌め、まずは打ち込みだ。次は型稽古。
剣を振り下ろす音が木々の騒めきに混じる。
普段の温和なリオも可愛くて好きだけど、真剣な表情も格好よくて好き。
ああもうどうしようもなく好きだ。
この姿が後少しで見られなくなるなんて、寂し過ぎる。でもリオが選んだことを私は受け入れるしかない。私の感情なんて些細なものだ。
私の役目は、リオの行く先を見届ける。それだけだから。
国境とも言える魔王の城を取り囲むようにある森は、人間たちと生活を隔てるように断崖絶壁になっている。繋ぐ橋がひとつあるのみだ。この橋は魔物除けの魔法が施されていて、魔物が人間の住む町に行かないようにしてある。森にはアンデットやゴブリン、スライム等ファンタジー世界にはお馴染みの魔物たちが集落を作って暮らしている。
かなりヤバイ森だけど魔王がいるから安心安全だ。気配に敏感なルーミーも全く怖がっていない。
ある程度城に近付くと転移で一気に場内エントランスに飛んだ。
私たちを出迎えたのは双子の魔族、アルティマとアルメーラだった。ウェーブの掛かった銀髪はふわふわで、気だるげな目に長いまつ毛で顔がそっくりだ。違うのは髪の長さと服くらい。目の保養になる人形みたいに可愛い子たちだ。妖精は見目の良い子が多いけど、この双子は私の好み過ぎる。
けれどゲームで言うボスに相当するだけあって強さはエグイ。
【後は頼んだ】
双子が恭しく頭を下げた後、魔王はうさぎを自由にし森へ逃げさせた。
「まおーさまにもてなすよう言われてるの。昼食にするの」
「魔物をあやつるのは魔力を多くつかうから……あとでお見えになるよ」
ゆっくりとした大人しい口調も可愛い。
「……ゼストはそんなに無理をしていたのか?」
歩き出していた足を止めた双子は、息ぴったりにリオに振り返った。
「いしのある生き物をあやつるのはむずかしいの」
「ゆーしゃとはなせる時間をふやすためだよ」
本当はすぐにでも逢いたいはずなのに、それも難しいくらい疲弊しているの? 無理を押してまでとか魔王健気過ぎない?
「ひとつ訊いていいか。俺がゼストを封印したら君たちも封印されてしまうんだろう? 俺を止めないのか?」
「まおーさまが決めたことなの」
「もうじゅーぶん生きたよ」
「……そうか」
戦うようなことにならなくてよかったけど、リオは止めてほしかったのかな。この子たちが望んだなら、利他主義のリオに理由ができる。
自分の気持ちで決めていいのよ。誰も邪魔しない。
双子が案内してくれたのは温室で、魔王城内とは思えないほど草木や花々が咲き誇っている。広々としているのに手入れが行き届いてる感じがした。
「綺麗……ですっ」
ルーミーがご飯を前にした時並みの笑顔と興奮だわ。お花好きって言ってたものね。
「気が合いそうなの。私はアルティマ。あなたのなまえは?」
「み。ルーミー・ベルタ……ですっ」
「ルーミー、案内するの」
「みっ」
なんこれかわ。
私たちは先に昼食をご馳走になった。リオの料理には負けるけど美味しい。
そのうちふたりが戻ってくるとアルメーラが食後の飲み物のアンケートを取り、念話で誰かに伝えたようだった。
「こんなに広い城だし、俺たちが戦った魔族以外にも誰かいるのか?」
「ケイの一族が何人かいるの。そーじがたいへんなの」
「ふーいんから目覚めてまずやるのはお城のしゅーぜんと庭のていれだよ」
確かに100年以上放っていたら傷みが早そうだ。
「もしかして、魔王が覚醒してから魔物が人間を襲うまでの空白期間は、城の修繕で忙しいからなのよ?」
「そうなの」「そうだよ」
衝撃の事実なんだけど。勇者が生まれてから旅に出られるまで成長する十数年間、ずっと魔王何やってんのかと思えば。ネガる暇もないくらい忙しいのね。
それにしても、なんか双子の態度が私には冷たい気がする……。これが同族嫌悪?
そんな話しをしていたら品の良さそうな老女……と言うには失礼に思える女性が、カップとポットの乗ったワゴンを押してやってきた。見たことのない魔族だわ。
アルメーラの指示でコーヒーもしくは紅茶がカップに注がれる。因みにほとんどコーヒー党で紅茶は私と双子の妖精組。ルーミーはカフェラテ派だ。
「ありがとう……えっと、初めまして。リオ・フィールダーだ」
「まぁご丁寧にどうも。ラニア・ローグと申します」
「ローグ……ケイの身内の人かな?」
「まぁふふふ。ケイは私の夫です」
お、夫⁉ ケイの奥さん⁉ 見た目年齢的には確かに同年代か……。
「あの人勇者には容赦ないでしょう? お気を悪くしないでね」
「あ、いや……ゼストのことを大事に想ってるからこそだと思ってるよ」
「……お優しい方ね。ここにいるみんなゼスト様が好きなの。あなたにもそう思ってもらえたら……なんてね。戯言(たわごと)だと聞き流してちょうだい」
ラニアは済んだお皿を下げるとワゴンを押して温室を出て行った。
「はわ……あんな歳の重ね方したいのです……」
「お前って結構理想高ぇよな」
「低い理想なんて意味ありません! ……ん? ラニアさんの上品さと私が程遠いって言われてません?」
「正解だ。おめでとう」
「全然嬉しくないおめでとうですっ!」
ラニアのふんわりとした雰囲気に緊張が解けたみたいね。
「にぎやかな人たちなの」
「たまには悪くないよ」
「君たちも、ゼストのことが好き?」
「もちろんなの」「もちろんだよ」
「そう思ったきっかけとか、あるのかな」
「……僕たちをあの森から救いだしてくれたんだよ」
「……妖精の森?」
妖精はマナに満ちたあの森の外には長時間出ていられない。唯一の方法は、人間と血の契約を交わすこと。
「私たち、見た目のいんしょーと名前がぎゃくだと思わない?」
見るからに女の子がアルティマ、男の子がアルメーラ。言われてみれば確かに。
「僕たち、こころとからだの性別が一致していないんだよ」
ルーミーの耳がぴっと動いた。
「妖精はうわさ好き。すぐ私たちは森中の妖精からキイの目をむけられたの」
それで妖精の私に冷たかったのね。私もあの噂好きは好きじゃないわ。
「森から出てよわっていたところを、まおーさまが助けてくれたんだよ」
「私たちはあの森から出るためにまおーさまと契約したの」
「でもまおーさまは僕たちのことを理解したうえで、受けいれてくれたよ」
「それがうれしかったの」「それがうれしかったよ」
「そうなんだ……話してくれてありがとう」
「そこの妖精がしずかだったの」
「……うん?」
「話してもだいじょーぶだと思ったよ」
わ、私か⁉
「ああ、フィエスタは噂が嫌いみたいだよ。俺もそうだったから仲間に選んだんだ」
えっ、そんな理由だったの? 私が森から出たがってたから契約してくれたんじゃないの? まぁ結果的にリオと一緒にいられるんだから、なんだっていいか。
「みゃう……どうやって、性別、決められた……です?」
ルーミーが控えめに切り出すと、双子は同時に首を傾げた。
「ルーミーはきまってないの?」
「僕たちは、そばになりたい自分がいたんだよ」
男女の双子だからこそ違和も理想も見つけるのが早かったのかな。
ルーミーの求める答えのヒントに成り得そうにないわ。
しょぼんと分かりやすく耳が垂れて、リオが見兼ねて声を掛ける。
「ルーミーはこれから身体が成長して、もっと悩むかもしれない……。今焦って答えを出す必要はないと思うよ」
「みゃう……」
「そうなの。ルーミーもまおーさまと契約すればいいの」
「み……⁉」
「でも僕たちこれからふーいんされるよ」
「そういえばそうなの」
「ゆーしゃ、あなたはどう思うよ?」
「え……」
「ルーミーのためにもう少しゆーしゃでいないの?」
「それ、は……。ルーミーは今の姿のまま成長したくないか?」
「……み。こわい……」




