#13 萌殺(ほうさつ)
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
シエラとルーミーの血の契約は滞りなく終わり、従者側に契約紋が浮かぶ。ルーミーは項に出たようだ。
「あ、ありがとう……みゃ。シエラ……お姉ちゃん」
「か、可愛いです……っ!!」
思わず抱き締めるとルーミーの尻尾がびっくりしてピンと立った。
主従契約というより姉妹の契りみたいね。ルーミーが妹に当たるかは未確定だけど。
「うちの弟たちとは大違いの可愛さです……っ!」
「弟がいるのよ? 確かにお姉ちゃん感あるのよ」
「ふたりいるんですがどちらも生意気盛りで手を焼かされました……」
「シエラがお姉ちゃんなら私たちの呼び方は?」
「み……。フィエスタお姉ちゃん」
「私は“妖精さん”でお願いするのよ!」
私への第一声が忘れられない可愛さだったもの。お姉ちゃんって呼ばれるサイズ差じゃないし。
キザシがなんとも言えない顔で私に向かって言い放つ。
「お前ってたまに……なんつーか、気持ち悪ぃよな」
「言葉選んだ割りにドストレートなのよ」
オタクを隠してるつもりはないけど一般人からすればそう捉えられてしまうのは甘んじて受け入れてるわ。
「み。妖精さん。それと、リオお兄ちゃん」
「俺は呼び捨てで構わないよ。呼びにくいだろ」
「み。キザシおに――」
「俺もキザシでいい」
「みゃう……分かった、です」
圧強めに言うから若干怯えちゃってるじゃない。辛辣なのは私だけにしてちょうだい。べ、別にそういう意味じゃないんだからね!
冗談は心の中だけにして、私はキザシに耳打ちした。
「ルーミーはあの時のこと朧気だろうし、あんまり気にしなくていいと思うのよ。今冷たく接して怯えさせちゃったら同じことじゃない」
「……分かってる。お前のそういうとこだぜ、口煩ぇの」
「まったく失礼なのよっ」
魔王が来るまで移動販売しながらのんびりと向かう。魔物の足とはいえ魔王城から来るのは少し時間が掛かる。
ルーミーがいたと思われるビュイックの町では特に逃げた奴隷の噂もなく、売上げは上々。追加の食材を仕入れたら念の為早めに出立した。
その3日後に魔王から連絡があり、夜には合流できるとのことだったので人気のなさそうな場所で夕食をとることにした。
「みゃう……」
「ルーミーさん、どうしました?」
「なんか、ざわざわする……です」
「ゼストが近くまで来てるのかな。敵じゃないから大丈夫だよ。シエラも……あんまり怖がらないでくれると有難いな」
「が、頑張ります……!」
恐怖心を感じると熱が出る、とざっくりとした説明はしたけど、頑張って抑えられるものでもないのよね。
ルーミーにもひと通り話したものの、いまいちピンと来ていないようだった。
「みゃう……あっち」
指差された先は夜の闇でよく見えない。
動物の陰らしきものから、白いものが落ちた。月明かりで目立つそれはゆっくりとこちらに近づいて来る。
「みゃ……みゃう……」
「だ、大丈夫ですっ、お話しをしに来ただけですから……!」
「……っ」
ルーミーを安心させる為というより自分に言い聞かせる感じだわ。
リオの息が上がってきてる。
焚き火の明かりで姿が確認できるところまで近づいて、魔王は止まった。
「やん……うさぎとか」
もふもふしてる。あの白い毛並みに抱き付きたい。
リオが必死に息を抑えようとしながらも魔王を視界に捉えると、微かに笑った。
「あぁ……ゼスト、可愛いな……」
ちょっとリオたぁああん⁉ その状態でなんてセリフ吐いてんのぉおお⁉
「こいつ……。ちょっと俺、貝になるわ……」
「どうぞなのよ……」
キザシは目と耳を塞ぐ。トラウマもそうだろうけど友達のこういうの見たくないよね分かるわ。
後は私に任せて。
「これで信じてもらえたのよ? あのうさぎの魔物を操ってるのが魔王なのよ。これから魔王城に行くんだけど、一緒に行けそう? 別に無理強いはしないのよ」
「いえ、その……うさぎさんなら、なんとか……」
一歩うさぎが近付くと、ふたりしてビクッと身体を震わせた。リオは別の感覚で震えたけど。
ふらりと立ち上がったリオは魔王に近付き両手を伸ばした。
「ゼスト……、抱いてもいいかな」
ちょぉおおぉおい!!!
いやそういう意味じゃないのは分かってる! 抱っこって意味でしょ⁉
でもちょっと、パワーワードがガチで強いんだって!
【……好きにしろ】
受け入れちゃったわ……! どっちが攻めなんだか! 私は素でゼスリオだと思ってたんだけど逆なの⁉
「ふふ……気持ちいいな」
リオたんちょっと自重してぇええ!!
うさぎを抱っこして怖がるふたりに歩み寄るリオたん。構図は可愛いよ。
「ほら……噛んだりしないよ」
「リオさんとうさぎさん似合います……」
「魔王城まで無理して付いてこなくてもいいよ。けど……、ゼストと一緒に行きたいんだ……ダメかな?」
あああ腐ってる私だけが過剰に反応してしまう……!! もう許して私を萌え殺す気なのリオたんに萌殺(ほうさつ)されるそんなん本望だわ……!!
「わ、私のことは気にせずに! リオさんがそうしたいなら、そうすべきですっ!」
「ありがとう……ルーミーはどうかな」
「みゃう……怖い、けど、僕は、いい……です。リオが、決めて……です」
「よかったな、ゼスト」
【……お前は大丈夫なのか】
「うん、そんなに辛くなくなってきたよ」
【まだ身体が熱いぞ……】
「ゼストもだろ?」
動物体温高いもんね!! なんなのこの会話⁉ ふたりのいちゃ付きご無沙汰なのに供給過多が過ぎる!! 私をどうしたいのもう息が上がるリオたんより息荒いわ苦しい。
【ケイ、戻っていいぞ。ご苦労だった】
魔王を乗せてきた狼は一礼すると駆けていった。
「ケイって、あの人狼の? 狼の姿にもなれたんだな」
【ああ、あれが本来の姿だ。初めにリオと旅をした時の狼はやつの子孫だ】
子孫⁉ 不老不死になる前の話し? 後の話し?
【血の契約をしたのはやつが初めてだったんだが、どうやら種族が違うと俺と同じ人間の姿を取れるようになるらしい。双子も元は妖精だが人間サイズになっているからな】
ちょちょちょちょっと待って情報量多過ぎる。
確かに双子の魔族は私と同じような銀色の眼だったけど。
「同じ……人間? そういえばゼストは魔物みたいな特徴はないな……」
【本来の姿があるわけでもない。ということは魔王になる前は人間だったのだろう。もう昔のこと過ぎて忘れてしまったがな】
「そう……か」
「ま、待つのよ! じゃあリオと契約した私も人間サイズになれるってことなのよ⁉」
【む。そうだな。契約主であるリオがマナをコントロールすればできるはずだ】
「え? でも俺魔法も碌に使えないのに他人のマナなんてコントロールできるのか?」
【む? ……ああ、そうか。お前は魔法が使えないわけではないぞ】
魔王は説明の前に下ろせとリオに言った。
いつまでも抱っこじゃ話しにくいわな。
魔王によれば、リオのマナが膨大過ぎる所為で身体が無意識に力を制御し、結果的に魔法が使えない状態らしい。制御された力は従者側の私にも影響しサイズに変化なし。
けれど今、魔王の従者となっているリオのマナは魔王の制御下にある。
【俺の身体と離れ過ぎているから今コントロールすることはできないがな】
「じゃあ俺も使えるんだ……。実はちょっと憧れてたんだよなぁ。詠唱って格好いいよな」
厨二っぽい発言するリオたんも可愛い……。
【俺と契約したから詠唱の必要はないぞ】
「……え?」
ちょっと残念そうなリオたんも可愛いよ……!
【人間が魔法を発動させる為にはマナを魔力に変換する必要がある。それを補助する為に開発されたのが詠唱だ。魔力に変換しやすい魔素を日常的に摂り込んでいるリオは魔力変換が容易にできるようになっている。まぁ、詠唱したければしてもいいと思うが】
「……無意味なの分かってて詠唱するのって恥ずかしくないか?」
そう思えるならまだリオは安心よ。黒歴史は最初から作らないようにするのが最善だわ。
「無詠唱の魔族に人間が勝てるわけねぇじゃねぇか。お前たちは手を抜いて歴代の勇者に封印させてたのか?」
キザシがいつの間にか貝を解いてたみたい。
【それが俺の役割だと思っている。勇者を手に掛けたとしても何の得にもならない。封印させたほうが幾分マシだ】
「役割……」
終わらない役割に心が壊れないように、魔王はせめて人間らしく魔王をやっているんだ。
リオはちょっと、真面目過ぎちゃったのね。
「そんなスタンスでいてなんでリオを殺しちまったんだよ。初恋で羽目外し過ぎたとかか?」
その話題地雷だからー! 魔王の機嫌損ねたら魔物がざわ付くでしょー!
キザシの魔王への態度はなかなか危ない橋渡ってるから冷や冷やするわ!
【……リオ、あのガキには噛み付いてもいいか】
「返事分かってて訊くなよ……。どうしても噛み付きたいなら俺の指で我慢してくれ」
【……面白くない冗談だ】
これが冗談じゃないのがリオなのよ。
「キザシ、ゼストを責めないでくれ。俺がちょっと……ゼストにしてみたら予想外の動きをしちゃっただけだから」
「責めてるとかじゃねぇって……悪ぃ、今のは聞かなかったことにしろ」
リオの言い淀みに何か感じたのかキザシは話しを切り上げた。
温め直した夕食を魔王と一緒に囲み、荷台とテントそれぞれで眠りに就く。魔王がいると何も寄り付かないから野宿も安心して寝られるわ。
魔王がいるテントとは離れたところに馬車を止め、荷台は私とシエラ、ルーミーが使った。
リオが御者をしている間は魔王もその隣に居座ってるからまだいいけど、キザシが御者の番になると荷台の中はちょっと気まずい。主に魔王とルーミーが。
「馬車での旅が長くなったし、次のカヴァーリの町では宿に泊まろうと思うんだ。今のゼストならこっそり一緒に行けると思うし。それで、部屋割りどうしようか? ずっと気にはなってたんだけど……ルーミーって性別はどっちなのかな?」
おおぅ、そこ切り込むのね。私はどっちだって美味しいんだけど。
「みゃう……よく、分からない……です」
「うん?」
「身体は、男……です。でも男は強くなきゃ、泣いちゃダメ、って、言われる……です。僕、強くない……し、女の子たちの遊び……人形とか、お花とか、好き、です。僕はみんなと違って、変……です」
所謂Xジェンダーってことかしら。かなりナイーブな問題だった。リオが軽く訊いちゃったけど、よく素直に答えてくれたわ。
「男はこうあるべきとかって俺は特に思わないし、好きなことなんて人それぞれだよ。そういうの分かってくれない人もいると思うけど、ルーミーは別に変じゃないよ」
「み……リオは、優しい……です」
「自分は普通じゃないんだって認めるのは、凄いことだと思う。ほとんどの人は自分を軸として普通を決めてるから……でも、そうだな……自分が思う普通とズレが生じると……悩んじゃうかもしれない」
魔王への想いのことを言っているのかな。リオが本当はどう思ってるのか、私には分からないけど。
「実は私も……普通ではないのです」
「……シエラの言ってた女子力の話しか?」
シエラはいつもと違う顔で笑ってみせた。
「私も普通に女性としての幸せを考えなきゃいけないんだって、そう思ってリオさんに料理を教わっているのですが、……どうも、私には無理そうで……」
「最初よりは大分作れるようになったじゃないか」
「いえ……料理のことではないのです。……私、女性しか好きになれないのです」
「そう……なんだ」
リオにしては珍しく掛ける言葉が出てこないようだ。
「相方の解体士さんのお話しはしましたよね。本当は彼女のことがずっと好きで……でもこの気持ちが普通ではないことは分かっていました。ただ傍にいられればとそう思っていたんですが、いざ失恋したら辛くて……、結局、私のほうから離れました……」
「気持ちを告げなかったこと、後悔しているのか?」
「いいえ。私がお友達として祝福して彼女が喜んでくれたので、やっぱり言わなくてよかったと思っています……。えとえと、私の話しになってしまいましたが、こういう人間もいるのです。性別も性的指向もひとつの個性として、自分を受け入れてあげることが大事だと思うのですよ」
「受け入れる、か……。なかなか勇気のいることだと思うよ」
「み……」
「魔王さんは……お悩みにならなかったのですか?」
居眠りを装っていたのか魔物を操るのを止めていたのか、うさぎは閉じていた目を開けた。
【……俺は小娘と違って告げられた者の気持ちを考えなかった。憎らしいがあのガキが言ったように、初めての感情に舞い上がって周りが見えなくなっていたのだろう……。結果としてリオを傷付けた。俺は今、後悔してもし足りない……悪かった】
魔王は性に関してじゃなく過去の過ちと現状に悩んでいるのね。
ふたりはそれぞれに立場が重過ぎるのよ。
「……ゼストはよく俺に謝るよな。でも、俺を好きになったことまで後悔しないでくれ」
【……リオ、だが】
「そりゃ戸惑ったけど……今もどうしたらいいか分からないけど、嬉しい気持ちも、確かにあるんだ……」
【……本当か】
「……俺を疑う?」
【いや……。俺は、お前を想い続けていてもいいのか】
「うん……勝手だけど、逃げてしまう俺を嫌いにならないでほしい……」
【なるはずがないだろう】
シエラはどこか羨ましそうにふたりを見ていた。




