#12 血の契約
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
キザシは何も語らずに「もう平気だ」と言って馬車に向かった。段々近付いてくると良い香りが漂ってくる。リオの料理だ。
「あー腹減った」
「リオは左手使えないし、シエラがいてよかったのよ」
「まったく後先考えてねぇやつだな。お前が口煩くなるのも分かるわ」
私、口煩いって思われてたの?
けど、本当にもう平気そうで安心した。
「フィエスタ、キザシ、お帰り」
リオのいつもの穏やかな笑みに胸が締め付けられる。推しはいつだって眩しい。でもそれだけじゃない。この顔を作るのに無理をしてるとは思わないけど、もう私はいつもみたいに笑い返せなくなっている。
「俺さ、自分から友達って言えるのリオが初めてなんだよな……。もうちょっと、あいつといてぇって、思っちまってるよ……」
私にだけそう呟いてくれたキザシは、料理の準備に加わった。
私も同じ気持ちだけど、キザシはきっとリオの想いを尊重して何も言わず、いつも通りを貫くつもりだろう。
変わらずに接するって、なかなかできることじゃないのよ。
「お前髪乾くの早くね?」
「ふっふっふ、実は私、風魔法も得意なのです!」
「あー、それで弓の命中率上げてんのか。イカサマみてぇだな」
「なんと! ひどい言い草ですっ!」
そんな雑談をしているうちに料理が出来上がり、器に盛り付けていく。
「私あの子の様子を見てきます。美味しい香りに釣られて目を覚ますかもしれませんっ」
そんな、シエラじゃないんだから。
私も一緒に馬車の荷台で寝かせている獣人の子の元へ行った。
顔を覗けば鼻がひくひくと反応を示す。獣人だから鼻が良いのね。
シエラの最初の食いしん坊な印象が強過ぎて、失礼なこと思ってごめんなのよ。
目を開いたその子は寝ぼけ眼で私を視界に入れた。
「妖精さん……みゃ」
可愛い! 男とか女とかどうでもよくなるくらい可愛い!
あまりの可愛さに見惚れていると、シエラが代わりに話してくれた。
「おはようございます。お加減はいかがですか? 食べられそうです?」
耳をぴっと立てたと同時に瞳がきらっと輝いた。
「ご……はんっ!」
「あわっ勢いよく起きちゃダメです! まだ安静にしていなくてはっ」
「あんせい……、み?」
シエラは上体を起こす手助けをし、壁に寄り掛からせてあげた。
「私はシエラ・ストラーダと申します。こちらはフィエスタさん。あなたのお名前を訊いてもよいですか?」
「み……。僕、ルーミー。ルーミー・ベルタ」
僕っ子来たぁああ!!! 尊さの塊なのこの子は⁉
「ルーミーさんですね。他にもお友達がいるのですが、紹介は食べてからにしましょう。よく噛んでゆっくり食べるのですよ?」
あまり見ないようにしてたけど、ルーミーの身体は傷だらけの上に痩せていた。相当酷い扱いを受けていたんだろう。だから今日の料理は消化の良いものをリオは用意してくれた。
あつあつだからちゃんとふーふーしてるけど、凄く逸ってるのが分かる。可愛い。
ひと口ぱくりと含むと、ルーミーの涙腺が崩壊した。
「みゃう……おいひぃ……っ」
シエラは隣に移動して同じ壁に凭れて食べ始めた。
「ん~! ひょうもおいひぃれふ!」
それ以降は静かに食し、時々すすり泣きが響いた。
「ごちそう、さま……です」
「お粗末様です」
全員分の食器を預かったシエラが外に出ようとすると、コンコン、とノック音がした。
「リオさん! 今食べ終わったところなのです」
「よかった。食べてくれたんだ」
「はいっ。こちら、ルーミー・ベルタさんです」
視界にルーミーが入るようにシエラが身体をずらしたものの、リオはリオで上体を傾けて荷台を覗く。何これ可愛い。
「おはよう。怪我はもう大丈夫か?」
「み。……あんまり、痛く、ない……です」
「そっか! 俺たち食器を洗いに行くついでに水浴びしてこようと思うんだけど、いいかな?」
「承知しました! 周囲の警戒は任せてくださいっ」
「ルーミーはゆっくりしてていいからな」
「み、みゃう……。ありがと……です」
「うん。でも俺より後でキザシに言ってあげてくれ」
「み……?」
「私たちのもうひとりのお友達です。ルーミーさんの傷を治したのはキザシさんなのですよ」
キザシも勿論だけども、シエラのほうが心肺蘇生という大仕事をやってのけたのに。謙虚な子よ。まぁ自分から言うのも恩着せがましいか。
リオはシエラから食器を受け取るとキザシを誘って川に向かった。
めっっっちゃ付いていきたい。
男子のきゃっきゃを観察したい。
はッ……上空からなら見れるのでは……?
いやダメよ覗きなんて。どこのラブコメ主人公の友達よ。
でもここに魔王がいなくてよかったかも。リオの裸体にどういう反応をするか気にはなるけど。
んー……、傍目には無反応かも。
もしルーミーに帰る場所がないなら、私たちが保護してあげたほうがいいんだろうけど、人間よりも気配に敏感な獣人のこの子を魔王城まで同行させるのは考えものだ。でもルーミーはこれから向かうビュイックの町から来た可能性のほうが高い。また酷い目に遭うと分かってて戻りたくないだろうし、戻らせたくない。
ふたりが帰ってくるとシエラが風魔法で髪を乾かしてあげて、その間に自己紹介を済ませた。
「あ、の……怪我、治してくれて、ありがとう……です」
「あ? ああ……俺は大したことはやってねぇ……」
キザシが目を合わせないようにしてるのは気になるけど、あんたも謙虚かよ。何も力になれなかった私が惨めになるからやめて。
改めてリオが本題に入る。
「ルーミーは、ギルドに所属していたりするのか?」
キザシはフリーだったし、シエラもフリーで、相方の解体士だけがギルドに所属していて報酬は折半していたらしい。
「みゃう……僕、は、奴隷……です」
「そうか……。奴隷契約って、やっぱり契約主の意志がないと破棄できないのかな」
「少なくとも奴隷に権利はないのよ」
300年前は獣人の奴隷はそれほど珍しくなかった。今は大っぴらに奴隷商が商売することはなくなったものの、未だに差別はあるし一部では実際に人身売買が行われている。
今でこそ簡易的なマナ契約が主流だけど、奴隷契約は古くから使われる血の契約によるものだ。マナ契約は両者の同意で成り立っていて違約金があったりする場合もあるけど破棄自体は容易だ。けれど血の契約は締結も破棄も契約主の意志が必要不可欠。
リオと私も、魔王と魔族も昔から変わらず血の契約を行(おこな)っている。
そういえば魔王は、体液ならなんでもいいみたいなことを言っていた。
「魔王なら……何か方法を知ってるかもなのよ……」
「あー、伝説でも魔法での攻撃しか伝わってねぇな。ここにいるやつより知識はあんだろ」
「みゃ……ま、まおう……?」
話しの流れに戸惑ってるルーミーには悪いけど話しを進めさせてもらう。
魔石を持っているリオが取り出すと、私がそれにマナを込める。
「ゼスト、聞こえるか? ちょっと訊きたいことがあるんだ」
〔……リオか。どうした〕
「あれ……声の感じ違うな?」
〔む。……ああ、魔物を介していない為だろう。今は城に戻っている〕
「そうか。久し振りに聞いたけどこっちのほうがいいな」
〔……。それで、訊きたいことというのは?〕
早く本題入ろうかリオたん?
「うん。俺たち誰も魔法に詳しくないから、ゼストしか頼れる人がいないんだ」
〔……〕
あー、ノックアウトしてるわコレ。頼み方があざといよ。
「今傍に奴隷の子がいるんだけど、なんとかしてあげたいんだ。俺たちだけで契約破棄させることってできるものなのか?」
〔……まだお前は他人の為に動くのか……仕方のないやつだ。結論から言えば、できる。簡単なことだ、契約を上書きしてしまえばいい〕
口で言うのは、いややるのも簡単ではあるけど、人間の世界には法律というものがある。契約者の許諾なしに上書きを行えば罪に問われる。やる人はまずいない。
だから、盲点だった。
「契約紋が消えたのはルーミーが死んだからって思わせられるかもしれないのよ」
実際に死にかけたのだから、ルーミーにとってはあの時死んだことにしたほうが安全だ。
「時間が経てば上書きを疑われかねない……誰がルーミーと血の契約をするのよ?」
「その前に、血の契約ってのはどういうもんなんだ? そんな古い魔法知ってるやつのほうが少ねぇからな?」
これぞジェネレーションギャップよ。世紀レベルのジェネレーションだから仕方ない。
本来血の契約は主従関係を結ぶ為のもので、主がマナを込めた血を従者に与え、従者側がそれを許諾することで成立する。因みに私はリオたんの指の血をいただきました。
奴隷の場合背中に血印(けついん)を描(えが)くのが常で、主に反抗できないようにしているのは血印の力だ。
〔通常の主従契約であっても血印は消える。血の契約の主となるのは常にひとりだけだ〕
「えとえと、主従関係になるとどうなるのですか? 何か変わるのですか?」
〔主は従者のマナの制御と解放ができるようになり、従者は主を支える為のスキルを与えられる。俺の場合は不老不死だが、どんなスキルかは主による。それくらいだな。名称が仰々しいだけで大した契約ではない〕
「それなら……私がルーミーさんの主になります!」
ほぼ即決……。リオへの弟子入りといい心肺蘇生といい、行動力あるわぁ。
「お前、バレたら捕まるぞ……」
「バレなきゃいいんですっ! その為には一刻も早く契約してしまわなければ! ルーミーさんは如何ですか? 私との主従関係はお嫌ですか……?」
「みっ、み! や……じゃない! でも、僕なんか……従者にしても、何も、できない……です」
「私は従者が欲しいわけでも見返りを期待してるわけでもありません。ルーミーさんがどうしたいかで、決めていいのですよ」
ルーミーはぽろぽろと零れる涙を腕で拭う。
「みゃう……っ、僕を、……助けて、ほしい……っ」
「はいっ。お安い御用です!」
〔……友が増えたのか?〕
「あいつにも洗礼を受けさせねぇとな……」
洗礼って。
まぁこのパーティーに入るなら避けては通れないことだわ。
「ゼスト、ルーミーは獣人なんだ。できればこう……可愛い見た目の魔物で来てくれないか?」
〔……可愛い? む……検討してみよう〕




