#10 欲しかった言葉
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
私はリオの唯一の仲間という特別枠ではあるけど、やっぱりリオと友達関係なのはちょっと羨ましい。
「ふたりが付いてきてくれると、楽しいよ」
「承諾したんなら、全部話してもいいってことだよな? フィエスタ、ちょっと呼んでこい」
「え、シエラに逢わせるのよ?」
「そのほうが信憑性増すだろ。それにシエラを引き入れたこと、黙ってても良いことねぇしな。リオは俺ん時みたいに覚悟はしておけ」
「あー……うん、分かった」
まったく話しに付いていけないシエラは頭にハテナを飛ばしながらも口出しはしなかった。
魔石で魔王を呼び出すと昼間より待ったけど、やがてキザシの式に引っ掛かったらしい。
「来たな。念の為その弓置いておけ」
「へ? なんです? 誰を呼んだのですか?」
「すぐ分かる。敵じゃねぇ、とだけ言っておく」
森の闇の中から現れたのは、角の生えた馬だった。……ユニコーンなのよ⁉
「……馬になってるし」
「狼可愛かったのになぁ」
暢気にツッコミを入れているふたりとは対照的に、シエラは魔王の気配を間近に感じ徐々に顔色を悪くした。と同時にリオの身体に熱が溜まっていく。
「ま、魔物⁉ ……ですが、この威圧感……なんなのですか? さっき、敵ではないと……?」
【こいつは……?】
「しゃ、喋ったのです⁉」
「それ俺がもうやったから」
そんなやり取りの中リオは地面に手を付き、呼吸を抑えようとしてるけど寧ろ荒くなっていく。
「……っはぁ、キザシの時より、ダメだ……っ」
「俺が説明する。復活したって噂はマジで、この魔物は今魔王が操ってる」
「そん、な、ことが……⁉」
「こいつはシエラ・ストラーダ。さっきリオの友達になった。魔王城まで付いていきたいんだってよ。その報告で呼んだ」
【友か……】
「因みに俺もリオに友達認定してもらった。俺を嫉妬の対象にするのはお門違いだから覚えておけ」
【……お前の口の悪さは癪には触るが、邪な気持ちがないのは理解している。すべて己の未熟さ故だ】
「……分かってんじゃねぇか」
キザシはシエラとリオの様子を窺うと魔王に帰るよう言った。
「シエラが俺くらいマシになればお前を旅に同行させてもいい。今日のところはリオの為に離れておけ。手料理が食べられなくて残念だったな」
【お前のそういうところが気に食わんのだ。……リオ、悪かった】
「……ゼス、ト?」
魔王は踵を返し森の中へと姿を消した。
リオの息とシエラの混乱が治まるまでキザシは待った。
「魔王はお前をそんな身体にしたことを謝ったんじゃねぇの」
「……そ、か……」
「無理させて、俺も悪ぃ」
「……ううん、ゼストの不安を抑える為だったんだろ……。そういう気の遣い方、俺も学ばなきゃ」
「弟子入りするか?」
「ははっ」
「もう大分マシになったな……さてと、シエラ落ち着いたか?」
「は……へ?」
私はシエラにお茶を持っていってあげた。
「すげー要約して話すと、魔王が惚れて不老不死の呪いを与えたから今ここにリオがいる。そんで、魔王は封印されることを許容してる。だから敵じゃねぇし、危険はない」
「えとえと? 声からして魔王さんは男性のようでしたが……?」
「魔王にもさん付けするんだなお前は……」
「はっ、所謂同じ男でも惚れるという意味のあれですね⁉」
「違ぇよ。がっつり性的な意味での惚れるだ」
「がっつり……! 言葉のチョイスが卑猥です!」
「そう思うお前のほうがよっぽどだ! 見てみろ、当の本人の理解してねぇ面を!」
漫才のような掛け合いを見るだけだったリオは、急にふたりに視線を向けられ言葉が出てこないようだ。
「そ、そうですよね、まだ14歳ですし。キザシさんの猥談に付いていけないのも無理ありません」
「猥談じゃねぇし。俺も14だっつーの」
本当にこのふたりを見てるの面白いわ。
「でも待ってください、ということは、勇者と魔王の禁断の恋というお話しなのですか……っ⁉」
「そうなのよ!!」
「立場も性別もだなんてちょっとドキドキしてしまいます!」
「あなた見込みあるのよ!!」
「それで、リオさんはどうなのですか⁉」
「えっ……?」
「魔王さんのお気持ちはお聞きしましたが、リオさんは魔王さんのことをどう思っているのですかっ⁉」
私たちが突けなかった核心をただの勢いで突いてくれたけど、リオはどう答えるの。
「俺、は……正直、分からないんだ。好きになってくれたことは嬉しいけど……応えたら、ダメな気がするんだ。魔王を封印できるのは勇者だけだろ? 俺が封印しないと、人間がいつ魔物に襲われるか分からない」
「そっ、そんな難しいことを訊いたつもりはなかったのです! お立場があるのは理解してるつもりです。私はただ……、リオさんのお気持ちをお聞きしたいだけなのですよ?」
今、初めてシエラが大人に見えた。
「……嫌いじゃ、ないよ。優しい人だと思う……」
「そうなのですね。混沌としたオーラはとても怖かったのですが、話してる内容は人間味のあるものに感じました。……勇者としてのお役目も大事でしょうけど、それと魔王さんへのお気持ちに応えることは、別にして考えてもいいのではないでしょうか?」
「別にして……?」
「リオさんは勇者である前に、リオさんなのですよ」
普段はちょっと騒々しいけど、こういう諭し方ができる人なのね。
リオの友達になってくれて、そう言ってくれる人で、よかった。
「魔王さんのお気持ちを嬉しいと感じたこと、どうか大切にしてください」
「……ありがとう。考えてみるよ」
「はいっ」
そんなふたりのやりとりを見て、キザシはぼそっと悪態を付いた。
「あークソ、思ったより悔しいな……」
「何がなのよ?」
「あれがあいつの欲しかった言葉だろ。リオを“勇者の友達”って思ってた俺には到底出てこないセリフだ」
確かにキザシはリオを勇者として見てる節があった。普段が温厚なだけにその戦闘センスと身体能力からやっぱり勇者なんだと一目置いてしまうのだろう。肩書き関係なく友達だと思ってたのは本心なんだろうけど。
「キザシが悔しがらないでなのよ。私なんかよりよっぽどリオの為に行動できてるのよ」
「ま、お前よりかな」
「……」
「言い返せよ。冗談だって。お前って結構自己肯定感低いよな」
「自覚はあるのよ」
「300年前と変わらずお前が傍にいたからリオの心はぶっ壊れなかったんだろ? 十分じゃねぇか。してやるばっかりがそいつの為になるとは限らねぇし」
キザシは本当に14歳なの? やっぱり転生者で人生2度目とかじゃないの?
まぁ2度目の人生何100年と生きても私はこうはなれなかったんだけど。
「はぁ……自分のダメさ加減が嫌になるのよ……」
「俺の慰めちったぁ響けよ。おいリオ、お前から言ってやれ。お前の為に何もしてやれてねぇってフィエスタが嘆いてるぞ」
あ、ちょ、何告げ口してんの!
「え? フィエスタは何もしてくれないなんてことないよ。俺のことちゃんと叱ってくれるし……俺母親いないけど、いたらこんな感じかなって思うよ」
まさかの息子目線⁉ こんな天使産んだ覚えないんですけど⁉
でも推しがそう言うなら、母親でもなんでもなってやるわ……!!
「……フィエスタ?」
「こいつクソ喜んでるぞ。ほっとけほっとけ」
リオたんへの愛が滾り過ぎて爆発しそう。身体を抑えるので精一杯だわ。奇声を発しなかっただけ褒めてほしい。
「言っとくけど親バカでもここまでの母親はいねぇからな? 断言できるぜ」
「親バカ……?」
魔王が来たことで辺りに魔物はいなくなったけど、そんな事情を知らない人たちは暫くこの森に近付かないかもしれない。ここでの商売は切り上げて次の町へ向かうことになった。
次に近いビュイックの町は山間にあり自然豊かだ。ここまで数日間まともに身体も洗えなかったけれど水浴びできる川があり、飲み水を汲んだ後に身体を洗うことにした。
周囲の警戒はリオとキザシに任せて、先に私とシエラが水浴びさせてもらう。
春めいた陽気だけどまだ水は冷たいわ。
「シエラって髪下ろすとちょっと雰囲気変わるのよ」
「そうですか? ちょっとでも女子っぽくあろうと伸ばしてる途中なのです。でも髪の量が多くてなかなか大変で……」
お下げを解いた髪はふわふわとしていてちょうどいいウェーブが掛かっている。
「後でキザシにヘアアレンジお願いしてみればいいのよ」
「ほわ……凄く興味あります」
そんな女子トークを繰り広げていると、川の上流から何かが流れてくるのにシエラが気付いた。
「あれは……」
目を細めてじっと見つめたかと思えば、はっとして川を泳ぎ始める。その“何か”の傍まで行ったシエラはそれを持って近くの岸に上がった。
私も飛んでそこまで様子を見に行くと、それは獣人の子どもだった。
シエラは冷静に呼気を確認し、まるでお手本のように躊躇うことなく人工呼吸と心臓マッサージを始めた。
「キ……キザシを呼んでくるのよ!」
パーティーで唯一治癒を使えるキザシなら救える確率が上がるはず。
仲間が増えたんだから魔石をもう1個買っておくべきだった。今は後悔よりも動かなければ。
キザシの元へ行きながら自分の服をぱっと着て、姿を見つけて呼んだ。
「キザシ! 緊急事態なのよ! ちょっと来て!」
「あ? 俺だけ?」
「早くなのよ! それとその羽織りちょっと貸して!」
「なんなんだよ……」
羽織りを引っぺがして先にシエラの元に向かう。重くて飛びにくいけど、キザシが来る前に裸を隠してあげないと。スピードを上げる為に自分にエンチャントを掛けた。
シエラに羽織りを掛けてあげようとした時、獣人の子どもが口から水を吐いた。
「よかった、息は戻りました……。でも傷が……」
「なんだその獣人……」
「川の上流から流れてきたのよ。とりあえず治癒してあげて」
「あんまり期待はするなよ……俺のはヒール程の性能はねぇし、流れ出た血はどうにもならない。……やったことはねぇが……そんなこと言ってる場合じゃねぇか。O型のやついるか?」
「私はA型です……」
「私はBなのよ」
「俺もBだ……」
「……俺、O型だ」
私の様子が只事じゃないと思って付いてきてくれたのね。リオたんマジ救世主。
「けど不老不死の血でも大丈夫かな……?」
「さぁな……後のことよりできることをやるしかねぇよ」
リオはキザシに言われたように指先を少しだけ切り、血を式に染み込ませた。それを一番深いであろう傷口に当てキザシが意識を集中させる。
「リオ……直接傷口に血を落とせるか」
「分かった」
リオはなんの躊躇もなく腕を深めに斬った。
「おまっ……、後でフィエスタに叱られろ」
私もシエラも顔を青褪めさせながらも、黙って見守る。
数分経った頃、獣人の子の顔色に血色が戻ってきた。
リオに腕を退かせると、暫くしてキザシは集中の為閉じていた目を開けた。
「傷口は塞いだ……多分大丈夫だろ。お前の腕までやるマナは残ってねぇからな?」
「俺、傷の治りは早いんだ。止血しておけばすぐ治るよ」
「し、止血します!」
「ありがとうシエラ、頼むよ」
「もう……もう! リオのそういうとこなのよ! バカ!」
「うん、済まない」
「自分を犠牲にしてまでなんとかしようとしないでなのよ……どうせ心配する必要はないって思ってるんでしょ。私は身体じゃなくて、リオの心を心配してるのよ……」
もうずっと前からダメなんだ、と言いにくいのか、リオはただ困ったような笑みを浮かべた。
そんな顔をされたら、もう何も言えないじゃない……。
「ってこれ、キザシさんの服じゃないですか! 済みません濡らしてしまって……!」
空気を読んでるのか読んでないのか分かりにくいシエラの声が雰囲気を変える。
「そんくらいいいけど早く服着てこいよ」
「済みませんもうちょっとお借りします……っ」
服を掴んで前を隠しながら、シエラは服の置いてある場所へ向かった。裸に羽織りというちょっとアレな格好してるけど、キザシは興味なさそうだしリオは紳士だから見ないようにしている。男女のラブコメ要素のないパーティーだわ。
それよりも、獣人の子の服を替えてあげないと体温が奪われる一方だ。
同性がやったほうがいいんだろうけど、歳の所為もあって中性的な見た目で、性別の判断が難しい。とはいえ人命救助の為だ。その間にこの子が起きないことを祈るしかない。
「下はショーパンだし上だけでいいだろ。手早く済ませる。脱がせたらリオの外套で包(くる)む、でいいな?」
「うん」
リオが外套を脱ぎ準備する。
キザシが濡れて脱がせにくいシャツをめくっている途中で、その子は起きてしまった。
「み……、っみゃ、や……やだ、いやだ!」
腕を振り回そうとしたのをキザシが手首を掴むことで抑えた。その抵抗は少ない体力の中での精一杯に見えた。それでも力はそう強くはないはず……。
「……キザシ?」
身動きの止まったキザシにリオとともに違和を覚え、私が横から顔を覗き込む。
血の気が引いたような顔で焦点が合っていない。呼吸も浅くなってる。
これは……。
「リオ、代わりにやるのよ」
「うん……キザシ、手を放していいよ」
リオが手に触れるとキザシはゆっくりと指の力を弱める。
手が自由になった獣人の子はキザシの手を払い、横になって背中を丸めながら頭を守った。
「ごめんなさいごめんなさいもうやめて、ぶたないで」
よく見ると身体中さっきの怪我だけじゃない傷跡が数え切れないほどある。
リオはその子を抱き締めるように覆い被さり頭を撫でた。
「大丈夫、君を傷つけたりしないよ」
「みゃ……なに、やだ、こわい……やだっ」
「ちょっと疲れちゃっただろ? 眠ってもいいよ。あとで俺が作ったご飯をあげるよ。美味しいってみんな褒めてくれるんだ」
「ご……はん」
「うん、君の為に美味しいの作るよ。起きたら一緒に食べよう」
「……みゃう……」
獣人の子は安心したのか寝息を立て始めた。
起こさないように注意しながら服を脱がせ外套を包ませる。
「フィエスタ、キザシのこと、頼んでいいか」
「いや、……悪ぃ。後で行く……」
「……急がなくていいからな」
リオは子どもを横抱きにして馬車へ向かう。途中でシエラと逢ったようで話し声が遠くなっていった。
私はその場に残った。
特に何を言いたいわけでも何かできるわけでもないのに。
「お前、薄々勘付いてるだろ、俺の過去」
「……無理に話さなくていいのよ。私はいないものと思って休んで」
「……まぁ、この後の飯が不味くなるしな」
キザシは手の震えを抑えるように、服の中にある懐刀を掴んでいた。




