#01 魔王はガチ
この物語のテーマはジェンダーです。
物語の進行上の表現、オタク的表現があることをご了承の上、もし配慮が足りていないと感じる箇所がございましたらご指摘お願いいたします。
必要性のご説明や表現の修正を行わせていただきます。
また、一部過激な描写を含みます。
魔族たちを斃した勇者一行は、ついに魔王との最終決戦を迎えていた。
「魔王ゼスト・ヴェラール……俺たちがお前を終わらせる!」
「できるものならやってみろ、勇者リオ・フィールダーよ」
戦闘開始の合図のような会話が終わると、私は仲間全員にエンチャントを掛け全ステータスを上昇させる。勇者は勿論、戦士と魔法使いも即座に援護に入り、神官は自身を含め私を守る為結界を張り仲間の回復に専念する。
数々の経験を重ねバランスの取れたこの勇者パーティーなら、魔王の封印もきっと成し遂げられる。
大した能力もない私は戦いを見守ることしかできない。
戦闘の度に歯痒さを覚える。
「フィエスタ!」
名前を呼ばれハッとしたと同時に、結界の外に出るよう私は神官に突き飛ばされていた。周りがスローモーションに映り、目の端に魔王の攻撃がこちらに向かってきていることを知った。
あの威力の魔法を受ければ結界は壊れてしまう。このままでは彼女は……!
「うあぁああぁ!!」
「――……っリオ⁉」
彼女を庇うように攻撃をその身に受けたのは、勇者リオだった。
禍々しい魔王の攻撃は確実に勇者の心臓を貫いて、そのお陰で威力が弱まったのか結界に当たると消え去った。
その場に倒れた勇者は身動ぎひとつしない。
最終決戦の最中とは思えないほどの静寂が襲う。
「……あ゛ぁあ゛あああ゛あぁ!!」
空気を裂くような叫びを上げたのは魔王で、戦士・魔法使い・神官は“全滅”を予感して身体を硬直させた。
けれどその予感は外れた。
私たちは誰かの転移魔法により、魔王城のエントランスに転移させられていたからだ。
「え、なんで……お前か?」
「魔王城内で使えるわけないでしょ……使えるとしたら、そんなの魔王か魔族くらい……」
「だが魔族はもう全員……」
「勇者様! 目を開けてください!」
依然として動かない勇者に全員駆け寄り、神官は回復呪文を唱え続ける。私もエンチャントで支援したけど、やっぱり見守ることしかできない。
「ダメ……マナをぜんぜん、とりこんでくれない……! 我がマナよ、彼の者を癒したまえ、<ヒール>! <ヒール>!」
「……<鑑定>」
勇者と契約した私にだけ使える固有スキル。全てのステータスを確認できる。
そこには現実しかなかった。
「……もう、回復は必要ないのよ……」
「フィエスタ……なにをいって……、勇者様はまだ目を開けてない!」
「静かに眠らせてあげないと……リオは、十分戦ったのよ」
私たちは言葉少なに街に着き、街の人たちの手を借りながらリオの亡骸を埋葬した。
生前、ここからの景色が好きだと呟いた横顔を思い出して、ようやく涙が溢れた。
勇者リオが死んでから300年ほどが経とうとしている。
私はがっつりリオロスが抜けなかった。
「いつまでも腑抜けてんじゃないんだわ。勇者が死んだのいつの話し?」
妖精の寿命は数千年あり、娯楽の少ないファンタジー世界は退屈が過ぎる。そんな中の推しとの旅はたとえ数年だったとしても強烈に私に残った。それを糧に生きていく以外の道があるというのか。
「時間が癒してくれるとかじゃないのよ……リオたんは私の命だったのよ……」
せめて紙とペンがあれば吐き出せるものを、元々高価だった紙は魔法技術の発達により今や完全ペーパーレス化している。紙もインクも作り方なんて知らないからこの熱を消化させることができない。
ファンタジー世界に転生した当初はわくわくしたものだけど、所詮オタクはどこに行ってもオタク。特にチート能力もない私が勇者パーティーの一員になれたのは単なる偶然、奇跡だった。すべては全民(ぜんたみ)に優しいリオたんのお陰。
何度目かの溜め息に苦笑しながらも付き合ってくれる友人はとても有難いのだけど。
「――熱っ」
「フィエスタ?」
熱を感じた足首を見ると、リオたんとの絆の証、契約紋が浮かび上がっていた。
「っなんで? まさかそんな……、私ちょっと行ってくるのよ!」
「は⁉ どこに⁉」
妖精の森からリオたんの墓まで休みなしで飛ばし、一夜が明けた。
陽の登り切らない薄明るい中、墓が土砂崩れに巻き込まれているのが分かった。
墓標としていたリオたんの愛剣エリシオンがない。
土砂に半分埋まっている棺は蓋が空いていて、中は空っぽだ。そして泥まみれの足跡が点々と続いている。
もしかしてアンデットになったとか? 魔王の攻撃で? あの魔王がリオたんを思考停止のアンデットにさせるとは思えない。
最終決戦でのあの叫びは、とても悲痛に満ちていたから。
足跡は湖に向かっていた。雑木林を抜ければ既に昇り始めている陽の光を受けて、湖面がきらきらしていて眩しい。
その眩しさは、ただの湖面の反射だけではない。
「リオ……!!」
「……っフィエスタ!」
推しが、精気に満ちた推しが生きて動いている! あの頃と変わらない笑顔、声、そして鍛え上げられた実践的でしなやかな裸体……。
「前は隠しなさいなのよ!」
「あ、済まない」
「いくら妖精が長命だからって異性の裸を見慣れてると思わないでほしいのよっ」
「そんなこと思ってないよ」
後ろを向くと暫くして水音がばしゃばしゃと地面を叩く音が聞こえる。周りの木の枝にはリオの服が掛けられていた。それを適当に後ろへ放って渡す。
「まったく、たまにデリカシーに欠けるのはリオの悪いところなのよ。それよりも、今ちらっと見えたような気がするのだけど、腰のあたりに妙なものがない?」
「妙? ……なんだこれ?」
「……下は穿いたのよ?」
「穿いたよ」
振り返るとやっぱり眩しい私の最推し。普段前髪は分けて後ろ髪は結んでいるけれど、下ろしたリオたんは数倍レア可愛い。
じゃなくて。
ズボンを少し下げて見える腰骨の出っ張った位置に魔法印が浮かび上がっていた。
「<鑑定>。……これ、不老不死の呪いなのよ! それに思考感知が付与されてる……」
「不老不死って、魔王が魔族に与えるものと同じじゃ……」
魔王は自身の不老不死のスキルを魔族たちに分け与え、永遠に従えさせることができる。そして思考感知はすべての魔物に付与されているものだ。魔族と魔物、両方の特異スキルをリオは与えられていた。
「リオ……最終決戦の直前、トラップ部屋で魔王と話したことは覚えてるのよ?」
「え? あぁ……うん、覚えてるよ」
それはリオたんの歯切れが悪くなるのも頷けるできごとだった。
魔王城のトラップを踏んだリオはひとり別の部屋へと転移した。私はリオのフードの中にいたから一緒にくっ付いていってしまったのだけど、そこにいたのは装備の軽い魔王と妙齢の片眼鏡のイケおじだった。
『貴様! ゼスト様の私室に勝手に入るなど万死に値する!』
『魔王……の私室⁉』
私室だったのよ。
『ケイ、待て。一度勇者と話してみたいと思っていた……』
『しかしッ……、仰せのままに』
ひと睨みで部下を黙らせるのは流石の貫禄。
魔王はゆったりとした足取りでリオまでの距離を縮める。リオは怯まず魔王と視線を交わす。人ひとり分の距離を空けてようやく歩みは止まった。
『……話しとは?』
『……お前は恐怖しないのだな』
『そうだな……今のお前から敵意は感じないし、話しがあるなら聞きたい。代わりに俺も訊いていいか』
『いいだろう。お前から話せ、勇者』
『俺はリオ・フィールダーだ。勇者という肩書きはあまり好きじゃない……』
『ほう……』
『何故お前は人間を襲う? それは生きる為に必要なことなのか? それとも何度も封印されている腹いせか?』
『くだらない……あれは魔物たちが勝手にやっていることだ』
『……勝手に?』
『リオ、お前は自分から言っておきながら俺のことは名前で呼ばないのだな』
『えっ? ああ、済まない。ゼスト、だったな』
私はこの時確かに聞こえた。トスッと軽く刺さる天使の矢の音が。
『魔物は意思疎通できないからそう指示を受けているのだと思い込んでいた。けど魔族たちはゼストの為を想って俺たちと戦ってるように感じた。だから魔王が……ゼストがどういう人物なのか知りたかったんだ』
リオたんの魔性の人たらしが発動している。この本物の天使、いや小悪魔? にたとえ魔王だって戦意なんて喪失するはず。
人ひとり分の距離が更に縮まり、流石にぶつかると思ったリオは初めて一歩引いた。背中が壁に付いて私は潰されないよう肩口に移動した。
え、待って? リオたん壁ドンされてね?
『リオ……』
待って待って、魔王、雄の顔してね? イケメン過ぎて呼吸忘れる。
『俺のものになれ』
はーーーーーッ!! 唐突のリアルBLに窒息死する!!
『は……、はっ?』
『お前のことが気に入った……いや、少し違うな。この感情は初めてで適当な言葉が思い浮かばない。もっと話したい、声が聴きたい、……それも足りないな。触れてもいいか?』
『ま、待て、俺は男だし、えっと……』
『俺が女だったら問題ないのか?』
『うん? そういうわけじゃないな……、勇者と、魔王だし……?』
『さっき嫌いだと言ったお前自身がその肩書きを理由にするのか? 俺も魔王の肩書きは好きじゃない』
言葉を失い思考停止してる隙に魔王が触れようとすると、リオたんは壁ドンしてる腕の下をくぐってそれを避けた。流石勇者の反射神経と運動能力。一気に魔王との距離を離した。
『その件については、一旦持ち帰って検討させてもらいたい!』
仕事の案件か何かなの。敵地のど真ん中でラスボスに言い放つ言葉じゃない。
奇しくもずっと噛み付かんばかりにリオを睨み付けていた魔族ケイと正三角形の構図になり、これは好機とケイが人狼の姿となり襲い掛かってきた。素早く剣を抜きその爪を防ぐ。
『簡単に帰すと思ってんのかクソ勇者がぁ!』
『くっ、まぁそうだよな……っ』
『ケイ……殺すなよ』
『……御意!』
魔王は転移で私室を離れ、リオはその場でケイを封印したのだった。
「魔王はガチ――いえ、本気でリオを魔族にする気だったのよ。……あなたにとっては不本意かもしれないけれど、不老不死の呪いを施してくれたこと、私は感謝したいのよ。もう一度あなたに逢えて、本当に嬉しいから……」
「大袈裟だな。何年も逢えなかったわけじゃないだろ」
「……え」
「フィエスタがそんなならみんなにも心配を掛けてしまっているんだな……、一緒じゃないのか?」
あまりにも生前の頃と変わらなかったから忘れていたけど、300年近く、リオは死んでいたんだった。きっと身体が地表に出たから息を吹き返せた。
リオにとっては、最終決戦はこの間のこと。
私は最終決戦の後からすべてを話した。リオを葬ったこと、その後魔物が暴れることはなく世界が平和になったこと、そんな中でかつての仲間たちは寿命を全うしたこと。
「そんな……」
流石にショックを隠しきれないリオは暫く俯いたけど、顔を上げて私を見る瞳に陰はなかった。
「俺も、またフィエスタに逢えて嬉しいよ」
ああ、私の推しは変わらない。どんな状況も受け入れ前を向ける、強い人。そんなリオだから私は推したいのよ。
「お帰り、リオ……!」
「ただいま!」