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tale2.耀ちゃんキャラメイクをする

2023.4.29 『耀ちゃんキャラメイクをする』

 扉をくぐるとそこは大きなゴンドラの上でした。

 ついつい踊りたくなってしまうような軽快な音楽が、どこからか流れてきます。

 何処を見ても水に沈んだ世界を、ゴンドラは揺れもせず真っ直ぐと進みます。まっしろな船の船首に立つポールにはカンテラが吊り下げられ、金色の炎を灯して行き先を照らしていました。ポールの下には後ろから光を背負った影がありました。


「ようせいさんいないよ?」


 耀世ちゃんはゲームが始まれば、直ぐに妖精と会えると思っていました。もうすでに妖精と遊ぶ気分になっていました。いまなら妖精と手を繋いで踊ったりも出来そうな気分です。

 ところが始まってみたら、周囲に妖精はおらずゴンドラの上ではないですか。いったいどうしたことかと周りをプイプイキョロキョロと見渡しても、やっぱり何も出てきません。

 何故か乗っているこのゴンドラと、見渡す限りの水が相変わらず見えるだけです。


「ごめんね、耀ちゃん。まだ妖精さんの所には行けないんだ。まずはキャラメイクを終わらせようね」


 耀世ちゃんがゴンドラの端に寄り、水面をぴちぴち・ちゃぷちゃぷ・ぺんぺんぺんしていると、そのような事を音結さんが言ってきました。

 キャラメインクとはなんぞや?と哲学的でもない疑問が、耀ちゃんの頭をよぎります。それが何を指しているのか分かりませんが、耀世ちゃん内信頼度MAXの音結さんが言っている事のです。やらなければいけない事なのでしょう。疑問は取り敢えず横にポイっと捨てて、頷きました。


「ちょっとゴンドラの前の方――うん、真ん中位まで歩いてみようか」


 続けて音結さんが言いました。それまで耀ちゃんは船尾に近い位置に居ました。そこから前に進んでもらいたいようです。


 言葉に従い前に進んでいくと、ポールの下に佇む影が良く見えるようになります。カンテラの明かりを背に受け立っているのは人でした。そしてその姿形は耀世ちゃんそのままでした。

 ゴンドラの上で耀世ちゃんをもう一人の耀世ちゃんが見ていました。


 片方はスマートバンクルが記録した身体情報を元にして作られた仮想体です。二人とも白い簡素なチュニックとひざ丈のズボンを履いて立っています。


 視線が交わると耀世ちゃんは息を飲みました。片側は表情を変えますがもう片方は何も反応を返しません。まるでお人形さんの様です。

 何処か牧歌的な音楽が流れる空間に、突然声が響いていきました。


「ねーね!僕がいる!なにこれ!」


 耀世ちゃんはもう一人の自分が現れても特に怯えることはありませんでした。むしろ強い興味を見せ、目を輝かせていました。気持ちの高ぶりが抑えられないのか、上半身が左右に揺れます。その感情は視界を共有していた音結さんにも伝わっていました。


「そうだねぇ。耀ちゃんだねぇ。それはね、キャラメイクの素体だよ。その素体の容姿を変えて、ゲームで使う体にするの。今から色々とやるからね」

「ふおー」


 そう答える音結さんの頭には、耀世ちゃんと飼い猫達が同じタイミングで左右に首を振り、玩具の行方を追いかけるイメージが浮かんでいました。


 VRゲームのキャラを制作する時は、まず自分の身体情報から素体を作り出します。そこにゲーム内のキャラクターのスキンを被せて体を作ります。これは体の寸法の比率と仮想体の比率を合わせる為です。手足の長さと身長の比率が同じならば身長が何倍になっても、同じ比率だけ手足の長さを変えれば違和感を受けなくなります。

 逆に言えば足だけを延ばして身長を高くしたいというのは出来ません。体の比率が崩れて体を上手く操れなくなるからです。キリンさんのように首が伸びた体になったとして、うまく体を動かせるでしょうか?自分の感覚では頭はいつもの位置にあるのに、見えるのは伸びた頭の位置。そんなことになったら誰だって違和感を覚えずにいられません。


「さてキャメイクのお時間です」

「おじかんです!」


 つい反射で耀世ちゃんはインコさんになっていました。


「体に合わせて作らないと動かし難くなるから、ちゃんと作ろうね。もうちょっとゴンドラの前まで歩いてくれる?」

「はーい」


 耀世ちゃんは手を上げて返事をしました。ポテポテと歩きゴンドラを進むと、水中からドレッサーとクローゼットがせり出してきました。

 いきなり現れた家具に耀世ちゃんは驚き「ぴゃっ!?」と声を上げてしまいます。咄嗟に体を縮こませて進むのを止めてしまいました。


「怖くないよー。危なくないからねぇ」


 音結さんは穏やかな声で宥めるように言いました。

 その声に出てきたものを確認し、特に危険や怖い物では無いと分かると、耀世ちゃんはまた進み出します。


 右のドレッサーには鏡の他に沢山の引き出しが付いていました。引き出しの前面には、体の各部位(目や耳等)が見分けやすいようにシンプルなマークで刻まれています。鏡の土台には女性と書かれた光る文字が浮かんでいます。

 左のクローゼットには大きな扉がついていましたが、すでに開け放たれていました。中には幾つかの服が吊るされ、棚にはウィッグスタンドが置かれています。


「これでなにをするの?」

「ん-。まずは種族を決めないとね。ドレッサーの鏡を回すと姿が変わるよ」

「しゅぞく?」


 耀世ちゃんは何が何やらといった様子で、きょろきょろと左右の家具を何度も見ます。

 その疑問に答えるように音結さんが答えました。

 また新しい種族?という疑問が、音速で耀世ちゃんの頭に突撃して、反対方向へそのまま抜けていきました。


「しゅぞくせんたく?おせんたく?しゅぞくをあらうの?」


 鏡面には光る文字で【しゅぞく せんたく】と書いてありました。


「ん?うん?あ、違う、違うよ。洗う方の洗濯じゃなくて、選ぶって意味の選択だよ。いろんな種類の人がいるから、その中から選んでくださいねってこと。鏡を回してみればわかるよ」


 音結さんは勘違いに気が付くと直ぐに訂正します。そして事あの意味を教えてくれました。


 耀世ちゃんが言われた通りに鏡を回すと、素体が一瞬にして別の姿になっていました。もう一度回すと、また別の姿になります。

 耀世ちゃんが同じ動作を繰り返すと五度目に元の姿に戻りました。どうやら五種類の姿があるようです。


 人間 『ヒュース』

 一つは最初に出てきた素体の姿。現実の耀世ちゃんの姿と変わらないものです


 獣人 『ミクシア』

 ヒュースに動物の耳と尻尾が付いた姿。耳の形は選ぶ動物によって変わるようです


 半巨人 『ガリスティム』

 姿が大きくなったもの。大体三割ほどの比率で縦と横に大きくなっていました。


 半霊人 『フェニアン』 

 耳が長くなったもの。一般的にエルフと呼ばれる姿に見えます。


 木霊人 『シャレイション』 

 ガリスティムとは逆に姿が小さくなったもの。大体一つ目の姿から二割ほどの比率で縦と横に小さくなっていました。


 シャレイションの姿を見た音結さんは、耀世ちゃんが小さい頃の事を思い出しました。


「おー。すごい」


 耀世ちゃんはくるくると鏡を回し、変わる姿を楽しんでいます。


「耀ちゃんならどれがいい?」

「ん-。いまのままでいい」


 キャッキャという耀世ちゃんの笑い声がしばらくの間響きました。時間をおいた後、音結さんは声をかけました。

 姿の変化を面白がっているだけだった耀世ちゃんも、その言葉に自分がどの姿になりたいか考えます。


 VRゲーム自体が初めての耀世ちゃんは、まだキャラメイク時のこだわり等を持っていません。だから特にどんな姿が良いといった感想は思い浮かびませんでした。

 なんとなくこのままでもいいかなと思っていました。


「そう?動物さんのお耳とかあっても可愛いよ?あと小さくなってもいいし。お耳長くなってもいいね?」


 ケモミミは良い。耳長も良い。小さいのも良い。その中でも見るのならばケモミミ派の音結さんは、何とかして他の種族を選ばせられないかと説得を試みます。


「んーん。いまのままでいいや」

「そっかー」


 しかし残念にもその説得は失敗してしまいました。

 耀世ちゃんの返答に至極残念そうな声が重なります。しょうがないと諦めた音結さんは、次にドレッサーの方へ耀世ちゃんの注意を向けます。


「顔とか体のパーツもドレッサーの引き出しで変えられるよ。あとお化粧とかもあるね」

「おおおおー」


 耀世ちゃんはずっと同じ声を出しながら、ドレッサーの色々な引き出しを開けては閉めてと繰り返します。引き出しを開けて弄る度に目や眉、鼻、耳、それに口の形とありとあらゆる部分が変わっていきました。ゲーム側で用意された顔のパーツは元の顔とは全く別のものでしたが、システムの補助を受けて顔に違和感が無いように調整されます。


「一応現実の姿とは変えた方がいいから、出来るだけ弄ろうか」

「ん-」


 耀世ちゃんはふんふんと鳴き声を上げ、いろいろな引出しを開けては閉めてと繰り返します。可愛らしい鳴き声をBGMにして、二人で試行錯誤を繰り返していきました。

 とりあえず触れるところを一通り触り切った時には、素体の容姿は子猫のような印象の面影はそのままに、全く別の姿になっていました。音結さんの強い主張で極薄い化粧も施してあります。


「すごいね!ぜんぜんちがう!」

「うん、可愛いね。これだと耀ちゃんだとそうそう分からないね」

「うん」

「じゃあ、次は髪型を選ぼうか。耀ちゃんクローゼットの方を向いて?」

「はーい」


 クローゼットに吊るされる服は簡素ながらいくつかの種類があります。上はワンピースにYシャツ、タンクトップにブラウス、下はスカートやパンツ等が吊るされていました。


「インナーと髪型は後でも変えられるからね。あとインナーの上に他の装備を着るから、ほとんど誰かに見られる事は無いよ」

「わかったー」


 吊られた服を見渡していた耀世ちゃんが、棚に置かれているウィッグスタンドに気が付きました。


「これ、なーに?」

「持ってみて、髪型を変えられるよ」


 ウィッグスタンドを手に取ると、現在の耀世ちゃんの髪型のウィッグが現れます。

 耀世ちゃんは持った感触からスタンドの土台が回ることに気が付きました。これも土台を回すと違うウィッグが現れるようです。

 回す度に現れる数えきれない程のウィッグを見て耀世ちゃんは思いました。


「ねーねは、どんなかみがたにしているの?」

「お姉ちゃん?お姉ちゃんはね。長い髪をあみあみにしているよ」

「あみあみ!」

「そう、あみあみ。あ、ちょうどこれだね」


 背中の中央まである髪をサイドで緩く編み込みハーフアップにした髪型でした。


「これにする!ねーねーとおそろいにする」

「おそろいにしたいの?じゃあいっそのこと髪の色と目の色も同じにしてみようか」

「うん!」


 耀世ちゃんのおねだりに音結さんは満更でも無さそうでした。


「そのウィッグを持ち上げてくれる?そうそう、そうすると色彩表が出てくるから。髪の色は上から三番目で左から五番目の色を押して……。耀ちゃん左はどっちかわかる?」


 ウィッグを持ち上げると横に色彩パターンを現す表が出現しました。

 音結さんはその表の中で、自分が使っている色の指定をします。


「わかる!ぼくがおはしもつほう」


 耀世ちゃんが指定された色を正しく押すと、手に持ったウィッグが蜂蜜色に変化していきます。


「よくわかったね。えらいね。」


 思わぬことで誉められた耀世ちゃんは嬉しそうで、ハニカミながらも得意げにしていました。


「髪はこれでいいね。次は目だね。ドレッサーの引き出しを開けてくれる?それで……目の色は下から三番目で左から四番目の奴かな」

「わかった」


 ウィッグスタンドを棚に戻すと耀世ちゃんはドレッサーの前に戻り、言われた通りの色を押しました。それはとても綺麗な翡翠色でした。


 普段より少し長めの髪に薄くメイクをして。

 髪色と顔立ちが全く別の物になったのにこれが自分の体になるとは。耀世ちゃんはとても不思議でした。これからこの体で行く場所には一体どんな出来事があるのだろうと、少しの期待に胸が膨らんできます。


「耀ちゃん。あと変えたいところはない?インナーと髪以外は後で変えられないから。何か気になるところがあれば変えておいた方が良いよ」

「ううん。大丈夫」


 キャメイクを終了させる前に音結さんが最後の確認をしました。

 ゲーム内通貨で変更できる部分以外を変更する場合は有料になってしまいます。キャラメイクを種族から全てやり直す場合と、目の色だけ変えたいという場合も同じ金額がかかる仕様となってしまうのです。

 音結さんは耀世ちゃんがそんなに色々な所にお金をかけられないだろうと考え、心配していました。だからこの言葉となったのです。


 ですがすでに耀世ちゃんはこの体が気に入っていました。その顔には高揚した気分がありありと浮かんでいます。


「よし、それじゃあキャラメイクを終わりにしよう。耀ちゃん前に進んでみて」

「うん」


 耀世ちゃんは小さな足で一歩を踏み出します。ゴンドラの上を進む毎に周囲の状況は変わっていきます。役目を終えたドレッサーとクローゼットが崩れ落ち、朽ちるように水の中へ沈んでいきました。音も無く消え去ったそれらを後ろに残し、耀世ちゃんは新しい体と相対……するはずだったのですが。


「ねーね。まえにすすめないよ?」

「え?!」


 前に進もうとする耀世ちゃんは、その場で足踏みをしていました。

 音結さんの口から本日二度目の困惑の声が上がります。


「なんで?まだ何か設定してない所がある?ええ?どこだろ?」


 どこを設定していないのか考える音結さんと首をかしげる耀世ちゃん。その二人の視界にエラーメッセージが表示されました。

 そこには【なまえ を にゅうりょく してください】と書かれています。


「あー、そっか。名前きめてなかったね。耀ちゃん何にしようか?」

「おなまえ、かんがえるの?」

「そうだよ。本名でゲームはしない方がいいからね」


 耀世ちゃんもいきなり名前を思いつけと言われ困り果ててしまいました。


「むずかしい」

「そうだよねえ。お姉ちゃんが考えてもいい?」

「うん」

「耀ちゃんの名前の読みを変えて、キセってするのはどうかな?」

「いいよ!」


 特に深く考えることもなく耀世ちゃんは了承しました。


「これからゲームの中ではキーちゃんって呼ぶね?」

「わかった!」

「今度こそ行けるはず、進めるかな?」

「あ!進める!」


 今度こそ耀世ちゃんの足が前に進みます。耀世ちゃんの体とキセの体が触れ合えるほど近づいた時、キセの体が光の粒となって周囲へ弾けました。その瞬間耀世ちゃんの姿がキセの姿へと変化したのです。


「きえちゃった」

「大丈夫。耀ちゃんの体はもう変わってるよ。ほらほら、ゲームが始まるよ」


 いつの間にか耀世ちゃん、いやキセの乗るゴンドラの周りに沢山のゴンドラが現れていました。種族や顔立ち、何もかもが違う人々が乗り込むゴンドラは、皆一様に船首に吊り下げられたカンテラの明かりに先導されています。

 カンテラの光が一際強くなります。

 その光はゴンドラに立つキセを飲み込むほど大きくなりました。


 光に包まれたキセは、その中で知らない光景を目撃します。


 透明な丸い壁の中に閉じ込められた街が水の中に沈んで行きました。

 巨大な機械で出来た竜が火を噴き落ちて行きました。

 大地に突き刺さった金属製の樹の上で生活する人々がいます。

 森や洞窟、火山や水中で現実では見た事の無い不思議な生き物たちが動きまわっていました。

 それらの光景が目まぐるしくも流れて行き、全てが終わると。


 キセちゃんは惑星イルノーグに降り立っていました。








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