tale1.耀ちゃんゲームに誘われる
2023/4/7『ミニトマトはイイ。でもナスとピーマンはダメだ』投稿
2023.4.29『ミニトマトはイイ。でもナスとピーマンはダメだ』削除
『耀ちゃんゲームに誘われる』投稿
文章と作風を変更しました
夏休みのある日、塚井さんのお家の耀世ちゃんは、お向かいの家に預けられていました。というのも、耀世ちゃんの両親が二人そろって仕事に出なければならなくなったからです。
普段ならばどちらかが自宅にいますが、今日に限って二人とも出社する事になってしまったのです。まだ小さい耀世ちゃんを一人で留守番させるには不安があります。
いかんともしがたい状況になった二人は、申し訳なく思いつつ徳根さんのお家に耀世ちゃんを預かってもらえないかと相談しました。
塚井さんのお家と近所仲の良かった徳根さんのお家の住人は、二つ返事で耀世ちゃんを預かることに決めました。
そして夏休みで暇を持て余していた、徳根さんのお家のおねえちゃんの音結さんが、面倒を見ています。彼女は耀世ちゃんが生まれた頃からの付き合いで、実の妹のように可愛がってくれている人です。
ずっと仲良くしてもらっていました。
白で統一された家具が揃えられた部屋の床には、とても大きなペンギンのヌイグルミと猫の玩具が一緒になって転がっています。
ベッドと机、クローゼットの他には、壁際に並べられたショーケースが置かれ、中にはロボットや銃の模型が飾られていました。
そんな音結さんの自室で耀世ちゃんはベッドの上に座り、徳根さんのお家の飼い猫と戯れていました。ほんのちょっと前まで、猫じゃらしを持って猫達と大運動会を開催していました。それはもう一緒になって元気に跳ね回っては、玩具と猫パンチをビシビシと叩きつけ合っていました。
元気一杯の耀世ちゃんは今年小学校へ進学した女の子です。
セミロングの黒髪は、前髪に眉がかかるくらいで揃えています。眉は薄く、大きな猫のような目は丸く愛嬌があります。顎が細いですが、頬は子供らしく健康的な丸みを持っていました。
夏なので薄着になって動きやすい服装をしています。さっきまで猫達と暴れていたからか少し息が切れ、汗をかいていました。その顔はとても満足そうです。
部屋の中ではさっきまで暴れまわっていた五匹の猫が寛いでいて、その内の一匹が耀世ちゃんの前に寝転がりお腹を見せています。耀世ちゃんが猫のお腹をモッフモフと撫でていると、ベッド脇の音結さんから声がかかりました。
声をかけて来た音結さんは、ゲーミングチェアのローラーをからからと鳴らしながらベッド際へ近寄ってきました。
年頃は高校生位で背は少し高いです。
腰まである亜麻色の髪を頭の後ろでの後ろでまとめています。整った顔立ちに、細い眉の優しげな顔をしていました。どこで買ったのか、胸元にでかでかと猫一筋と書かれたTシャツと、ゆったりとしたカーゴパンツを身に着けていました。
「耀ちゃん。ちょっとこの動画の共有をするから見てくれる?」
その言葉の直ぐ後に右手首に巻くスマートバングルから通知音が鳴ります。
耀世ちゃんは視界に仮想ディスプレイを表示させました。半透明のウィンドウの端に【ねーねから えいぞう の きょうゆう ねがい が きています】と表示されています。
このバングルは一昔前のPCやスマートフォンの機能を小型化し、腕輪型のデバイスにしたものです。通話、通信、動画視聴、アプリの起動・操作と一通りの機能を据え置きで搭載しています。
脳とデバイス間で直接情報のやり取りをする為に、モニターやスピーカー等の出力装置、もしくはキーボードやマウス等の入力装置を必要としなくなりました。
またフルダイブ技術の一部を使用しているAugmented Reality(拡張現実)デバイスでもあります。
五感のフィードバック機能を持っていて、いつでも視界に映像を出したり、再現した花のにおいを嗅いだり、触った感触を知る事が出来ます。現実の感覚に電子情報を重ねるように再現しているのです。
フルダイブとの違いはアバターからの情報を脳へ送るか、デバイス内の電子情報を脳へ送るかの違いです。情報を送られた脳は現実には存在しないものを実在しているように見せています。
このデバイスの操作は至ってシンプルで、頭の中でイメージするだけで良いのです。
また思考での操作が必要な事から脳波の受信機能も持っています。そのため着用者の身体情報と五感で感じた情報を記録することも可能なのです。
言われるまま、音結さんから送られて来た映像を共有しますと
『Adapted World History 6 Online』 Ver2.3 PVと表示されました。
「このゲームね、最近になって耀ちゃん位の年の子でも出来るようにアップデートがされたの。お姉ちゃんね、ずっと前から耀ちゃんと一緒にプレイしたかったの。良かったら一緒にやらない?」
耀世ちゃんは何年か前から、音結さんがそのゲームをプレイしていたのは知っていました。ただプレイするのは15歳以上が推奨されるゲームだとのことで、見せて貰う事はありませんでした。
いままでがそうだったので、耀世ちゃんは自分が見てもいいのか疑問に思いました。そんなことを考えている間にも動画は進んでいいます。
音結さんは動画に合わせて、耀世ちゃんにもわかるように優しく説明を始めました。
音結さん曰く、今回の作品は幻想と魔法の世界だそうです。
耀ちゃんの好きな妖精や空想生物が世界で暮らしているよ。
耀ちゃんにファンタジー系の可愛い服を着せたいなあ。
耀ちゃんが耀世ちゃんの好きな動物をお友達にできるよ。
耀世ちゃんと動物の触れ合う癒し空間を見たいよ。
この全年齢版があるから耀世ちゃんもプレイ出来るよ。
音結さんはにこにこ笑顔で捲し立てました。耀世ちゃんが気に入りそうなゲームを一緒にプレイしたいのでしょう。一部欲望が口から漏れてはいましたが、端的にまとめるとそういうお話でした。
虫の羽を背に持つ小人、角や羽の生えた馬、額に宝石がはまっている不思議な小動物。他にも大きな鳥、猫、犬なども動画に登場していました。
「おー。ようせいさんもどうぶつさんもいっぱい」
確かに耀世ちゃんが好きになりそうなゲームでした。一緒にやりたいと言ってくれるなら、やってみたいとは思います。
しかし耀世ちゃんがゲームをプレイするには幾つかの問題があったのです。
「やってみたいけど。でもぼく。ねーねみたいにゲームできるきかいもってないよ。それにゲームもかえない」
少し困った様な、悲しい様なそんな表情で告げました。
小さい耀世ちゃんにはゲームを買える程のお金を持ち合わせていなかったのです。両親を伴わず、自分だけでお金を持って買い物に行くといった経験すらありません。ましてや、おこずかいをもらうといった年齢にすらなっていませんでした。
音結さんはその顔を優しく見返し、首を上下に振り何度か頷きました。そして抱きしめて、耀世ちゃんの息をたまに吸えなくさせる胸を張って言いいます。
「その辺は先に解決してあるよ。クロスラインなら、耀ちゃんの家でなら、おじさんが持っている奴を使わせて貰える様にお願いしてあるし、ゲームは体験版をまずはやってみよう。面白ければ買えばいいし。もしダメだったら、そこでやめればいいしね。おばさんも耀ちゃんが欲しければ買ってもいいよって言ってた」
「おおー」
音結さんはすでに耀世ちゃんの両親に話を通していました。
その特に隠してもいない欲望に忠実な彼女は、最短のルートを辿り目的を達成する寸前まで来ています。
耀世ちゃんは先程の自分が上げた問題が、すでに解決していたことに賞賛の声を上げ、パチパチと叩きましいた。
「というわけで耀ちゃん早速だけどAWHをやろうか」
「やるー!」
耀世ちゃんはやる気一杯の大きな声で答えます
「よし、じゃあこれ付けようか。頭に着けてね。つけ方わかる?」
音結さんはクロスラインを耀世ちゃんへ見せます。
壁を突き破る槍のロゴが入ったデバイスは、シンプルなサークレットの形をしていました。
「わかる!これおとうさんの?」
「ううん、これは清斗の持ち物。おじさんのを使うのは、耀ちゃんの家で使う時にしてね」
「にいにの?うんわかった」
さすがに音結さんも耀世ちゃんが本当にゲームをプレイするか確信が取れなかった為、クロスラインを耀世ちゃんの父から借りる事はありませんでした。その代わりとして弟の持ち物を借りていいました。
音結さんは耀世ちゃんがクロスラインをしっかりと装着できたのを確認すると、ベッドの上から自分の膝の上に耀世ちゃんを移し、後ろから抱えるように抱きしめて言いました。
「お姉ちゃんに耀ちゃんの視覚と音を共有する様に設定するね。あとお互いに声が届くようにも」
「ねーねはゲームしないの?」
「耀ちゃんはゲーム初めてだからいろいろと分からないでしょ。分からない所は教えて上げる」
「わかったー」
そんなこんなで耀世ちゃんは生まれて初めてのVRゲームをプレイする事になったのです。
クロスラインとスマートバンクルが着用者を通して同期を始めます。耀世ちゃんの視界の端に【くろすらいん きどう じゅんびちゅう】のアイコンが表示されました。
音結さんはゲーミングチェアの1メートルほど先に仮想ディスプレイを出現させ、そこに共有した耀世ちゃんの視界を表示しました。これで視界を共有した音結さんにもその光景が伝わります。
耀世ちゃんの視界を見た音結さんは、小さな声で『そっかまだ平仮名じゃないと読めないんだね』と言っていました。
「耀ちゃん。クロスラインを起動させてください」
「はーい!」
耀世ちゃんは思考でクロスラインに起動するよう指示を出しました。
何かが頭を通って抜けていく感覚があります。今まで味わった事の無い不快ではありませんが不思議な感覚に、思わず目をつぶってしまいました。
その感覚が過ぎ去ると、耀世ちゃんは現実の体の他にもう一つの体があることに気が付きます。
次第に自分の主体が仮想空間の方へ移って行き、最後には完全に体の主導権が入れ変わっていました。
仮想政界の体には何処かの地面に座り込んで手をついている感覚があります。体が存在する感覚はありますが、何も見ることは出来ませんでした。
なぜ見えないのか、疑問が口からスルリとこぼれます。
「ねーね。なにもみえないよ?」
戸惑いを感じ、耀世ちゃんは仮想の体で左右に首を傾げます。
音結さんもこの状況に疑問を持ちました。普通であればAWSのログイン画面が見えるはずです。しかし表示させている仮想ディスプレイには真っ黒な闇しか映っていませんでした。
音結さんはしばらく疑問を込めた高い唸り声をあげていましたが、偶々傾けられた耀世ちゃんの顔が目に移り正解にたどり着きました。膝の上で目を閉じている耀世ちゃんへ声をかけます。
「目をつぶってるね、開けてみてよ。耀ちゃん」
先ほど目をつぶって開き忘れていたうっかり耀世ちゃんは、その言葉に従い目を開いてみました。
目の前に音結さんの自室とは全く別の光景が広がっています。
耀世ちゃんは立ち上がると周囲を見渡しました。足元には濃い靄がどこまでも漂い、膝までの高さを覆い隠しています。頭上には満天の星空のように小さな光が瞬き、目の前には緻密で幾何学的な模様を装飾された巨大な両開きの扉がありました。
金属製の扉の上には大きな惑星模型が浮かび、扉から模型へ向かって紐状の何かが伸びていました。波打つようにウニウニと揺れる紐の中を、時折光が流れていきます。
扉本体には大きくⅥと書かれ、その前に斜めに切られた円柱の台座が設置されています。
「おー。おっきいね!」
「見えた?」
「みえた!すごい!」
「よしよし。それじゃあ、扉の前の台座に近づいてみて」
「うん」
その指示に従い耀世ちゃんは台座へ近づきます。
耀世ちゃんがちょこちょこと歩く度に靄がかき混ぜられますが、一向に上へ昇ることも拡散ることもありませんでした。
まるで靄の形をした水をかき分けて進むようでした。
台座の前にたどり着くと、それと同時に台座が下へ沈み込み始めます。
それまではずっと上――耀世ちゃんの頭よりも――に在った、斜めの切り口が、耀世ちゃんにも見える位置まで降りて来ました。
切り口の中には手の形でくり貫かれた窪みと、幾つかの文章が書かれていました。
【ちゅうい ぜんねんれい たいおう です】
【こじん にんしょう あどれす ********** 】
【☑こじん にんしょう あどれす を じどう で ほぞん する】
【ぱすわーど *********************** 】
【☑ぱすわーど を ほぞん する】
【☐じどう で ろぐいん する】
耀世ちゃんは思いました。
配信動画を見せて貰う前に、お母さんが何か入力してる時の画面だ……と。
いつもお母さんが耀ちゃんの代わりに入力していたやつです。
ついに自分もやる時が来たのだ!
耀世ちゃんはやる気に満ち溢れました。
ほんの少しの事ですが、自分も成長した気分です。
「アカウントはおばさんが作ってくれてあるから。後はその手形に触ればログイン出来るよ、さあさ、ぽんっと触って扉の中に入ろうか」
「うん!」
元気よく掲げられた小さな手が窪みへポスンと嵌めこまれると、扉がギリギリときしむ音を鳴らしながらゆっくりと開いていきます。
その隙間へ足元の靄が飲み込まれるように流れていきました。さして時間もかからず扉は完全に開き、その内側から淡い光を放っています。
耀世ちゃんは自分が出来る事が増えて、お姉さんになったのだと胸を張って光の中へ歩き出しました。
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Cross Line
仮想空間内での物理演算と五感の再現をする装置であり、現実への五感の投影は身に着けているバングルが行う。
仮想空間内のデータは一旦バングルに集積し記録される。
よってバングルにデータが保存されていれば、クロスラインが別個体でも問題はない。
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