プロローグ
2023.4.8 『いつかどこかのこはんにて』投稿
2023.4.29 『いつかどこかのこはんにて』削除
『プロローグ』投稿
文章と作風を変更しました
海の見える丘の上に住宅街がありました。
立ち並ぶのは一つとして同じ形のない家々です。持ち主の個性が良く表れる外観は、千差万別で彩りに溢れています。そんな個性豊かな町に混じって、その家は建っていました。
白い外壁にデコレーションされた丸い窓。青い三角屋根にも小窓が付いています。外装や屋根・窓枠に至るまで、全体的に丸みを帯びた装飾が施された家は、どこか可愛らしい印象を受けます。
家と庭を囲む金属製の塀の高さは腰まであり、ここも凝った装飾が施されていました。まるで生きているような動物の形をした装飾は、柵の中で実際に動き回り自由気ままに暮らしていました。
庭の一角には洗濯台や井戸にガーデンテーブルとベンチが置かれ、周りの畑には野菜や観賞用の花が植えられていました。
そんな庭に小さい体でちょこちょこと歩き回る子供がいました。お日様がぽっかぽかとお庭を照らしています。子供の後ろには五個の砂時計が浮かび、カルガモの親子みたいに連なっていました。
女の子の名前はキセちゃんと言います。
「キーちゃーん。どこー?」
「こーこー!」
家の中から自らを呼ぶ声が聞こえて、キセちゃんは大きな声で返事をしました。彼女はちょうど畑に水を上げていたところで、手にはタヌキの形をした(手に持った太鼓のバチから水が出てくる)じょうろが抱えられています。
「ああ、いたいた」
声が届いたのか家の中から一匹の猫が現れました。二本足で歩くその姿はまるで人間の様です。キセちゃんと友達のケットシーのシェノでした。ケットシーとは二足歩行をする猫の妖精です。双子の姉妹でキーアという名前の妹がいるのです。
「どうしたの?」
キセちゃんは、何かあったかなと首を傾げて尋ねました
「そろそろ、待ち合わせの時間じゃない?」
どうやら待ち合わせに遅れないよう、時間を教えに来てくれたようです。慌ててポケットから懐中時計を取り出して見ると、もうそろそろ家を出ないといけない時間でした。
「ほんとだ、もういかなくちゃ」
今日はお友達との約束があるのです。
大急ぎで、じょうろを用具置き場へ持って行きます。じょうろはクワやシャベルにバケツ等、庭仕事に必要な道具たちに交じって用具棚へ納められました。
「片づけは終わった?」
「うん。ちゃんとしまったよ!」
元の場所で待っていたシェノが尋ねてきます。キセちゃんはその問いかけに胸を張って返事をしました。
シェノは『よくできました』と言うと、手を差し出しました。キセちゃんはその手を取り、二人は手を繋いで玄関へ向かいます。
花壇の前を通ると、色鮮やかな大輪の花が咲いています。その花の上には精霊達が思い思いにくつろいでいます。使った肥料の属性によって色を変える特別な花は、赤や青、黄色その他にも多くの色の花を咲かせ、小精霊たちを楽しませています。
彼ら、もしくは彼女たちはキセちゃんへ向け親しげに手を振ります。キセちゃんも笑顔で手を振り返しました。
小精霊の好きな食べ物は花の蜜です。その花を多く植え育ててくれるキセちゃんに対し、この子達はとても良い感情を持っていました。
角を曲がり玄関に着くと、そこにはすでに全員がそろっていました。
「おー。来たかー?」
初めに声をかけてきたのは、調子者で明るいアーヴァンクのサーポでした。アーヴァンクとはビーバーの姿をした妖精です。
「今日ってどこ行く予定だっけ?」
「オームオロの近くの森」
「あー。あの森か」
行き先を確かめていたのは悪戯好きのプーカのミグレと、すぐ寝てしまうけど冷静沈着なオーレ・ルゲイエのプロテです。
プーカとはとても悪戯好きで人を良くからかう妖精です。変身術が得意で色々な姿に変身できるのです。ミグレは馬の姿でいるのを好んでいます。
オーレ・ルゲイエは眠りの妖精で夢を操る力を持ちます。本当は人と同じ姿らしいのですが、プロテは何故か梟の姿になっています。それがなぜなのかは彼にもわからないそうです。
そして最後にこちらへ手を振るシェノの妹でケットシーのキーアです。
みんなキセちゃんの友達です。
「キーちゃんを連れて来たよー」
「またせて、ごめんね!」
大きな声と共にキセちゃんがぴょこんと頭を下げました。他の面々は気にするなと手を振ります。
シェノとキーアに手伝ってもらいミグレの背に乗ります。みんなと歩幅の違うキセちゃんはどうしても遅れてしまうので、長距離を移送する時はその背中で揺られて行くのです。鞍に跨った所で声をかけられました。
「今日は何を見に行く?」
サーポが予定を聞いてきます。
「ん-とね。なんかきれいなとりさんがいるんだって。それをみにいこうってさそわれたの」
同年代の友人からの誘いなのです。彼女たちもまだ見たことは無いらしいです。
「おーそうかそうか。うまく見つかるといいな」
「うん!」
サーポの言葉にキセちゃんはにこにこ笑顔で返事をします。ご機嫌なその様子に周りの顔も自然と笑顔になります。
「準備できたし、待ち合わせの町へ行こうか。キィちゃんお願いね」
「わかった」
キーアはそう言いながらキセちゃんの背中を優しく撫でます。
言葉を受けたキセちゃんは斜めがけにした大きなカバンから門のミニチュアを取り出しました。両開きの門をミニチュアにしたものです。
「せつぞく、えっと……。ウイギス?」
「そう、ウイギスの町だよ。」
キセちゃんは門のミニチュアを掲げ起動コマンドを唱えましたが、行き先に自信が無さそうです。コマンドワードの途中で首をかしげてしまいました。横に居たシェノが肯定してくれると、照れくさそうに笑っていました。
コマンドが問題なく実行され、一行の前にミニチュアを大きくした門が現れました。門の表面には光る文字で【せつぞく じゅんびちゅう】と書かれています。その場で数秒待つと、文字が【せつぞく かんりょう】に変わりました。
文字が消えると門が開き、向こう側にウイギスの街並みが見えてきました。転移の準備が完了した証です。
「おさんぽ。しゅっぱーつ」
「「「「おー!」」」」
キセちゃんは手を振り上げ、掛け声を上げました。それに合わせ周りの者たちも合いの手を入れます。
皆で一緒に門をくぐり、ウイギスの街へ向かいます。
この前は、吹雪に包まれた山を駆け回る燃える馬を見に行きました。
その前は、深く大きく裂けた谷底から天へ落ちる滝を見に行いきました。
もっと前は、空に浮かんだ美しい宝石の島を見に行いきました。
門を潜る瞬間に今日はどんな光景が見れるのかなと、キセちゃんの胸は期待に膨らみました。
ここはVEMMORPG『Adapted World History 6 Online』の中の世界。
これはキセちゃんが言葉を話す不思議な仲間と一緒にこの世界をめぐるお話。お散歩してたら妖精に悪戯されて迷子になったり、妖精砦を攻略したり、仲良くなったりする、そんなお話。