捌
統治地区は大きく4つに分けられており、それぞれに数付が配置されている。東区は陸組、西区は漆組、南区は捌組、北区は玖組と言った具合に。ここで疑問を持つ人はいるだろう。残りは何をしているのかと。
統治地区は4つに分けられるとは言ったが、これは厳密にいえば正しくない。この4つの地区のど真ん中に巨大な建物が乱立した場所が存在する。そこが中央区だ。
ユウナギ社やイブキ社などの神武認定の大企業や数付のオフィスがある建物で構成されたこの地区は、一般人は立ち入りすら許されない。
言ってしまえば、この中央区は神武の心臓部であり、それ故に最高戦力がここに集結されているのだ。
統治地区ならどこからでも見えるほど、中央区の建物は大きく、そこに就職することは一般人にとって一つの憧れでもある。給料はとんでもなく高いし、上級地区の居住権が無条件で手に入る。
中級地区が安全ではないわけではないが、それでも時折大きな事件が起きるのがこの世界だ。絶対的安全というのは、とても価値があることなのだ。
そんな誰もが憧れる中央区に、低級地区住みの俺が足を踏み入れば、場違い感に悩まされる。
そして、その場違い感は会議室に入れば、ますます感じさせられる。中級地区までしか足を踏み入れたことがなかった身としては、この机や椅子がいくらするのかもわからないが、俺が到底払えっこないことだけはわかる。
「皆、この会議に参加してくれたことに感謝する」
そう告げたのは、俺の席から遠くにいる女性だった。
肩まで伸ばした黒い髪は艶やかで、そして烈火の如く真っ赤な瞳を携えていた。また、身につけるスーツは遠くからでもわかるほど、上等そうなもので、黒を基調とし右肩には赤い花模様がつけられている。
この女性こそ、現数付のトップである壱組組長ー千賀火凛である。
四季戦争において苦戦を強いられていた中、相手の主戦力であった札付達を悉く討ち取ったのがこの人だ。
札付と言うのは、神武が指定した脅威になり得る存在であり、基本的には交渉を進めて戦闘を避けるようにしている。
そんな相手を討ち取ったと言うのだからとんでもない人物であり、最早伝説級の存在だ。その戦果で、若くして壱組組長の座に君臨し、数付を統治している。
と、知った風な口を叩いているが全て和田さんから教えてもらったものだ。俺らのような下っ端だと、存在そのものが伝説であって、勝手にとんでもない怪物を想像していたものだから、初めて姿を見た瞬間は驚いたものだ。まさか、こんなに綺麗な人とは。
「今回は全員参加のようだな」
と、真っ赤な瞳とは裏腹に怜悧な視線をこちらに向けてきた。
「ええ、言われた通りに」
和田さんは意に介した様子もなく答えた。
「ふん、たかが従参組など気にする必要もない」
不遜な口調で告げるのが、壱組副長の石川紫電だ。
短く切り揃えられた銀髪に、碧眼、そしてきちっと着こなしている組長とは対象にネクタイもつけずに胸元を大胆に開けている。座っていてもわかるほどの長身かつ、筋肉質な偉丈夫だ。
「口には気をつけろ、紫電。彼らも数付なのだ。会議に参加する義務がある上に、今回は彼らが中心の議題なのだから」
「ふん」
組長に対しても不遜な態度を崩すことはない。どうやら副長と組長仲はよろしくないようで、この紫電という人が組長の座を狙い続けているらしい。
「話を戻そう。今回の件についてだが、西区の事件を知っているか」
「ええ、どうも四季党が一枚噛んでいるとか」
参組組長が口を開いた。参組に関しては、あまりいい話を聞かない。どうも組員にイカれた奴らが多いらしく、一緒に戦いたくないともっぱらの評判だ。そんな印象で来たものだから、こんなに優しそうな人で面食らった。
「まあ、色々な憶測が飛んでいるが、確信めいたものはない」
「低級地区とはいえ、非統治地区の奴らに荒らされるのは些か問題ですね」
「ああ、早急に解決したい問題だが……」
「何か問題でも?」
「札付の方も手を離せない状況だ」
「あんな奴ら、俺が相手してやれば済む話だ」
「紫電、四季戦争のことを忘れたか? 下手に刺激すれば同じ轍を踏む羽目になる」
「ふん、ならもう一度叩き潰すまでだ」
「口では容易いが、実際は同じようにいくかはわからない」
「相手が四季党に味方していない以上、こちらからも手を出しにくいですからね」
「そうだ。それに無闇に血を流す時代は終わったのだ」
「それでどうするのですか? 西区の事件ですから、漆組に任せるのも一手だとは思いますが」
「四季党の姿があるから、漆組に一任するのら酷だろう。そこでだ」
不意に、俺たちの方に目を向けた。それに倣うように他の人らも目を向ける。
「今回の調査を彼らに任せたいと思う」
「彼らって……、二桁に?」
「何か問題はあるか? 折角人手を増やしたというのに仕事を与えなければ意味がないだろう」
「この人員はあくまで数合わせ的なもので……。このような調査には不適切かと」
事実であれ、ここまで言われると少し頭に来る。異議を唱えたところで何か変わるわけでもないが。
「不適切かどうかは、現状ではまだわからないと思うが。それを見極めるという意味でも任せるのだ」
「はあ、そうですか……」
意外にも参組組長はあっさりと引いた。石川紫電はというと興味なさげに大きく欠伸をしている。
「任せられるか?」
真っ赤な瞳を向け、火凛さんは問うた。それに対して、和田さんは答えようとすると、
「ええ、我々にお任せください」
それを遮るように、中年の男性が答えた。
その男は得意げに和田さんの方を見たが、当の和田さんは少し目を細めただけだ。
武田克樹──従組組長である彼だが、俺らがしょっぱい仕事しか来ない原因でもある。
一番後にできた組であるのも理由にあるが、この二桁の組織の仕組みには欠陥がある。それは、二桁の仕事の全ての窓口が従組にあるという点だ。
従組は東区、従壱組は西区、従弐組は南区、従参組は北区と、わざわざ別々の場所に拠点を構えているのに、なぜか従壱が一旦全ての仕事を受け持ち、それぞれの組に分配しているのだ。
このおかげで、対したことのない仕事ばかりが舞い込んできて、従参組の評価が上がらず、安い給料になっているわけだ。それに対して、従組は自分たちの評判の上がる仕事ばかりを選別したり、他の組から賄賂を受け取ることで仕事を工面し、私腹を肥やしている。
「従組が見事に成果を上げて見せましょう」
意気揚々と語るが、和田さんは鼻を鳴らすだけだった。
「そして、もう一つ伝えることがある。これは早めに手をつけるべきだったが……」
「なんでしょう?」
「今まで、二桁の仕事は従組に任せっきりだった。大きな仕事をしてもらうわけだ。このままでは荷は重いだろう」
「は、はあ……?」
思わぬ展開に武田は少し動揺しているようだ。それに対して和田さんは少しほくそ笑んだ。
「これからは、従組は陸組、従壱組は漆組、従弐組は捌組、従参組は玖組が指示を出す。並行して行うように」
「で、ですが……」
「問題はないな、紫電」
「二桁なんぞ、勝手にしろ」
「参組も異議はありません」
他の組も異議を唱えなかった。残るは従組だけだ。当然だが、彼が何を言おうが、覆ることはないだろう。むしろ、下手に口を出せば、どうなるかわかったものではない。
「君はどうだ?」
「え、え、それは……」
「何か問題があるなら、言ってくれ」
「……ありません」
そのことは、武田も重々承知だったのだろう。噛み締めるように答えた。
「それなら、今回の会議もここまでだ。皆、ご苦労」
俺の初めての会議は、何もすることなくただひたすら眺めるだけで終わりを告げた。
────
「フフフ……、ザマァねぇな、あのおっさん」
帰路の途中、和田さんは珍しく上機嫌に告げた。
「今日の会議内容は、結局事件の調査と組織体系の変更でしたね」
「ああ、おかげで俺らも伸び伸びと仕事ができるわけだ」
「どうして、ここまで遅くなったんですかね? どう考えても今までの形態はおかしかったと思うんですが」
「誰も興味ないんだよ。見ただろ? 他の組の奴らを。心底どうでもいいっていう感じだ」
「興味がない……」
「そうがっかりするな。森さんみたいに気にかけてくれている人もいる。今回も森さんが火凛に提言したおかげだ」
壱組組長を呼び捨てしたことに少し違和感があったが、まあそれだけ興奮しているのだろう。
「少し問題を挙げるなら、これからは森さんを頼りづらくなった点だが」
「そうなんですか?」
「今回の会議で、俺らは正式に玖組の下についたわけだ。これからは玖組の監視がつく。下手なことをすれば、森さん共々疑われかねない」
「それは大丈夫なんですかね?」
「今までのことに比べれば、小さな問題だ。兎に角、仕事を武田の野郎に取られなくなったんだ。忙しくなるぞ」
「……ほどほどに頑張ります」
それは困るぞ副長、と柄にもなく笑いながら和田さんは告げた。それだけ今回の件は大きなことだったのだろう。
「今日は気分がいい、飲みに行くぞ」
「え、忙しくなるって言いましたよね」
「英気を養うのも大事だ。俺が奢ってやると、杉山にも伝えておけ」
普段とは違う和田さんのテンションに少し、困惑しつつも悟に連絡するのだった。