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牙達  作者: 七味酒
第壱章 種蒔
7/14

「ふむ、これは……」


 小さな小屋の部屋にて、和田さんは呟いた。壁には血糊がべっとりついている。


「おいおい、そんなに遺体をいじるな」


 そう咎めたのは、漆組の長である森さんだ。

 そんな注意を他所に和田さんは、ずっと遺体の状態を探っている。悟のように能天気なのもおかしいとは思うが、逆に和田さんぐらいいつもと変わらない様子で、凄惨な遺体をいじっている姿もおかしい。


「いくら俺とはいえ、この状況を他の奴らに見られたらまずいんだからな、颯斗」

「ええ、重々承知してます」


 丁寧な言葉遣いとは裏腹に、その手を止める素振りはない。


「どうやら、前回の事件とは勝手が違うみたいですね」

「ほお、その理由は?」

「まず、一目見て思ったのが、えらく綺麗に四肢を落としたな、と言うことです」


 和田さんの指摘通りに、その断面を見ると確かに鋭利な刃物でスパッと切り落としたかのように見える。


「確かにあの事件の遺体は、どれも手際が悪い感じだったな。一部は、切断を断念したような奴もあった」

「それでもって、傷だらけであるが、とどめ自体はスパッと一発で仕留めている。わざわざ、痛めつけてから殺したんでしょう」


 なんだか和田さんが漆組の人のように見えてきた。俺としてはただ凄惨にやられたとしか思えないし、そんな長時間遺体を眺めていられない。


「争った痕跡もなさそうですから、やった人物は殺しには慣れている、ってのはわかりますね」

「流石や颯斗。そこまで推察してもらって悪いが、なんでここに来たのかの説明を早くしてもらえるか?」


 流石に痺れを切らし始めたようで、森さんの背中からとんでもない威圧感を感じる。恰幅の良い体格で、あんなに鋭い眼光を突きつけられたらこちらとしては震え上がらずにはいられない。


「ああ、説明していなかったですね」


 対して和田さんはどこ吹く風。普段と変わらない様子で応対する。


「元々、この人に俺たちは用事があったんですよ」


 と、我々が今まで調査してきたことと、特にここの改造屋が怪しいと目付けをしていて、明日には訪れる予定だと言うことを和田さんは告げた。


「そうだったか。だとしても、もう少し周りの目を気にしてくれや」

「それは申し訳ないです。ただ、遺体が運ばれる前には来たかったので」


 あの打ち合わせ後、本当にこの現場まで直行したのだ。半ば冗談かと思ったが、あれやこれやとしているうちに到着したわけだ。


「それで、何か有益なものはあったか?」

「うーん、これを見るに多分殺し屋とかの類だとは思うんですが、数が多いんで……」

「まあ、四季党の動きに乗じて、こういう奴らも活発だからな」


 ますます治安が悪くなっていくのか。本当に困った話だ。


「それはそれとして、颯斗。今度の会議の話はちゃんと覚えてるか?」

「ええ、5日後でしたよね」

「それならいいが……、副長をちゃんと連れてこいよ。まだ指名していないのなら、早くしとけ」

「副長ならそこに」


 と、和田さんは指を差した。その先は、他ならぬ俺であった。


「え、ええ、俺ですか?」

「あんたは……、こん前の谷河原とか言ったか」

「はい、谷河原健司ですよ。今度の会議は彼を連れていくんで」


 と、森さんがじろりと俺の顔を見る。ただ見られたはずなのに、なんだか足が重くなった気分だ。

 森さんはそのまま、俺のそばまでやってきてその大きな手で俺の肩に手を置くと、


「ま、こんな奴の下やと苦労が多いかもしれんけど、俺からもよろしく頼む」

「は、はい」


 その声は、その豪快な見た目とは裏腹に柔らかなものだった。そして、耳元まで顔を近づけて、


「あいつはああ見えて、あんまり人を信用しないタチだから、あんたは相当気に入られてるぜ」


 と、小声で耳打ちをした。


「颯斗、もうそろそろ他の組が顔を出すかもしれねぇからその辺にしておけ。詳しい調査結果は後日送っとくから」


 森さんの言葉に、和田さんは素直に従って遺体を後にした。


「そうですね。わざわざすいません」

「まあ、いい。いい結果が出ることを期待してる」


 和田さんが深々と頭を下げるのを見て、俺も続くように頭を下げた。


「じゃ、今度の会議で会おう」

「はい」


 そうして、突然の調査は終わりを告げた。



 ────



「和田さん」

「なんだ?」


 帰路につく際、俺はたまらず和田さんに声をかけた。


「なんだ、今回の調査なら、さっき話したことが全部だ」

「いや、そっちではなくて副長の件についてなんですが……」

「ああ。いつか話そうかと思っていたんだがな」

「いつか……、そんな簡単な話だとは考えれないんですが」

「お前は物事を深刻に捉えすぎだ。たまには、単純に考えろ」


 単純に、とは言うが今回の件は少し訳が違うだろう。今まで責任ある立場になったことがないだけに、不意打ちに副長の話が上げられたら深刻にもなる。


「副長になったとは言っても、結局はちょっとだけ責任が増えるだけだ」

「その責任が不安なんですよ」


 そう気に病むことでもねえよ、と言うが胸中穏やかではない。


「それにお前が悩むべきことは副長のことじゃないだろ?」

「それは、そうですが……」

「他にも怪しいとこの目星はつけてたんだろ? あの店に関しては仕方がないと割り切るしかない」

「結局、現場には行ったものの分からずじまいでしたからね」


 和田さんはあんなに観察はしていたものの、出した結論はわからない、であった。


「まあ、無数にいる殺し屋をあの現場で見つけるのは難しいでしょうね」

「あの手のやり方は、いくらでもいるからな。全く困ったものだ。自分自身も改造しているくせにあんなに呆気なくやられているようじゃ、改造の意味が分からんな」


 そう言いながら、煙草を手に取り火をつけた。俺にも一本差し出して勧めてくれたが、丁重にお断りした。


「お前も自分の身をもう少し案じろよ。これからどんどん危険な仕事が増えるんだからな」

「そうですけど……」

「やっぱり、身体を弄るのは抵抗あるか? それ以外にも方法はいろいろあるだろうから、考えておけよ」


 それもそうだが、結局は経験が少ないと言うのが大きい。戦闘に参加すること自体は少なくないのだが、前線に立つことがほとんどないため、経験値が少ない。


「そう言う和田さんも、改造とかそういった類のものをしているようには見えませんが」

「俺のは秘密だよ、秘密。それに今は従参組に落ちこぼれてはいるが、昔はそれなりにやっていた」

「そうですか」


 そういえば、従参組の前の和田さんのことは何も知らない。ずっと従参組にいたものだと思っていた。


「ただ少しやらかして、現状になっているだけだ」

「何をしたんですか?」

「おいおい、自分がやらかしたことを嬉々として話す訳がないだろう」

「自分から話しておいてそれはないでしょう」


 そう言っても、和田さんは小さく笑って紫煙を燻らすだけだ。相変わらず底の見えない人だ。


「一つ言えることは、死体位いい加減慣れろ、だけだな」

「はは、頑張ります」

「ここからは飽きるほど見るだろうからな」


 そう無表情に告げた。


「あと、5日後の会議だが、そう身構えなくてもいい」

「無茶な要求ですね」

「お前はぼーっとしとけばいい。どうせ口に挟んだって通ることはまずないからな」

「副長の意味とは?」

「前回はなしで行ったんだが、弐組の奴らに相当怒られてだな。流石に2回目はタダじゃ済まなそうだ」


 時折、見せるこの鋼のメンタルはどこで鍛えているのだろうか。森さんに対する態度もそうだが、本当に昔はそれなりにやっていたのだろうか。


「兎に角、お前は調査を続行して、5日後の会議についてくればいいだけの話だ。今までとなんら変わらない」

「給料まで変わらないとか言いませんよね?」

「さあ?」

「えっ」


 冗談か本気かわからない口調で、返答され思わず立ち止まった。大体の人が責任の増加に対して求めるものは、給料の増加のはずだ。ただで責任なんて背負いたくない。


「うちの財政事情知ってんだろ」

「だとしても……」

「心配するな、副長程度では大して仕事も変わらん」

「こ、困りますよ、和田さん」


 困惑する俺を尻目に、和田さんは歩を進めて行った。


「まあ、頑張れ」


 和田さんの言葉に俺はただ狼狽するしかなかった。


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