表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
牙達  作者: 七味酒
第壱章 種蒔
5/14

 朝の7時だ。

 ほとんど昏睡状態であった俺は、杉山悟からの連絡で目が覚めた。覚めた場所は自宅のデスクだ。

 どうやら、調べ物をしていたらそのまま眠ってしまったらしい。

 和田さんに指示されて、北区の改造屋をとにかく調べていた。こういう個人経営のところはやたらめったら数が多いし、秘密裏にやっているところもある。それにどこも怪しいところが多すぎて目星がつかない。

 そのままの格好で、ふらふらと松葉杖をとって家を出た。

 向かう先は勿論、勤務先……ではなく、その近くの小さな喫茶店である。

 今日はそもそも休みで、出勤する必要はない。それに徹夜のおかげで恐ろしく眠い。普段なら、悟の誘いなんか受けるはずもないのだが……、


「ここはよくある改造屋だが、ここ最近やけに仕入れが増えているらしい。腕が立つわけじゃないが、安いし、場所も人気のつかないところにある。それに非統治地区は目と鼻の先だ」


 早朝のガラガラの喫茶店で、悟が話している。

 俺の方はというと、2時間弱の睡眠時間のおかげで、時折船を漕いでいる。いつもは耳が痛いほどうるさい悟の声が妙に聞き取り辛い。


「もともとそういう噂は多い店だが、ここ最近は特に……っておい、聞いてんのかよ、健司」


 ふと悟が怪訝そうな声を上げた。

 俺は相当に眠いらしい。真面目な話なのに、さっぱりわからない。


「ああ、聞いている。続けてくれ、悟」


 そんなわけではないのだが、無意味に大きな声で応じる。


「なら、いいけどよ。それでだ、ここ最近のあいつが仕入れたものだ」


 と、悟は書類を俺に渡した。


 "生体機械、輸血パック、人工皮、小型神力装置……"


 どれもこれも旧型ではあるものの、低級地区に住んでいる奴なら手を出せない代物ばかりだ。


「この小型神力装置は……」


 一般には広まっていないはずの機器だ。ユウナギ社の作った、人が秘めたる不思議な力を呼び起こす装置らしいのだが、結局数付などは使っていない。なんでもこれを、身体に埋め込んだら数日は確かに肉体能力が大幅に上昇するらしい。最大の欠点である、効果が数日しか持たずその後は急速に衰弱していってほぼ間違えなく死ぬ、という点がダメだったらしい。そりゃそうだ。


「こんなものの存在自体が、一部しか知らないはずだが?」

「だけど、実際にこいつは買っているんだぜ」


 確かに、こんなボロボロな改造屋がいきなり、こんなものを買う時点で相当に怪しい。


「それにしても……」


 ポツリとつぶやいた俺に、悟は顔を向けた。


「お前が調査したのにしては、相当細かくやっているな」


 俺はじろりと目を向けた。


「普段大雑把なお前が、こんな仕入れリストまで調べてくるとは思えないのだが?」

「いや、誰かにやってもらったわけじゃない。和田さんからここは注意しとけと言われたから、重点的に調べただけだ。そしたら、怪しいとこがわんさか出てきてだな」


 そんなことも言っていたような……。大雑把な彼ではあるが、時折こうしていきなり細部まで覚えていて、実行できるから大したものだ。それに調べたのは彼なのも事実だ。


「なら、ここに一度顔を出してやらないとな」


 俺の言葉に悟は大きく頷いた。そして、


「だが、どうする。お前の脚がそのままじゃあ、現場に出るのは無理だぜ」

「……それなりに勤めていたお陰で貯金はある」

「まさか」


 ここまでやってもらって、悟に丸投げはまずい。

 そうなればやることは一つ。高い金だして、すぐに治してもらうだけだ。それにその治療をしてくれる人を俺は知っている。



 ────



「あら、どうしたの?」


 病院に顔を出せば、案に違わず中村はいた。

 ついこの間、退院したばかりなのに、もう一度訪れるのはおかしいと思ったらしく、


「脚の状態が悪いの?」

「いや、そうじゃない」

「??」


 ますます不可解そうな顔をした。


「すぐにでもこの脚を治して欲しい」


 とりあえず、手短にだが事情を話した。


「現場に復帰したいから今すぐ治してほしい、ねぇ」

「ああ。急な用件なのはわかるが、俺としても現場に顔を出せないのは歯痒い」


 今従参組自体が、今回の仕事を意欲的にこなそうと躍起になっている。よくはない現状を打破できるのだから、それはそうだ。


「……安くないのよ?」

「わかっている。だが、すぐにやる必要がある」

「珍しいわね。そこまでやる気があるなんて」

「指を咥えて待っているのが嫌なだけだ」

「わかったわ。北区一の医者に任せなさい」


 そんな異名聞いたことがないのだが、それを口に出して臍を曲げられては困るので押し黙った。


「明日には走り回れるようになるから」


 自信に満ちた顔を見ると、なんとなく安心できる。

 中村は首で行先を指し示し、俺は黙って向かうことにした。



 ────



「どうかしら?」

「お、おお……」


 手術自体は1時間もかからなかった。

 本当にここまで早く、そしてきれいに治るものなのか。

 神武の技術力、否、中村の手腕には脱帽せざるを得ない。痛みもほとんどないし、機能も問題ない。


「本当に治るものなんだな」

「私の腕を疑っていたの?」

「いや、そんなことはないが……。いざ、こうして目の当たりにするとな」

「あんたの傷自体は簡単な手術だったから、特に問題のないと思うわ」


 簡単とは雖も、弾丸は貫通していたおかげで、骨は砕けるわ、筋肉はズタズタになるわでひどい状態だったはずだが。

 最初の処置も中村が完璧にやってくれたおかげで、感染症や後遺症の心配もなかった。


「しっかし、どういう原理なんだ?」

「再生機器があるのよ。うちにあるのは小型のものだけど、大型ともなれば、息さえあれば助かるって言われるくらいにはなんでも治せるわ」


 つくづく技術力の高さには感心する。それを享受することはほとんどないわけだが。


「念の為、今日は休みなさい」

「そうさせてもらおう」

「次の患者がいるから、後で」


 そう言い、中村は立ち上がって部屋を後にした。


 時刻は18時。

 慌てて片付けることもなくなったわけだ。ここのところ、少し根を詰め過ぎていた。たまにはゆっくりもいいだろう。

 そう思っていた矢先、人影が部屋に入ってきた。


「よお、谷河原。体調はどうだ」


 そう言い、仏頂面を見せたのだった。



 ────



「わざわざ治すとはな」


 悟の作り上げた書類を眺めながら、和田さんは言った。自分が作ったわけではないのだが、なんだか緊張する。とりあえず、悟にしか言っていないはずなのに、なぜ和田さんがここにいるのか聞く余裕はない。


「そのままだと1、2ヶ月は現場復帰が難しそうなので」

「珍しくやる気だな」

「……悟に全ての手柄を取られるのが嫌なだけです」

「またそうやって皮肉を吐く。素直に杉山に任せっきりで申し訳ないと言えばいいだろうに」


 うっ、と言葉に詰まる。相変わらず鋭い人だ。


「まあ、杉山の奴はしっかりと調査はしたらしいな」


 書類を眺めながら和田さんは言う。


「杉山からは、和田さんが怪しいと言ってたから調査したと……」

「ああ、そんなことも言った気がするな」

「どうして怪しいって思ったんですか?」

「勘だよ、勘。それなりに長くやってるとそこら辺の嗅覚が鋭くなるってもんだ」


 いまいち腑には落ちない話だ。この手の店は怪しいところなんて無数にあるのにピンポイントで的を絞るのは至難の業だ。ただ、和田さんの不敵な笑みを見ると納得してしまう。あまり表情が変わらない人だからこそ、こういう時の笑みに重みがつく。


「それよりも谷河原。明日は休みにする」

「しかし、明日は杉山と……」

「ああ、調査しに行くんだろ? それは明後日に変更だ。お前のその血の気のない顔色じゃあ、格好がつかん。杉山にも伝えておくし、俺も同行するから安心しろ。とにかくお前は早く帰って寝ておけ」


 まったくこの人はどこまで知っているのやら。まあ、こういうときは言葉に甘えて休むに限る。

 和田さんは立ち去ろうとしたが、不意に振り返って、


「ああそうだ。今回の治療費は従参組で払っておく。中村には感謝しとけよ。あいつは忙しいのに、わざわざお前を治療したし、金額も相当まけてくれてるからな。明日、その浮いた金で飯でも連れていってやれ。これは上司命令だ」


 俺よりも多忙なはずなのに、誰よりもとことん細かい気配りができる人だ。全くもって俺は頭が上がらない。


「了解です」


 和田さんは小さく頷いた後、再び背を向けて部屋を後にした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ