肆
数付において、身体改造はほぼ必須である。
これは従参組に入ったばかりの時に、先輩から教わったことだ。当初は改造に対して抵抗感があった。しかし、時が経つにつれて生身の肉体の限界を感じるし、上の奴らの強さを感じるとその言葉を痛感せざるを得ない。
この世界では力を買うことができる。かなりの高額だが。
装備に関してはユウナギ社、改造手術ならイブキ社などと、様々な神武認定の企業から力を得ることができる。問題があるとすれば、どれもこれもとんでもなく高額で、今の俺では何年かかっても買えないことぐらいだ。
そんな貧乏人のために存在するのが、時雨屋や氷雨屋といった、個人でやっているとこだ。
当然だが、ユウナギ社なんかと比べれば質はかなり低いし、最悪なケースだと腕に施術したが失敗してそのまま、切り落とす羽目になったとかがある。
そんなリスクを背負ってまでやらないとやっていけないのだ。
ま、俺は何もしていないのだが。
やった方がいいのはわかっているものの、手を出せないでいる。そもそも従参組では薄給過ぎるのもあるが、従参組自体、改造する人自体が多くないからだ。戦闘に参加はしても大体は他の組と一緒だし、俺らが活躍することはほぼない。そうなってくると、改造に金を使うぐらいなら、生活に回した方がいい、という考えになるのだ。
和田さんは改造を推奨しているのだが、やっているのは悟くらいだ。右腕に機械を埋め込んで怪力になったらしい。おかげで、人一人は片手で持ち上げられるほどにはなったが、精密動作が恐ろしくできなくなっている。箸も使えないようじゃ、かえって不便だろう。今度は左腕もやろうとしているらしいが。
じゃあ、推奨している和田さんはどうかというと、わからない。聞いてみても、さぁ? とはぐらかされるばかりで、一向に教えてくれない。これではなんで勧めているのかわかったもんじゃない。
兎にも角にも、金だ。金があれば今みたいに弾丸一つで、病院行きにはならないし、もっと安全な中級、上級地区に住める。
低級地区も悪くはないのだが、強盗や殺人はそれなりに起こる治安の悪さだし、なにより非統治地区の奴らが近いのが問題だ。先の事件のように碌でもないことに巻き込まれるし、数付もそんなに速く低級地区に行動を起こしてくれない。大体が事後だ。
ましてや、ここ最近は銷夏党とかが活発ともなれば心配も増す。
春宵党、銷夏党、暮秋党、冬源党らは、かつて非統治地区の最大勢力であわせて四季党呼ばれていた。神武とは長い間、戦いがあったらしいが、10年前のその四季党が結託して起きた“四季戦争”に敗北して以来、活動はほとんどしていなかったらしい。
そのまま静かにしてくれればいものを。
お陰様で今日は松葉杖をつきながらの出勤だ。
「おはようございます」
と扉を開けて覗き込めば、なにやら賑やかだ。
それもそのはず。従参組の組員全員が出勤していた。
"13時から全体会議を行います 和田"
怪我している俺をわざわざ呼んだのはこのためだったのだろうか? しかし、いきなり全体会議とは……。
今までそんなことは一度もやったことがない。そんな大層なことをやる必要のある仕事がなかったから。
肝心の和田さんはというと姿はまだない。
これもまた珍しいことだ。よくよく思い返せば、いつもこの職場にいるし、帰る時も和田さんは書類と睨めっこしていた。勝手にここに住んでるとまで考えたほどだ。
程なくして、扉の開く音ともに和田さんが姿を見せた。いつもは真一文字に結ばれた口角が僅かに上がっている。
「すまない、少し所要があって遅れた」
そう言いつつ、胸いっぱいに抱えられた書類を皆に配り始めた。配りつつも、彼は言葉を継いだ。
「今回集まってもらったのはな、壱組から直々に命令が来たからだ」
壱組、という言葉にざわつく。数付のトップからの命令ともあれば、それは数付の中でも実力が認められたと言っても過言ではない。そんな思いを見透かしたかの如く、和田さんは言った。
「壱組からとは言っても、従参組だけじゃない。他の二桁にも命令は行く」
だが、大きな仕事になるのには変わらん、と言いながら手際よく書類を配る。俺は和田さんの言葉に少し引っかかるものがあり、思わず悟に耳打ちをした。
「他にも二桁には命令が行くって、まだ行ってないみたいな言い方だな」
悟の方はいまいちわかっていないようで首を傾げた。その内容は和田さんにも聞こえていたみたいで、
「その通りだ、谷河原。この情報はちょっとしたルートから入手したものだ」
あの鉄仮面の和田さんが、不敵に笑い、続けた。
「今回の会議の内容を話すぞ」
────
数付には多くの人が所属する。
その人数は、俺では把握できないほどで、神武の中でも大きな組織だ。
個々の戦闘能力の高さは言わずもがな、統率力もピカイチで数付の切り札とも謳われる壱組。
今でこそ最前線は壱組に譲ったものの、長年の戦闘経験による老練な強者が集まる弍組。
個々のアクの強さが目につくが、実力自体はとんでもないものを持つ色物の新進気鋭集団の参組。
ほとんどの素性が不明な不気味な暗殺集団の肆組。
防衛や護衛に特化した警備のスペシャリストの伍組。
これらの組は数付の中でもトップクラスの人たちであり、俺らのような下っ端じゃあ目にかかることすら叶わない。それに加えてここから、陸組、漆組、捌組、玖組と続くがこれらの組もまた、恐ろしく強い。しかし、二桁と呼ばれる従組以降は急降下して、戦闘時はまともな戦力として見られていないほど弱い。
じゃあ、必要ないのでは思うかもしれないが、そこは違うらしい。詳しい理由は知らないが、結局のところ雑用係というのが欲しいだけなのだろう。
だからこそ、壱組からの命令というのは天変地異の出来事であり、それを不敵に笑いながら話す和田さんは、トチ狂ったようにしか見えない。
「いいか、お前ら。今回の仕事は絶対に成功させなければならない」
いつになく熱のこもった口調で話す。
「うまくいけば、このクソみたいな場所とおさらばも可能だ」
「あ、あの、和田さん。今までどれだけ仕事しても給料は変わらないのに、なんで今回は?」
前回、非統治地区のごろつきに殺されかけた新人くんが口を開いた。
「高田、お前の言う通り、今までは固定給だった。その理由はな、従組から渡された仕事だったからだ」
「従組だと問題が?」
「みんな知ってるとは多いとは思うが、従組はクズが多い。名目上はあいつらが処理したことになっている。だから、こんなに安い給料だ」
従組と言えば、柄の悪さで有名であり、自分達より下の従壱、弍、参組に対しては横柄とも言える行動を多々やってきている。これを咎めようにも上の奴らは二桁にまで気を使う暇はないので、甘んじて受け入れるしかなかった。
「だが、今回は違う。壱組が直接それぞれに命令を下す。そうなると、従組の奴らも手柄を横取りはできまい」
「そ、そうなんですね」
「活躍次第では、組の入れ替えもあり得る」
一応、数付と言う組織は実力主義であり、成果次第で組が入れ替わる。大きな例を挙げるとするならば現在の壱組がそうだ。かつては参組だったらしいが、四季戦争の活躍を機に壱組に大抜擢されたらしい。
「それにこの情報は俺らが先に知っている。だから、早めに動いてあいつらを出し抜く」
「それでその仕事の内容は?」
「まあ、慌てるな谷河原。昨日の事件の続きだ」
西区末町の惨殺事件。あまり思い出したくはないが、鮮烈すぎて嫌でも頭の中によぎる。
「どうやら、そのごろつき共には不釣り合いな装備や身体改造があったそうだ」
そこから、ごろつきだけの行動ではなく、バックに何かがついていたと考えるのが、妥当とのこと。
その話を聞いてあることを思い出した。
"にしても、変な依頼だよな。腕と脚を取ってこいって"
確かにあの時、その会話を聞いた。依頼ということはした人がいるわけだ。
「誰がこの事件の首謀者なのか情報を集めろ、ということだ。そこまで難しい内容じゃない」
「難しくないって……、非統治地区に調査するかもしれないんでよね?」
「まあ、場合によってだな」
「そんなあ……」
新人、いい加減名前で呼ぼう。高田は憔悴した表情を見せる。気持ちとしては俺も同じだ。非統治地区なんかは碌な話がないから。
食人文化が平然とあるところがあるとか、足を踏み入れば、内臓どころか髪一本も残らないとか。
「すぐには行かないから安心しろ。非統治地区に行くには許可が必要だからな。正式な命令が下るまでは統治地区内で行動する」
「そんな情報どうやって手に入れたんですか?」
「森さんからだが?」
秘密ではなかったのか、その情報ルートは。
「お前らも金は欲しいだろうし、今の状況にうんざりしているだろ? 今回は多少なりとも変えるチャンスだ。逃すわけにはいかん」
和田さんの言葉に今まで、やや消極的だったみんなが乗り気になった気がした。
「絶対に情報を掴んで、成功させるぞ」
今まで死んだような表情ばかりだったみんなが、活気のある声で返事をしたのだった。