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牙達  作者: 七味酒
第壱章 種蒔
3/14

 事故現場の集落の建物はほとんどが、プレハブでできた簡素なものだ。

 そのため、来た時にはだいたいが崩壊、半壊な状態である。つまり何が言いたいのかといえば、ここで戦闘が起きた場合、身を隠すものがほとんどない。その辺のごろつきならいざ知らず、今奇襲をかけてきた敵は明らかに装備に恵まれている。

 漆組の人たちはまだ無茶はできるだろうが、俺たちはそういうわけにもいかない。幸運なことに半壊で済んでいる建物の影に身を潜めることにした。道を挟んで向かい側の建物は新人の1人が震えながら身を潜んでいた。

 すると足音が聞こえてきた。

 これは誰だ? 悟は、俺とは反対の場所で作業していたはずだし、漆組の人たちは爆音の方へ向かったはずだ。わざわざここに戻ってきたのだろうか? そんなことを思案していると、ヒソヒソとした話し声が聞こえた。


「ここには誰もいねえな」

「なんでわざわざ、人気のない方に行くんだよ」


 間違いなく敵の声だ。


「馬鹿か。漆組がいるって言ってただろ。まともにやりあえばタダじゃ済まねぇ。それなら人気の少ないところでうろうろしてるやつを確実に仕留めた方が賢い、だろ?」

「なるほど」


 しかも、相手は3人。対してこちらは2人。しかも、1人は戦力を見込めることはなく、武器もどこいくかわからない銃とナイフのみ。勝ち目は薄い。


「にしても、変な依頼だよな。腕と脚を取ってこいって」

「あ? 知らねぇのかよ。統治地区に住んでいる奴らは、腕や脚に機械を仕込んでいるんだよ」

「そうなのか?」

「ああ、仕組みはわからねぇが、その機械のおかげで数付の奴等は馬鹿みてぇに強いんだよ」


 彼らの情報は確かだ。ただ、違う点を挙げるとするならば二桁にはそんなものはないし、一般人にはもないという点ぐらいか。

 にしても、いつまであの3人はあそこでおしゃべりをしているのだろうか。とっととここから立ち去って欲しいものだ。


「おい! 1人いたぞ!」


 思わぬ言葉に、動悸が速くなるのを感じた。ちらりと様子を伺うと例の新人が見つかってしまったようだ。

 顔は青白く染め上がり、今にも気絶してしまいそうだ。


「ん? こいつ、数付じゃねぇか?」

「なんで、わかるんだ?」

「見ろよ、このバッジ。これこそが数付の証明になるやつだ」


 最悪だ。彼はまず間違いなく四肢を持っていかれる。

 この状況下で、するように言われている行動は一つ。

 助けるな、自分の身を優先しろ。

 以上。

 あまりにも非情な話かもしれないが、従参組レベルではこれが1番被害や防げる。それに彼には申し訳ないが、俺も死ぬわけにはいかない。

 助けを求める悲痛な叫び声が耳に突き刺さるが、俺ではどうしようもない。


「仕方がないんだ、従参組に来た以上は」


 ……言い聞かせるように俺は目を閉じた。この間にも漆組が戻ってくるだろう。助かるかは彼の運次第だ。

 そして、俺は懐から拳銃を手に取り、建物から身を出し、引き金を引いた。

 ああ、これだから俺はこの世界に向いていないんだ。


「あがっ……!?」


 弾丸は1人の肩に命中した。

 意外と当たるじゃん。そう思った頃には、相手の弾丸が俺の脚を貫いていた。



 ────



 さて、あの後の顛末はあまり面白いものではない。

 運良く、漆組が戻ってきた助かった、以上。

 彼らの圧倒的な戦闘能力を前じゃあ、あのごろつきもなす術もなくやられただけで、被害は俺の右脚だけ。

 漆組の人が大層心配そうに肩を貸してくれたが、惨めで仕方がない。結局、当たった弾丸は最初の一発だけで、あとは全部見当はずれなところに飛んでいった。

 担架にまで乗せてもらって、運ばれる際に三森さんに遭遇した。


「大丈夫ですか?」


 と、心底心配そうに言う三森さんの返り血を浴びた姿を見て、再び納得する。

 やっぱり従参組と漆組では話が違うのだと。



 ────



 数付には専用の病院がある。


「久々にここに来たわね」


 治療も終え、ただ天井を眺めていると、声をかけられた。上半身だけ身体を上げると、医者の中村朋美(なかむらともみ)の姿があった。


「脚の痛みは?」


 周りのベッドに目を向ける。

 今日の患者は俺だけであるらしく、閑散としていて物寂しい。そもそもここに患者が来ること自体滅多にないらしいが。


「特には」

「そう。今回は少し無理したらしいじゃない」

「無理も何も、ごろつきと戦って足を撃たれただけだ。こんなの数付の恥のようなものだ」


 そうね、と呟いて、中村は近くの椅子に腰を下ろした。思い返せば、俺が出ずともあの新人は助かった可能性が高っただろう。全く、己の無力さを呪うばかりだ。


「明日には退院できるわ。もうちょっとお金があったのなら、すぐにでも完治できたろうけど」

「もうちょっとどころじゃないだろ」


 それもそうね、と中村は笑いながら頷いた。

 中村は俺と同い年ながら医者になった大変優秀な女性だ。頭がいい上に、腕も良く、そして何よりも冷静沈着だ。俺も数付に所属してからは何度もお世話になっている。

 ここまで有能なら数付でもうまくやっていけただろう。


「そういうえば、1つ聞いていいか?」

「唐突に何よ。……別にいいけど」


 今、こんな時に悟のくだらない話が頭に舞い込んできた。まあ、数付なら誰もが利用するこの病院なら川瀬さんとも少しは接点があるのではないだろうか。


「玖組の川瀬さん、って知ってるか?」

「……内容も唐突ね。こんな状況でそんなこと聞くなんて」


 呆れ顔の中村だ。それ自体は理解しているのが、悔しい。


「知らないことはないわよ。たまに来るし」

「それは良かった」

「なによ」

「いや、少し彼女について聞きたいことがあってだな」

「……そう」


 妙にトーンが変わった気がして中村の方に目を向けた。

 だが、特に変わった様子はない。


「それで?」

「あ、いや、深い話ではない。彼女が独り身なのかどうかが知りたい」

「……真面目な話ではないのね」


 少しむっとした様子だ。それでも彼女には絵になる。

 ただ、あまり良い話題ではなかったらしい。俺を見る中村の目には険がある。


「まあ、あんたの人付き合い口を挟むつもりはないけど、この状況下ですら話題じゃないとは思うわ」

「いやいや、聞きたいのは悟であって、俺は頼まれたから聞いているだけだ」

「……そうなのね。でも、相変わらず頼み事は断れないのね。少しくらい断る気概をもったら?」


 まあ、好き勝手に言ってくれるものだ。たしかに俺はあまり人からの頼み事を断ったことはない。が、全部が全部受け入れていると思ったら大間違いだ。


「俺が断ろうが、受け入れようが俺の勝手で、お前の知ったことじゃないだろ」

「ええ、そうだけど。知ったことじゃないけど、私なりにね……」


 ふいに中村が口をつぐんだ。


「ん?」

「なんでもないっ」



 なんでもないことはないだろう。中村はため息混じりにつぶやいた。


「心配してるのよ。優しいのはいいことだけど、そこにつけ込まれることなんて珍しくないんだから」

「俺が優しいだなんて、冗談も上手くなったな」


 中村の視線が一気に冷たくなるのを感じた。

 何か言おうとしたらしいが、結局口は開かずにそのままどこかへ言ってしまった。

 ああ……。

 昔からの悪い癖だ。言わなくてもいいことをわざわざ言ってしまう。皮肉屋なのは自覚しているが、中村を怒らせるのは筋違いだ。後でしっかり謝ろう。

 俺は深いため息をついた後、時計を見た。

 夜の9時。

 本来ならばまだ、いつもの寂れたビルの一室で仕事している時間だが、不幸中の幸い、ベッドで横になれる。明日には退院とのことだが、退院してすぐに職場に来いだなんて言われまい。

 深い眠りにつくために、深い深呼吸をした後、静かに目を閉じた。


「そういえば、谷河原」


 顔を上げれば、どこかへ行ったはずの中村だ。

 先ほどの険しい表情はない。


「和田さんから伝言」

「ん? あー、明日は休みってやつか」


 中村がイタズラっぽい笑みを浮かべて言った。


「退院次第、俺のところへ来い、だそうよ」

「…………」


 思わず苦虫を潰したような顔になる。


「昼には退院できるって伝えてあるから、頑張ってね」


 バチが当たった、と言わんばかりの笑顔だ。

 まあ、従参組がそこまで組員に優しい、だなんて一度もなかったからな、それも当然か。

 その場で俺にできることは、精一杯の虚勢を張った乾いた笑い声を上げることだけだった。

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