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牙達  作者: 七味酒
第壱章 種蒔
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 最悪だ。

 鼻を突くような臭いが充満している。

 内容は殺人だとは聞いたが……。ここまで酷いとは。末町の一角にある集落が事件の現場なのだが、その一体が血まみれという惨状だ。生き残りはいないらしい。

 確かに低級地区の末町の事件を漆組が担当する時点で少しおかしな話だとは思っていた。しかし、この惨状ならば頷ける。一体何が起こったのやら。

 漆組の人たちから指示される通りに遺体を処理していく。このスーツは確実にダメになるだろう。

 ふと例の新人を見れば、物陰にかがみ込んでいた。そりゃ、胃の中にあるものを出すだろう。ましてや、初めての殺人事件が大量虐殺じゃ、気の毒だ。

 当の俺も余裕そうに振る舞ってはいるものの、意外と危うい。気を抜けば吐きそうだ。


「こりゃあ、ひっどい有様だねぇ」


 ふいに場違いとも言える声が飛び込んだ。

 その声の元に目を向けると、いつものように不敵な笑みを浮かべた男が遺体を運んでいる。漆組の組員が怪訝そうな目線を向けている。

 慌てて俺は、小さな声で、


「おい、声を控えろって」

「んなこと言ったてよ、全ての死体が腹掻っ捌かれて、四肢取られてたら、そう言いたくもなるわ」


 と内容はともかく、妙に明るい声で杉山悟(すぎやまさとる)は言った。

 この、明るい髪色に軽薄そうな笑みを携え、スーツを着崩した男は俺と同じく従参組所属である。

 俺と同じく低級地区生まれのこの男は、子供の頃からの顔見知りで、俺を従参組に誘った張本人だ。数付に入れるぞと俺に話を持ちかけられたのだが、当時は金もなく、母と姉を養わなければなかった俺は、藁にもすがる気持ちでその話に乗ったのだ。お陰でなんとか生活できているし、感謝すべき存在だ。だが、昔から彼は後先考えない行動ばかりで、その話もたまたま俺がいたから誘ったと訳の分からないことを言っているので、妙に感謝しづらい。

 結局、彼とは2年も一緒に働くことになっている。

 初めて殺人事件の仕事の時に、


「人の身体の中ってこうなってるんだな」


 と堂々という、少し頭がおかしい男だ。


「しっかし、こんな風にするなんて、犯人も悪趣味だよな」


 うわぁ、とこの惨状を目の当たりにしてまだ能天気な言葉を発している。

 作業の合間に休憩もあったが、何も食べる気が起きなかった俺に対して、悟は美味そうに昼飯を食っていた。一体こいつの頭の中はどうなっているのか、見てみたいものだ。


「最近は銷夏党と冬源党の抗争も激しくなってるっちゅうのに、こんな事件が起きるとはねぇ」


 とわざわざ俺の元までやってきてそんなことを言う。

 こっちとしては、自分のやることで精一杯で、この奇天烈野郎の相手をしたくない。


「その抗争に乗じて、非統治地区のごろつきも活発になってるらしいぜ」

「……お前は黙って仕事ができんのか」


 聞こえよがしに悪態をつくものの、この能天気にはどこ吹く風。返ってくるのは笑い声だけだ。

 ただ実際、非統治地区の奴等による被害が増えている。先ほどにも出た、銷夏党や冬源党は非統治地区で幅を利かせている組織で、ここ数ヶ月で動きが激しくなっている。何が起こったかはわからないが、こっちに被害がきているのだからいい迷惑だ。

 基本的には固定給なのだから、仕事が増えるだけ損みたいなものだ。是非とも彼らには大人しくしてもらいたい。

 俺は何やら調査をしているらしい漆組に視線を転じた。


「いくら俺らが下っ端とはいえ、ここまで見た目に差が出るもんかね……」


 見るからに質の良さそうなスーツに、漆と書かれた煌びやかなバッジ。雑用は全部従参組がやっているものだから、彼らには汚れがない。安物スーツで血まみれの俺らとはえらい違いだ。


「ま、二桁なんてこんなもんだ」


 悟が遺体を運びながら言う。


「他の低級地区の奴らは今日の飯に困っているんだ。とりあえず、金は入る状態ってのは、それだけでもだいぶマシだぜ」

「それはそうだ。俺も食っていけているから続けている。だがな……」


 漏れるのはため息ばかりだ。

 数付は神武の強さの象徴のようなものだ。個人個人の強さはもちろん、技術力も数付によって証明している。それ故に、力無き者への風当たりは強い。弱いのなら使い捨てで構わない、と。

 確かに壱組や弐組などの上の人達を無闇に使いたくないのはわかる。

 が、最近は姿も見せていないとなると少し話が変わってくる。あまりにも姿を表さないものだから、実は存在しないのでは、と非統治地区の奴等が思い込んで元気になっている。


「まあまあ、そう思い込むなって。俺たちは食っていけてる、それで十分だろ」


 揚々と言ったのける晴々男を、俺は呆れながらにこぼした。


「お前の底抜けのポジティブ思考は羨ましいよ」

「おいおい、急に褒めるなよ。照れるなぁ」

「真に受けるな、バカタレ」


 ぎっと睨むが、悟には無意味だ。相変わらずの笑みが返ってくるのみ。

 その年中晴れ男の顔が曇りを見せた。


「健司、聞いてもいいか?」


 神妙な声で問うた。モジモジする姿ははっきり言ってきもい。


「玖組の川瀬さんって知ってる?」


 唐突な話題に頭がついていかず、沈黙する。


「……確かこの前一緒に仕事をした?」

「そうだよ、あの可愛らしい川瀬さんだ」

「……まさか……」

「わかってるよっ!」


 いきなり大声を荒げた。

 びっくりして、遺体を運んでいた荷車が倒れる。生々しい音が耳に入る。


「わかってるけどよぉ、健司。玖組と従参組じゃあ話にならない。それでもな……」

「問題はそこじゃない」


 一体どこまでこの男はアホなんだ? こんな凄惨な場所で恋話なんかやってられるか。

 川瀬さんというのは、たしかショートカットの可愛らしい人ではあったと覚えている。玖組所属と、俺らからしたら相当に上の立場の人間ではあるが、俺らのような人でも気遣いを見せるいい人だった。ただ、間違いなく俺らよりは強い。

 ちなみに、一緒に仕事をしたときは戦闘はなかったのでその実力はわからずじまいだが。


「い、いきなり、デートしてください、でいいのかな?」

「お前はアホか?」


 能天気な奴と知っているとはいえ、この状況下で付き合ってもられない。


「そんなこと言わないでさ、なんとしてでも付き合いたいんだよ」


 どこまでもアホな奴だ、


「もう付き合ってられん。とっと仕事しろ」

「なあ、どうしたらいい?」

「知るか」


 落とした遺体を再び積んで荷車を押した。

 まだまだ未処理の遺体はある。


「お、おい、本当に行くのかよ」

「仕事中なのを忘れるな」

「なんかいい案考えてくれよ」

「ねえよ。玖組に話しかけることすら憚れるというのに」

「そりゃそうだけどよ……」

「出会い頭にデートしてくださいとでも言え」

「んな恥ずかしいことができるか!」

「今更だろうが!」


 馬鹿馬鹿しくなった俺は、背後で何やら喚いている奇獣を無視して遺体を運んだ。この頭痛は臭いだけが原因ではないだろう。



 ────



 今回の事件担当にあたり、2人の漆組の人が我々に指示を出している。いずれも相当な実力者で、それぞれ漆組の組長と副長だというものだから驚きだ。

 組長の方は、恰幅の良い身体で豪快な笑い声が特徴の、森さん。副長の方は、森さんとは対照的にかなり痩せており、顔色も悪い三森さん。

 2人とも、我々からしたら天上人のような人達だが、従参組を見下すことなく丁寧な指示を送ってくれる。

 今までぞんざいに扱われてきた身としては少し新鮮だ。話を聞く限り、漆組は主に現場での情報収集や捜査などが主な仕事であるらしく、今回の事件にあてがわれたそうだ。

 彼らは遺体だけのこの状況で、どのような人たちの犯行かの目星はついているらしく、あまり難しい捜査にならないらしい。

 俺から見れば、何かとんでもない怪物が暴れ回ったとした思えないが……。

 なんでも、非統治地区では人の内臓も売買の対象であるらしく、このように腹を掻っ捌くらしい。四肢まで持っていくのは少しレアケースだが、よっぽど金に困っている、との見解だ。


「谷河原君、体調は大丈夫ですか?」


 片付けも佳境にかかった頃に、弱々しい声が聞こえてきた。

 振り返ると、俺よりも顔色の悪い三森さんが微笑んでいる。ほっそりとした腕を上げ、ふらふらと近づいてくる。


「み、三森さん、体調がよろしくないようですが……」

「ん? この通り絶好調ですよ? 谷河原君の方こそ慣れない現場で大変でしょう」

「確かにそうですが……ただ、片付けしているだけなので。そちらの方が大変そうですよ」

「ははは……規模こそ大きいですが、難しい事件ではないですよ」


 今にも消えてしまいそうな声、漆組にしては異様なほど希薄な存在感。三森さんと話していると不思議な感覚に陥る。


「それに、彼らは新人でしょう? こんな死体だらけの現場は堪えるでしょうから、彼らには気を遣ってあげてくださいね」

「す、すいません……。結局彼らは何してなくて」

「いいんですよ。とにかく今日はゆっくりしてください。……そういえば組長から伝言を預かってました」

「伝言を……。誰にでしょうか?」

「和田君に。君がよければいつでも漆組に来てくれてもいいんだぞ、と。確かに伝えましたからね。お願いします」


 まさかの漆組からのヘッドバンキングだ。時折、噂で優秀な人は向こうから誘いがあるとは聞いていたが、まさか上司の和田さんに来るとは。

 普段は無表情な上司なのだが、やっぱりどこか有能なのだろう。

 そうでもなきゃ、二桁で何年もやっている訳がない。ただ、今までの上司は和田さんしかいなかったから、新しい人になればそれはそれで不安が積もる。

 そんな他愛のないことを思いながら、最後の遺体を運ぼうとしたとき、どことなくから爆発音が轟いた。

 音のする方に身体を向く頃には、漆組は駆け出していた。どうやら奇襲をかけられたらしい。

 新人2人には申し訳ないが、おそらく従参組の仕事としてはこの上なく重い内容になりそうだ。


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