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牙達  作者: 七味酒
第壱章 種蒔
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 ふざけた職場だ……思わず愚痴が漏れる。

 誰が"数付"に所属すれば安泰だと言ったのだろうか。

 いや、数付であることに問題はない。位の問題だ。俺のように真面目であることしか取り柄のない男が、数付に属した程度で安泰を求めるのがおかしな話なのだろう。

 いずれにしても今は劣悪な状況だ。安泰に程遠い。

 その状況に連れて行かれたのは、ついさっきのことだった。



 ────



 俺は、今日も今日とて質素な職場に赴いていた。

 一応、この世界を支配する"神武(じんぶ)"直属の組織である数付であるはずなのだが、与えられたオフィスは寂れたビルにある。

 時刻は朝の7時。今日は何時に帰れるだろうか。俺は鬱蒼とした気分のまま扉を開けた。部屋に入るや否や、違和感に気付く。

 部屋を見渡して、見慣れない人物を確認してすぐに息を吐いた。

 またか。

 この職場名物の人事移動の激しさには慣れてしまった。

 もう1人見知らぬ人物を見つけて嘆息する。今回は2人か。


「次は俺、かな……」


 笑えない話だ。

 3日前も同じことがあったばかりだというのに。古参組はさておいて、俺と同時にここにやってきた同僚はもう1人しかいない。後輩もコロコロ変わるもんだから名前を覚えるのも億劫になってきた。いや、もしかしたらこの職場では俺みたいに長生きしてるのが異端なのかもしれない……。

 ちらりと新顔を一瞥し、本来なら挨拶もしようもんだが、ここではそれもない。

 自分のデスクに腰をかけると、眼前に書類をドンと置かれた。

 目線を上げるといつもの仏頂面の悪魔……否、上司が映る。

 俺は一度二度と瞬きをし、ため息をついた。


「了解です……」


 そして苦笑する。


「今日も精一杯頑張りますよ」


 言うまでもないが、これが俺の最大の虚勢だ。



 ────



 色々説明不足だろう。

 俺……谷河原健司(やがわらけんし)は、天下の数付に所属の戦闘員である。

 実際は数付の中でも従参組という下部組織に属しているだけの話だ。下っ端もいいところだ。ただ、曲がりなりにも神武という大きな名前がバックにある以上、周りからは評判はいい。戦闘員と言ったが、現場で力になれることなんてほとんどなく、上からの命令にただ従うだけなのだが。

 それでもこの世界で、安くても金が毎月安定して入るのは恵まれている方だ。低級地区に住んでいても神武の統治下ってだけで安全性は断然違うし、少なくとも餓死することはない。統治地区にいること自体恵まれているのだから現状に感謝してすべき……なのだろう。

 さて、と積み上げられた書類を手に取りつつ辺りを見回せば、その恵まれたはずの人々の顔が映る。

 根元まで惜しそうにタバコを吸う人、死んだ目で書類を眺める人、足を負傷しているのにまともに治療していない人、ただ何もせず虚空を眺める人……。

 バラエティにこそ富んでいるものの、全員が全員恵まれた人の表情はしていない。もしかして、この世界に幸福などあるわけもなくみんながみんなこうして生きているだけなのではないか、と他愛のない妄想をしてしまう。

 言ってしまえば数付だと言っても幸せではない。少なくとも従参組では難しい話だ。

 言ってしまえば給料とやってることが釣り合ってない。

 能力があまりないと言っても命をかけることは日常茶飯事だ。

 大変な仕事と思うか? 

 大変なんだよ。

 これが少しでも上の立場になれたら変わるのだろうか。

 気分は乗らないが書類に目を通す。

 ペットの捜索に、隣人問題、探し物など本当に下っ端仕事ばかり。一通り目を通したところで、上司の呼ぶ声がする。

 直接呼ばれる時はだいたい碌でもない仕事を割り振られるものだと相場が決まってる。巷では上司に呼ばれることを死刑宣告と呼ぶらしい。

 重い足取りでその下へ行くと、いつもの仏頂面が目に入る。切れ長の目に、真一文字で結ばれた口、そして無機質な声。

 時折、機械と話しているような感覚に陥る。

 そんな風に散々な言い方をしたが彼こそが我が上司、和田颯斗(わだはやと)さんだ。この下っ端組織の従参組の長を務めて3年目の大ベテランだ。

 ちなみに、数付に所属年数についてはもう7年になるらしい。

 それなりの修羅は超えている、らしい。

 もちろん経歴が長いとは言っても、所属先が従参組では扱いは散々だ。

 従組、従壱組、従弍神、そして従参組を合わせて二桁と呼ばれる。言ってしまえば数付の下っ端の総称だ。もちろん、従参組は最底辺である。支給される武器は狙った通りに飛ばない拳銃と安っぽいナイフ。数付はスーツを着ることが義務付けられてるが、支給すらしてもらえず泣く泣く安いスーツで我慢。

 上の階級になってくるとスーツは当然支給品であり、そのスーツもかのユウナギ社特製のもので生半可な攻撃は通らず、それでもって非常に動きやすいらしい。それに武器も個人個人で注文できるらしく、威厳たっぷりの振る舞いができる。

 あーあ、俺たちにもスーツぐらいは支給してほしいものだ。こんな安物じゃ、包丁すら防げない。


「谷河原、人の話を聞いてるのか。ため息ばっかりついて」


 ふいに抑揚のない声が聞こえた。

 慌てて我に帰れば、相変わらずの仏頂面が目に入る。これでは、怒ってるのかどうかもわからない。


「すいません。今後の未来を考えると、つい不安に駆られて……」


 我ながら訳の分からない言い訳だなと思いつつ、和田さんの顔をうかがえば、呆れたようにため息をついていた。


「俺の前だからいいが、あまりそんなことを他所でするなよ。ここは、上下関係が緩いが、他……特に弐組の前でやると洒落にならんぞ。気をつけないと味方に殺されかねん」

「うっ、それだけは勘弁です」


 弐組の人には会ったことはないものの、その評判はよく聞く。古参勢が非常に多い組で、上下関係にはとにかく厳しいことで有名だ。上の者に無礼を働けばその場で、制裁が加えられるらしい。

 当然、下っ端中の下っ端の俺が呆けようのものなら、どのようになるのか……想像もしたくない。

 姿勢を正したところで、和田さんは再び口を開いた。


「今日のお前の仕事は?」


 俺は書類に目を通して、答えた。


「えっと……、場所は西区の末町ですね」


 神武の支配する場所は大きく4つに分かれる。それは単純に方角で分けたものであり、東区、西区、南区、北区だ。さらにそこから細分化されるのだが……、今回は末町か。あそこは、ちょうど統治地区と非統治地区の境目にある町であり、すこぶる治安が悪いことでも有名だ。


「またトラブルでも?」

「そんなところだ。ただ規模が大きくて人手が欲しいらしい」

「従参組に仕事回すくらいですからね」


 漆組から直接ともなれば、相当人に困ってるのだろうか。


「あと、あの2人もついて行くから」


 と指さされた方を見る。まだ新顔の2人だ。この数付に来て、実態を知らないであろうが、この仕事で現実を突きつけられるだろう。

 いかに俺たちが下っ端なのか、そして上にいる者たちの力がどうあがいても到達し得ないものであることを。

 じーっとその新人たちを眺めていると、和田さんが「どうした?」と声をかけた。


「いや、いきなりこんな大仕事でいいんですかね?」

「どのみち、嫌というほど小さな仕事をさせられるんだ」

「それはそうですけど……」

「別に難しいことはしないさ。大体のことは漆組のやつらがやってくれる」


 言ってるそばから電話の音が鳴り響いた。


「とりあえず、そっちの方をよろしく頼む」


 と、和田さんは手を振って、電話に手を伸ばした。

 新人の方に歩を進めると、2人はやや不安そうな顔。まあ、書かれている内容があれだと、少し気が引ける。

 一瞬の沈黙の後、少しため息をついて、


「まあ、殺人とか書いているけど、そんなにハードじゃないから」

「あ、あの、人の遺体とかは見たことなくて……」

「戦闘とかは起きないんですよね?」


 ああ、実に初々しい。

 俺にもこんな時があった。普段は何でもない仕事ばかりの癖に、時折こういう殺人とかの仕事が当たり前のようにぶっ込まれるのだから肝を冷やしたものだ。

 その時に、当時の先輩に言われた言葉をそのまま口にした。


「すぐに慣れるからさ、大丈夫」


 その言葉を聞いて、2人は顔を青くした。残念ながら事実なのだから仕方がない。

 それに漆組がついているんだ。むしろ少し幸運なくらいだ。

 俺は踵を返して自分の準備をすることにした。とは言っても例のしょぼい支給品を取り出すだけなのだが。

 いつも通り、と思っていたが、いざその場所に行けばとんでもないことになっていた。

 飛び交う弾丸、飛び散る血。

 地獄のような光景が目の前に繰り広げられることになった。

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