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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[8]巣立ちと巣戻り

 鈴原夫人のお陰で平常心を取り戻したモモは、月曜・火曜の公演を満足の行く演舞で終え、休演日である水曜の朝を迎えていた。


 日曜の再会で渡しそびれてしまったサーカスのパンフレットを数冊(カバン)に詰め、テント傍の洋菓子店でラスクを数袋買う。冬季限定のチョコレートでコーティングされたラスクは、行列が出来る程の人気振りだが、平日の開店すぐに訪れたので並ぶことなく購入出来た。


 それから最寄りのバス停まで歩いて、鼻が痛くなるような張り詰めた冷たい空気の中を待ち、十五分程でやって来た市バスに乗り込んだ。車窓からの風景は自分がいた頃とは違い、随分都会に近付いた感じがする。待った時間と同じ位で目的地に到着し、其処から再び五分程歩いて、二年半振りの故郷(ふるさと)に足を踏み入れた。


「あっ! モモお姉ちゃんだ~約束通り来てくれた!!」


 先日会えた小学生低学年組は、敷地内にある滑り台から勢い良く降りて走り寄り、モモからパンフレットを受け取った。彼等の冷たい手に引かれて建物の入り口を目指す。今日は創立五十周年記念の為に小学校は休みだと言うので、「園長室に行くから後でね」と約束し、長い廊下をずっと進んで、一番東の突き当り──園長室の扉をノックした。


「どうぞ」


 久し振りに聞こえた温かみのある中年女性の声。ドア一枚(へだ)てた所為(せい)でくぐもってはいたが、(まぎ)れもなく自分を育ててくれたその人の声だ。


「園長先生……? 先生!」

「モモ! いらっしゃい! 良く来てくれたわねー」


 窓際の陽だまりに包まれた肘掛け椅子から、ふっくらとした影が立ち上がった。駆け寄るモモに近付いて、両腕で迎え入れ抱き締める。縁側で日向(ひなた)ぼっこをした時のブランケットと同じ香り。優しい声、柔らかな抱擁。


「ずっと……来られなくて、すみませんでした……」


 胸に(いだ)かれて今までのことを()びると、自然と涙が溢れ出していた。きっとずっと本当は来たかったのだ。会いたかったのだと気付かされた。


「良いのよ、心配しないで。貴女の活躍は動画配信で見られているもの。お陰で久し振りな感じがしないわね」

「動画……配信?」


 聞けば、珠園サーカスのホームページ上、演目ごとの紹介欄に無料動画があるのだそうだ。基本的に観覧者には写真・ビデオ撮影は禁じられている為、そちらでのみショーの様子が閲覧出来、二ヶ月に一度は新しい物に差し替えられるのだと云う。


「やだ、あたしったら、自分の職場のことなのに何も知らないで……恥ずかしいです……」


 モモは園長の胸の中で顔を赤らめた。


「集団生活の係や練習で忙しいのでしょ? とにかく元気そうで良かったわ!」

「先生もお風邪だと聞きましたが……もう大丈夫ですか?」

「ええ、すっかり。さあさ、座って。お茶菓子でも出しましょうね」

「あ、これ……少しですけど、チョコラスク、皆さんで召し上がってください」


 モモはニコニコとソファへ促す園長に手土産を渡し、お茶の準備が整うのを待つ間、腰掛けた部屋の中心からぐるりと全てを目に入れた。二年半前と変わらない壁の掲示板、業務机、応接セット。モモが暮らした十五年の間にも、少しずつ古びていったのだろうが、それすらも懐かしい光溢れる空間だった。


 二人は会えなかった時間を埋めるように、お互い滔々(とうとう)と話をした。いつの間にかお昼を回り、子供達が呼びにやって来たので、久々に施設の食事をご馳走になった。食後は約束通り、暇を持て余していたお休みのメンバーと(たわむ)れ、遊び疲れたのだろう、いつの間にか一緒になって昼寝を始めてしまった。


「あ、約束通り来てくれたのね、モモ」


 用を済ませに外出していた茉柚子が戻り、母親と共に眠りこけた面々を見下ろす。


「随分大人びた感じがしたけれど、寝顔は昔と変わらないわね」


 園長の細められた眼から愛情が(こぼ)れ注がれた。それを感じたように、眠りながらもモモは微笑みを刻んだ。


「モモが起きたら……話してみようと思うのよ。母さんも同席する?」


 ややあって茉柚子は背後の椅子に腰掛け、少し気まずそうに園長の横顔へ問い掛けた。途端に消え去る母親の笑顔。


「わたしは……やっぱり賛成出来ないわ。もう此処を旅立ったモモを巻き込むことなんて……他に方法はないのかしら……」

「私だって出来ればモモにそんなこと()いたくないわ! でも──今はそれしか……(のが)れる道がないのよ……」

「……」


 返事も出来ないほど寂しい顔を見せた母に、茉柚子もまた何も言えず、二人はただ静かにモモの目覚めを待ち始めた──。




★次回更新予定は十月十六日です。

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