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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[7]きっかけと心の言葉

「ごめんなさいね、貧血気味なのかしら……最近ちょっと調子が悪くて……」

「いえ、そんな時にすみません……あの、今日はこの辺で……」


 カーテンの向こうから蒼白い顔で現れた夫人へ、慌てて退席の意を口にしたが、夫人は「大丈夫だから、もう少しいてちょうだい」と、二人は再び元の席に収まった。


「ね……あんまり思い出したくないと思うけれど……モモちゃんは、あのプレハブで洸騎君に抱き締められてしまったのよね……?」

「は、はい……」


 夫人は一度紅茶を飲み、その温かみとコタツの熱で、少しだけ顔色を戻して尋ねた。


「洸騎君、ちょっと焦っていたのかもしれないわね……離れていた二年半の間に、モモちゃんに好きな人が出来てしまったんじゃないかって。女性って──今はそうでもないのかもしれないけれど──どちらかと言ったら受け身な存在でしょ? 世の中には『俺について来い』タイプの男性を好きな女性もいるから、男の人って時に勘違いしてしまうのよ。強引に攻めれば、女性もその気になるのではないかって」

「は、ぁ……」


 モモは夫人の会話の中身よりも、その話の間に見せた少女のようなにこやかな微笑みに驚き、不自然な相槌を返していた。


「うちの鈴原ね、あれで結構、そういうところがあったの」

「鈴原お兄さんが!?」


 「ふふふ」と屈託のない笑みで答える夫人。モモは大きな瞳を更に見開いた。


「随分頑張ったんじゃないかしら。モモちゃんも気付いている通り、実際はそういうタイプじゃないでしょ? 誰に吹き込まれたのか知らないけれど、なかなか積極的だったのよ。その勢いにほだされたつもりはないけれど、いつの間にか彼のこと、好きになってたわ……でね、プロポーズの言葉は何だったと思う?」


 あのどちらかと言えば言葉数の少ない、温和で優しい笑顔のお兄さんが!? とモモは目を丸くして「分かりません」とかぶりを振り、夫人の次の言葉を待った。


「『僕は、猛獣です! サーカスの猛獣には猛獣使いが必要だ! 貴女が僕の猛獣使いになってください!!』……ですって」

「えー!?」


 思わず大きな声で驚いてしまった。鈴原の真似をするように、出来るだけ低い声で答えを出した夫人の言い方も明らかに滑稽(こっけい)さを誇張していたが、いやそれにも増して、その内容が鈴原らしくなくて余りにも可笑(おか)しかったのだ。


「笑っちゃうでしょ? でも頑張って真面目な顔してそんなことを言ってくれたこと、本当に嬉しかったわ。それで結婚を決めたのよ。本当はもう少し空中ブランコをしていたかったけれど」

「あ……」


 その時モモは、昨春の誘拐予告が出された夕、夫人と凪徒の練習風景を見ていた自分に、暮が教えてくれた『夫人の想い』を思い出した。


「あの……あたしも誰かと一緒になったら、空中ブランコを怖いと思うようになるんでしょうか?」

「え?」


 モモはあの時の暮の言葉を夫人に説明した。




『男性は家庭を持つと、それを養う為にまた精を出す──力が出る。でも女性は……それを守る為に、闘争心は母性に変わり、自分が傷つく危険を恐れるようになる──それを感じたんだそうだ』




「それはどうかしらね……」


 照れ隠しするように(うつむ)いて、ティーカップの取っ手を撫でる夫人。おもむろに顔を上げ、


「きっと人それぞれね。私は少なくともそうであったけれど、モモちゃんがそうだとは限らないわ。さっきの男性の態度も同じこと。私は鈴原の押しの強さを嬉しく思えたけれど、モモちゃんは洸騎君のそれを良しとしなかった……でも分かるの、男性の強引さが効き目を見せるのは、相手の女性に好きな人がいない時よ。モモちゃんには……ちゃんと好きな人がいるものね」

「え……?」


 真っ直ぐで真摯(しんし)な夫人の瞳に、モモは何かを貫かれたような気がした。


「……はい」


 モモが初めて凪徒への想いを、自分以外に伝えた瞬間だった──。




★次回更新予定は十月十三日です。

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