[6]積み重ねと積み重なり
洸騎はモモの半年前に当たる九月に生まれ、モモが生まれてすぐに捨てられていた施設には、その半年後の九月に預けられた。つまり、ちょうど一歳で生後半年のモモと出逢ったことになる。
モモとは違い、育児ノイローゼの母親から放棄されてやって来た。その為両親の居所は把握出来ているが、洸騎から会いに行くことはなく、時々面会に現れたのも父親だけだった。
年齢的には半年先輩、施設での経歴は半年後輩。だからこそモモにとっては兄であり弟であり、やはり双子の兄妹とも言える立場の強い存在だったが──。
「洸騎君の「洸」って、さんずいに光って書いて、「騎」はあの騎士とかの騎なんです。あたしは両親がいなかったことや髪の色が薄いこともあって、小さい頃は良くはやし立てられたんですけど、洸騎君がいつも明るく励ましてくれて、いじめっ子から守ってくれました」
モモは再び紅茶を口に含んで、閉じた唇を弓なりに上げた。懐かしい想い出が温かな液体と共に心の中に広がった。
「そうなの……名前の通りの男の子だったのね」
夫人の呟きにモモも同意の頷きを返す。
「あたし、本当は園長先生の補佐として園に就職して、定時制高校に通う筈だったんです。洸騎君も隣町の建設会社に就職が決まりました。でも三年前の冬、卒園祝いにってサーカスを見に行って……」
「それで空中ブランコに魅了された──」
「──はい」
自分の進む道を大きく変える出来事だった──モモはあの時感じた胸を焦がす程の熱さを思い出した。
「でも卒園した筈の洸騎君は何故未だ施設で暮らしているの?」
夫人の質問に、モモは少しだけ困ったような顔を見せる。
「元々は就職先の独身寮に入る予定でした。でもあたしが出ていくことになったので、部屋が空いたのと、施設のスタッフは殆ど女性ですから、男手があった方が良いだろうって、家賃と生活費を入れるという条件で残ったんです。だから洸騎君は施設から職場に通って、お休みの時だけ施設を手伝っているのだと思います」
「そう……」
そこで空になったカップに気付き、夫人は一度席を立った。お湯の足されたティーポットをコタツの上に移し、紅茶が出るのを待って再び注ぎ入れた。
「ありがとうございます。……洸騎君に……その……告白されたのは、園を出てサーカスに移動する当日でした。ずっと兄弟のような存在でしたので、凄く驚いてしまって……何も言えなくて……返事は次に施設に顔を出す時で良いからって」
「それで、モモちゃん、帰れなくなっちゃったのね」
「はい……」
モモは両手の指先をカップの側面に当てながら俯いてしまった。と、共に夏の凪徒の失踪事件を思い出す。ずっと片想いの凪徒が腹違いの兄だと言われた時の衝撃。あれと真逆ながら同じレベルのショックだったことは間違いない。
「昨日、返事はいつ貰えるのかって訊かれました。あたし、時間が経てば、あたしのことなんて忘れるのだと思っていたのかもしれません……でも気持ちは変わらないと告げられて、返事をまた延ばしてしまって……そんな自分がほとほと嫌になりました……」
「……うーん……私はモモちゃんの立場になったことがないからハッキリとは言えないけれど。普通の友人関係にあった異性から伝えられるのとは、やっぱり違うのだと思うわ。洸騎君には申し訳なかったと思うけれど、モモちゃんがそうなってしまったのも仕方がないんじゃないかしら」
真正面の夫人はカップを置いて軽く頬杖を突き、困ったように首を傾げた。ややあって再び唇を開く。
「十五年、ずっとモモちゃんを見てきたのだものね、好きな気持ちは簡単には消えないかもしれないわ。でも。今度会った時にはちゃんと答えようと思っているのでしょ?」
「はい。水曜日に園長先生を訪ねることになったので、その時には──」
「そぉ、……あ、ごめん……なさいっ、ちょ……と、待ってて──」
──夫人?
夫人は急に腰を上げて、苦しそうに胸を押さえた。何とかモモに言葉を繋いで、奥へと駆けていってしまう。それから十分は戻ってこなかっただろうか。洗面所の手前に掛けられたパーテーション代わりのカーテンのこちら側で、モモはしばらく声を掛けられないまま、心配そうに立ち尽くしていた──。
★次回更新予定は十月十日です。




