[5]あった事となかった事
翌朝の食堂、いつになく言葉少なな暮と、相変わらず無言の凪徒、そして何も喋れないモモが、変な空気を発しながら朝食を進めていた。
「……」
「……ん、……ん」
「……?」
モモは凪徒に一切目を向けず、時々心配そうな顔で真っ正面の暮をチョロチョロ見上げては、その度に暮が「……ん、……ん」と喉の奥で返事をする。そんなヘンテコなやり取りを凪徒は横目に入れながら、訊ねるタイミングを計っていた。
「ごちそう様でした……」
モモは普段より早く、食事の終わりを告げて立ち上がった。
「モモ、何処か行くのか?」
暮が一言尋ね、
「えと、夫人の所へ……」
その答えに満足そうに、暮は大きく頷いた。
「おい……暮、何か知ってるんだろ? 教えろよ、モモに何が遭ったんだ!?」
モモがプレハブを後にしてすぐ、凪徒は待ってましたとばかりに隣の暮へ問い掛けた。
「何もなかったんだ、お前は安心していい」
正面を向いたまま黙々とご飯をかき込み、淡々と答える暮。
「何もなかった訳ないだろっ、おいっ──」
「ごちそう様~!」
「暮っ!」
トレイを持ち上げながら立ち上がった暮が、表情を見せないまま凪徒を見下ろす。
「モモは自分で夫人の許へ行った。それはモモが前向きな証拠だ。だからもう詮索するな。これ以上心配は要らない」
──暮……?
凪徒が呆然と言葉を失っている内に、暮はスタスタと出ていってしまった。残された凪徒は口元をいつものへの字に曲げて頬杖を突き、一つ大きく息を吐き出す。片手で椀を持ち上げ、味噌汁を一気に飲み干した──。
☆ ☆ ☆
「夫人……いますか?」
モモは鈴原夫妻の部屋の手前で、消極気味に声を掛けた。小さなコンテナハウスだが、お洒落な夫人らしく小綺麗に片付けられ、扉の内側には可憐なレースの暖簾が掛かっている。
「モモちゃん? どうぞ入って。私もちょうど呼びに行こうと思ってたの」
「え……?」
暖簾のスリットから顔を出した夫人が微笑む。既に亭主の鈴原は動物達の世話に行ったらしく、室内には誰もいなかった。
「時間、大丈夫ですか?」
「もちろんよ。今お茶淹れるわね」
夫妻の部屋にはコタツがあるので、勧められた長手に腰を降ろし、布団の中に折った膝を入れると、其処からほんわか温まっていった。
「さ、どうぞ。先日知人から頂いた紅茶なんだけど、とっても美味しいの」
そうして置かれた繊細なティーカップは、淡いオレンジの薔薇の模様が優美で、そこから香る紅茶もふくよか且つ芳しかった。
「いただきます」
滑らかなカップのふちに唇をつけ、一口喉を通す。爽やかなマスカット・フレーバーが優しいダージリン・ティー。それだけで胸の奥が癒された気がした。
「とても美味しいです」
「良かった。実はもう暮さんから多少は聞かされているの。とっても心配してたわ、モモちゃんのこと」
「やっぱりそうだったんですか……すみません、ご心配を掛けてしまって……暮さんにも……この後ちゃんとお礼を言いに行ってきます」
真ん前に腰掛けて同じく紅茶を楽しんだ夫人の柔らかな笑顔に、少し恥ずかしそうな表情を向け、モモは周りの愛情に改めて感謝をした。
「そうね、そうしたら良いわ。それじゃ、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
カップを戻して、モモは再び口を開いた──。
★次回更新予定は十月七日です。




