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Momo色サーカス  作者: 朧 月夜
【Part.3:冬】触れられた頬 ―○○○より愛を込めて―
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[4]救いと涙

 モモはこの見える景色も、自分を囲う感覚も──全てが夢であれば良いと思っていた。


「ずっと離れてたんだ。モモが答えなんて出せないの、分かるって。でもきっと、触れれば思い出すよ……僕がどんなにモモを好きだったかを……触れて、一気に取り戻したい」

「……? ……!?」


 ──やだ……放してっ……洸ちゃん!


 モモはそう言ったつもりなのに、それは音声になっていなかった。


 モモの(あらが)おうとする力は全部洸騎に吸い取られ、震えすら出てこなかった。声どころか唇が動かない。何もかも時が止まったように、けれど自分を抱えた洸騎だけは自由だった。


 ──誰か……助けて……お願い……先輩──


「モモ~いるか? 団長が何か用だって……え……?」


 あわや二人の唇が重なる寸前、タイミング良く入ってきたのは暮だった。


「……ご、ごめん! ……あたし、行かなくちゃっ」


 その途端に硬直が解けたモモは、洸騎の顔を見ることなく出口に突っ走った。暮の横をすり抜けて、一気に表に飛び出した。


「君は……?」


 目の前の光景にあっけに取られた暮は、しかし次の瞬間には冷静に、少年と青年の狭間(はざま)といった雰囲気の洸騎に尋ねる。


「さぁね。別に怪しい者じゃない。ちゃんとモモの知り合いではありますよ」


 椅子に掛けていた上着を手に取り、洸騎は冷やかな視線を投げる暮に、すれ違いざま小さく会釈をした。その口元は何処(どこ)となく不敵な笑みを浮かべ、無言で振り向き見送る暮には、嫌な不安だけが残されていた──。




 ☆ ☆ ☆




 その夜の貸切公演で、モモは失敗こそしなかったが、完璧な演舞には程遠かった。


 あの走り去った後のことは、自分でも良く覚えていない。団長室を訪れることもなく、確か自分の布団に閉じ籠もっていた。ショーが始まるギリギリに誰かに呼び起されるまで、気を失ったように眠っていた。


「モモ……分かってるな?」

「……」


 厳しく(さと)す凪徒の声に無言で(うなず)いたモモは、閉幕したテントから高い背の後ろをトボトボとついて行った。重い足取りは徐々に酷くなり、気付けば建物の手前十メートルで止まっていた。会議用プレハブ。数時間前に洸騎に抱き締められた場所──嫌だ……入りたくない──。


「モモ?」


 凪徒は入口を半分開いてモモが再び歩き出すのを待ったが、一向に来る気配がないので仕方なく来た道を戻った。深く(うつむ)くモモの前に立ったが、彼女が顔を上げることも、何かを話すことも、足を進める様子もなかった。


「どうした? 何か()ったのか?」


 上からの質問にただ首を振る。暮には見られてしまったが、凪徒には絶対に知られたくないと思ったのだ。


「こんな所で突っ立ってたら風邪引くぞ」


 凪徒はとうとう待ちくたびれて、モモの左腕を(つか)んで歩みを促した。結局引きずられるように扉の中までは入れられてしまったが、モモは「奥まで進むのは嫌だ」という意思を、何とか言葉にしないまま伝えようとした。


「仕方ねぇなぁ……此処でも構わないが、一体何が遭ったんだよ……夕方の面会が原因か?」


 ──ズキン。


 あの時と同じ衝撃が走り、また動けなくなる。


「……モモ? ──!?」


 モモの足下(あしもと)に雨が降り、幾つかの水玉を作った。──止め()なく(こぼ)れ落ちる、大粒の涙。


「えっ……と──?」


 先に慌て出したのは凪徒の方だった。モモはどんなに説教を受けても泣いたことなどなかったし、幾らデコピンを喰らっても、大きな瞳に涙を溜めて潤ませるくらいしか見せたことがなかったのだから──。


 ──どうしちゃったんだよ、こいつ──?


 声も掛けられずただ呆然と立ち尽くし、首の後ろをこすり出した凪徒は、ふと扉の向こうに「揺れ動く何か」と「視線」を感じ目を()らした──気付けとばかりに「手を振り」「凝視」する暮。


 ──お、俺じゃないっ、俺じゃ!


 凪徒はモモの泣いている理由は自分でないと、必死に理解を求めるよう手を縦にして暮に振った。


 暮は「そんなの分かってる!」と言うように口を動かし……番で回ってきた設備点検の確認用紙とボールペンを握り締めていることに気付いて、急いで紙の裏に書き殴った言葉とは──




『ワケはきくな! ただ抱きしめろ!!』




「ええぇ……?」


 その文字を見つめて、あからさまに顔を歪めてしまう──も、「早くしろっ!!」と再び無声で叫んだ暮の気迫に負けて、凪徒は依然目の前でひたすら涙を落とすモモを見下ろした。


 ──どうしよ……涙が……止まらない──。


 ギュッと握り締めていた両手をほどいて顔を覆ったが、モモは泣くのをやめられなかった。


「しょうがねぇなぁ……」


 モモの後頭部が優しく包まれて前方に押し出される。額が凪徒のトレーナーに着地して、頭を抱えられたまま、もう片方の凪徒の腕が背中と肩を温めた。


「泣ける時に泣いとけよ」


 ──先輩なら、こんなに心地良いのに……──。


 柔らかな表情で抱き留める凪徒の横顔に安堵し、暮が立ち去った頃。モモの涙は嗚咽(おえつ)に変わり、しばらく其処から離れることが出来なかった──。




★次回更新予定は十月四日です。

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