[3]弱さと強さ 〈Ko〉
「ご、ごめん! 今までいたの気付かなかった……」
「別に大丈夫だよ。みんなが落ち着くまで待ってたんだ」
茉柚子や中学生達の壁がモモの目指す視線の方へ身体を向けたことにより、押し広げられた空間から誰よりも高い姿が近付いてきて、モモは徐々に心臓が波打ち出したのを感じた。──洸騎──モモの同期であり同い年であり幼馴染み。そして兄でも弟でもある人。
「茉柚子先生、いい? モモ、少し話があるんだ」
洸騎は右隣となった茉柚子に尋ね、返事を待たずにモモに声を掛ける。
「うん……それじゃ、外にでも」
「此処でいいよ。みんなは先に帰ってて」
小さいメンバーからはブーイングの声が上がったが、茉柚子は了承し帰り支度を進めて、「じゃ、水曜にね、モモ」と別れの挨拶をし、洸騎以外の皆と出ていってしまった。
「……背、伸びたんだね」
二人きりにされたプレハブがいやに広く感じられて、モモは立ち尽くしたまま沈黙を破った。ストーブが焚かれているのに、空気がキンと痛く思える。
「さすがに二年半だからな、モモのパートナーみたいに無駄に伸びることはなかったけど」
──無駄にって……。
凪徒の身長へケチをつけた洸騎の言い回しに、つい苦笑いをした。
「モモ、何か……綺麗になったな。恋でもしちゃってたりするの?」
「え?」
洸騎がまじまじと顔を覗くように数歩近付いてきて、モモは驚き数歩下がった。
「ち、違うよー。ショーの時は濃い化粧してるから……」
施設で双子のように一緒に育った洸騎が、反応を見るようなそんなことを言った試しはなかったのだ。けれど自分が咄嗟に否定の言葉を出してしまったことに、モモは刹那後悔した。──「恋してるよ」って言えれば、終わる話だったのに──。
「ずっと来なかったの、僕の所為だよね?」
「……」
ついに核心に触れる言葉が洸騎から現れて、モモは一瞬答えられなかった。
「ほ、ほら、今回みたいに近くで巡業にならなかったから……それにお休み中でも下っ端は練習しないと──」
「そうかな……天才のモモに限って、そんなことあるの?」
「洸ちゃん……」
微かに語気の強くなった声に萎縮してしまう。もうこれ以上言い訳は出来ないと思った。
「僕は……今でもモモが好きだよ」
──ズキン。
洸騎の真っ直ぐな言葉と態度に、モモは胸が何かに刺し貫かれた気がした。再び寄った影に、今度は下がることが出来なかった。
「答えは今貰える? それとも水曜日?」
気迫に押されたようにモモは身をすくめて、少し落とした視界に入る洸騎の握り拳を見つめた。──ちゃんと返事しなくちゃ。好きな人がいるって──なのに……。
「え、えと……水曜に、ちゃんと話す」
後回しにしようとする弱い自分に、いい加減うんざりした。
「いいよ、分かった。でももう我慢出来ないから──」
「え?」
視線の先の拳が開いて上がり、モモの腰に回って抱き寄せる。もう片方の手が、滑らかな頬に伸ばされ包み込んだ。
「──モモ、キスしよう」
──……え!?
上げさせられたモモの困惑停滞した瞳の中に、切なそうな洸騎の瞳が映り込んでいた──。
★次回更新予定は十月一日です。




